ビバ・デモクラシー!・1
寧日、安寧とはいえなくなったイゼルローン要塞。 高級士官だけが出入りするクラブにてダスティ・アッテンボロー・ポプラン 提督は僚友のワルター・フォン・シェーンコップに過日問題点として個人的に 書いたメモを見せた。 なるほどなとブランデーを片手にシェーンコップは女性提督の着眼点に まずまずの及第点をつける。 「銀河帝国皇帝ラインハルトの坊やが、即位後数日して地球教に暗殺され かけたことがあったな。それを思えば・・・・・・苦々しくも銀河帝国の唯一無二の 対抗勢力である「ヤン艦隊」、司令官たる我が元帥殿も命を狙われる可能性は 大きいということだ。」 大いにあり得るなと、戦闘指揮官殿は信頼する部下のカスパー・リンツ大佐と ライナー・ブルームハルト中佐に目配せをした。 「帝国の公式発表では確か即位14日後だった。近衛連隊長まで側に いながら男爵邸で暗殺未遂事件・・・・・・うちの元帥閣下には近衛兵など いないからなおさら腕の立つ護衛をいついかなる時でも司令官につけて おいて方がいいと思う。」 アッテンボローはいつになく厳しい表情で言う。 民主共和制のシンボルとしても・・・・・・。 「うちの司令官殿は辟易するであろうが民主共和制のシンボルとして、 ヤン・ウェンリーはすでに確立されつつある。当人は至って不服でもヤン 司令官が現在この集団の核(コア)であることは事実。うまうまと狂信者ども の餌食にさせられないね。」 アッテンボローは隣にポプランさえいれば、そこそこ安心してウィスキーも 飲める。 その辺つめておいてくれよ、戦闘指揮官殿というとグラスを空けた。 「補佐官殿、もう一杯いかがです。」 隣で「革命軍司令官補佐の補佐」が女性提督の空いたグラスをとって酒を 勧めた。 「・・・・・・・どうしよっかな。大丈夫かなあ。」さっきの毅然とした女性提督の 影はなく、亭主のオリビエ・ポプラン中佐の前ではすっかり小娘同然となって しまった。 「スローペースならもう二杯は大丈夫。」 たとえ酔っぱらってもつれて帰ってあげるからと言われると、アッテンボローは 「じゃあ、もう一杯お願いしようかな。」 と、蜜月が始まる。 あのなと戦闘指揮官殿である。 「自分の酒の分量くらいわからんのか。女性提督は。」 シェーンコップは呆れてぞんざいに言った。アッテンボローは答える。 「わからないわけでもないけど一応いまは勤務時間でもないし、亭主の 伺いを立てても罰は当たらないと思うけど。」 なあ、オリビエとアッテンボローがポプランの方を向いて言うとご機嫌のよろしい ハートの撃墜王殿は「夫婦なんだしいいじゃないですか。仲むつまじくて。」 などと本調子。 「ユリアンならいい護衛になるんじゃないかしら。いつも側にいるし。 ユリアンがいればあの、マシュンゴという男も一緒だからどんなとき でもこの二人はヤンの側にいさせた方がいいと思うな。」 同席していたムライ参謀長閣下の娘であるミキ・M・マクレインが提案した。 彼女もほとんど自分を見失うことはない。 アッテンボローは一口新しい水割りを口に含んで、考えた。 「ユリアンはともかくマシュンゴは先輩がいやがりそうだな。大きいから。 大仰なことをいやがるわがままな司令官殿だから。・・・・・・でも マシュンゴが護衛として優れてるのは、事実だからな。」 「ヤンはいやがるでしょうけど地球教とやらの意図がわからぬうちは、一人 しっかりした護衛をつけた方がいいと思いますよ。アッテンボロー提督。」 士官候補生時代からヤンを知っている退役中佐の女医は酒を飲んでも いっこうに乱れる風もなく。 「いやでもこの際、辛抱してもらいましょう。医療班は医療班で対策を たてるつもりでいるんです。革命軍の司令官としてヤンにはまだまだ やってもらうことがありますからね。」 ちょっとやそっとの怪我では死なせられませんと女医は、またグラスを空け、 かわいらしいE式の顔に似合わず手酌で酒を飲んでいる。 「ドクター・ロムスキーの動きは逐一うちのものが知らせてくる。心配する 要素は今のところないらしい。第2のジョアン・レベロにはならないだろう。 ロムスキーはヤン・ウェンリーを招いて民主共和制の旗頭に据えた。 羞恥心があるのだろう。帝国と内通している様子はない。」 シェーンコップもグラスを空けた。 じゃあ、ここから今夜の本題。 「戦闘指揮官殿、ご令嬢のこと、いかがなさるおつもりですか。」 ポプランはカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長の事実上の上官であり 私生活においても、かわいい妹分である。 今夜この危急の時にもかかわらずこの手の話題が重要になるヤン艦隊の 気風は、尋常じゃない。 「十分美しさもあり、活きもいい。ただ残念なのは。」 シェーンコップがつぎに何を言うのか一同耳を傾けていた。 「血がつながっている以上、恋愛対象にはならない。