強き者よ、汝の名は女。・2




イワン・コーネフ中佐とテレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉との結婚式の

日取りがわずか五日後にはやめられた。ヤンが言わないので今回も媒酌人を

務めるキャゼルヌ中将が理由を述べると。



エル・ファシル独立政府のもと存在する平和団体の決起大会が要塞各所の

ホールで行われるらしい。数が200ほどある平和団体は次々とイゼルローン

要塞攻略後この「虚空の女王」を民主共和制の苗床として象徴化しているきらいが

あった。

もちろん各所で行われる集会にヤン・ウェンリーが招待を受けていた。だが彼は

どの一つにも参加しないと声明をキャゼルヌから出させた。



「一つでれば200でなくちゃ不公平だし、それに私が行く義理はない。」ヤンは

自分では言わないが仲間にはぼやいている。

民主共和制をヤンは大事にしたし人民が運動を起こすこと自体は規制しては

いけないと思っているしむしろ推奨すらする。だが自分の名前を祭り上げられたく

ない。うっかり一つの集会で挨拶をしようものなら、ああ恐ろしいとヤンは言う。



そこで二人のために要塞内の数ある会場を押さえる余裕があったはずが

なんとこの平和運動のために会場が埋め尽くされた。

7ヶ月後か5日後という究極の選択を迫られたことになる。

「キャゼルヌ中将にしては手際が悪かったですね。」

7歳後輩のアッテンボローは頑是無くいう。嫌みを言っているのではない。

「うむ。俺もしまったと思った。迂闊だったとしかいえん。」ということでコーネフと

テレサに7ヶ月後に挙式をするか五日後にしてしまうか要塞事務監殿は

尋ねた。



「・・・・・・。急に降ってわきましたね。」コーネフはテレサをみてどうしようかと

伺いを立てる。それをみてキャゼルヌもポプランもおしりに黒い尻尾をはやして

ほくそ笑む。

あいつ、尻に敷かれているんだなと。

テレサ・フォン・ビッターハウゼン嬢はとても聡明な帝国の子女であるので

「あなたのいいようにいたしましょう。私はあなたに従います。」とコーネフに

美しく可憐な笑みを見せた。テレサは優秀な整備士でもあるが妻としても

なかなか秀でた片鱗をみせてアッテンボローやフレデリカは改めて我が身を

振り返る。



といっても7ヶ月後とはとコーネフは考えた。

そこでヤンという一番えらいひとに7ヶ月後、ヤン不正規軍はどうなっているか

予定を判じてもらうことになった。

「そんなこと私にわかるわけがないだろう。」

黒髪の「まだ研究中です。」という風情の学者にしか見えない元帥閣下は

にべもなく両手をあげた。役に立たない魔術師だといったのはキャゼルヌ。



コーネフさんはテレサに耳打ちをして彼女が優しくほほえんでうなずくと

「5日後にします。」と決めた。

こうなるとキャゼルヌ夫妻は俄然忙しくなり同時に司会と立会人代表を務める

ポプラン夫妻も忙しくなった。今回コーネフたちにはなんの落ち度もないし

神父は軍の礼服があるし花嫁もドレスも決まっている。指輪もある。招待する

客も今回はごく身内になるであろう。といってもヤン元帥とメルカッツ元帥が

出席はするが。



キャゼルヌの叱責を一身に集めたのはもちろん、当然の帰結としてオリビエ・

ポプラン中佐となった。女房のアッテンボローの方は式次第の通り進めれば

よいのでまずまず苦労はない。女性提督は式典に強い。上官のヤンより強い。



キャゼルヌ曰く。

「ヤンでさえもう少しましなことをお前さんたちの結婚式で言っただろうに。」



・・・・・・はっきり言えばポプラン中佐は自分の結婚式でヤン・ウェンリーが何を

言ったのか思い出せなかった。

「元帥閣下の言葉・・・・・・。ディスクに残っているかな。」

