人間はこの宇宙の不良少年である。・3
イゼルローン要塞際奪取作戦に赴く面々をヤン夫妻とともにアッテンボローは 空港で見送っていた。 シャトルに乗る前ポプランはアッテンボローにまたも人目などはばからない熱い 抱擁と接吻を贈り「愛してるぜ。俺の提督。」といって駆け出していった。 残されたアッテンボローのほうが恥ずかしい。 二人は宇宙暦800年新年を離れ離れで過ごした・・・・・・。 女性提督とハートの撃墜王の夫婦。 「父の話を聞いている限りでは女性提督はまれに見る女傑ね。同盟軍初めての 女性提督。そして最年少提督。第10艦隊を残存させた力量は稀有。一方亭主は 同盟軍史上最多撃墜王にあと一機足りない撃墜王殿。いい体してるし今回の作戦 でも使える男。・・・・・・ずいぶん派手な二人が夫婦になったわね。」 同盟軍女性最多撃墜王を母に持ちヤン艦隊の参謀長を父に持つ ミキ・M・マクレイン退役中佐は友人のワルター・フォン・シェーンコップ中将に言った。 でも。 「あの二人はいつも出撃前はああいうお熱い別れをするの。・・・・・・ 困ったものね。規律も何もあったものじゃない。」 女医は外見は母親そっくりのE式の美人であったけれど気質は父親の ムライにそっくりで小言が多い。もっともムライはまじめな人間なだけで 元来小うるさいのではない。 人間をよく見守るよい性質も持っている。 ゆえに女医もそれは受け継いでいる模様である。 「あの二人はいつもああだ。規律など関係ない。結婚ごっこを愉しんでいる 真っ最中なんだろう。」 結婚ごっこねと女医は反芻して言った。 「少なくともお前さんとお前さんの亭主のほうが夫婦としては出来がよかった。 俺などが邪魔する隙が無かったからな・・・・・・。」 その割にうちでよく食事してたわよねと数年前女医がまだ未亡人でなかった 幸せな時代をふと思い出す。 「子供でも生まれればポプラン夫妻も落ち着くでしょう。それにきっとあの二人は 小市民的な夫婦で落ち着けないのじゃないかしら。ヤン夫妻もそうだけど。」 ワルター・フォン・シェーンコップはシャトルで宇宙に出るまでの間隣のシートに 座った気心知れた「女性の友人」あるいは「僚友の妻だった女性」と会話をする。 アッテンボローは。「時々男になるんだ。知っていたか。」 それを聞いて後ろからポプランが顔を出した。「そうなんです。美人で怖い先生 一度うちのワイフの体を診てやってください。」 案外オリビエ・ポプランがまじめなおももちだったのでミキは意地悪を言わないで 了承した。 「でも基本的にここの軍医長が大丈夫って言っているでしょう。私もバーソロミュー の見解に賛成してるの。たしか旅の途中でも生物学上の男性になったとか。二日。」 まだシートベルト着用区域にもかかわらずポプランはアッテンボローのこととなると 見目麗しくても中身参謀長の女医にお尋ねする。 アッテンボローは気にしないようにしていても。 「今までは一日で治まっていた症状が結婚して出てこなくなった。一年後突然現れて 二日続いた。ワイフが気にする気持ち、先生わかるでしょ。」 さすが撃墜王。 不安定なシャトルの中でよろよろしつつもたっている。 平気な顔して。 「気にするでしょうね。私だってカルテを見ていなければあなたのほら話 だと思うわ。アッテンボロー提督はうそをつけるタイプじゃいし。」 ポプラン中佐って不良少年そのものですものねと女医は言った。 「でも先生と仲がよい男は不良中年ですよ。」 ここまでは黙って会話を聞いていた戦闘指揮官殿はやや憮然といった。 こらポプラン。「俺は中年じゃないぞ。おとなしく着席していろ。小僧。」 だって。 「うちのワイフのこと心配ですもん。作戦より。」 さすが女に命をはっている男は言うことが違うとミキは感心した。 アッテンボロー提督の場合。 「人間という種が急に性が転換することは自然界ではありえない。魚類には あることだけどめだかやクマノミ。脊椎動物で今のところ性転換が確認できている のは魚ね。でもダスティ・アッテンボローは魚じゃない。人魚姫でもない。」 ダスティ・アッテンボロー・ポプランですってばと撃墜王殿はささやく。 あ。そうねとミキ。 「無脊椎動物では雌雄同体は珍しくない。植物もそう。でも彼女は人間。 雌雄同体でもない普通の女性のはず。半陰陽であればセックスチェック でわかるから。軍医殿と判例を読み漁ったけれどないのよ。ポプラン中佐の 奥様の珍しい特徴は。」 でも。 「アッテンボロー提督は完全なる女性。月経もあれば排卵もしている。あなた とのお子さんをほしいと思ってらっしゃるけど問題なく妊娠する体をしておいでよ。 性転換が原因ではないわ。すぐに女性の戻ることを考えると簡単言えば胃炎と 似た症状かな。彼女が妊娠しない理由はひとつ大きいものがある。・・・・・・ここで 言ってもいいのかしら。」 