夢を殺すな、夢を追うんだ・2
回廊の戦い。 まさに万華鏡(カレイド・スコープ)のように美しく、残酷な彩りのなか熾烈に繰り広げられていた・・・・・・。 幾千の青白いビームが行き交い乱戦を極める戦いになる。 宇宙歴800年5月3日2100時。 帝国軍よりヤン艦隊へ第一の砲撃がなされた。 銀河帝国軍総司令官は皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムその人であり、統帥本部総長オスカー・フォン・ ロイエンタール元帥であった。 「ヤン一人をひれ伏すため」の大がかりな戦いとなる。 作戦の上で帝国の先陣を切ったのはブラウヒッチ艦隊であった。 翌5月4日1200時。 皇帝の総旗艦「ブリュンヒルト」が回廊内に進入した通信をとらえ、ダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将は 「皇帝のお出ましだ。花とシャンパンを用意はいいか。歓迎のパーティが始まるぞ。」と戦闘態勢にはいる兵士 たちに呼びかけた。 ヤン・ウェンリーの「用兵」の愛弟子とも言える女性提督は別段日頃と変わりなく、冷たい月のさまを思わせる 表情でこともなげに言う。 彼女も船橋(ブリッジ)で指揮を執る以上、いついかなるときもけして度を失わない。そして無機質とも言えなく もない口調で放火を放った。 「撃て(ファイヤー)。」 アッテンボローはヤンの一点集中放火の術をよく学んでいる。 攻撃の時期到来をはかる巧みさで言えば、卓越した技術を持っていた。彼女がする自分の評価は低いが、 女性提督がいなければヤン艦隊はとうにこの宇宙に存在しない。 狭い回廊内でウォルフガング・ミッターマイヤー元帥は総旗艦「ブリュンヒルト」にて迅速かつ大胆な指令を だしていた。「ブリュンヒルト」は森の奥にある白に住まう「美しき姫」のごとく厚い陣営の奥にあった。 ヤンの斉射は正確かつ、効果的である。彼なりの緻密な計算とデーターを照合して敵が少しでも隙を見せ ればけして逃さない。 ヤンにしろアッテンボローにしろ手駒が少ない戦いに慣れているので「秀逸なる瞬間の明晰さ」で攻撃をしな ければ、負けることを知っていた。 それでもなお、総旗艦「ブリュンヒルト」にお目通りはいまだかなわない。ラプンツェルの姫君のように長い髪を 垂らして待ってはくれないのだ。 「敵陣形に乱れがでた。そこに一点集中砲火。」 ヤンはややもたついた動きを見せた帝国軍の陣営にたゆむことなく放射した。ヤンも突出した才能の持ち主で あったが、ミッターマイヤーの迅速な指揮についてこれない足並みはことごとくヤンによって火焔と化した。 これにより、ミッターマイヤーは皇帝の許しを得て自らの旗艦「人狼」のひととなり、最前線へ躍り出る。 ヤンは「人狼」を確認するとその動きを読み、ミッターマイヤーのでる手を瞬時に索敵して女性提督に指示を 出した。 ヤン・ウェンリーは恐るべきことであるが、名将ミッターマイヤーの策が「一瞬」で読めるのである。あらゆる ものを凌駕したようなヤンの用兵の熟達。 アッテンボローは司令官の正確な指揮を受けてしたたかにバイエルライン艦隊をいたぶりしたたかに攻撃し、 後退せしめた。 あけて5月6日。 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督の献策をヤンはもちいて帝国軍に絶大なる損害を与えた。 この戦いにおいてシュタインメッツ提督が戦死。その報を受けたラインハルトは傍らにいる美しき主席秘書官 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフを特例として「第二代大本営幕僚総監」に任命した。 ここにきてミッターマイヤーの神業とも言える戦術も功をなさない。シュタインメッツ艦隊は堅固な艦隊で あったが、ヤン・ウェンリーは数の圧倒的劣勢のなどものとせず、殲滅した。ロイエンタールですらこの宇宙で 皇帝とともに死することに思いをはせた。 といえどロイエンタールが大本営を護るために策を講じていないはずがない。 