など呟くとばかものと叱られる。当然キャゼルヌにである。ヤンはその場で苦笑

する。

「お前は自分の結婚式の祝い言葉すら記憶していないのか。あきれた男だ。ばか。

当然アッテンボローは覚えているだろうな。」

亭主のできが悪いと女房殿にふられる。



「今日はほんとうにおめでとう。・・・・・・二人が交際をしてこうして夫婦になるという

のはとてもすばらしいことだと思う。二人にはぜひ、幸せになっていただきたい。

これが私とこの会場のみなが望んでいることのすべてだと思います。人前式と

言うのは神に誓うのではなく仲間や友人、知人に二人の結婚の誓いをたてる式です。

ですから本日会場にこられた皆さんにはこの二人の結婚の証人になっていただきます。

のちのちまで二人が仲むつまじくあるよう願う次第であります。・・・・・・とのお言葉を

いただきました。」



ダスティ・アッテンボロー・ポプランはフレデリカ・G・ヤンとは比べられないが

記憶力はそこそこある。少なくともオリビエ・ポプラン以上にはあるようだ。

「何でそんな言葉覚えてるんだ。ダーリン・ダスティ。」

不服そうにポプランは唇をとがらせた。

「だって私はヤン・ウェンリーのシンパだからね。」

じゃあ俺の求婚の言葉は覚えてるのかと聞かれてアッテンボローは無邪気に微笑み

「忘れちゃった。」と頭をかいた。事実ポプランからは58回求婚されているので優秀

なる女性提督も記憶が欠落してしまう。

「じゃあ。結婚してください。ミス・ダスティ・アッテンボロー。って俺は言ったんだぞ。

忘れるなんてひどい。ぐれてやる。」



ばかもの。



「これ以上どうやってぐれるつもりだ。それとも今まで品行方正だったと言いたい

のか。図々しい。どうでもいいからさっさとまともな開会の辞を考えろ。」

とキャゼルヌはポプランをにらんだ。

ひでえ話しだよなとポプランは紙にさらさらと走り書きをしてキャゼルヌに恭しく提出

する。



「却下。品性に欠ける。」

突き返されてもポプランはめげることなくまた思案してさらさらと走り書きをする。そして

提出。



「却下。短い。親友の結婚式だろう。しっかり考えろ。」とキャゼルヌは一蹴する。

反古にされた文言をアッテンボローとヤンは広げてみた。



「結婚するやつは馬鹿だ。しないやつは――もっと馬鹿だ。」

「朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし。」



古人の格言じゃないか。アッテンボローとヤンは顔を見合わせて吹き出した。

悪くはないがいささか・・・・・・これだけではポプランらしい冗漫さがない。

愛すべき冗談。



幾度かキャゼルヌとポプランとの間でメモが行き交い13回目のスピーチ文で

やっと媒酌人の許可が下りた。

「・・・・・・。お前さんがこれほどこういう能力がないなんて思ってもいなかった。

えらく時間をつぶした気がする。ああ忙しい。よけいな手間が増えた。」

ほかにもしなくてはならないことが山ほどある事務監殿はできの悪い立会人代表を

鬼のような形相でにらんで違う手配をはじめるためにその場を去った。



できの悪い立会人代表の方は気を悪くした様子もなくさらに口笛すら吹き及第点が

でた「立会人代表開会の辞」をあっさりびりびりっと破いて花吹雪にした。

「オリビエ、なぜそんなもったいないことをしちゃうんだ。せっかくキャゼルヌ先輩の

お許しがでたのに・・・・・・。」

不可解な行動をする亭主にアッテンボローはあわててきいた。



だって。



「だんなをからかうのって楽しいじゃん。久しぶりに邪魔するとおもしろいな。当日の

スピーチはもう頭の中に入れてる。世間で言うおれの「相棒」らしい人間の結婚式だし

