夢を殺すな、夢を追うんだ・3




当然のごとくヤンは幕僚会議をひらいた。

ヤン・ウェンリーの会議好きである。



宇宙歴800年5月20日1330時。

紅茶をほしがったのは一人。ほかは皆珈琲を所望した。

飽和するカフェインの空気のなかで今回ばかりはムライ中将がもっとも危惧していることを口にした。



この会見を装ってヤンを誅殺するのではないかと。

ヤンはそれはないよと穏やかに、だが即座に否定した。

彼はこの数年間というもの、ラインハルト・フォン・ローエングラムという人物の「人となり」をひたすら探求し考慮し

続けていた。

そこにしか勝機はなかったし、帰結はなかった。

ヤンにしてみれば何もラインハルトがにくいわけでもなくもっとも望むところは「対話」であった。ロ王朝に異議を

唱えるつもりは毛頭ない。

ただ、自由民主思想をもとにした共和制の苗床をこの宇宙の辺境でもよい。

遺しておきたかった。

一度失われたそれは復興までに時間がかかる故にいままだ存在する共和制を確保しておきたかったのである。

そのための皇帝との戦いであった。



常に「奇跡のヤン」「魔術師ヤン」を間近で見てきて、あこがれ、人柄にも傾倒していたユリアン・ミンツ中尉は

すでに自分の保護者が皇帝との会談に赴くことを決めていると、幕僚会議のさなかにも感じ取っていた。

青年が思いをはせるのは「自分がヤンに随行できるのか」であった。ムライではないが宇宙には様々な蠢動が

あり、アッテンボロー、シェーンコップなどからも何があってもヤン・ウェンリーから離れるなと言われているし、

言われずとも青年はそうするつもりでいた。



「アッテンボローには艦隊の留守を預けるよ。フィッシャーがいない今、会談決裂にでもなって帝国軍に攻撃

でもされるとどうしようもない。ポプランには悪いが君の奥方をまだ当分お借りするよ。」

ヤンは言った。撃墜王も女性提督もうなずく。「要塞の防御のためシェーンコップも留守。メルカッツ提督は

ムライとともにうちの艦隊の参謀として残っていただくとして私の意見役にはパトリチェフ少将を連れて行こうと

思う。それから、スーン・・・・・・・えっと、スーン・スール少佐はビュコック元帥の直属の部下であったから、私

としては是非随員としてきてもらいたい。」

皆、それには異議を唱えなかった。アレクサンドル・ビュコックが皇帝とヤンの対談に望みを託していたであろうと

容易に慮られたからである。

スール少佐は任命を受け快諾した。



さて。

「護衛に誰かお付けになってはいかがです。ヤン夫人はインフルエンザで発熱中である今、銃くらい扱える

人間を数人はお連れなさい。司令官閣下。特にユリアンは連れて行くことでしょうな。陸戦の腕はミンツ中尉なら

十分あります。」

ワルター・フォン・シェーンコップ中将はヤンに進言した。

この会議にはフレデリカ・G・ヤンの姿はない。食後、熱があるようなのでヤンが測らせると高熱が出ていた。

診察をした女医によるとワクチン接種が遅くて間に合わなかったからのであろうと、インフルエンザで病床に

いた。

フレデリカは和平の席でヤンの望む力を発揮してくれるであろうと思っていた。こちらに戦意がないことを訴える

のに、自分の妻を随行させるのは有益だとヤンは考えていたからである。

けれど大事なフレデリカが病気ならば安静と養生をさせることが肝要だと決め、今ここにいる。



「考え違いはしないでくれよ。中将。私は戦争をはじめに行くわけじゃないんだ。むしろ皇帝に戦う意思はないと

申し出に行くつもりなのだから。」ヤンは抗弁をした。

「閣下は金髪の坊やのことしか考えにおいておらぬようですな。いいですか司令官閣下。あなたは宇宙で銀河

帝国皇帝といみじくも対峙する関係にある人物です。皇帝はなるほど卑劣とは無縁な坊やでしょう。けれど政治

となると理想ではことが進まぬものです。あなたがどの経路で謀殺されるのか小官にしろ、女性提督にしろ考慮

