HIKARI・1


寧日、安寧のイゼルローン要塞。



イゼルローン要塞、士官食堂の昼食時に麗しの女性提督と本来なら、明晰なるヤン夫人が

仲良くランチを楽しむところであるが。

レディ・ヤンは何せまごう事なき蜜月。



オンナノコスキーなダスティ・アッテンボロー・ポプラン提督は「仕方なく」亭主のオリビエ・ポプラン

中佐と向かい合って食事をしていた。

なあ。

テーブルの下でアッテンボローはポプランの脚を軽く蹴った。

だめ。

ポプランはグレービーソースのローストビーフに舌鼓を打ちつつかわいい女性提督のおねだりを

却下した。

ちなみにランチメニューはくだんのローストビーフ、野菜のラタトゥーユ、サーモンステーキ

バジルソース、鮑と帆立貝、きのこのソテー エシャロット風味、冷製とうもろこしのスープと

ライ麦のパン。ポプランはさらにチキンカツレツとアスパラのトマトクリームスパゲティを

いただく。



はて。



通常、おねだりをするのは亭主の方でアッテンボローがポプランにこびることは滅多にないはず。

「なあ。いいじゃん。オリビエ。」

「だめったら、だめ。」

「む。子供が小遣いをせびってるみたいにあしらうなよ。一度だけでいいからさ。」

「一度でもだめ。」

「今の時期ならまだなにも起こらなさそうだし、丁度いい頃合いなんだけどな。」

「それでもだめなものはだめだ。」



けち。



アッテンボローはややむくれてパンをちぎり、口に押し込んだ。

「あのさ。ダーリン・ダスティ。」

ポプランはいったんナイフとフォークをおいてきかん坊をあやすように言葉を継いだ。



「ダーリン・ダスティ。お前は高級軍人でしかも、ヤン司令官の懐刀ともいえる軍人だろう。

お前の要望は応えてやれないの。けちとか幼児じゃないんだから、そういうこといわないの。

品格に関わるでしょ。」



世に珍しく。

オリビエ・ポプランがダスティ・アッテンボロー・ポプランに「品格」のあり方をといている。



そこにおよそ蜜月とはご縁のない「恋の達人」ワルター・フォン・シェーンコップ中将が

通りかかって、面妖な二人の会話を耳にしたので足を止めた。



「最近、ポプラン中佐は分別とやらを身につけたようだな。何かと感心するような理にかなった

ことをといて回っている。先日は遺伝子学上の娘に親切にしてくれて礼の言いようがない。

だが、「品格」をのたまうほど品行方正な軍人に転向してしまうつもりか。」

あまりおもしろい話じゃないぞとコーヒーを片手にポプランの隣に腰をかけた。



「おや。不良中年の中将じゃないですか。先日の件ならいくらでも礼を尽くしてくださって

かまいませんよ。小生は言葉より形のあるもので礼を尽くしていただければ幸い。」



先日・・・・・・といってもずいぶん前になるがイゼルローン要塞再奪還の折、前線勤務を志願した

カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長を前線指揮官であったシェーンコップが書類選考段階で

志願を「却下」した。

通称、カリンと呼ばれる15歳の薄く紅茶をいれたようなの髪をした美少女は日を改めて要塞奪還後、

戦闘指揮官である、「生物学上の父親」であるシェーンコップの執務室に不平を申告した。

だが、しかし。



シェーンコップはカリンに興ざめし、カリンはシェーンコップに激高した。

親子げんかをするまでもなく二人の亀裂は深まる一方だった。

美人が戦斧(トマホーク)を振り回す姿を見たくないと言った戦闘指揮官のウィットが

センシティブな少女のかんに障ったのである。



かくて、話すべき論点を見いだすこともなくカリンは戦闘指揮官殿の執務室を辞して

軍港を見下ろせる展望台で物思いにふけっているところを、ポプランに慰められた。

ポプランは後日シェーンコップに、カリンがまだ成熟した人間ではなく、その未熟さをも

もてあましていることを大人であるシェーンコップが、出口に誘って(いざなって)やるのが

