人間はこの宇宙の不良少年である。・4




宇宙歴800年1月12日。



イゼルローン要塞からまんまと・・・・・・生命をかけたペテンでルッツ艦隊

1万5千隻をおびき出すことに成功したメルカッツ提督の指揮する艦隊。

ひどいことを考えるよなうちの司令官殿はとポプランは人ごとのようにいうが

ヤンに細かい仕掛けの忠告をしたのはまごうことなき、彼である。



ただしやはりルッツ艦隊が出てくる時期の計算はヤンが自ら実に緻密に

行っていた。

ヤンの策はペテンでしかないわけだが人数が圧倒的に少なく戦力も乏しい

彼らが要塞を再奪取するにはしかたがない。

帝国軍コルネリアス・ルッツのもとに皇帝からの通信文が送られる。

出撃を命じる通信文、要塞防御を命じる通信文二つがことごとく乱発

された。



ルッツは無能ではない。

けれどこうも情報が錯綜しそこに「ヤン・ウェンリー」というスパイスが

加われば非凡な男であってもどちらの命令が皇帝からの指令なのか

懊悩した。



当然これには大きく「ヤン・ウェンリー」は味付けをしておいた。

一方のルッツは愚鈍でもなければ優秀な男であった。ではあるが

情報戦に聡い男ではなかった。

ヤンはバグダッシュに二つの相反する指令をイゼルローン要塞に

送っていた。



皇帝からの命令は1月7日初めて発令された。

第五の通信文。これこそ皇帝ラインハルトの発した誠の命令である。



それまでの通信文はすべてヤンの奇計である。

さらに情報は乱立しもう正当性を見分けることができる人物は

イゼルローン要塞の帝国軍人にはいない。



ルッツは意を決して1月12日艦隊を率いて要塞出撃をした。

メルカッツ率いる艦隊の人間は1月13日これを前祝いだと喜びウィスキーの

回しのみをした。「ヤン艦隊一の紳士」であるメルカッツもそれを酔狂

と好んだ。

この気楽な気風がヤン艦隊のならいである。けして安穏とした道がひらけた

わけではない。

陸戦の強者シェーンコップはメルカッツ提督の命令を受け前線指揮を

任された。

この帝国からの亡命者の美丈夫はつゆほどの不安もない。

ごく貴族的に司令官に恭しく挨拶をすませると典雅に戦いに赴いた。



ルッツは真正面から正々堂々とヤン艦隊をたたく気持ちでいる。

もっともヤン艦隊でもなくメルカッツの艦隊であったのであるが。

この相手が質実剛健なるルッツだったからこそ情報作戦というヤンの

小細工が入り込む隙があった。小細工を弄するのはルッツに失礼で

あるがそうもいっておられない状況がヤンにはあった。

数がこちらは圧倒的に不利なのだから。



出撃したルッツ艦隊はわずかな数の煩わしい敵を一掃すべく要塞

「雷神のハンマー」発射を命じたがイゼルローン要塞ではもうすでに

ヤンが仕掛けた「たちの悪い罠」が張り巡らされ要塞内の帝国軍兵士

たちでは要塞のシステムコンピューターを完全に操作できない状態にされた。

無力化されたのだ。

幾度も要塞に送り込まれた通信文の中にはヤンが数年を労して考えついた

防御システムを無力化にするキーワードが作用していた。

とてもハイセンスなキーワードとはヤン自身も主張できないが代わりに

帝国軍の誰もそのキーワードを割り出せる人間も皆無である。

ルッツ艦隊が要塞内の異常に気づき反転、要塞に戻ってくるまで

わずか5時間。



この間に要塞のシステムを奪取し「雷神のハンマー」をこちらが発射

できなければヤンたちは一巻の終わりである。



「ハードワークだな。」コーネフはこともなく呟いた。

フェイントの爆発で要塞内に進入を果たしたメルカッツの艦隊。要塞の

港湾施設に侵入した。本来であれば帝国に容赦なく攻撃をされるところで

あるが要塞防御システムは帝国の人間にはどうにもならない。陸戦部隊

同士の野人の戦いがまっている。