たっぷり愉快な言葉をお見舞いしようじゃないか。」

こら。

「じゃあさっきの13回のやりとりはどうなるんだ。」

かわいいアッテンボローが唇をとがらせて尋ねるとその唇にキス。



「あれはジョークに決まってる。」



ポプランがはっきりと悪びれることなく言うのでヤンとフレデリカはその場で笑った。

アッテンボローはちょっと困った顔もしたけれど。

「しょうがないやつ。」と言って優しくほほえんだ。







結婚式かあとベッドの中でアッテンボローは薬指の指輪をしげしげと見つめて呟いた。

二人のアンフィニの結婚指輪。アッテンボローは近く行われるコーネフとテレサの

結婚式に心が弾んでいるようである。



「ひとの結婚式の方がそんなに嬉しいの。ダーリン・ダスティ。」

「ひとの葬式より嬉しいことじゃないか。嬉しいに決まってる。」

ポプランの腕枕でアッテンボローはほほえんだ。

美の女神がいるとするならば。

アッテンボローの微笑みはその女神すらもときめかせるだろう。翡翠色をした眸は

生命力にあふれきらきらしている。W式の女性にしては肌のきめが細かくてほんのりと

上気した頬はそばかすがあっても透き通るようで美しい。ボブにした髪の毛は眸と

同じ翡翠の色。さらさら流れてそのさまが艶めいている。



でも。

「でも、どう考えても俺の花嫁の方が魅力的だなあ。」

ポプランはアッテンボローのきれいな鼻筋をなぞって少しあたたかい頬に唇を

当てる。

「もお。キスばかりする。」

腕の中でアッテンボローは笑う。この笑顔のために生きていると言っても過言

ではないとポプランは思っている。

アッテンボローのいない世界など考えられない。

彼女のいない日々などポプランはいらない。

アッテンボローの指の長い手を取って白く輝くプラチナのリングをポプランは

いじった。



結婚指輪か。

「独身主義者だったお前の指にこのリングをはめたときの気持ちは忘れられ

ないなあ。ヤン・ウェンリーのことばなぞ覚えちゃいない。コーネフにしたって

俺が何を言ったところで一時間もすれば忘れる。開会の辞なんぞ適当でいい。

おざなりの言葉で十分だ。」

ひどいことを言うよなとポプランの鼻を軽くつまんだ。



「せっかくの結婚式なんだしお前さんたちは一応「親友」なんだろう。感動するような

ことをいえばいいじゃないか。」

アッテンボローの眸の色が翡翠色から宙(そら)の蒼い色に変わっていく。ポプランを

見つめるとき彼女の眸の色は不思議なのだが宇宙の色に変わる。アッテンボローが

好きな男を見つめるときポプランが愛する色になる・・・・・・。



アッテンボローは実は完全なW式でもないらしい。

「うちの父かたの祖母がE式でその肌の質を受け継いだのかもしれない。どのみち

私は父親の血の方が濃いんだよね。」

そばかすがあっても肌のきめの細かさや白さは一族の中でも麗人といわれた

女性に似たらしい。



「ついでにE式のそばかすの少なさが似ればよかったのに。ミキ先生なんて

私より年上なのにしみ一つない。あの人も化粧をしないひとなのにな。」

あの怖い先生か。

ポプランは美人を嫌ったことはないはずなのだがあまりに仕草や物言いがもと

ヤン艦隊幕僚ムライ参謀長にそっくりであるミキがどうも・・・・・・苦手のようである。

あの先生はきれいだけど。



「母親のDNAはともかく父親のDNAがまずい。」

と言ってのけ。



それに。「ダスティにはそのそばかすがあった方が愛くるしさが増していいぞ。おれは

大好きだな。」

また容赦なく甘いキス。

懐かしいイゼルローン要塞での二人の昔のままの部屋。

多くの荷物はハイネセンへ送られているけれど。



それでも二人の愛の巣。



アッテンボローはくすぐったいと身をよじりながらかわいい声で笑う。腕の中の柔らかい