ヤン艦隊右側面を攻撃させるに成功はした。 それでたじろぐヤンでもない。 彼は戦争が嫌いだ。そして戦争の天才でもある。 「敵はいまの打撃で我々から一時撤退の時間を稼いだと思っているが、あの乱れ方ではとうていこちらの スピードには追いつかない。突進する。」 このときのヤンは智将、ではなく猛将であった。敵総旗艦「ブリュンヒルト」に肉薄する機会が到来した。 猛烈なる進撃と攻撃を帝国軍に浴びせかけ、ロイエンタールは驚愕し強い反撃をしたがそれすらヤンは 見通していたのか鮮やかに天底方面へ突進し攻撃をかわして、帝国軍の網をくぐり抜けた。そして下から ラインハルトの本艦隊に見事な砲撃を果たした。 目指すは総旗艦「ブリュンヒルト」。 大本営は度を失ったが一人この瞬間に燃えた皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムがいた。 「これこそ、予の望むところである。」 華麗な金の髪が燃え立ち、白皙の美貌の覇者に生命力が沸き立った。熾烈なる魂。ラインハルトも戦いに こそ生き、戦いにこそ己の全能力を存分に発揮できる人物である。 ロイエンタールに本能的に天才的な指示を与えた。ラインハルトの指揮は最小限の攻撃であってもヤン艦隊の バランスを失わさせ、再構成の時間を必要とするであろうとロイエンタールは、皇帝の本懐を見た思いがした。 ヤンたちは一時陣形を立て直さなければならず、勝負は一時預けになったもののラインハルトはある怒りに とらわれていた。 旗艦「ユリシーズ」でぐったりとするヤンと全く今回出番がないシェーンコップがいた。艦隊戦ではこの男の戦闘 能力は不要であった。 「かわってくれないよね。シェーンコップ。疲れたよ。」 「何をおっしゃる。あなた以外の誰に成し遂げられましょう。ご精励ください。」 恭しく言われてもヤンは嬉しくも何ともない。宇宙にでるものは疲労の極致にいた。女性提督などは旗艦「マソ サイト」の艦橋に毛布を敷いて眠りこけたし、亭主のオリビエ・ポプラン中佐も14回の出撃後帰還して愛機の 座席で6時間、さらに女性提督が不在でもあったためでもあるが一人で部屋で14時間寝たという。 ヤン・ウェンリーという人物は普段はよく眠るし、時間があれば眠りたいという御仁であるがひとたび指揮を執ると 頭がさえきってしまう。 5月7日2300時。 次々と帝国軍からの攻撃がヤン艦隊を襲った。ヤンにはこの戦い方がナイトハルト・ミュラー上級大将であると わかった。バーミリオンでも皇帝を窮地から救ったのはミュラーであったしよく覚えている。 ヤンは思う。 帝国軍の人材の豊富さを痛感してしまう。さきのファーレンハイト、シュタインメッツにしろヤンが葬り去ったと いえ優秀な敵将であった。その上無傷のアイゼナッハ艦隊が背後には控えている。すべて皇帝ラインハルト・ フォン・ローエングラムという人物に忠誠を尽くして戦っている。主義主張ではなく、個人への絶大なる信頼と 忠誠。 こんな戦時下に非常識であるがヤンが思いをはせたのはユリアンのことである。 青年が自分を尊敬してくれているのは養親として嬉しいことであった。しかしながらユリアンが自分のために 戦うのは違うと思っていた。民主、共和を護るために戦わせたくはないが、せめてその一点で戦ってほしい。 自分の死後、民主制を掲げて皇帝と戦ってほしいと思っているかは、実は疑問である。 こんな矛盾を攻撃のさなか考えていても、戦いにおいてなお、皇帝ラインハルトに屈することがないヤン であった。 しかし帝国軍はいつまでもヤン艦隊にかか煩ってはおれぬと猛攻撃を仕掛け、ヤンはすべての今後の流れが 読める故に苦渋を強いられる。局所局所でメルカッツ提督の案を借り、女性提督の機動力で保たせてはいるが 決定的な、おおいなる打撃をヤンは5月中旬に受ける。 エドウィン・フィッシャー提督が戦死した。目立つ人物でもなく控えめな人柄であったがヤン艦隊副司令官で あり、艦隊運動の達人であり・・・・・・ヤンの手足も同然であった。