筋であろうと進言したものである。



ポプラン独特のユーモアあふれる表現で。



アッテンボローはそのときのことをこういっていた。

「オリビエは時々、まともなことを言うんだ。三日に一度くらいかな。」

とうそぶいたものである。



「冗談はともかくアッテンボローは何をごねているんだ。成熟した魅力あるレディの

願いをポプランが聞かぬとは珍しいこともあるものだ。」

そうだろう、もっと言ってやってくれとアッテンボローは身を乗り出して意気込んだ。



「私だって一度くらいスパルタニアンにのってみたい。」






中将。

「これのどこが成熟したレディの願いだと思います?」

ランチをすべて綺麗に平らげてポプランはため息を一つ。

「カリンもいずれ乗るだろう。訓練するなら一度くらいのせてくれてもいいじゃないか。

この間の要塞奪還作戦では、司令官閣下から直々に「戦局全体を見る力を養ってほしい」

といわれて宇宙にもでれなかったし。一体うちの司令官閣下は一、市井(しせい)の主婦

たる私にどこまで過分な期待を寄せておいでかわからぬけれど、退屈きわまりなかった。

だから。」



一度でいいからスパルタニアンに乗ってみたいんだ。



・・・・・・。

あまり説得力のないアッテンボローの言葉にポプランは苦笑し、シェーンコップは

「じゃじゃ馬。」といって席をたってどこぞへと消えていった。







アッテンボローがスパルタニアンに乗ってみたかったのは何も、昨日今日の話ではない。

少女期に近所の男の子たちと「スパルタニアンごっこ」をするほど艦載機にはあこがれも

抱いていた。

むろん、恥ずかしいので「スパルタニアンごっこ」とはいかなる遊びなのか、ポプランたち

にはいっていない。

所詮子供がする戯れ言。

笑われて、からかわれるのが落ちである。



女性提督は士官候補生になって艦載機シュミレーションをそこそこの点数で単位を取った。



けれどポプランは、「シュミレーションをすると、実際の勘が鈍るから良くない」と断言する。

コーネフとユリアンはそれにはイエスとは言わない。

しかし、シェーンコップがつれてきたムライの娘、そして同盟軍史上初女性撃墜王である

リー・アイファンの娘、ドクター・ミキ・M・マクレインはポプランと、ご母堂に類似があるという。



「うちの母は飛行学校をなめてたから・・・・・・確か艦載機シュミレーションの成績は

Cマイナスだったと思うわよ。結局思うけれど天才は模倣の対象にはならないの

じゃないのかしら。」

ドクター自身もシュミレーションでは手を抜いたのでBマイナスにとどまっている。



「先生はどうして手を抜いたんです?」

アッテンボローは女医に尋ねた。

かわいらしい・・・・・・とてもアッテンボローより二歳年長とは思えぬ小さな顔に愛らしい

大きな眸をしばたかせて、ミキは応えた。



「父との約束なの。あくまでも「軍医」になることだけ赦されたのであって、本来は娘や

養子の息子を、戦場へ送りたくなかったというのが父の本音。」

その我が家の静謐をみだした悪い男が、ワルター・フォン・シェーンコップなのよと

魅力的な笑みを見せてそのときはその話は終わっている。



・・・・・・要はワルター・フォン・シェーンコップ中将という男は自己の欲求に率直であり

性急でもあると、女性提督は結論づけたし女医も異を唱えなかった。



それはともかくとしてアッテンボローは、一度艦載機に、実際に搭乗してみたいと

常日頃思っていた。けれど気がつけば恋人はヤン艦隊2大撃墜王の一人で、しかも

女性殺し(レディ・キラー)たる彼と結婚した。

それ自体は幸せでアッテンボローには不満などなにもないが、やはり達人に教えを

請うことに、ためらいを覚え逡巡してしまっていた。



それに戦艦を指揮する彼女が、制空権の争奪でいつ死地に追い込むやわからぬ

スパルタニアンのパイロットに一度、なってみたいと言えば大きな問題になる。