アッテンボローの肌の温度がポプランには心地よい。

お前はあの先生が好きじゃないんだねとアッテンボローはポプランの耳元でささやいた。

「ご面相だけならかわいいのにな。」

苦手というのはもったいない気はするが苦手だともとレディ・キラーは言った。



シェーンコップ中将殿はお気に召しているご様子だけれどなとアッテンボローを優しく

抱きしめて呟いた。この重さ。女性に体重の話しは御法度だがポプランはアッテンボローの

体の重さが実は一番気に入っていた。

「・・・・・・カリンが変な誤解をしなければいいんだけれど。」

アッテンボローはポプランの胸の上で呟く。

思春期の難しい時期だから。



「変な誤解といってもシェーンコップの不良中年はたとえあの先生とプラトニック

であろうと結局たいてい夜になれば様々な赤毛や黒髪の特上の美女を調達しては

愛をはぐくんでいるご様子。誤解でもなんでもなくシェーンコップはカリンの父親として

最悪だと思うけどな。おれならあんな父親なら小遣い15年分せびるだろう。中将

お金持ってそうだし。」

全然冗談に聞こえないのでアッテンボローは笑わない。

まあ、たしかに。



「要塞防御指揮官殿はグラマラスで長身の美女を常にエスコートしている。

その女性たちは日々異なりそのさまは百花繚乱である。

父親としての自覚なんてあるのか疑問だけど・・・・・・カリンのことは気がかりだな。

父親が愚か者であろうがカリン自身はよい資質を持っている。けれど何かもてあまして

見ていて時々気の毒になる。」



お前は。「お前はカリンの上官なんだからしっかり面倒見てやれよ。オリビエ。」

柔らかいアッテンボローの唇が重ねられて。

・・・・・・。

むしろ。

「むしろほかの女性の面倒を見るより俺としてはお前の面倒だけを見ていたい。」

まじめにポプランが言うので・・・・・・。



仕事中は。

「仕事中はカリンのことちゃんと見てやれよ。あの子はお前を頼りにしているんだし。」

でも。

二人のときは。



「私と二人のときは・・・・・・ほかの女性のことは考えないでくれ。」

と頬をほんのりと赤らめてアッテンボローは小さな声でささやいた。さらさらと翡翠色の

髪がポプランの頬をなぶる。抱きしめるとアッテンボローの香りがする・・・・・・。

柔らかな優しい香り。



夫婦そろってフェミニストって言うのも問題ありだよなとポプランは宙(そら)色の

アッテンボローの眸を見つめて・・・・・・。



結婚して一年半もたつけれど。

二人は蜜月のまま。



そして便りというものはある日突然やってくる。

吉報と・・・・・・凶報。

吉報というのは過日ハイネセンを出立したムライ、フィッシャー、パトリチェフが残存

艦隊を率いてイゼルローン要塞にはせ参じたこと。

「これのどこが吉報といえるのか俺にはわからない。」とポプランはバイバイ・マーチを

口笛で吹いた。アッテンボローは秩序あるムライ参謀長のご登場で自分がコーネフの

結婚式の司会をしなくてすみそうだとほくそ笑んだ。



しかし。

凶報はあまりにむごたらしく、ヤンでさえその知らせを耳にして持っていた紙コップの

熱い紅茶を握りしめ手にやけどを負った。そんなことよりその知らせこそがヤン・ウェ

ンリーの心の傷を深くえぐった。手の痛みなど感じない。



己の読みの浅さをまたここでヤンは一人痛烈に感じた。



その知らせとはアレクサンドル・ビュコック元帥の死である・・・・・・。



by りょう



途中まで書いていた話しでしたがなかなか進まず今更アップです。

裏もがんばりますがこちらもがんばります。一応メインですから^^

今年中には終わりますように・・・。加筆訂正しました。


LadyAdmiral