ビバ・デモクラシー!・3
一応考えたんですが、いいですか。閣下。 女性提督は戦艦「ユリシーズ」で行われた幕僚会議の席上、過日送られてきた帝国軍上級大将 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト提督からの「喧嘩上等勧告文」に対する返事の文言を提出した。 「下品」と「過激」のエッセンスを抜くとアッテンボローがヤンに渡したメッセージ文になるのだそうだ。 ヤンは目を通してかたをすくめただけ。 その草案を幕僚たちに回して読ませた。 「これが唯一の将帥以外の将帥が考えた上品で穏便なメッセージなのか。ビッテンフェルトが怒ってくるよ。 アッテンボロー。」 ユリアンの入れた紅茶を飲みつつヤンは女性提督に言った。 「でも、怒らせたいんでしょう。度をはずすくらい怒り狂った黒色槍騎兵「だけ」と戦端を開ければ 幸いなんじゃないですか。司令官閣下。」 そりゃそうだけどそう簡単にいかないから考えているんだろうにとヤンは苦々しく思っている。 さらに厳しく評価したのがワルター・フォン・シェーンコップ中将。今回出番がない。アッテンボローが 考案した返信には洗練されてもいなければ、品性の欠片もないという。 「ふむ。あの相手の品性にあわせエレガンスな返答がこの際いるのかな。戦闘指揮官殿は今回出番が ない分、やけに評価が辛い。」とアッテンボローがいうと隣で座っていた亭主のポプランは「それじゃあ 中将がいつも評価が甘いようにきこえるなあ。俺の提督。」とやさしく訂正した。 そうだな。 「中将、むくれるにはちと年をとりすぎているな。かわいげがないぞ。」とアッテンボローはやり返した。 幕僚会議なのにとヤンは思うけれどムライが何も口出ししないので、それほど気にしなくていいのかと 黙っていた。ムライは現在自分がヤン艦隊と合流して「同盟軍最後の戦艦」を引き渡す役目をうけただけ と思っている部分があり、艦隊の風紀まで取り締まるつもりがなかっただけであった。 イゼルローン回廊に配備されている帝国軍艦隊は「黒色槍騎兵」艦隊と、ファーレンハイト艦隊だと知る。 ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督は、ファーレンハイトの名をきくとわずかに目を細めた。 貴族連合で肩を並べともに戦った同士であったが、このような形でまた相見(あいまみえる)えるとは。 確かにその二つの艦隊だけと戦闘を開始できるならずいぶんと楽にはなるとメルカッツが口にすれば シェーンコップは・・・・・・この紳士たる老提督までわが司令官閣下の悪い風潮に染まってしまっている とかすかに嘆いた。楽をするのはやぶさかではないが銀河帝国皇帝ラインハルト一世は、自分の 全艦隊をあげてこの少数で精鋭とも言いかねるヤン艦隊を殲滅しようとしているのだ。酔狂なことである。 否、ラインハルトにとっては、ヤン一人に「バーミリオン会戦」での借りを返すための戦いらしいのである。 しかしムライが黙っているしシェーンコップもあえて口出しはしまいと思った。 「その返信とともに我が軍が出撃をすれば、相手も攻撃をしてくるでしょうな。思わぬ展開で戦端が開かれ れば皇帝ラインハルトも虚をつかれ、多少足並みが崩れると期待します。」 メルカッツは言った。 ヤンは頭をかいて不承不承言い出した。「全く考えがないわけではないのですけれど。」といってもこの 会議で浮かんだ作戦なんですとおよそ司令官らしくない口調である。 メルカッツ提督のお名前を拝借します。 ヤン曰く悪辣な作戦なのだそうだが、いまさら正々堂々と戦って勝てる相手ではない。見栄も矜恃もかなぐり すてて戦わねば、やられてしまう。 