強き者よ、汝の名は女。・3




ヤン艦隊に72時間にわたって喪に服すとの令が出た。



フレデリカはヤンのそばから離れなかったしヤンもフレデリカをそばからはなさないように

していた。二人にしてみればアレクサンドル・ビュコックという人間は希有な友人・・・・・・

尊敬に値する愛する人物でしかなかった。



廊下でユリアンを呼び止めたのはアッテンボローだった。



「先輩の具合はどうだい。」

青年は女性提督と並んでほぼ変わらぬ身の丈になっている。

「やけどはともかく・・・・・・さすがに気落ちなさっておいでです。実をいえば僕も、です。」

アッテンボローもいつもの快活な表情は見られない。なじみは少ないがヤンが慕っていた

人物であれば自分もきっとビュコック元帥を支持したであろうと思われた。いずれにせよ

ムライがもたらした知らせは同盟政府の瓦解であり同盟軍の全指揮は今アッテンボローの

士官候補生時代からの先輩である黒髪の青年が掌握するという厳しい現実であった。



21歳の時、エル・ファシルの英雄と呼ばれるようになったひと。

出世はすると思ってはいたが。



実際には不本意な出世でしかないのだろうなとアッテンボローは沈んだ眸の青年を

見つめた。すみませんとユリアンはアッテンボローをわずかに見上げた。自分一人が

感傷的になっていることを恥じ入った様子であった。



「ユリアン。人の死を悼むことは大事だ。ビュコック元帥にかわいがってもらっただろう。

哀しいのは当たり前なんだよ。何もおかしくないよ。むしろ人間らしくていい。」

薄くほほえんだアッテンボローを見て青年はうなずいた。

わかるつもり、ですとユリアンは答えた。



いつも。

青年はこの女性提督に大切なことを教わっている気がした。

普段はポプランと冗談ばかり言い合ってどのカップルよりも仲がよくてきれいな笑顔を

見せるひとなのだけれど・・・・・・。



ところで・・・・・・。



「ポプラン中佐はどうなさっておいでですか。いつもご一緒なのに。」

アッテンボローは苦笑した。

「あのね。ユリアン。私たちはそりゃ夫婦者だけどもう結婚して半年やそこらの

新婚じゃないんだよ。」



・・・・・・。

あれだけ地球でもさんざん一緒にいたくせにといささか軽い疑惑のまなざしで青年は

翡翠色の眸の持ち主を見つめた。



「でも蜜月なんでしょう。」

「喪に服してるんだよ。」



アッテンボローがいった言葉にユリアンは目を丸くして驚いた。

それも冗談さとアッテンボローは言う。「喪が明ければコーネフの結婚式だし独身で

飲めるのももう最後だからとシュナイダー大佐と三人で飲んでるよ。」

同盟軍最後の主力艦隊を悼むのだとアッテンボローは美しい微笑みを見せた。



それはそれは。

「珍しい組み合わせですね。」とユリアンがいえばダヤン・ハーンからのなじみみたいだよと

アッテンボローは答えた。「男だけで飲むらしいから私はテレサとお茶でも飲もうかなと。

そうそうカリンとも。」



カリンという名前を聞いてユリアンはわずかに表情を硬くした。



薄く入れた紅茶色の髪をした青紫色(パープルブルー)の眸の美少女はユリアンには

彫像よりも硬い表情しか見せないし、硬質クリスタルのような短い返事しかしてくれない。

・・・・・・ユリアンは自分が女の子を喜ばせることができるような人間じゃないことは知って

いたけれどあれほど明らかな嫌悪を向けられるようなことを自分はしたであろうかと

かたくなな少女を見るといつも青年は思い悩む。

アッテンボローはそんなユリアンの変化も見逃さない。



やれやれ。

ティーンエイジャーは難しいと女性提督は思った。



カリンはユリアンを見ると不愉快になると以前アッテンボローに漏らしたことがある。

たぶんそれは嫉妬だろうとアッテンボローは思っている。

ワルター・フォン・シェーンコップはできが悪すぎるとはいえど遺伝子上の父親。