して今に至るのです。あなたが仆れ(たお)れば民主共和とやらの人的象徴がなくなります。ミンツ中尉、うちの

ブルームハルト中佐、マシュンゴ少尉は連れておいでなさい。これでも足りないくらいです。」

皇帝が即位14日目に地球教徒に暗殺されかけたことを思えばね、と要塞防御指揮官殿は厳しい口調で付け

加えた。



「ちょっと仰々しいよ。」

小官も賛成ですとアッテンボローが口を出した。

「これは形式ではありません。会談に臨むにも平和を築くにも、司令官閣下はおいやでしょうが人間としての民主

共和のシンボルが必要不可欠です。現在あなたに代わる人物はいません。シェーンコップ中将のいう護衛を

随行させないというのであれば。」

アッテンボローは翡翠色の怜悧に輝く眸でヤンをにらみつけた。

「なんだい。アッテンボロー。行かせないとでもいうのかい。」

いいえとダスティ・アッテンボロー・ポプランは美しい笑みを浮かべて言う。

「それこそ、独裁です。閣下。多数決をお取りください。閣下が我々の安寧を心から望んでおられるのと同じく、

我々も閣下の平穏無事を心より念じているのです。」



こういわれると、ヤンは従うほかはない。



こうして、5月20日1200時「レダII」にヤンと随行者が乗り込み会見へ赴いた。

ヤンが「和平交渉」のために皇帝ラインハルト一世にあうというので、エル・ファシル独立政権からもドクター・

ロムスキー主席以下10名の同行の申し出があった。

随分大人数になったなあとヤンは思うけれど、マダム・オルタンスに看病を受けている最愛の妻フレデリカは、

「軍人ではなく文人を連れて行くのだから問題はない」と発熱しながらも、ヤンを納得させる言葉を病床で

述べた。

「具合はどうなんだい。ちょっと要塞を留守にするよ。宇宙で一番の美男子に会ってくるから。」

ヤンが出発前に妻を見舞ったとき、彼女は上体を起こして夫のくしをろくに入れていない黒髪にナイトテーブル

にあるヘアブラシをとってやさしくときすかした。

「髪が乱れていますわ。宇宙で二番目の美男子に会いに行くのに。いけません。」

ヘイゼルのやさしい瞳が見守っていた。

「大体二週間で還ってくるから、君はしっかり養生しなさい。」

ヤンはたどたどしくキャゼルヌ夫人の存在もあるので、フレデリカの熱っぽさが残るほほにキスをして・・・・・・



触れるような、いつまでも心に残るキスをして要塞をあとにした。



ヤンは「レダII」の船室で紅茶を入れてくれるユリアンにぼやいた。

「まったく。仰々しいにもほどがあるよ。アッテンボローもシェーンコップも考えすぎだと思うんだがね。

アッテンボローに至ってはまんまとうまく話を丸め込んで。」

だって、提督も独裁はお嫌いでしょうとアルーシャ葉の紅茶にブランデーを垂らして亜麻色の髪の青年はいつ

までもぐちぐちという保護者に手渡した。

「だからこそ、アッテンボローは策士なんだ。私が一番好まないことをよく知っている。あの悪巧みは昔からだ。

ポプランと結婚して拍車がかかったのかな。」

私など皇帝に対峙する人間ではなく、あがいている人間にすぎないのになとまだ文句を言っていた。

「提督、僕も実は心配していることがあります。」

「なんだい、ユリアン。」

「皇帝ラインハルトはけして我々を宇宙から抹消するために戦っているのではないと理解しています。ただ僕と

アッテンボロー提督夫妻、コーネフ中佐、マシュンゴ少尉は地球へ行きました。地球教本部へ。そこではモノ・

サイオキシン麻薬による狂信が存在しただけではなくフェザーンと地球教が表裏一体であるという事実が証され

ました。」

ヤンはダークブラウンの知的な眸を見つめて紅茶を口にした。

「以前にも提督自身がおっしゃいました。フェザーン自治領(ラント)は中立を装いつつ、帝国に味方をしていると。

むろん帝国から自治を認められているフェザーンですから当然ですが、ルビンスキーは地球教と深くつながりが