「おいおい。冗談いうな。まるでいままでハードワークじゃなかった

風に聞こえる。ヤン・ウェンリーの手下でいると命がいくつあっても

足りないぜ。」

オリビエ・ポプランは不機嫌である。

亜麻色の髪の青年に語った理由は

「地に足をつけて戦うことにならされること。」が宙(そら)を愛する撃墜王殿

には耐え難い汚辱なのだ。

陸戦部隊はシェーンコップを先頭に懐かしきイゼルローン要塞に踏み込んだ。

ゼッフル粒子が充満しており火器の使用は不可能であり、戦斧(トマホーク)と

軍用ナイフの勝負である。

帝国軍の装甲服団と接触。



「遅い!」というあいまに三人の首を戦斧(トマホーク)でなで切りにした

女医を2大撃墜王とユリアンは驚きの目で見た。

「お前たちはさっさと行け。小細工はお前さんの領分だろう。ポプラン。」

シェーンコップもクロスボウで射抜かれるところを恐ろしい反射神経で

かわして敵兵二人に戦斧(トマホーク)を振り下ろした。

薔薇の騎士連隊とサイレンの魔女がいる。

帝国軍兵士たちはそれだけで士気をそがれたかのようにわずかに

ひるんだ。とはいえど帝国には帝国の勇士もいるのであろう。

だがシェーンコップがつれてきた小さくて華奢な女医は陸戦において

すべて先手先手で帝国軍人たちは武器を使う前に彼女の手で天上

(ヴァルハラ)へ送られている。

「早くいきなさい。こんないじましい姿をあんまり美男子には見せたくないわ。」

血しぶきを浴びても平然と次々と攻撃をかわし男たちの屍を超えていく

「サイレンの魔女」の姿があった。

薔薇の騎士連隊も後に続く。



「美人の願いは素直にきいてやれ。急げ。ユリアン。」

シェーンコップは青年に指示した。

ここは陸戦の達人に任せた方がよいとポプランはユリアンに目で

サインをして走り出した。第四予備管制室にあらかじめポプランと

キャゼルヌは細工をしていた。中央司令室を通らない第四なら帝国軍の

抵抗にあわずにシステムの制御が可能だとポプラン自体がヤンに

過日忠告したのである。

さしたる抵抗もないまま四人はただ走り抜けて部屋に飛び込んだ。

ポプラン、コーネフ、ユリアン、マシュンゴ4名は2320時第四予備

管制室を占拠した。

帝国軍にすればこの四人が一つの予備管制室を制御したとしても

さしたる痛痒を感じていなかった。



だが。



ここを占拠しシステムを制御することにこそ今回の要塞再奪取が

かかっていた。

ポプランは操作卓に血まみれのナイフを投げ捨て指を走らせた。

メインキーは彼しかいれることができなかった。それがすむとすぐ

「ユリアン、後は任せた。」と青年にあとを託した。

青年は教えられたとおりの暗号を正確に素早く入力した。背後では

三人の年長者が血しぶきを浴びた顔のまま苦笑している。



「うちの司令官の考えることはなあ。」

ポプラン一人上機嫌で口笛を吹いた。

青年が入力し終えると中央司令室ならびにすべての要塞のコンピューター

システムをヤン不正規軍が再び手に入れたのである。



「雷神のハンマー」をこちらの手中に収めた。



ここにきてすべてを悟ったルッツは艦隊に「雷神のハンマー」射程外へ

退却を命じたが遅かった。シェーンコップたちは次々とフロアを制圧する。

薔薇の騎士連隊が一歩進めば帝国軍は二歩退却するという有様だ。

「これ以上の血は流さなくてもよかろう。」

シェーンコップはついに中央司令室を占拠した。ルッツの代わりに

ヴェーラー中将が降伏をするゆえに部下を殺さないでほしいと宣言した。

ユリアンの一存だけでは決められない。15分後に正式回答をすると

青年は答えたものの負傷者の無惨さをみるにつけいち早く治療すれば

助かる人間がいることを留意して7分後に正式に回答した。



帝国軍中将は受諾されると自害し果てた。



こうしてまた蕩児たちがイゼルローン要塞に帰還したのである。



