ビバ・デモクラシー!・4




宇宙歴800年5月。

「第2次神々の黄昏作戦」の戦端は皇帝ラインハルトの思いも寄らぬ形で始まった。その知らせに若き宇宙の

覇者は声をあげ、けして無能ではないビッテンフェルトの無謀さをそしったという。うまうまとヤン・ウェンリーに

のせられてしまった、己の人事の甘さに忸怩(じくじ)たる思いをいたした。ビッテンフェルトは無能ではない。

数々の戦いにおいて彼は皇帝の期待を裏切ることはなく、帝国軍を勝利へ導いてきた名将の一人に違いない。



いかんせん相手は魔術師ヤンであった。

性質がまっすぐなビッテンフェルトを戦術面で操るくらいわけなかろう。いつもこうだとラインハルトは心中穏やか

ではおられなかった。

青年は烈火のごとく怒った。そのアイスブルーの眸の鋭さに臣下たちは言葉がでない。



ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ主席秘書官だけはラインハルトがビッテンフェルトのみを責めているので

はなく、むしろまたしても先手をヤンにとられたことを口惜しく思っているのであろうと察していた。



そしてその推察はおおむねはずれることはない。









きっかけはこうである。

エルネスト・メックリンガー率いるイゼルローン回廊へ偵察艇をだしたときヤン艦隊の数はメックリンがー艦隊を

数で上回る2万隻以上もの艦隊であることが判明した。



戦場において数は絶対的なものがあった。



メックリンガーはヤンが主戦場ではない戦場で2万隻の艦隊をだすことができるのであれば、本体の艦隊数は

一体いかほどであるのかはかりかねた。さしものメックリンガーも言葉を失った。では本体は帝国が把握できぬ

艦艇数ではないかと判じた。

実のところ2万隻以上の戦艦すべてが、ヤン艦隊の全戦力であった。ヤンが過日から艦艇数を極身近な

幕僚にしか漏れないように極秘事項にまでしたのは、敵に艦隊数を知らしめないためである。

メックリンガーは優秀なる提督であったから、数の上の劣勢を認め、自分の艦隊を一時撤退させた。

ヤンは急ぎ反転し、回廊反対方向に位置する「黒色槍騎兵」とファーレンハイト艦隊に対峙することにした。



4月27日。

メルカッツ提督の名をヤンがかりてアッテンボローの「上品かつ穏便なる」返信文につけたもう一つの返信。



「ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは現在ヤン艦隊においては身の置き所なき故、皇帝陛下の庇護に