あり帝国に味方をしておきながら、皇帝を暗殺しようとしました。これは矛盾ではないでしょうか。皇帝を生かして

フェザーンは何らかの利を得るとばかり思っていましたが、現在ルビンスキーは行方不明です。」

うん。そうだねとヤンはうなずいた。



「では地球教は今何を考えているでしょうか。」

「ユリアン。大きなことを忘れていないかい。地球教は壊滅したのだろう。皇帝暗殺未遂で地球教殲滅が

ワーレン艦隊によって行われたとお前さんが言ってたんだよ。今頃、危険要素たり得るかな。」

「提督、残党が残っていないと断言はできません。それは十分危険要素たり得ます。地球教、ルビンスキー、

僕には測りかねる事態もあり得る以上、提督を一人にはできません。提督がおいやでも僕がついています。」

ふうとヤンはため息をついて言った。

「もうお前さんには何も教えることはないよ。ユリアン。随分成長したものだ。シェーンコップやアッテンボローは

私の代わりは誰もいないといったけれど、お前なら大丈夫だな。何も案ずることはない。心おきなく昼寝できる。」



そんな。

「僕はまだまだ提督について行きたいです。教えを請いたいです。いつだって、これからもずっと・・・・・・。」

そうだなあとヤンはおどけたようにいった。

「私には気になることが一つあって、お前さん、シャルロットとシェーンコップの娘とどちらを選ぶつもりでいるん

だい。ま、私が教えずとも恋の手ほどきはポプランに任せるがいいね。」

からかわないでくださいと、ユリアンは赤くなってヤンに抗議しようとしたがこれは失敗に終わった。



「シェーンコップの娘・・・・・・。カリンっていったかな。一度だけ話したことがある。複雑な出自であるには違い

ないがいい子だと思う。それに。」









フレデリカには負けるが、魅力的だ。

ヤンはまたユリアンをからかって、その上のろけまで言ってのけた。







「レダII」が要塞を出立して30時間後のこと。

フェザーンの独立商人でヤン・ウェンリーの幼友達であるボリス・コーネフが帝国の哨戒網をかいくぐって要塞に

通信を入れてきた。ヤン・ウェンリーをアンドリュー・フォークが暗殺すべくこちらに向かったという情報であった。

「それは考えになかった。フォークの馬鹿野郎、まだ生きていたか。あいつこそ低脳の大量殺戮者だ。」

アムリッツァ会戦で無謀とも言える戦略を打ち立て多くの兵士を死地に追いやり、自由惑星同盟軍の軍事力を

疲弊させた張本人。クブルスリー元統合作戦本部長刺殺未遂で精神病院に送られたとまではきいていた女性

提督。

アッテンボローは露骨に顔をしかめ同じくスクリーンの前にいたシェーンコップにいった。

「地球教徒の残党とルビンスキーのことばかり考えてた。いや、フォーク一人で宇宙にでれるはずが

ない・・・・・・今はそんなことはどうでもいい。シェーンコップ、直ちに「レダII」を追いかけてくれ。作戦はコード・

レッド。貴官に任す。こっちは万が一のために医療班を待機させておく。急げ。」

「心得た。リンツ以下随員を連れて「ユリシーズ」で追いかける。元帥を連れ戻すぞ。」

シェーンコップが陣頭指揮を執ってカスパー・リンツ大佐をはじめ薔薇の騎士連隊の精鋭を数人を集め

「ユリシーズ」、並びに6隻の戦艦は要塞を飛び立った。

大人数では目立ち、帝国にいらぬ誤解を招くおそれがあるので戦闘指揮官は「ユリシーズ」を選んだ。



「お前も来い。緊急な処置ができる上に機動力もある。宙(そら)へ還ってきたのはこのときのためだろう。」

シェーンコップはミキに言った。女医は間髪入れず準備をし、乗船した。



宇宙ではさまざまな電波が飛び交っている。

通信を入れれば即、「レダII」に連絡ができるというわけにはいかない。おまけに帝国軍が列挙している

ポイントに「レダII」は向かっているのだから、危急にヤンの身柄を確保しなければならないのである。

5月30日2350時。

「レダII」ではエル・ファシル独立政権政府代表と夕食後、ヤンは士官ルームで三次元チェスを就寝まで