メルカッツは驚きと感嘆をヤン・ウェンリーに禁じ得なかった。

ヤンは今回エル・ファシル残留であったにもかかわらず遠隔で部下を配置し

またも味方の血を流すことなくイゼルローン要塞をわずかな人数で

再奪取した。確かにポプランやキャゼルヌ、シェーンコップらの功績も

大きいがこの一糸乱れぬ作戦遂行能力は敬意を表するに値する。



用兵家の原則として多数に少数で勝つことはおよそ無理である。

基本的概念でありヤンもそれはよくよく自覚している。

けれども今回のこの作戦ではその場で指揮を執ることもないまま

イゼルローン要塞を手に入れた。

並々ならぬ宿将と常々思ってはいたがメルカッツにしろ副官にしろ

語るべき言葉がなかった。

用兵の基本概念を覆してしまうヤン・ウェンリーという人物の本分をかいま

見た思いがするのである。



宇宙歴800年1月。

蕩児たちの帰宅である。







ダスティ・アッテンボロー・ポプラン提督は旗艦を「マソサイト」にかえ

懐かしい虚空の女王イゼルローン要塞に帰還した。最後のにヤンの

「ヒューベリオン」が入港すると要塞を奪取した勇者たちが一斉にベレーを

空中に投げ快哉をあげた。

歓呼の渦の中。

タラップを降りるとき要塞の港湾施設で出迎える多くの男たちの中から

アッテンボローはすぐ自分の亭主を見つけた。



・・・・・・。

いくつになってもスカーフ一つ軍紀にのっとって結べないんだから。

ベレーは斜めだし。もうあいつだって28歳の大人の男なのに。



ラオに促されてタラップを降りたアッテンボローは心の中でそんな

散文的なことを考えていた。よほど隣にいるユリアンの方がしかっり

した大人の印象があると。

でも。

アッテンボローはいつまでもどこかひとと違っていたい風変わりな

ポプランが大好きで。自分も風変わりだが彼がとても大好きで。

居並ぶシェーンコップらに敬礼をすますとアッテンボローはポプラン

の前に立った。



「ただいま。オリビエ・ポプラン。」

「おかえり。俺の提督。」

と誰の目を一切はばからずさらに熱い抱擁を交わし唇を重ねた。

「ここでたくさんベビーを作ろうぜ。ダーリン・ダスティ。」



女医はここでは困ったものだとはいわない。

「勇者と美女の組み合わせは悪くない絵になるわね。」ととなりにたつ

カスパー・リンツ大佐にいった。

「・・・・・・。血まみれの美女は絵になりますがいささか怪奇ものめいて

いますね。」

などというものだからどすんとひじ鉄をミキに入れられた。

「・・・・・・。本気でいたいです。骨が折れたかもしれません。」

「そんなやわな骨、知らないわ。」

だから薔薇の騎士連隊は嫌いよと女医は笑みをこぼした。

「夫婦なんだもの。こういうときはあれくらいお熱く抱き合ってほしいわね。」

と感想を漏らした。



「ヒューベリオン」からヤンが降りてくると皆の喜びの声が大きくなり拍手と

喝采で黒髪の「まだ研究生です。」ぽい司令官殿は副官で妻のフレデリカを

伴い今回の作戦司令官であったウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

元帥と握手を交わした。

「すばらしい。あなたはいやがるであろうが作戦の概要しか知らぬものは

あなたを魔術師と呼ぶでしょう。緻密な作戦と人事の配置、ルッツ艦隊を

おびき寄せる心理作戦と情報戦。そのどれもがすばしい。」

初老の提督はむやみにひとにおもねることはしない。けれど年少の黒髪の

司令官には言葉の限りを尽くして賛嘆した。



実のところ。

「そうほめられたものではありません。私は勝つためにはなんでもする卑しい

男です。ルッツ提督はそうお思いでしょう。」

それに読みがもっと深ければ準備期間の読み間違えなどしなかったであろう。

