HIKARI・3
かわいい女房殿の小さな願いを叶えましょうということで。 艦載機シュミレーターマシンの搭乗と訓練だけ・・・・・・オリビエ・ポプラン第一飛行隊長 直々の訓練をアッテンボローは受けることが赦された。 「この俺の訓練を手取り足取り受けれる人間は数少ない。よほど才能があると俺が 見込んだ人間しか、俺は訓練をつけないことにしている。」 第一飛行隊長殿は、パイロットスーツを昔、士官候補生時代の記憶をたどって身につけた アッテンボローを「じっくり」と眺めつつ傲然と言った。 美人は何を着せても美しいなあと心で感心して。 「少し装着方法が違う。このベルトはこっちにつける。・・・・・・これでよし。」 とアッテンボローのパイロットスーツの不備をまさしく手取り足取り嬉しそうに修正して ポプランはにっこりと微笑んだ。 「完璧だな。俺の提督。美しい。」 なぜかお尻をぽんとたたかれアッテンボローは、むと、ポプランをにらんだ。 そういえば。 「美形の女性士官には喜んで訓練つけていたよな。」とコーネフ中佐はぼそりと一言。 その言葉を聞いてカリンも吹き出した。彼女の訓練はコーネフがつけている。ポプランが スカウトして彼女を引き抜いたけれど、結局尻ぬぐいをするのはコーネフかコールドウェル になる。 だが、カリンにしてみれば最初の数日間にみっちり基礎をポプランに仕込まれたせいも あって、こんな不肖としか言いようのない第一飛行隊長でも、「完璧な」自分のボスだと 認識していた。ユリアンもどちらかといえばコーネフに世話になっているのに、ポプランが 「空戦のお師匠」という観念があり、オリビエ・ポプランという男はつくづく得な男であると いえよう。 艦載機シュミレーションマシンはコクピットを忠実に再現した精密機器で外観は、カプセルの ような形状をしているが中は計器やモニター、ターゲットスコープ、操作卓(コンソール)、 操縦桿と完璧なまでにスパルタニアンを模しているらしい。 アッテンボローは操縦席に着席してベルトを装着したが、目前の機器が士官学校にあるもの より高度なものらしいと判断した。 ヘルメットも当然装着している。 「準備はいいかい。奥さん。」 教官殿からご機嫌な声がヘルメットを通じてアッテンボローの耳にはいる。 「準備完了した。教官。」 ヘルメットで視野が狭まれさらにモニターに映る宇宙と、側面のあらゆる計器、データに 気をとられてついこわばった声になってしまった。 「もお。二人きりの時は「私のかわいいオリビエ」っていってほしいよなあ。ダーリン。」 ・・・・・・こんなに狭くて、目がちかちかする空間の中でよくまあそんな軽口がたたけるなと アッテンボローは艦載機乗りに拍手を贈りたい気持ちである。 「こちらですべてダーリンの心拍数や脳内データは把握しているから心配無用だ。 ははぁん。ちょっと緊張してるな。ういやつ。」 「馬鹿にするな。目が慣れないだけだ。」 アッテンボローは声を低めて落ち着いているという演技に徹したけれど。 「目がなれないうちに、母艦から出発してうっかりすれば発進時に敵さんに葬り去られ ちゃうのよん。」と言う夫の声と同時に体ががくんと揺れ、無重力を一瞬味わった。 と思うと一気に重力加速度が増し、アッテンボローは声こそ上げなかったがみぞおちに ずしんと重みを感じた。 これが発進時なのであろう。 「いやぁんとか言ってくれないかと期待したけどさすが俺の奥さんは並の女じゃないな。 普通なら初めての出撃で重力がかかるときには、うめき声か嬌声があがるものなんだが 提督となるとちがうねー。ベイビー。大丈夫か。気分はどうだ。」 「どうってことないね。ベイビー。」軽口のポプランに負けるのが悔しいので素っ気なく アッテンボローは軽口で返した。 同盟軍の船の造り故か艦載機が母艦から発着するときに敵から狙われて破砕という 話はよくきく。つくづく夫は運のいい男なのだとアッテンボローはわずかに微笑んだ。 「勝ち気な女はかわいいな。微笑む余裕がにくいぜ。」 だが。 「背後からの一機と7時方向からの敵機の存在、忘れちゃいませんか。アッテンボロー 提督。」 教官オリビエ・ポプランが仕組むシュミレーションである。 そういわれてアッテンボローは計器とモニターとコンピューターとくるりと素早く見渡し 操縦桿を動かして二機の敵機の攻撃から退避した。 「逃げてばっかじゃだめだぜ。奥さん。」 「わかってる。やかましい。」 わかってはいるが操縦桿を動かすたびに来る重力加速度と眩暈に気を抜けば嘔吐しそう になる。 ユリアンにしろカリンにしろ、婦女子が操縦できて自分にできぬはずはないと女性提督は 胃からの逆流をあえて無視して、旋回を試みた。 