魔術と言うよりもこれは「ペテン」に類するものだとヤンは重々承知しているが自分は魔術師じゃないから もういいやと思う。 作戦の概要を説明して討議され幕僚会議は終了した。 「ユリアンはともかくマシュンゴも私の護衛なのかい。」 やっぱり。 ヤンが文句を言うのは目に見えていた。ユリアンはともかくマシュンゴはいうなれば家族ではないし図体が 大きいのが彼の気に入らない理由であろうと思われた。 アッテンボロー、シェーンコップ、ポプラン、キャゼルヌ、ムライ親娘、ユリアンとフレデリカがヤンを囲った。 「皇帝でさえ暗殺されかけたんですよ。あの坊やは陸戦でも腕利きだと聞きます。あなたは陸戦では およそ能がないでしょう。うちはこれでも銀河帝国と対峙する宇宙で唯一の軍隊ですよ。その司令官である ヤン元帥に護衛をつけるのは当然だし、少ないくらいですよ。」 アッテンボローはたたみ込むように士官候補生時代からの先輩に進言した。 「アッテンボローの言うとおりだ。テロだの暗殺者だのって言うものはところを嫌わないからな。本当なら 一個小隊をつけてもいいんだぞ。なあ。戦闘指揮官。」 キャゼルヌも言う。 「マシュンゴが役に立つのは閣下もご存じでしょう。ユリアンとも息が合っているし。それがおいやであれば なんなら小官が直々にその任務についてもよろしいですぞ。ヤン司令官殿。」 シェーンコップは自信満々と言ってのける。 さすがに戦闘指揮官を自分の護衛になどつけたくはないし、最後はフレデリカの一言で決まった。 「閣下。私もいつもついておりますから。」 ・・・・・・ということは令夫人といわれるフレデリカにも危機が及ぶと判断して、ヤンはしぶしぶ護衛の件を 承諾した。どうもみな私に過保護だなと、「学生です。」的容貌のヤンが呟いた。 「ムライ中将は静かになったね。」 女性提督とその亭主の部屋。 幕僚会議でも以前のように切れ味鋭いことも言わず、ただ列席しているのみ。「メルカッツ提督がいまやヤン 先輩の参謀みたいなものだからなあ。」 アッテンボローはいまソファに座っている。 膝には当然のごとくオリビエ・ポプランが寝転がり、膝枕をされている。さらに耳掃除までアッテンボローが していた。 「・・・・・・・ん・・・・・・・・あん。そこ、だめ。感じる。・・・・・・やんっ。」 「馬鹿。変なこと言ってないでおとなしくしろ。うまく掃除できないじゃないか。お前は子供か。」 戦場で非常時でなければ、二人はまだまだお熱い蜜月のただの夫婦。 ふむ。 「確かに。どっちかと言えば、いまはムライのおっさんよりご令嬢の方が怖いひとだな。」 女性を悪く言わないはずのオリビエ・ポプランは唯一、ムライの娘だけは相容れぬらしい。点が辛くなる。 そうかなあとアッテンボロー。 「ムライ中将はともかくも、ミキ先生は私には優しいよ。」 お前は要塞再奪取の陸戦を見ていないから平気でそんなことが言えるんだと、ポプランは主張した。 「あんなちっこい体のくせにやることと言ったら、すごいんだぜ。あの女医。」 こら、すぐ動く。「じっとしなさい。綺麗にしてあげるから。」 アッテンボローには意外に母性がある。彼女にとってポプランは愛すべき夫であり、恋いこがれる恋人であり、 かわいい息子でもあるらしい。 「ビッテンフェルトが食いついてきたらお前ともしばらく会えない。お前は出撃待機だし、私は指揮を執る。 二人でいられるときは・・・・・・そういう時間は大事にしたい・・・・・・。」 お前が死ぬとは夢にも思わないけどねとアッテンボローは魅力的な笑みを浮かべた。宙(そら)色の眸が 静かに光って・・・・・・宇宙の色を思い出す。 ポプランにとっては懐かしい、色。虚空の彩り。 