あやかりたく云々。」

このような虚偽の通信文をヤンはビッテンフェルトに打電した。

死間など見通してはいたのだがビッテンフェルトはこの程度ではまだ戦端を開く理由にはならない。勅令が

くだらない現在はファーレンハイトと協議して様子をうかがっていた。

次の通信文のあとが肝要だと見ていた。



そして第二報。またしてもメルカッツによるものであった。こうなるとビッテンフェルトはおそらくは「死に場所」を

求めるメルカッツであるならば進んでヤンのために身を犠牲にして出撃してきたに違いないと、確信した。

メルカッツの旗艦は「ヒューベリオン」。アッテンボローの「マソサイト」、フィッシャーの「シヴァ」も要塞から出撃

している。

ヤンは「ユリシーズ」を旗艦に変えている。



問題は皇帝に伺いを立てるいとまもなく好機が訪れたことであった。

ビッテンフェルトは皇帝ラインハルトに心からの忠誠を尽くしているからこそ、この好機到来を逃すことができず

宇宙歴800年4月29日。

「第2次神々の黄昏」作戦の火ぶたが切って落とされた。



ビッテンフェルトにしてみればヤン艦隊のうろたえぶりは失笑を禁じ得なかった。

だが内情はムライ曰く「逃げ上手な我が艦隊」であり、女性提督はここにきて「女優」としての一流の芝居を

うち「黒色槍騎兵」を誘惑して回廊内に引きずり込まねばならない。逃げる演技も熟達するというものであった。



「みな、私の旗艦より前に出る必要はない。しつこく食らいついてくる男にはとにかくうまく逃げおおせるんだ。

相手は「黒色槍騎兵」だ。猪突猛進でつっこまれる。こちらが追う必要などない。」

艦隊に通信するもなかなか相手が「黒色槍騎兵」だとむずかしいものだとブリッジで苦笑した。

だがしかし。

女性提督も「唯一の将帥以外の将帥」であり、逐一細かいデータを吸い上げてはこざかしくビッテンフェルトを

小突いては、フィッシャーの艦隊運動の巧みさにほど遠いものの、それなりの熟練した艦隊運動を見せた。

げんにビッテンフェルトはアッテンボローが、這々の体(ほうほうのてい)で戦っていると思っている。

相手が女の提督だろうが、ビッテンフェルトには関係ないし、逃げる癖してこちらが引くとかわいげのない

女提督は船を突出させる。



遠い未来、恋いこがれることとなる女性提督のことをビッテンフェルトは「そうとうな醜女か、性悪。」と内心

毒づいていた。これはまだ、遠く先のことであり、切なきかなビッテンフェルトの片思いである。



敵を回廊内に引きずり込むことは至難の業であったにもかかわらず、確かにアッテンボローも死にものぐるいで

「女優」を演じたわけであるがなんとか猪提督とファーレンハイトを回廊内へ誘い込む役割を果たした。

ヤンは満足したしやはり優秀な提督であるアッテンボローを亭主のポプランから借りておいてよかったと心底

思うのであった。

1045時。

ダスティ・アッテンボロー・ポプランは壮健な姿をモニターに見せ「幼稚園の先生のように気苦労しました。お望み

通り敵さんを連れてきましたよ。礼はいずれ形のあるもので。」

・・・・・・ああいうところがポプランとそっくりだなとヤンもユリアンも思う。

交際前からそうだったのか、交際してそうなったのかわからないが。



ビッテンフェルトの艦隊が整然とした運動をするので自然、ファーレンハイトまでもイゼルローン回廊に進入した。

ヤンは戦略では皇帝の数量にかなわぬが、戦術では必ず自分の軍ができるだけ有利に運べるようにその

頭脳をフルに使うのである。

彼の突出しすぎた能力であろう。



ヤンは普段と変わりない茫洋とした様子で、指揮デスクの上で片膝をたてて座っている。これは昔から変わら

ない。

この司令官の姿を見ている限り、フレデリカもユリアンも安堵し、皆も精神的に落ち着く。

当の本人の心労たるや計り知れないとしても、ヤンはその効果を知っているからこの姿勢を崩さない。



オペレーターがデータを詳細にあげていき、ヤンは右手をさり気なく、あげる。「砲塔用意!」。

いつものように黒ベレーをつかんで自分の髪をいじる。ゆっくりと黒ベレーをかぶり直してわずかに深呼吸をする。

ユリアンはそのかすかな空気が読めた。



「撃て!」

ヤンの右手が振り下ろされて、回廊内での激闘が始まる。







イゼルローン回廊はヤン艦隊にとって大きな地の利を発揮してくれる。



後方にはイゼルローン要塞もあるが、何より一度回廊戦に持ち込めば回廊内でしか戦えないということ

である。げんに数ではビッテンフェルト、ファーレンハイト艦隊が上回るものの回廊外縁の危険宙域を

巧みに利用することで、ヤンは数の劣勢を補っているのである。十分以上に。ビッテンフェルトとて陣形を

うまく立て直しつつ攻撃に攻撃を重ねたが、狭い回廊内で背後から援軍としてきたファーレンハイト艦隊と

混乱の極みに陥ることになる。



ヤンもアッテンボローもそれを望んでいた。

そこにしか勝機などないからだ。



回廊内ではそれこそビッテンフェルト、ファーレンハイトの攻撃をものとせず柔軟に陣形を変え、運動する

達人のエドウィン・フィッシャー中将がいる。

消耗戦はヤンが望むところではないからさけたかったが一応計算のうちに入れていた。



ヤンは戦争がきらいなくせに、このような怜悧な計算ができる男なのである。

もっとも、司令官たるもの数を掌握できぬものは無能であるからこの場合、ヤンはまさしく戦場での司令官

として最たる男であった。



しかしながらファーレンハイトは攻撃型の猛将でもあったが状況判断が正しくできる提督であった。疲労している

アッテンボローの艦隊に「黒色槍騎兵」ですら恐れをなすほどの集中攻撃を加え、女性提督の陣形を崩した。



だがしかしこれすらも、ヤンの巧妙な罠である。



故意に疲労しているアッテンボローの布陣を薄くして突破せしめ、合流を敵が果たしたところで今度はメルカッツ

艦隊主砲と回廊危険宙域を利用して一気に猛攻撃を果たして気を殲滅させる・・・・・・。

その指揮を執ったのはメルカッツ、その人であった。いくらヤンが戦いの流れを読んでいたとしてもその通りに、

時を逃さず効果的な攻撃を仕掛けられる熟練した将帥は、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツにおいて

他ならない。



「行ってきます。おれの提督。」

約束通りに「マソサイト」からの出撃をゆるされているオリビエ・ポプラン中佐率いる、第一飛行隊。ポプランは

ブリッジに駆け足で飛んできてアッテンボローの唇をかすめ取り綺麗な敬礼をすると、またも素早い駆け足で

ドッグへと向かった。

「この状況下で和やかな光景ですね。縁起担ぎでしょうか。」

分艦隊主席参謀長であり、アッテンボローの副官的な役割をもつとめるラオ大佐は真っ赤になっている上官を

からかった。



「縁起担ぎじゃないよ。夫婦の愛情ってやつさ。」

依然として危険な状態から脱出はしていないがアッテンボローは苦笑して年長の大佐に言ってのけた。

蜜月ですねえとラオは口にし、それがどうしたと女性提督は怖じない。



一方、第2飛行隊と合流してポプランは初陣であるカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長に、おれが教えた

ことの62.4パーセントが実行できればいきて帰れるぞと言う。とまどっているカリンにイワン・コーネフ第2

飛行隊長が助言した。

「大丈夫。何せポプランが君に教えたことは世の中を甘く見ることしかないんだし。」



かわいくないなあ。新婚の癖にとワルキューレを二機立て続けに墜としたポプランは文句を言った。

「それじゃいずれコーネフ夫人にも愛想を尽かされるぜ。朴念仁。」

巡航艦を一隻破壊したコーネフは「我が家は至極円満な家庭だ。口出しするな。あのな、自慢したくないから

普段黙っているが・・・・・・。」

「うるさいな、お前のほうが墜とした敵の数が多いと言いたいんだろ。畜生。」とまたまた文句を言った。

文句ばかり言わない撃墜王殿はあっという間に二機の敵艦載機を撃墜した。



黙って働け。



そんな2大撃墜王の会話を耳にしながらカリンは、自分が超高速の螺旋の中にいることに心地よさを感じた。

だが敵を墜とそうとはやる気持ちが表れて、自分をいさめた。

しっかりしなさい。カーテローゼ・フォン・クロイツェル、あいつに笑われるよ。

あいつとは誰なのか。



母や自分をおいて、夜ごと女性を籠絡するあの男が日々無事安寧であることはカリンにとっては不愉快で、

世の中の不条理さを思うのであった。世の中を甘く見ること。上等じゃないのと美しく燃える眸に力が宿った。



戦いはヤン艦隊の戦場での完全なる勝利で終わった。

そうなる算段を彼は人知れずつけてきたのだ。

妻のフレデリカもユリアンも、本当のヤンの苦悩ははかり得ない。



カリンは無事初陣をつとめ武勲を果たした。彼女の中には紛れもなく運動能力と反射神経の鋭さで類を見ない

ワルター・フォン・シェーンコップの血が脈々と流れていた。

要塞で自分の遺伝子学上の娘の無事を知ると、戦闘指揮官殿はそのじゃじゃ馬ぶりに妙に感慨を受けたもの

であった。



艦隊戦が終わり無事要塞へ帰還した女性提督とハートの撃墜王殿の蜜月は、自他共に飽きることなく営まれる

のである。

メルカッツ一人が、敵として対峙したアーダベルト・フォン・ファーレンハイトの死を悼み一日喪に服した。ともに

リップシュタット戦役で戦った同士だった勇猛で明晰な頭脳を持った才ある若い敵将に思いをはせた。



by りょう



閣下暗殺未遂(うちでは)はつぎの回で書ければいいのですが・・・・・・。なかなか思うようには

かけないものです。たはは。全然甘くないお話ですみません。


LadyAdmiral