E式の女性の顔つきは年齢がわからない。ポプランの目の前の美人は ヤン・ウェンリーと士官学生時代基礎学科が同じだったという。 もともとヤンの年齢もわかりにくい。 けれどポプランの大事なアッテンボローと比べてもどっちが年上かわからない。 黙っていれば・・・・・・・レディ・ヤンより幼く見える。 そこまでいったら。「きかせてくださいよお。センセ。」 ポプランは命運がかかっているし答えが知りたい。 シェーンコップは自分には娘が生まれこの男にはご落胤がいないことに 不思議さを感じていた。 やっぱり。 「3桁の女性とベッドインしているはずの中佐に子供の1人もいないことは 興味深いわ。むしろアッテンボロー提督のお体より中佐の精子をもう少し 調べなくちゃね。奥方はごくごく健康でむしろ頑健な女性で問題なし。 問題があるのはあなただと私は思っているの。」 揺れるシャトルの中でポプランは平衡感覚を保ち立っているけれど。 軽い衝撃を受けた。 「・・・・・・・小生、ですか。」 うんとミキは答えた。「デリケートな話題だからこんなところで悪いかなと思った けれど・・・・・・・私の主人の精子も数が半分だった。でも実は私も簡単に妊娠する 体ではないの。これもさまざまよ。でもユリアンから聞いたけれどひとつ朗報だと 思ったこともあるのよ。」 ・・・・・・・後部座席で自分の名前が出た・・・・・・。亜麻色の髪の青年はわずかに はて知己の女医に何を言っただろうかと前方のシートで着席しつつ考えた。 シャトルがシートベルト解除となりゆらゆらと揺れていたポプランもやっとまともに 地に足をつけた。 「地球とやらでサイオキシン麻薬を微量でも毎日摂取していたようだけれど そんな時期にアッテンボロー提督だけがうまく解毒したそうね。彼女がもし そのときに受胎していたら大変だったと思う。アッテンボロー提督は異物が 体内に侵入するとうまく体が排出するみたい。よい体だと思う。・・・・・ん。 じゃあポプラン中佐の精液を彼女は異物とみなしているのかしら・・・・・・。」 ひ、ひどい。 さすがのポプランもなきそうになりシェーンコップは呵呵大笑した。 「ごめんごめん。嘘よ。嘘。一年避妊せず夫婦生活を営んできたん だからこの説は無いわ。大丈夫。焦らず仲良く子づくりなさいませ。 きっと二人はどちらに似てもいい子供に恵まれる。・・・・・・仲がよすぎる 夫婦は子が授かりにくいでしょ。うちの両親だって結婚して3年できなくて 苦労したんだから。」 ポプランは立ち直りが早い。 「参謀長閣下とリー・アイファン中佐はどのようなご夫婦なんですか。」 そうねえと女医は考えていった。 「比翼の鳥、連理の枝ってところね。何せ母は父を溺愛しているから。」 ・・・・・・。 あれほどの女傑で美人とされる伝説の女性艦載機パイロットが・・・・・・。 ムライ参謀長を溺愛・・・・・・。 つい黄昏を背負い込んだような気持ちになる撃墜王殿であった。 みかねたシェーンコップは言う。「そうしょげるな。ポプラン。あの同盟史上初の 麗人ともいえる女性提督がお前を溺愛している。男と女はこれだから面白い。」 なんだかいけ好かない二人だなとポプランは仏頂面になる。 「そう。男女の関係は面白い。シェーンコップ中将ともあろう方がこれだけの美人 女医とただの友達だなんてもったいなくは無いですか。ま、小生はあなた方が 男女の関係だと聞いても驚きはしませんがね。」 ポプランの言葉に対し 「この女と?冗談じゃない。」 「この男と?よして頂戴。」 とそろって強弁に反論した。しかも二人とも相当うんざりしたというていで 言ってのけ互いに顔を見合わせるとふんとそっぽを向く始末。 何なんだろうなあ。この二人。 男女の神秘を心に秘めてポプランは自分の座席に腰を下ろした。 今回の作戦ではアッテンボローはヤンの希望があって戦局全体をみる力を 養うために宇宙へは飛んでいない。 何をしているか。 司令部のあるビルの官舎でカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長を 相手にお手製ディナーをとっていた。エル・ファシルではまずまず材料が そろう。 アッテンボローはほぼ満足して手料理をカリンに振る舞っていた。 「でもポプラン中佐はよくアッテンボロー提督をお連れになりませんでしたね。 寂しくはないですか。提督。」 お。いっちょまえにからかうんだねとアッテンボローはカリンに言われて一言。 「寂しいよ。」 とにっこりとほほえんだ。 けれどイゼルローン要塞のコンピューターシステムの罠を仕掛けたのは ポプランとキャゼルヌ。 原案はヤン・ウェンリーだが実行段階では主にポプランは大きく関わって いる。 「となればいくなともいえないだろう。まあいいさ。広いベッドでゆっくり眠れるから たまの不在もいいんだ。」