逃げるように祖国を追われなかったであろう・・・・・・。



「この際敵の提督が司令官閣下をどう思おうといいじゃないですか。第一の

「神々の黄昏作戦」で司令官に苦い思いをさせられた提督はまだまだたくさん

います。我々のすみかと資金の担保を手に入れたわけですからそう悪く思わ

ないことです。」

ポプランに腰を抱かれたままアッテンボローはヤンにウィンクしていった。

さあこれからが忙しいぞとアレックス・キャゼルヌは早速ポプランの首根っこを

しっかり押さえた。



「なんですか。忙しいのは要塞事務監に返り咲いただんなでしょう。小生は

仕事をおえた肉体労働者ですよ。ワイフとの甘い時間を過ごさせてくださいよ。」



ばかもの。

「これから要塞のセキュリティだのもう一人くらいおれ以上に機器(メカ)に

詳しい人間の手が借りたいんだ。そうだ。アッテンボロー。お前は事務を

手伝え。ヤン夫人に二歩及ばないがお前もなかなかデスクワークに長けて

いる方だ。分艦隊の方はエル・ファシル滞在中に存分に手を入れただろう。

来い。」

ええとアッテンボローは不平の声を漏らした。

ばかもの。



「お前さんたちが子作りするころにはすべて我々が住んでいた当時の要塞に

仕上げる。手伝え。」

アレックス・キャゼルヌ中将は傍若無人である。

「おれたちがベイビーを作る時間は真夜中だけじゃないんですよ。だんなの

部下に使える人間はいくらでもいるでしょう。」

さすがにポプランも抗弁したがそれくらいで要塞事務監どのは引き

下がらない。



「うちの部下にも当然仕事はさせる。けれどせっかくよい手本がいるのに

使わないのはもったいない。飯は女房に作らせるからとにかく二人とも

来い。」

さらにアッテンボローとポプラン同時に不平を漏らせば。



「ばかもの。」

と三度目のばかものがでた。

「こっちはお前たちの愛の巣を早く作って安寧な夫婦生活を送れるように

心を配っているんだ。ぐずぐずいわずに来い。ラオ大佐、アッテンボローを

今日は借りるぞ。」

仕事モードに突入した要塞事務監殿を止める人間は皆無。

「はい。どうぞ。こちらは万事大丈夫です。」

分艦隊主席参謀長はさらりと言ってのけた。

ひでえなあとスカーフをしっかり引っ張られてキャゼルヌにつれていかれる

ポプランとその手をしっかり握って同じく連行されるアッテンボローがいた。



「ラオ、覚えてろ。上官を売りやがって。」アッテンボローは涼しい顔をして

女性提督を見送るラオ大佐に冗談だが半分本気で悪態をついた。

「閣下の蜜月のためです。今夜からお二人で存分にお励みください。」

とこれまたしれっといった。



「ポプランもアッテンボローもあらゆる能力を持っているから使われるん

だなあ。私はせいぜい無能でいよう。」

などヤンは小声でフレデリカにだけささやいた。

ヘイゼルの眸を持つヤン夫人はほほえんで「ええ。閣下のおっしゃる

通りですわ。」と美しい声で答えた。



こうしてキャゼルヌやその他2名の尊い勤労のおかげで一度帝国軍

オスカー・フォン・ロイエンタール元帥に引き渡したイゼルローン要塞は

わずか一日で再びヤン艦隊がいたころの自由で闊達な空気をまとった

蕩児たちのすみか、隠れ家へと変貌を遂げた。



アッテンボローとポプランは業務を終えるとそれはそれは甘い時間を

過ごしたとか。誰も文句は言わない。

むしろ皆あの二人の仲のむつまじさが懐かしくこれもまたイゼルローン

要塞に不可欠な要素であると再確認したのである。



by りょう





「神々の黄昏」第二なんですね。更新が大幅に遅れました。明日からがんばろう。

ランテマリオかあ・・・・・・。健康と美容のためにというキーワードですがそのまま引用

すると剽窃にとどまらなくなるので今回はあえて割愛しました。


LadyAdmiral