HIKARI・2




結局だめだったんですってね、廊下ですれ違った長身の女性提督に声をかけた

小柄な女医。



「ええ。キャゼルヌ事務監はじめヤン司令官、あなたのお父上のムライ参謀長閣下に

うちのラオ大佐、空戦隊の二人の飛行隊長から厳重にだめ出しがでました。・・・・・・

キャゼルヌ中将にはさんざん絞られましたよ。この物資が乏しいときに詰まらぬ遊行を

思い立つなと、ね。」



アッテンボローが頭をかいて、微笑んだ。



肌が透けるように白いからそばかすが目立ってしまうのだわとミキ・M・マクレインは

思った。

そのそばかすがアッテンボローをとてもチャーミングにしていることも知っている。



そうそうと女医は思い立って手元のファイルから封筒を取り出しアッテンボローに

手渡した。



「先日の検査の結果です。軍医長の見立てと私のは同じです。月経周期も正常ですし

筋腫のたぐいも見あたりません。閣下はきわめて健康な女性といえます。その報告書を

お渡しします。」



こんなところですみませんと「中佐待遇」でこの艦隊に招かれた女医が鈴の鳴るような

綺麗な声で言った。

その報告書に目を通しアッテンボローはふむと小さなため息をついた。



「結婚してもう2年にもなるけれどなかなか子を授かるというのは難しい。おまけに時々

私は男になる。まったくもって・・・・・・女性として情けない気持ちになるな。」

そう呟くアッテンボローにミキは言う。



「まだお若いのですからそう悲観なされないよう。まだ機会はいくらでもあるの

ですから。ポプラン中佐も至極健康なお体をお持ちですし、お二人にはいずれ

時がくれば、かわいいお子さんに恵まれましょう。いつも希望をお持ちくださいな。

それが何よりの妙薬です。」



春の日だまりのやさしさを思わせる女医の言葉にアッテンボローは苦笑した。

「いつも希望か・・・・・・。そうありたいものですね。」

「悲観するのは簡単です。流れに身を任せていればいいだけですもの。楽観主義で

生きるには生命力と、意志が必要です。ちょっとパワーがいりますけど結果的には

充実して生を堪能できますよ。」



黒曜石の大きな眸を瞠らせてドクター・マクレインは言った。



「先生は生命力にあふれた女性なんですね。」

アッテンボローは背の小さい女医を見つめて思う。



第6次イゼルローン要塞攻略戦で女医は夫を亡くしているときいた。

以後軍人を辞めて民間の医者となって首都星ハイネセンを中心に、少ない貴重な医師

として精励していたと聞いている。



「閣下、一人で思い詰めてはいけませんよ。」

黒髪の佳人はすべてを察しているかのような澄み切った瞳をこちらに向けていった。



え・・・・・・。

アッテンボローは即答に困り、

「なんのことだろうか、ドクター。」と降参して尋ねた。



「シェーンコップは男としては最低な部類にはいりますが、僚友としてはまずまずという

ところです。みすみす「ヤン・ウェンリーを死なさない工作」を考えて策(て)を打つのが

いまのあの男の仕事です。・・・・・・同盟軍の事実上の崩壊と、同盟政府の事実上機能

停止を思えば、宇宙のあらゆる蠢動からヤン元帥を護ることこそ、民主主義の苗床を確保

する最短最良であるということはあの男も私も良く理解しているつもりです。」



力仕事はこちらに任せてくださいなと、まさしく生命のかたまりのようなミキが

アッテンボローを見上げてわずかに不敵にも思える笑みを見せた。



「・・・・・・・私はそんな顔をしていたのですか。先生。」

アッテンボローは驚きを隠せずに尋ねた。

そういうわけではありませんけれどと女医。「けれど長くヤンの懐刀であるあなたが

いまのヤンや私たちの状況を把握していないはずがありませんもの。」



そのような心配は蜜月の女性が思い煩わずとも。

「排他的で独善的なシェーンコップと愉快な仲間たちにお任せなさいな。」

そのストレスが一番気がかりですとミキは言う。

あなたのご主人は。



「過去はともかくもあなたと出会ってから一度もほかの女性に心を動かさない

いいご亭主じゃないですか。甘えることのできる男がいるとき、存分に甘えないと

悔やんでも悔やみきれないものですよ。」

経験者は語る。

さしものアッテンボローはしばし言葉を失った。



誰にも見抜かれない自信があったのになあとアッテンボローは、そばかすを指で

なぞった。

「ヤンを護るために。そのためだけに私も宇宙へ還ってきたのですもの。わかります。」

アッテンボロー提督には。



「提督には提督にしかなしえないお仕事が回ってくるやもしれません。でもそれは

艦載機に乗ったり、ヤンの盾になることではないと思います。」

すぎたことを言いましたと女医は小さな頭を下げてその場を去った。



遺されたアッテンボローは、所在なげにしばらく廊下に立ちつくしていたが、

すぐに亭主のオリビエ・ポプランに捕獲されて、熱い抱擁を賜った。







世の中には。



「世の中には剛胆な女性はいくらでもいるものだな。」

昼間から部屋に連れ込まれてポプランからキスの嵐を受け続けているあいまに

アッテンボローは呟いた。



誰よりも愛してる、ポプランの唇の柔らかさと、感触。ベッドに横たえられて、覆い被さる

自分よりも広い背中。温かい肌の温度。ポプランの体の重み。たわむベッドとともに

しなる二人の体。



すべてアッテンボローの大事なもの。



「・・・・・・重い?」

「・・・・・・ううん。キモチイイ。」

あたたかくて。

耳元でささやかれてついくすぐったくて笑いながらポプランの体を抱きしめた。



すっかり衣服をはぎ取られて肌を重ねて・・・・・・蜜月な二人。

息が上がる中ポプランは「世の中の、剛胆な女とは、どういう女のことだ。」と

アッテンボローの白い肌のあちこちに「自分の女」の赤い印を接吻けつつ、きく。



・・・・・・。

白状しても怒らないと約束するか?