年も若すぎて俺向きの 女性士官じゃないよ。」 うわー。鬼畜。 「カリンがきけば蹴飛ばしてやりたいだろうね。いまの言葉。だからお前は嫌い なんだ。」 女性提督はふんと鼻を鳴らした。 「だそうですよ。中将。案外デリカシーがないんですね。」とポプラン。 女医は静かに酒を飲んでいた。そして一言。 「シェーンコップは精神的に未熟な面が多いんです。その欠落にほだされる女性 たちの庇護でロマンスを楽しむたぐいの男性。人格とか高邁な発言を求めない 方が得策ですよ。」 ・・・・・・えらい言われようだが、はずれていないのが悔しいなと戦闘指揮官は 薄く微笑んだ。 この親子の帰着点はなかなか見えそうもないなとアッテンボローとポプランは 顔を見合わせた。 ワルター・フォン・シェーンコップという男は卑劣漢でもないし、仕事もできる。 頼りにはなる男であるがいかんせん、女医が言うように人間として足りない 部分が意外にあって、それをあまり隠さない。短所より長所が誇れるので 隠す必要がないのかもしれない。 政治感覚の鋭敏さ、頭脳の明晰であること。 その代わり、父性や家族という単位ではまったく当てにならない男。 フロイライン・カーテローゼ・フォン・クロイツェルが求めているのは・・・・・・多分 父性。 もしくはあらゆる情景での邂逅。 「希望薄だな。」アッテンボローは二杯目のウィスキーを口にした。 そんな大人たちの(困った大人たち)集う高級士官クラブにユリアン・ミンツが 現れた。青年も酒を覚えてたまにここにやってくる。 俺はこれから用があると一番困った大人の代表、シェーンコップ中将が 青年と入れ違いに店を出た。 やや気鬱な面差しをしてる気がするが。 ユリアン、ユリアンとアッテンボローもポプランにすっかり感化されて青年を 犬を呼ぶように席へ招いた。 「私と飲もうよ。ポプランもいるけど。」 などと女性提督は青年を酒の席に誘った。 「そんなことを言えば中佐にしかられますよ。提督。お二人の邪魔をする つもりは毛頭ありません。」 そんなこと分かり切ってるよとアッテンボローは言う。 「邪魔をすれば僕はミンチボールにされちゃうんですよね。」 ユリアンが言うと、 「おう。青年。物わかりが良いな。さすが俺の弟子。」 と、オリビエ・ポプランは何杯めかの水割りをあけた。 そんな与太話はともかく。 君には頼みたいことが丁度あったんだと先ほどの司令官閣下護衛に関して 切り出した。 「・・・・・・大役ですが了解しました。任命お受けします。地球教徒の 異様さは僕も目の当たりにしていますし・・・・・・確かに慎重にならざるを 得ません。ヤン司令官のお命は僕がお護りします。」 青年は水割りのグラスに手をつけないまま、アッテンボローを厳粛に 見つめた。 今日の君は。 「どこか元気がないね。何かあったのかい。」アッテンボローはユリアンの 表情を察して尋ねた。 最初は語る気持ちはなかった青年だが、アッテンボローとはユリアンが 12歳のころからの知己である。隠したところで仕方ない。 つい、本当の気持ちをわずかに吐露した。 「・・・・・・どうすればもう少し僕は成熟した大人になれるのでしょう。背ばかり のびて・・・・・・ヤン提督のお手伝いもできないでいます。」 ヤンが作戦を思案して苦労しているのをただ見守るしかできない。 ここにも焦慮はあったけれど青年が自分の未熟さを思い知ったのは、 廊下でくだんのカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長と口げんかを したからであった。 ほんの詰まらぬことから彼女を怒らせひどいことを言わせた。 彼女は遺伝子学上の父親であるシェーンコップ中将と、たった一度、しかも とうてい心温まる種類とは言えぬ言葉を交わしただけであり、ユリアンは そのシェーンコップからある意味絶大とも言える信頼を受けている。 嫉妬されてしかるべきで、そんな彼女の心情をもっと思いやれば喧嘩は 回避できたはず。 年少の女性士官を受け止める力もない。 本当は青年はそちらで自分の成長の遅さを苦悩していたのである。 「そんなに気に病むことはないぜ。俺だってカリン単体はともかく、あの不良 中年がらみの話題になればまだまだこれといった策はないものな。師匠の俺が これだから、弟子のお前さんがあの二人の親子関係の修復をはかるのは ちと荷が重いだろうさ。」 ポプランは陽気に青年を励ますものの、効果のほどはあまりなかった。 「困った親子だよなあ。」 アッテンボローはつぶやき、また彼女も特に解決の糸口を見いだせない まま、士官クラブで飲み明かした。 女医は困ったものだと自分の父親が良く口にする気持ちがわからぬでも なかった。 by りょう |
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LadyAdmiral