でも当のご本人はカリンなど女性下士官の一人としてしか見ていないし視野のなかに

はいっているのかもわからない。



一方ユリアンはあの女にしか興味がないと思われるシェーンコップが14歳の時から

青年の機知や度量、能力、才能を認め今ではほぼ息子以上のかわいがりようだ。

端で見ている他人のアッテンボローでもそう思える。



捨てられた娘からすれば・・・・・・ユリアンを厭う気持ちはわからぬでもない。

あの父親だもんなあと娘としてアッテンボローはやはりユリアンにではなくこの件に

関してはカリンを応援してやりたいと思う。

「青年よ。あまり深刻に悩むものではないよ。・・・・・・カリンはカリンでいろいろと事情が

あるのは君も知っているだろう。まあつまり君も「男」として手厳しく見られてるんだ。

それだけさ。」

アッテンボローはユリアンの肩をたたいた。

背が高くなったなあと改めて感心する。



「・・・・・・からかわないでください。僕なんてまだ男としてひよこです。」

「でも、カリンはそう認識している。ユリアン・ミンツを男と認識しているからこそ君と

なれ合わないんだ。」

せいぜい。



「いい男になるんだね。ユリアン。そうだなあ。私がオリビエよりやっぱりユリアンがいいと

思うくらいいい男になっておくれ。愛してるよユリアン。資質も素地もあるんだから努力して

私を誘惑してごらん。」

そばかすの女性提督の言葉にユリアンはまた赤面した。

「ポプラン中佐のような男性にはとうていなれませんよ。中佐はご立派です。」



当たり前じゃないか。



「私の男なんだから。宇宙一かわいい男だよ。」



そういってきれいなウィンクをしてアッテンボローは廊下を歩き出した。



運命の三人の女神。

オリビエ・ポプランは自分の最愛の妻であるアッテンボローのことを運命の女神のうちの

ひとり「アトロポス」と呼ぶときがある。

生命の糸を切る女神。

残酷な女神で老婆の姿をしているのに美しい妻を「アトロポス」に位置づけている。

アトロポスに愛された男は死なないとでもいいたいのであろう。



結局惚気られてしまったとユリアン・ミンツ中尉は様々な感情が交差する心をかかえて

若さの中でもてあます。そしてそのままその場で立ちつくしていた。







医務室で父親の検査を一通り終えるとミキはまずまずの健康状態に安堵した。

「大変な旅だったようね。お父さん。・・・・・・フィッシャーのおじさまもお疲れだった。

お父さんもどこも悪くはないけれど栄養剤の注射を打っておくわ。」

ムライ参謀長は立派になったといわれる我が娘に施療を受けることに苦笑した。



「お前がここにいるとは思わなかったよ。」

「そうね。まさかまた宇宙へ還ってくるとは思わなかった。悪いのはシェーンコップよ。

私じゃありませんからね。」

袖をまくり上げて手早く栄養剤を注射した。

ずいぶん。

「さすがにずいぶん医者らしくなったものだな。・・・・・・なかなか手際がいい。」

そりゃあ。

「さんざん反対されて軍医になって。・・・・・・結局は民間医になってからの方の

経験が私を鍛えてくれたわ・・・・・・。今回は白兵もしたし・・・・・・あの男にすれば

私はただの何でも屋みたい。ごめんなさい。お父さん・・・・・・また人を殺してしまった。」

消毒で手が荒れている。

年頃の娘でまだ十分すぎるほど美しい娘だというのに。



いまだになくした夫を思って医師として生き続ける娘を叱責できるほどムライの手も

きれいではない。血にまみれた手をしている。

ビュコック元帥のこと。

「直接存じ上げてはいないかただったけれどとても・・・・・・清廉な生き方をされた

軍人のままなくなられたのね。もしもヤンがこのことを事前に知っていたらこの艦隊も

全滅だったと思う。帝国の軍備に勝てる同盟じゃないもの。・・・・・・こんなこといっちゃ