彼が艦隊戦で常勝であったのはこの人物が あってこそである。これにはヤンも精神的にも事実上も大きなダメージを受けてしばし動けなかった。 常勝不敗。そして最高幹部の最初の死。 自分たちの幸運はつきたのであろうか。 らしくもなくヤンは思っていた。 5月18日。 帝国軍は後退した。 ヤンは追撃しなかった。深追いするほどの余力もない。戦場を一時離脱してイゼルローン要塞へ帰還することに 決めた。 そこへある一通の通信文が入った。 「ユリシーズ」通信士はそれを読み上げること、おぼつかなかった。あまりの驚きで声が出なかったのである。 見かねたユリアンが代わりに通信プレートを受け取り、ダークブラウンの眸に驚愕の色を浮かべつつほほを上気 させてヤンに向かって読み上げた。 「皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムからの通信文です。彼は停戦と会議を求めています。」 ヤンは幕僚たちに答えをどうするのか促されたが、黒ベレーを脱いで髪をもみくちゃにした。傍らのフレデリカが 見守っている。 「そんなにすぐには考えられないよ。頭がミルクがゆになっている。私は寝るよ。なに、彼は急ぎはしないさ。」 などやっと疲労の色を見せて自室に妻と引き下がった。 「要塞に還るよ。」とだけ言い残して。 全艦隊がイゼルローン要塞に還ってきて船をおりてくるもの皆、足下がおぼつかない。 留守を守っていたアレックス・キャゼルヌ中将は無事でよかったと思うけれど、えらく皆疲労しているなと思って いた。確かな足取りで「ユリシーズ」からおりてきたのはワルター・フォン・シェーンコップ中将と乗船していた 女医だけであった。 「そうとう皇帝にいじめ抜かれたんだな。皆一様に使い物にならん。あちこちで眠りこけて風紀上、好ましくは ない。」 独特の口の悪さでキャゼルヌは僚友たちを迎えた。 「女性士官に関して言えば小官が目覚めの接吻を喜んで引き受けましょう。」 シェーンコップは不遜な笑みを浮かべていった。 「男性士官はどうするんだ。」 そんな。 「そんな無意味なことを聞きなさんな。俺が男とキスする趣味があると思うのか。貴官は。おとなしく野郎どもは この女医に任せればいいじゃないか。」 ちらりと40センチ近く背が低い女医に意地悪くシェーンコップは言う。 「勘弁してよ。疲労だの過労だの、おまけに結局インフルエンザがはやってしまって戦闘中でも忙しかったのに これからも不眠不休よ。あなたの与太につきあう暇もぎりもないわ。」ときびきびと大きな医療器具を持って、 要塞内にはいっていった。 「・・・・・・。あいつ、医療班だから多分寝てないんだろう。」 キャゼルヌはたくましすぎる士官候補生時代から知っているミキ・M・マクレインの早足で歩いてゆく後ろ姿を みてシェーンコップに尋ねた。 「あいつは宇宙一タフな女だからな。」 男の手などいらぬ女に用はないと戦闘指揮官殿はいった。 一方で「マソサイト」の艦橋で毛布を敷いて寝て要塞に還ってきたアッテンボローを、ポプランが横抱きにして 部屋につれて帰ってきた。 何が何でも旗艦の指揮官である以上は部屋で寝るわけにはいかないと、気丈にがんばっていたが女性提督は 文字通り女性。 身長が179センチあろうが紛れもなく女性だから、ポプランやラオに部屋で寝ろと言われながら艦橋にこだわり、 毛布にくるまって寝ていた。 「さすがのアッテンボローもダウンしたか。」 出迎えたキャゼルヌはアッテンボローを横抱きにしておりてきたポプランに言った。 「眠っている女は重いだろう。お前さん、大丈夫か。」 「だんな、俺のワイフを重いって言わないでくださいよ。かわいいですよー。すやすや寝息を立てて。鍛えて ますからワイフくらい抱きかかえられます。」とキャゼルヌに小粋なウィンクをした。シェーンコップには、 「だめですよ。中将。うちの奥さんのかわいい寝顔見ないでください。減りますからね。」と釘を刺しておくのを ポプランは忘れなかった。 オリビエ・ポプランは大体において自分を見失わない。 じゃあ、ごきげんようといって大事そうにアッテンボローを抱いたまま自分たちの「愛の巣」へ帰って行った。 