地図のない旅、新しい宙(そら)・2
「親不孝号(アンデューティネス)」はフェザーンで事務的手続きをとるためにすぐ にはエル・ファシルへ出発はできなかった。 案外手間がかかるもんだなとポプランなどは気楽に言うが船のことに関しては 女性提督の方が都合がわからぬでもない。 「案外手間がかかるものなんだよ。事務長のマリネスク氏に任せるほかはないな。」 電子新聞を読むまでもなく宇宙歴799年10月9日。 新帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムはフェザーンを新たな新帝都 首都星にさだめ統治を行っていた。 「旧帝国領だけではもの足りぬらしいな。宇宙を手に入れたいという坊やだから フェザーン遷都程度では驚かない。」 アッテンボローは軍人組のみんなと昼間からバーにいて呟いた。船長たちの 手続き次第でフェザーンでホテルをとらねばならない。 彼女はあんまりウィスキーだのバーボンだの素っ気ない酒が苦手だからシングルを 注文しただけでぼんやりしていた。あとの軍人組は酒なら何でもいいしこの程度の 酒で乱れることもないので昼間から速いピッチで酒を飲んでいる。 ユリアンは一応未成年だから酒ではなく炭酸飲料水を女性提督の隣で飲んでいた。 「格別焦っている様子はないな。ユリアン。」 ウィスキーというものは甘くない。それが女性提督のお気に召さないところである。 赤ワインは渋みがあるのが好きだし・・・・・・何も特徴のない酒で酩酊はしたくないと アッテンボローはよく思う。 「ええ。まだ提督もあの星に向かっているわけでもないようですからできればトラブルを 回避して無事に到着できれば幸いだと思っています。」 仲間内だけならユリアンも16歳だが酒豪であった。 けれど未成年であるからには表向きはおとなしく「ジュース」を飲まざるをえない。 トラブルかとアッテンボローは今ひとつすっきりしない頭で言葉だけを反芻した。 「まあ何とか無事に向こうに行けるさ。多少のトラブルはあってもね。」 言い切ったあとアッテンボローは我が耳を疑った。 そして体に違和感を感じ脱兎のごとくバーの隅っこのトイレットに駆け込んだ。 その様子を見てポプランは内心またかなと思って2分ほど席を立たなかった。 1分47秒後にアッテンボローは席に戻ってきた。そして隣のポプランの耳を 引っ張ってごにょごにょと何かいっている。周囲は夫婦の会話だから見て見ぬ ふりをするしかない。 「そか。そうだと思ったけど気にするな。お前のその症状のことはここにいる 仲間は皆知ってる。」とアッテンボローの頭を撫でて「突発性性転換」がでたんだと 女性提督の代わりにポプランがいった。 軍人組一同はしんと一瞬静まりかえったが。「ま、たぶん今日一日男なだけ だからよろしく。」とアッテンボローも頭をかいてきれいな低音のハスキーヴォイス。 そうです。 「気になさらなくていいですよ。今までも一日で元に戻ってらっしゃるとお聞き してますし。お体の具合が悪くなければ大丈夫です。そちらの方が心配です。」 とユリアンはわずかに心配をした。 それは大丈夫とアッテンボローは笑った。 ということは。 「今日はどのみち船を出せないな。空港でセックスチェックで引っかかるだろう。 出発は明日以降になるけどユリアンが急ぐ必要性を感じていないならべつに 騒ぐことでもないな。」 イワン・コーネフは何事もないかのようにダブルのロックをいただいている。 一日くらいはどうとでもなるでしょうとマシュンゴはユリアンに尋ねた。 うん。「どうってことはないよ。それよりアッテンボロー提督、本当にお体の具合は 大丈夫ですか。」 ちょっと頭がすっきりしなかったけど。 「大丈夫。今は全然どこも悪くないよ。もしかすると頭がぼおっとするのがこれの 前兆かもしれない。・・・・・・地球巡礼ではさすがに治らないものだなあ。」 