いけないのかしら。」

母親そっくりの顔をしたE式の美貌の女医が父親の顔を見据えた。



かまわんだろう・・・・・・。

「我々は自由惑星同盟の人間だ。しかもお前は軍人じゃない。自由に発言しなさい。

だがヤン司令官を友人と思うなら・・・・・・彼の前ではそれはいってくれるな。閣下は

一番そのことを悔やんでおいでだ。」

ミキは黙ってうなずいた。



「お父さん。」

「なんだね。」

かなわないことかもしれないけれどいっておくわと黒髪の美しい女医はいう。

「お母さんのために生きてかえってね。とても約束してとはいえないけれど。」

連れ合いに死なれるのは存外辛いものよとミキは最後にいって医療器具を

片づけはじめた。



「・・・・・・お前こそ帰ってやりなさい。私は閣下のお供をするつもりできた。」

ムライはきっぱりと静かにいう。

そう・・・・・・。

またお父さんに反抗することになってしまうわねと娘はほほえんだ。



「私もヤンを助けに来てるの。どう助けられるかはわからないけれど。もうこれ以上

大事な人たちを戦いで亡くすのはいやだから。」

娘もきっぱりと、そしてやはり静かに言い切った。



二人は顔を見合わせて、苦笑した。

「そういうところは私に似たのか母さんに似たのか。」

本当ねとムライの言葉にミキは笑った。「両方とも頑固者だもの。でもきっと融通が

きかないぶんお父さんに似たんだと思うわ。」



ある父の娘の再会はこのように穏やかに行われていた・・・・・・・。






俺は思うんだがとオリビエ・ポプラン中佐はコーン・ウィスキーを飲みながら饒舌に

語った。

「運命の三人の女神のうちの一人はもちろん俺のワイフだ。」

全然喪に服した話題じゃないじゃないかとコーネフはあきれた。

いやあながちそうでもないぞとポプランは残りわずかの独身生活を全く惜しんでいない

他称相棒に口をとがらせいう。帝国からの亡命者であるシュナイダーはヤン艦隊の

気風にならってかすっかりこのウィスキーの味にすっかりなじんでしまっている我に

驚くこともある。



三人の女神には当然あと二人の女神がいる。

ポプランは小瓶を口に当てて指を二本出した。「そりゃ数学的にそうなるな。」と

コーネフ。いちいちうるさい男だなあとポプランはいいシュナイダーは笑みを漏らした。



「シェーンコップの不良中年がつれてきたムライの娘がクロトだろう。」

「どうしてだ。」ポプランの散文的な物言いにはコーネフはなれている。



運命の糸を紡ぐという作業は。「医者にぴったりだとおもわんか。まあなんをいえば

あの女医はいささか乱暴だがな。曲がりなりにも医者だ。軍人ではないらしい。

恐ろしい殺戮能力を持っているくせに。」

女性を悪くいうポプランなどみたことないなとコーネフは笑った。



「ではもう一人のラキシスは誰にあたるとお思いか。中佐。神話ではラケシスともいう

名前をもつ女神が残っている。運命の糸を割り当てる女神、でしたな。」

シュナイダーは普段メルカッツを守るかたくなさは見せずポプランに尋ねた。

それがですねえとポプランは頭をかいた。

「小生の英知を持ってしてもどの女性がラケシスに相当するのかまだ判じかねる

という具合です。大佐。」



なんだ。おちはないのかとコーネフはあきれた。

そしてこうもいう。

「やはり喪に服しているような話しの質じゃないな。」といってウィスキーの小瓶を

目の高さにあげていった。



「我が同盟軍の名将に敬意を払って。」

シュナイダーもそれに習って与えられていたウィスキーの小瓶をあげて習った。

ついにオリビエ・ポプランも残り少ない酒瓶を掲げて

「同盟軍の良心に。そして民主主義に。」



ヤン艦隊の72時間。

明らかに民主主義に奉じた同盟軍最後の主力艦隊で散った仲間をいたんで、

すぎた・・・・・・。



by りょう



LadyAdmiral