モラルの面でも、良いことではない。

だからアッテンボローなりの分別で一度として本気で「艦載機に乗りたい」とは

公言もしていなければ、睦言の時にポプランにさえささやくことはなかったはずである。

冗談で言うことはあっても。



現在宇宙歴800年2月はじめ。

来たるべく皇帝ラインハルト一世との戦いを目前としつつも、下準備に明け暮れるいま

だからこそアッテンボローは、スパルタニアン実地訓練に一度参加したいという。



そりゃ訓練するけどさと、ポプランは私室にかえってもまだにごねている恋女房殿を

ベッドで腕枕をして抱きしめつつ、呟いた。



「ところでヤン・ウェンリーの言う「戦局全体を見る」という訓練は有効だったのかな。

ダーリン・ダスティ。」

ポプランの腕に安心して頭をのせて、彼女の美しい、柔らかい肌をさまよう彼の指を

やさしく触れつつ、アッテンボローは言う。

「みな買いかぶりすぎだよ。そもそも私には作戦立案はむいていないし、とてもうちの

司令官閣下をしのぐ、なんて奇跡は起こらないと思う。政治的な判断ならまだ先輩ほど

踊らされるつもりはないんだけど。ドクター・ロムスキーと適当にやる才覚はないわけ

ではない・・・・・・ヤン先輩と比べたら、だよ。」



うちの人間で一番政治的感性を持っているのはフレデリカか、シェーンコップあたりじゃない

かなとアッテンボローは宙(そら)色の眸でポプランを見つめた。



「艦隊運動はフィッシャー名人がおわすし。・・・・・・元々私はあまり提督として秀でたところなど

どこもないんだよ。全体を掌握できる器や器量も、さてどの程度のものか。」

相変わらず自己評価が低い女房殿だなあとポプランは、さくらんぼのような熟れた赤みのある

濡れた唇にキスをした。



それでも。

いずれは自分が暗躍する日が来ることを女性提督は、甘い接吻けのさなかでも、忘れることは

なかった。

いまのヤン艦隊・・・・・・・そして自由惑星同盟の崩壊を鑑みるに大きな嵐が来ることを

女性提督は覚悟していた。

ヤンはその情報にさほど関心を抱かなかったが、ジョアン・レベロ議長は暗殺されたと

きいている。ヤンが関心を抱かなかったのは彼がおろかだったからではない。

そんなことは自明の理で、銀河帝国との全面対決まで自分の戦略構想に入れているヤンには

自由惑星同盟政府の崩壊と、その指導者の横死は言わずもがなであった。



アッテンボローは楽観主義者であるし、健全な思考の持ち主であったけれど今後ヤンが

どのような立場におかれているかはよくわかる。

戦場で宇宙の星くずとなるかもしれぬ。

政治的に暗殺される危険性とてある。



アッテンボローは思う。

自分が幕僚である以上、否、士官学校で知り合って友好をあたためてきた以上、ヤンを

犬死にさせられない。そのためには・・・・・・自分の死や仲間の死を覚悟していた。

当然軍務につく以上、「死」とはまったく無関係ではおられないことを知っているが、強運の故か

アッテンボローは死線をさまよった経験はない。



だが、今後は違う。

提督としての技量如何より、ヤンや令夫人の盾になることを決めていた。



・・・・・・さすがにその胸中を知るものはいなかった。

ポプランですら普段のアッテンボローの無邪気さや、学生気分の抜けない陽気さから

そのような覚悟をしているとはよもや思ってはいない。

アッテンボローをこんなにも愛してくれているポプランを遺す結果になろうと・・・・・・

ヤン・ウェンリーと考えをほぼ同じくする人間として、なんとしてでもヤンを護ろうと

決心していた。



3月にはいればもう本当の戦いの大切りを迎えるであろう。

だからアッテンボローは無邪気な妻のフリをしてポプランにねだるのである。



「同じ、宙(そら)を見たいから。」と。



by りょう





勝手に始まってますがどう終えればいいのかわかりません。


LadyAdmiral