士官学校にあったシュミレーションマシンとは全然違うじゃないか、詐欺!と心で悪態を ついた。 「こら、無理な旋回はするな。ダーリン。はいちまうぞ。上昇と下降をまずマスターしろよ。」 ポプランは言ったけれどもう遅かった。 アッテンボローは大きく旋回して敵機の後ろに回り込み、がんがんする頭の中で数値計算と ターゲットロックとビーム砲を発射した。 一機には命中し撃墜できたが、もう一機はポプラン教官の悪魔的意地悪さで、するりと アッテンボローの砲撃をかわしてしまう。 「ブラスターの腕はともかく艦載機の砲撃はまずまずのお手並みだな。にしても心拍が かなりあがっているから無理な旋回はやめろ。上昇と下降で敵機からまずは逃げれば いいし、回り込んで一気に全部たたけるとは夢にも思うなよ。ダーリン。」 そういうことはすでにポプランの手の中にあるって訳だよなとアッテンボローは意識して 呼吸をしつつ考えた。 「次!4時の方向からと11時の方向から敵艦載機と13時の方向に敵巡航艦。どうする。 ダーリン。」 ポプランはアッテンボローの生命データーを逐一確認しながら、けれどけして手を 抜かないでプログラムしていく。 「下降して巡航艦下に潜り込む。」 巡航艦の下部にあるセンサーに感知されないですめば攻撃されるおそれもない。これは ユリアンが初陣で使った策と似ている。 「言うはやすしなんだけどね。ダーリン。」 アッテンボローは機を下降させ加速して巡航艦下部に潜り込もうとしたが、航路計算を一瞬 見誤って巡航艦に見事、突撃してしまった。 「何とかなると思ったんだけどなあ。」 一度目のシュミレーションが終了してアッテンボローは呟いた。 「大きな戦艦と違って一瞬の動体視力と反射、頭脳の三つどもえが必要なわけ。数値を見誤ると 飛んでるコースまで間違うんだ。発想自体は悪いものじゃなかった。」 ようは慣れですな、奥さんとポプランが言うので。 「まだまだやれるぞ。発進からリスタートしよう。」 アッテンボローはマイク越しに夫のポプラン教官に勢い込んでいった。 よーし。 「10回だ。あと9回。さんざん撃ち落としてやるから覚悟しろ。ダスティ。」 彼女の夫はパイロット。 しかも同盟史上NO.2の撃墜王。 アッテンボローがとことんまでたたきのめされたのは言うまでもない。 ヤン曰く。 「時期が時期だし私もいろいろと考えることがある。ということはお前さんにもやって もらうことがあるのだから、無謀な遊びはやめておくれ。お前さんの智謀と度量と裁量は、 用兵家としておおいに有用なんだからね。・・・・・・半日休むのは赦すけど明日から艦隊の 出動準備にはいってくれよ。」 そして、個人的に「ほどほどにしなさい。大事にするんだよ。」とあたたかいお言葉を頂戴 したアッテンボローは自室のベッドで珍しく伏せってしまった。 キャゼルヌやムライにはヤンはこのことでアッテンボローを責めないように、一応手を 回しておいてくれた。 念のためアッテンボローの往診にきてくれたドクター・ミキ・M・マクレインが女性提督の 心情をそれとなくヤンには伝えていたのであろう。 診察をおえたミキはポプランにだけ言った。 「今更ご亭主に言うことじゃないかもしれないけれど、アッテンボロー提督は 基本的に女性としてとっても細やかな神経を持っておいでね。タフじゃない訳じゃ ないけれど、きっと頭の回転がすごく速いんだわ。IQも普通の人より高いし。 だから政局や戦況を察知する能力や、それに対処する解決策を考えるのに エネルギーを費やす傾向があるみたい。・・・・・・何かと損をする性格なのかも しれないわ。」 うちの父が知れば何かと文句を言うでしょうけれどと女医。 「今日みたいにシュミレーションで気を紛らわせるっていうのは悪くはないかもね。 中佐だけがそばにいて護ってあげてくださいね。」 「美人に頼まれなくとも、女房のことには今後よりいっそう留意しますよ。センセ。」 ポプランは言った。 体に大きな不具合はないからと、女医は仕事に戻っていった。 胃腸にやさしいものを作ろうとポプランはキッチンに立って冷蔵庫の中身を検分した。 するとアッテンボローがキッチンまで起きてやってきた。 「無茶がすぎたな。ダーリン。調子に乗って悪かった。」 アッテンボローは首を少し振った。 「いいんだ。酔狂でシュミレーションマシンに乗りたいなんて、一提督としてあるまじき、 だよな。私こそ反省してるよ。」 少しだけ顔色がさえないアッテンボローの美しい顔をポプランは指でやさしくなぞる。 そしてゆっくり引き寄せた。 素直にアッテンボローはポプランに体を預けた。 安心して、我が身を預けられる宇宙で、ただ一人の男。 