白く細い指がポプランの汗ばんだ額をなぞる。赤めの金髪に指を入れてアッテンボローは

愛する男の緑の双眸を見つめた。



アッテンボローしか目に映らない。

アッテンボローしかいらない。



「・・・・・・またよからぬ心配事を考えていたんだな。ダスティ。」

女の宙(そら)色の眸と、上気した薔薇色の頬が艶めいて、言葉にできぬほど美しい。

何年、この女一人を愛してきたのか。



まだ、足りないと思うポプラン。



「・・・・・・怒らない。」

「だめ。やっぱり怒ると思う。」



感じる部分に唇を当てられて、アッテンボローは小さくあえいだ。よりいっそう男の体に

しがみつく。互いの汗でしっとりと空間が埋まってゆく感覚。体だけではなく心も、満ちる

そんな抱擁。



怒らないって。

朱に染まったアッテンボローの厚めの唇は、熟れた果実のように甘い。

ポプランは幾度とキスをしても、やはり足りない。

抱きしめ合って、愛してるとささやき合って。互いに絶頂に達して・・・・・・それでもまだ

お互いがほしくてほしくてたまらない。



そんな時間が過ぎて・・・・・・。

翡翠色の髪がしどけなくポプランの腕の上で流れる。

あたたかい彼に包まれて、アッテンボローは昼間であることすら忘れてまどろみそうになる。



なあ。

怒らないから。



アッテンボローの白い首筋に唇をはわせながらポプランは会話の続きを、ねだる。



・・・・・・。



実はねと・・・・・・アッテンボローがかかえていた彼女なりの心情をやっとポプランに

打ち明けた。



この難しい局面になっている現状の中で、ヤン・ウェンリーやその家族も盾になって

生きようとした・・・・・・青春時代からの純粋な気持ちや・・・・・・ポプランにどうしても

いえなかったそれらの感情を、正直に、言葉を探しながら、嘘にならぬように考えつつ

話した。

ヤンを護るためには・・・・・・最愛の夫であるポプランを遺してゆくこともある。

それでも・・・・・・。



アッテンボローもまた、ヤンが愛した民主政治のあり方を、その思想を支持していた。

反面・・・・・・どうして一人の女としてポプランに護られて生きることに甘んじられないのか

そんな自分にも、どうしようもないジレンマをかかえつつも・・・・・・離れがたい愛しい男と

いつか別れが来ることを早い時期から覚悟しようとつとめていた・・・・・・。



そんなことをポプランに打ち明けていくうちに、アッテンボローは涙が止まらなくなった。



「・・・・・・ごめんな。お前のそういう性格をわかっていながらそこまで思い詰めていたとも

気がつかなくて。本当にごめん。」

ほほを伝う涙を指でやさしくすくい取って、ポプランはアッテンボローの額に唇を当てた。

髪を撫でて。

じっと宙(そら)色の眸をやさしくのぞき込んで。



「・・・・・・お前が優しい女だってこと・・・・・・忘れちゃいないはずなのに。頼りない

亭主ですまなかった。」

そんなことないよとアッテンボローは、ポプランの言葉をやさしく封じた。



「一人で抱え込んでいたのは私が意固地な女だから。オリビエは絶対に私を

受け入れてくれると信じていながら・・・・・・もっと甘えなさいとミキ先生から

言われたよ。」

本当にその通りだよねとアッテンボローはポプランの返事を待った。



ああ。

もちろんその通りだ。

「俺がお前のそばにいる限り、お前がヤン・ウェンリーを護ろうが何をしようが俺は、

お前を護る。お前の、拠(よりどころ)になる・・・・・・安心してすべて預けてくれ。」



ポプランはアッテンボローをやさしく抱きしめ、アッテンボローはその甘い戒めを

眸を閉じて甘受した。



夫婦とは、どんなに稚拙であろうとゆっくりであろうと成熟してゆくものなのかもしれない。

二人ともそんな思いを心に、互いの温度に安堵を覚えていた・・・・・・。



宇宙は波乱に満ちている。

世界は新たな風をもとめている。

ヤン艦隊のみなが少なからずそれを察知している、宇宙歴800年の2月のこと

であった・・・・・・。



by りょう





男のアッテンさんはどこまでも強くあってほしいけれど、娘はポプランに

時に性根から甘えてほしいなと思っています。

大人になるにつれすべてを預けられるひとなど少なくなり一人で生きていくことに

なると思うのですが、甘えさせてくれる誰かがいるときは苦楽をともにするのも良いことだと

思います。


LadyAdmiral