あの馬鹿は。 「ちっとも変わらんな。まあ、それが愉快なことではあるがな。」とキャゼルヌ。 シェーンコップはややとがり気味のあごを撫で「戦争くらいで人が変わるようじゃポプランはつまらぬ男だ。」 と傲岸に言う。 「今日は高級仕官クラブを独占できるな。」シェーンコップはいくらのんでも酒に酔うことはない。 ヤン艦隊が戦場を離脱するのもミュラー艦隊との駆け引きをしながらであったので、当然全艦隊不眠不休で ヤンもアッテンボローにしても当然わずかに睡眠はとったものの、ほぼ艦橋にいた。だから女性であるアッテン ボローなどは要塞に「マソサイト」が無事に帰還すると、亭主の腕の中でオーバーワークで寝てしまった。 イゼルローン要塞のほとんどの軍人が強力な睡魔に襲われ部屋までたどり着けないものもいた。現在ヤン艦隊 随一の紳士と呼ばれるメルカッツでさえ睡眠を欲したし、ヤンやフレデリカ、ユリアンもなんとか部屋にたどり 着き深い眠りについた。 ユリアンは自分の寝室に入って寝入った。 フレデリカはヤンに言う。「あなた、お一人で寝た方が存分におやすみになれるのではなくて?私はもう一つの 寝室で休みますわ。」 それは困る。 ヤンは私生活レベルになると・・・・・・否、いままでを振り返ってみてもフレデリカが側にいないことはなかった。 「君はひとりでねたいのかい。」 やや憮然とヤンが言う。それを一般に、「甘えている」。もしくは「すねている」と呼ぶ。 年少の美しく優しい妻はにこりと微笑んで。 「あなた、もう寝ましょう。」とすねた夫の手を握った。 やさしい、体温。 うん、と機嫌をよくしたヤンはフレデリカの手を握って寝室に入った。いつもの二人の寝室に。 ヤンはフレデリカがそばにいないと、公私ともに困るのである。 一通り皆が睡眠をむさぼり尽くすと今度は士官食堂がごった返していた。 睡眠欲のあとは食欲である。 ヤン家はフレデリカとユリアンがあたふたとキッチンに立ち、腹を空かした困った家主の飢えを解消すべく生活 戦士となり、善戦していた。 ポプラン家では。 ぐっすり眠ったあとに蜜月を迎え(この二人が蜜月でなかった時代があったであろうか。)互いに互いを、「食事」 より求め合った。 アッテンボローが疲労してはかわいそうだからと一生分の理性を費やしてポプランは一度以上の愛の行為を 求めずぐっとこらえ愛妻に食事を勧め、アッテンボローは久々の家事労働に心浮かれた。 「ダーリン・ダスティ。時間がないぞ。1330時までに会議室だ。飯にいとまをかけてばかりもいられんぞ。」と ポプランはキッチンで鼻歌を歌いながら調理しているアッテンボローに言った。 大丈夫。 「作り置きのシチューがあるから。・・・・・・本当は何か作りたいなあ。部屋もほこりっぽいし掃除もしたいし ・・・・・・。」 ホワイトシチューを食卓に着いたポプランに食べさせて、アッテンボローは呟いた。「洗濯物もあるしな。あーあ。 思う存分家のことしたいな。」 「マソサイト」で指揮を執っていたアッテンボローとは別人のようでついポプランはキスしたくなった けれど・・・・・・。 キスをすればキスだけで終われそうもないことを知っていたので、ホワイトシチューをかきこんだ。 「金髪の坊やとのお遊びが終わったら、家のこと二人でしような。ダスティ。愛してるぜ。」 「私も愛してる。」 女性提督はポプランにしか見せないとびきりの輝くような笑顔を見せた。 宇宙歴800年5月20日1330時。 こうしてヤン艦隊幕僚会議が始まるのである。 by りょう 小説を読んでいるとデリカのインフルエンザは戦闘中ではなく、会見前だったようです。 というか、回廊の戦いはしょっても長いです。汗。うちのヤンさんはデリカがいないと困るん です。 原作中にポプランが睡眠のあと、おしゃれに時間を費やして士官食堂で立って食事をかきこむ なんてくだりがあって笑っちゃいました。無駄な努力の浪費とかシェーンコップが言ったとか。 せりふは引用しないで書いているので正確ではありません。余ではなく予でしたね^^;;; |