楽しむことにした。

ユリアンは苦笑する。

ヤンは負けるわりに三次元チェスが好きだ。そして幸いにもユリアンは参戦せず、マシュンゴも参戦しな

かったので、いつにない快勝の喜びを味わっていた。地球やオーディンへ向かう旅路いくらがんばっても

ユリアンはマシュンゴに勝てないまま今夜にいたる。そして我らが元帥閣下はその被保護者である青年に

三次元チェスで勝利することがほとんどなかった。

「おかしいなあ。自分はこれほどまで弱かったのかと首をひねります。」ライナー・ブルームハルト中佐は

自分が負け通しだったことに不可解さを持っていた。

「まあ、今夜は疲れたし楽しかった。要塞との連絡がとれないのは致し方ないから気がかりだが、まあ無事

皇帝にあえるだろう。私は寝るよ。」

ヤンはそういって自室に戻る。ユリアン以外は皆敬礼をして司令官閣下を見送った。



「提督、今日のお薬は用意してますからゆっくりおやすみくださいね。僕は隣の部屋で待機していますから。」

シャワーを浴びてヤンがもう寝ようというころ、日付は6月1日にかわっていた。

「お前もちゃんと寝なさい。連戦でつかれもあるだろう。」ヤンは処方された睡眠導入剤を水で飲み下し、

今夜もマシュンゴと交代でヤンの護衛をするユリアンを気遣った。

「提督。護衛というのはそういうものでしょう。僕までうかうかと寝られないんです。ヤン夫人がおいでにならない

からと言ってごねないでくださいね。」

青年は一角獣を思わせるしなやかで美しく成長した姿を見せていた。

「フレデリカがいないからごねているのじゃないよ。お前やマシュンゴだって無用な心配をしすぎなんだ。

ちゃんと休みなさい。」

大丈夫ですと青年はヤンににっこり微笑んでいった。

「僕、まだ10代ですから。多少寝なくても元気ですよ。」

む。

33才になっているヤンはその一言が効いたのかおとなしくベッドに潜り込み、寝付きが悪いために持ってきて

いた怪奇小説や筆記具を広げた。

おやすみなさい。提督。



青年は寝室の続きになっている部屋に入り、さきまでの穏和な顔立ちと違って、厳しい面持ちでブラスターの

整備を怠らなかった。



6月1日0045時。

あまりすぐにはねつけないヤンは結局薬で朦朧としているものの、怪奇小説を10ページほど読んでいた。

あくびを一つかみ殺してそろそろ寝ようと思うころ。

ノックがしてユリアンが部屋に入ってきた。「ブルームハルト中佐から緊急連絡です。提督、おやすみのところ

申し訳ありませんが起きていただけますか。」青年は厳しい顔をしていた。後ろからマシュンゴもはいってきた。

「何事だい。ユリアン。」ヤンは常変わらぬ様子で青年に尋ねた。

「帝国軍駆逐艦から通信がはいりました。不穏な武装商船を発見したとのことです。詳細はおってこちらに

情報が入ると思いますが士官ルームに集まってほしいと、中佐は言ってます。身支度を調えましょう。」

ユリアンは12才の時からヤンの身支度を手伝っているので、言うが早いか寝入りばなを起こされて集中力に

欠くヤンを素早く着替えさせた。ヤンはユリアンとマシュンゴに付き添われて士官ルームにいった。

一同はすでに集まっており、皆敬礼をしてヤンを迎えた。

「おやすみのところを申し訳ありませんでした。閣下。現在帝国軍駆逐艦と通信士がやりとりをしておりまして

武装商船が閣下のお命を狙うテロリストであったことがしれ、帝国軍がこれを完全破壊したとのことでした。」

ブルームハルトは通信士からの連絡をヤンに伝えた。

そして次の言葉を口にした。

「首謀者はアンドリュー・フォークだったそうです。」

現時点での最新の情報であった。



「あのフォークがねえ。」パトリチェフ少将も怪訝な顔をしていた。

青年は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。アッテンボロー同様、フォーク一人で宇宙のこの戦時下にある