やさしい唇がおりてくる。 「うちの旦那様はあんなハードウェアの中で日々功績を挙げているなんて、ちょっとえらい。」 「惚れ直しちゃうだろ。」 「うん。惚れ直しちゃう。」 作り置きしているアイスティーにソーダを入れてアッテンボローが飲みやすいように手を くわえつつポプランは軽口をたたいた。 嘔吐こそはしなかったけれど胃の不快感があるだろうからと、渡されてアッテンボローは ティーソーダを一口。 「・・・・・・おいしい。」 冷えたグラスを額にこつんと当ててアッテンボローは、ポプランに寄りかかった。 幸せの重み。 アッテンボローの体の重みは、ポプランにとって幸せな重みで。 「いよいよ金髪の坊やが収支をつけたがる頃合いだろうな。」 女性提督らしい怜悧な面持ちでアッテンボローは、すでにポプランの肩越しの 空(くう)を見つめていた。 ダーリン。 「お前がよくよく将来の展望が読めるのはよくわかるけど。」 すぐそばに。 「すぐそばに俺がいること、忘れるなよ。いつだって。」 いつだってそばにいるんだからと、翡翠色の眸をのぞき込んでポプランは真剣な 面差しで言った。 「お前はすぐ一人で物事を抱え込む。それがリーダーシップであることは承知できる けれど、俺がいつもお前のそばにいること忘れちゃうんだよな。それって良くないぜ。」 ほんとうだね。 ポプランのまじめな口調にアッテンボローは薄い微笑みを見せた。 「本当だね。夫婦なのに水くさいよね。」 うん。水くさい。 ポプランはアッテンボローの額にキス。 皇帝ラインハルト一世は。 「あの坊やはうちの司令官にバーミリオンで作った借りを返して、改めて銀河の 覇者でありたいと焦がれているのさ。民主政治がどうのとかそんなことは問題 じゃない。バーミリオンで「勝てなかったこと」が彼には汚点でしかないのだろう。 だからどうあってもヤン・ウェンリーと真っ向から艦隊勝負がしたいんだと思う。 ・・・・・・だよね。オリビエ。」 グラスを持ったままギンガムのガウン姿をしたアッテンボローをポプランは横抱き にしてキッチンからベッドへ運んだ。 だと思う。 ゆっくり大事に彼女をベッドにおろすと、ポプランは添い寝をするように彼もまた横に なって美しき妻の「明晰なる政治観察」に耳を傾けた。 「だと思うぜ。ヤン・ウェンリーを自分の麾下にくわえたいとまで熱望する銀河帝国の 皇帝だものな。バーミリオンであとコンマ1歩まで肉薄したうちの司令官閣下の存在は、 好ましいものじゃなかろうな。」 だが。 「ちょっとした政治屋がついていれば、ヤン・ウェンリーにこだわる必要性のないことを あの坊やに因果を含めて飲み込ませられんもんかね。・・・・・・無理か。あのご気性 だものな。」 戦争がすきなんだろうなあ。あの御仁は。 「でもうちの司令官閣下は戦争がすきじゃないよ。数十年の平和を愛する人だ。 でも矛盾の塊でもある。」 ポプランの赤めに金髪に指を入れてアッテンボローは呟いた。 矛盾の塊? アッテンボローの指の感触を味わいながら、ポプランはされるがままに眸を閉じて きく。 「戦争は好きじゃない。けれどヤン・ウェンリーほどの用兵の達人はいるかい。 皇帝ラインハルト一世もなかなかだが、数の上で圧倒的優位にあったが戦場で うちの司令官に首根っこをすんでの所で押さえられたじゃないか。敵からすれば 腹立たしい限りの・・・・・・そして倒すに食指がうずく人間。それがヤン・ウェンリー なんだ。」 いまうちの艦隊のおおよその数は艦艇数だけ見れば3万弱。 「とはいえどその大半が修繕が必要な老朽船だ。さきの「神々の黄昏」作戦の折りと 比べて分があるとはいえない。フィッシャー提督がその修繕の筆頭指揮を執っているが ・・・・・・明日から私も執務室におこもりだな。忙しくなる。」 フレデリカじゃないけれどサンドイッチでも作っていこうかなとポプランの髪をなで、 秀でた額に接吻。 「先輩がただのふぬけで卑劣漢だったら、皇帝は我々など無視できるんだけどね。 ヤン・ウェンリーはただの卑劣漢じゃない。」 魔術師なんだ。 その魔術師の背中を見つめてここまで追いかけてきたけれど・・・・・・。 「・・・・・・。少しねろよ。ダーリン・ダスティ。疲れてるんだからな。お前。な。」 ポプランがアッテンボローのまぶたに唇を落として・・・・・・。 規則正しい寝息が聞こえてきた。 アッテンボローの華奢な指に唇を当ててポプランは体を起こした。 「いつでも俺は、そばにいるから。」 by りょう |
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LadyAdmiral