とアッテンボローは半ば本気で言っていた。 アッテンボローはポプランが大好き。 ポプランはアッテンボローが大好き。 だからこそ。 蜜月のままアッテンボローは眠れない。ポプランは本から睡眠が短くても若さと 体力でカバーできる。アッテンボローも体力はあるから短い睡眠でも大丈夫。 でも。 たまにはゆっくり寝たい。それが本音。 ところで。 「要塞攻略陸戦要員からはずされたのが不服らしいね。オリビエから聞いたけど。」 帆立貝の冷製と蟹と白身魚のムースと牛フィレ肉のソテーに蒸し鶏のサラダ。それと ペンネのホワイトソース。 はいとカリンは少し小さくなって答えた。 「どうも戦闘指揮官殿は・・・・・・私のことをご存じだと思うんです。自分の遺伝子をもつ 娘だからという理由ではずされたのなら・・・・・・不愉快です。」 だって。 いつも隣にいる華奢な女医。 「ドクター・マクレインは今回の作戦で陸戦志願していないのに登用されてます。 女性なのに・・・・・・。娘だという理由ではずされたのかなと思うと・・・・・・。」 そこまで言うとカリンは困ってしまい黙った。 ふむとアッテンボローは考え、言った。 「ミキ・ムライ・マクレイン退役中佐殿はなかなかの強者らしいよ。 シェーンコップが言うには帝国軍の提督と渡り合ったという過去も 持っているらしい。射撃の腕に至ってはあの御仁でもかなわないと いう。女医殿は小さく可憐な容貌をしておいでだがそもそも軍医は 最前線で士官の治療をするし指揮官が人事不省になれば その場の指揮も執るからね。有能な人物でなければつとまらない。 私のようにふらっと士官学校を出た人間以上に戦いになれておいで なのかもしれないな。」 といってみても。 カリンがおもしろいはずがない。たとえ遺伝子だけ受け継いだとはいえど 父親である。その父親は常に女医かその夜の女性をそばに置いている。 シェーンコップと女医がいくら「清い関係」と言っていてもそうは見えぬほど シェーンコップは女医を気に入っているようにしか見えない。 口説かれたことのあるアッテンボローでさえ思う。 ご執心だなと。 「そりゃカリンはおもしろくないよね。シェーンコップはなんだかな。 いつも愛情が屈折している。素直じゃないんだ。自分の父親があんな だったら私だっておもしろくないと思う。不良中年だもんな。」 料理を口にしてアッテンボローも考える。あの男が自分の父親だったら。 もしくは自分の亭主であの男の子供生みたいか。 答えは明るいものではなかった。 でも。 「シェーンコップは実用的な男だからやっぱりカリンのように訓練を受けて いない女性士官を今回の作戦に使わなかったってのが本当だと思うよ。 あいつはややこしい男だけれど・・・・・・卑怯でもないし仕事はできるからね。 ひとのことはよく選ぶよ。」 こしゃくな男だよねとアッテンボローは赤ワインを口に含みほほえんだ。 「ということはまだ親子の対面はしていないのか。」 今気がつきましたと言わんばかりにアッテンボローは翡翠色の眸を大きくした。 カリンは苦笑した。 「・・・・・・。ポプラン中佐は15年分の小遣いをせびってこいとおっしゃりますが ・・・・・・。」 そっかと女性提督は一杯のワインを飲み干して手酌でもう一杯。 あの男は難しい男だからなとアッテンボローはしきりに言う。 「たぶんあれで繊細なんだろうと思う。というか男ってみんな繊細だよ。うちの オリビエにしろ複雑な男心とやらを後生大事に持っている。だがあいつの場合は ・・・・・・。」 かわいいんだとアッテンボローは笑顔で言った。 断言した。 「ポプラン中佐は素敵です。男らしいし卑怯じゃないし、堂々としてます。」 カリンはほほえんでいった。 シェーンコップも。 「男らしくて卑怯じゃなくて堂々としているよ。だけどあいつの場合・・・・・・。 排他的な空気を持っているよな。怜悧な刃物とまで言わないけれど機転が 利かない人間を相手にするのは嫌いだし、機転だけで小細工するやつとも 徒党はくまない。」 君のお父さんは本当に難しい男なんだよと女性提督は言う。 じゃあ。「中佐は難しくない男性なんでしょうか・・・・・・。」 カリンはアッテンボローに質問した。ふつうなら失礼に当たりそうだがカリンは アッテンボローを姉のようにしたっていた。 ああ。あいつか・・・・・・。 「簡単じゃないけどね。いい点が一つある。」 きらめく翡翠色の眸が少女にはとても美しく見えた。 「何をさせてもあいつはかわいい。」 ポプラン中佐は幸せだろうなとカリンは思う。 こんな美しくてなんでもできる女性の愛情を一身に背負っている。 「蜜月って甘いんですね。」 少女は無邪気に笑った。 by りょう いるまさまのリクエストとして成立するのかなぞですが 「コップとミキ先生からみたポプランとアッテンボロー夫妻」ってものを 少しばかり触れておきました。 |