宙域にこれるはずがない。誰が糸を引いているのかわからぬがやはりヤンが狙われている事実に戦慄した。

「でもフォークはもう死んだんだろう。」ヤンは一言尋ねる。

はい、とブルームハルトは通信士から届く情報を逐一聞きながらヤンに答えた。

「帝国軍の駆逐艦二隻が「レダII」を皇帝の元まで護衛してくれるそうです。つきまして閣下にお目通りしたい

とのことですがいかがなさいますか。」

ブルームハルトの伺いにヤンは「・・・・・・私は軍人だ。エル・ファシル独立政権のもとのね。政治代表はロム

スキー先生だしこの団体の代表者はドクター・ロムスキーなんだからあうならそちらと会見してくれと伝えて

くれないか。」と言い、ともすれば失いそうになる意識をなんとか集中させつつ、裁断した。



士官ルームにはスクリーンがあり、一同は緊張しつつ帝国軍駆逐艦が「レダII」に接舷する様子を見つめた。

「わざわざ接舷せずとも通信を開けばいいのに。」スールは誰ともなく呟いた。

それを耳にしてブルームハルトは「確かにおかしいな。」と銃を構えた。ユリアンたちもそろったようにブラスターを

構えて、ヤン一人ぽつんと座っていた。



0155時。

恐怖とパニックに陥ったひとびとの声を耳にしてブルームハルトとスールは士官ルームにあるテーブルやイスで

バリケードを作っていたころ、銃撃戦は始まった。

逃げてくださいとブルームハルトとスールの叫ぶ声がしたとき、ヤンはマシュンゴとユリアンに引っ張られて

士官ルームの奥にある裏口に向かった。ヤンは朦朧として訳がわからない。しかし銃の音が激しく鳴り響いて

いて自分の部下たちが応戦していることがわかった。

「提督、こっちです。」

ユリアンに腕をつかまれてヤンはマシュンゴが開けた裏口へ押し込まれた。

三人が逃げおおせたのを見るとパトリチェフ少将がその裏口をロックし、その巨体でドアをふさいだ。その体に

苛電子ライフル半ダースが打ち込まれたが、まだパトリチェフは痛いじゃないかといつもの鷹揚な声で言った。

帝国の軍服を着たテロたちはその声の静かさにひるんだ。

だが、二秒後。

さらに多くの銃弾がパトリチェフの体を貫き、ヤン艦隊幕僚で常に楽観的であり安定した気質をもった副参謀

長は床に沈んだ。

故意にヤンたちが避難したドアをその巨体が封鎖したので、暗殺者たちはその命絶えて重くなった体を

どけようと必死に取り組んでいた。

その間ブルームハルト、スールがブラスターで応戦していた。彼らの銃の腕は凄絶であった。

だがスールが先に胸部を打ち抜かれ後部に転倒し、意識を失った。

ただ、ブルームハルト一人がなお自らの責務を全うすべく確実な射撃で暗殺者を葬り去っていた。






マシュンゴはヤンを肩にかかえて走った。ユリアンは士官ルームで戦っている仲間が無事であるようにと

希望を抱くが、とにかく今はヤンを護ることが使命だと思って、銃を構えながら走って逃走経路をおし測

っていた。ひとしきり走るとユリアンはマシュンゴに言った。

「このブロックより安全なのはテロが進入したルートでない場所だね。少尉、足音を立てて走るより静かに

歩く方が得策かもしれない。ここまできたら。」

ユリアンは「レダII」で危機が迫ったとき逃走経路を考えてはいた。船内の区域は案内がなくとも頭にはいって