「かわいい女を遺していけないなあ。俺革命よりワイフの方が大事だし。」 そっとアッテンボローの上半身を抱き寄せて甘い接吻。 何万回、何千万回と交わしている接吻けなのに、アッテンボローは耳までほんのりと朱くして、恥じらう。 そして照れると話題を転換しようとする。 「有効な手だし悪辣と言えるけれど、メルカッツ提督がいま、ヤン・ウェンリーに冷遇されて銀河帝国に戻り 皇帝の庇護によくしたいという通信文はなかなか普通の人間では考えられないね。先輩はうまいこと考える。 チョットコワイ気もするけど。」 耳掃除は中断されて。 すでに女性提督はハートの撃墜王殿の腕の中。 熱い抱擁と、甘いキスを賜っている。 「ばればれなのは承知だが、帝国の連中からすればメルカッツの御大が死に場所を求めてうちの司令官に そのような通信文を打たせたとおそらく受け取るんじゃないのか。」 そんなまじめな会話をしつつ。 本気で愛を交わす5秒前。 アッテンボローはポプランに横抱きにされてベッドへ運ばれる。 「耳掃除が残ってるよ。」「自分でするからいい。」「だって奥さんがするんだぞ。耳掃除。」 でも。 抱き合うのはお前としか、できない・・・・・・。 この場合、オリビエ・ポプランの勝利。 やさしいキスを交わして。互いの衣服を剥ぎあって。もどかしいようなキスを繰り返して。熱い素肌に触れあって。 ただ夢中でお互いを愛した。いくら求めても足りない・・・・・・二人とも十分愛し合っているのにまだ、溝を埋め ようとしている。 コンマ単位の隙間も空けたくない・・・・・・。白いアッテンボローの腕はポプランの首に絡まり、彼女の長い脚が 彼のほどよく筋肉のついた肩に、担ぎ上げられてつながる。もつれ合う影はなまめかしく・・・・・・すべての事象 など唇と体をあわせている二人にはどうでもよいことに思えた。指と指を絡ませて。 しばらく触れあうことができぬと言う「制約」が媚薬のように二人を呪縛する。運命の赤い糸があるならばおそらく 二人の体をがんじがらめにしていることであろう。 黒色槍騎兵とファーレンハイト艦隊を相手にこちらは全艦隊をもって、迎える。回廊の危険宙域を使えば艦隊 運動さえ巧みであればこちらにも手がある・・・・・・。 問題はどう黒色槍騎兵団を回廊内に引きずり込むか。 引率者はやはりアッテンボローであった。 ・・・・・・命がけの誘惑だなと女性提督は思った。 それで死ぬほど自分は命数の儚い女ではないとわかっているがこちらも無傷ではいられまい。相手は帝国 随一の「黒色槍騎兵」である。いつものようにすべてうまくいくとはとうてい思えぬアッテンボローである。 けれどもうやるしかない。 賽は投げられて、ルビコンの川を渡ったのだ。大国ローマ帝国へ進撃するときがきた。 まだ、しっとりと汗ばんで・・・・・・お互いはなれがたいうちに、白々と夜が明けてゆく。遠くで朝を告げる鳥の 声がした・・・・・・。 「・・・・・・行かなくちゃね。」 「・・・・・・そだな。」 お互い顔をのぞき込んで。「大丈夫。ベイビー。俺たちこんなことくらいで離れたりしないから。」ポプランは 愛妻の額に唇をつけた。そんなことわかってるよと言うアッテンボローは朝日の中で微笑んで・・・・・・実に 美しく見えた。 朝の露に濡れた白い薔薇。 今度彼女に会うときは白い薔薇を贈ろう。「相思相愛」の合い言葉とともに。 二人はシャワーをすませスーツケースに用意した着替えを改め直してイゼルローン要塞の二人の部屋を あとにした。 またここに戻ってくる日。 この部屋を白い薔薇で飾ろうとポプランは、アッテンボローの横顔を見たとき、思いついた・・・・・・。 by りょう |
4
LadyAdmiral