いる。このブロックは暗殺者が船を着けた場所と反対に位置する。むやみに動かぬ方がよいととらえるのは

青年としては妥当だったといえよう。

「マシュンゴ、私は歩けるよ。重いだろう。」ヤンはこの期に及んでもそんな無意味な心配をした。

ユリアンが側にいるから。

この青年が側にいる限り自分は安全だとヤンは思っている。もっとも本当ならユリアンをここにつれてくるべき

ではなかった。フレデリカが要塞にいてくれてよかったとヤンは思う。

そのあたりまではヤンは覚えているが、あとは睡魔が襲ってきて意識は曖昧なものへと変貌を遂げた。



「提督は眠った様子です。」マシュンゴは小さな声でユリアンに言った。

ヤンが起きていても役には立たないし、薬のせいでどうしようもないのであろうと青年は了解した。

「今僕たちはD504ブロックにいる。Eブロックまで避難して隔壁をロックできれば荷電子ライフル程度では

暗殺者もおっては来られない。Eブロックまでなんとかいこう・・・・・・。」

そう言い終えようとしたユリアンたちを0240時、数人の刺客が発見し発砲してきた。

マシュンゴはヤンの体をかかえたまま応戦し、ユリアンも銃を発砲した。

ここでも銃撃戦が始まった。

バリケードになるものがない分不利だったがユリアンもマシュンゴも的確に暗殺者を撃ち抜いていった。



「あとの二人を始末したら全力で逃げよう。少尉。増援部隊がきたら・・・・・・。」

マシュンゴとヤンに気をとられたユリアンは左肩をブラスターで打ち抜かれ体勢を崩した。

「中尉!」マシュンゴが叫んでユリアンは体勢を立て直し、敵二人を撃った。マシュンゴはヤンをいったん肩

からおろして床に座らせた。そしてユリアンの傷を見た。大動脈をぎりぎりかする大怪我の様子で止血が

必要だった。

「・・・・・・僕をおいて提督をEブロックにお連れしてくれ。増援がきたら・・・・・・。」青年は耐え難い痛みを感じ

つつまだヤンを思っている。

「だめですよ。中尉。あなたをおいていけば提督に一生恨まれます。一緒にいきましょう。」言葉は柔らか

かったがマシュンゴの意志は固かった。

ユリアン・ミンツを失えばヤン・ウェンリーは崩れてしまう。

それをこの寡黙な巨人は知っていた。



6月1日0255時。

ユリアンの止血をすませたマシュンゴがヤンを抱きかかえようとしたとき、新たな暗殺者がわいてでてこの

巨人をブラスターで撃った。三本のビームがマシュンゴの脚と肩を貫きそれを見たユリアンは薄れゆく意識

の中で利き腕で発砲した。それは見事命中した。暗殺者が悲鳴を上げて倒れたのを確認し、ユリアンは

マシュンゴを見た・・・・・・。

マシュンゴは立っていた。

ヤンを肩に担いだまま。






けれどそのアイボリーのスラックスを染める血がマシュンゴのものだけではないことを、青年は現実として

目の当たりにして・・・・・・意識がなくなった。



by りょう





ずっと頭の中でWOWOWでみた銀のCMが回ってます。ロイエンタールが「フォンケル撃沈・・・・・・。」

と若本声で言うんですよ。アッテンボローは「ファイヤー」っていって、帝国の誰かが「ファイエル」っていって

ました。

パトリチェフ好きだったんですよ。本当に。書いていても校正しながらも泣きました。


LadyAdmiral