とウィスキーを口にしようとするとそれはポプランに取り上げられた。 「イイ予感がする。この症状の時はダスティは念のため酒と薬はやめておこう。」と きれいなウィンクで言われた。一同にはわからぬが思い当たるアッテンボローは 赤面してユリアンと同じサイダーを口にすることになった。 「何がいい予感なんだ。」コーネフは何ともなく質問した。 いやいや。「それは夫婦の問題であってお前さんたちには関係はない。さて今夜は どのホテルで過ごそうかよくよく吟味して選ばないとな。安宿に泊まって痛い目に あいたくはないだろう。ユリアン。」 洒脱な笑みでポプランは青年に同意を求めた。 そこをつかれると申し開きはできませんが。 「あまり豪奢なホテルにも宿泊する費用はないですよ。」 ホテル・シャングリラに泊まろうかなとポプランは端末をみて考える。 「値段が多少よくても一日か二日のことじゃないか。お。バタビアって ところもいいなあ。ホテル・バタビア。」 ユリアンは苦笑した。彼が過去初めてヤンのもとからはなれ駐在弁務官 事務所付き武官として赴任した折、歓迎パーティを催されたホテルがバタビア である。 ちなみにホテル・シャングリラは遙か時空を未来に向けると皇帝ラインハルト一世が ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢との華燭の典を挙げたホテルである。 ラインハルトは豪奢な装飾を好まない。 品格があるホテル・シャングリラはバタビアに比べるとさほど贅沢な作りでもなく 宿泊料も目を瞠るものではなかったことを追記しておく。 「確かに料理も一流でしたがお値段もきっと一流ですよ。ホテル・バタビアは。」 亜麻色の髪の青年は経済感覚に聡くむしろ悪く言えば消費活動が苦手であった。 よいホテルだったのは事実だからユリアンはアッテンボローとポプランの二人が そこに宿泊すればいいと言う。 でもなあ。 「ユリアンはおれがいないと何もできない子だからな。」ともっともらしくハートの 撃墜王は言う。「コーネフやマシュンゴでは頼りにならないし。しかたがない。折衷案 ってところでホテル・シャングリラに泊まるか。」 先にも述べたとおリホテル・シャングリラは華美な装飾もないホテルで宿泊料も 金銭にややゆとりがある一般の旅行者が宿泊する程度のホテルである。 「保険の代わりと思えばいいんじゃないか。」とアッテンボローが中性的魅力あふれる ウィスパーヴォイスで青年を陥落せしめた。 「そうですね。たしかに保険と思えばそう贅沢じゃないですよね。現在の フェザーンは帝国領土でもありますからまた盗難事件にあっても憲兵の力を 借りることもできません。その価格なら数日滞在するのによいでしょう。」 そんな若き苦労性のユリアンをコーネフもマシュンゴも顔を見合わせて笑った。 元帥閣下の養子とは思えぬ庶民的金銭感覚にみなそれぞれ何らかの安堵を 覚えた。 あの元帥の養子だからなあと共通の上官の優男ぶりを思い出した。 そこに船長が現れた。 「おい。ユリアン、急ぐなら今夜でもでられるように手配はしたがどうするんだ。」 どかどかと軍人組5人の座席に割り込みウィスキーのダブルを注文する船長。 それがね。 「男になっちゃったんだよ。船長。」 アッテンボローはボリス・コーネフに苦笑して言う。 パスポートのセックス・チェックで引っかかるから今夜は出発できないとポプランが 妻を擁護して言う。「だから一泊ホテルにでもと思って。」 は。 ボリス・コーネフは怒気と「あほらしさ」をこめた一言を発した。 「お前さんらは何を思っているのか知らんがおれを担ぐにしてはばからしい嘘を 平気で言うんだな。いいか。女は男にはふつうなれない。手術でもすれば変わるが 根本的に性転換などあり得ないだろ。今度は何が起こって出発を延ばすんだ。 何か政治的理由か?」 本当なんですよとユリアンも言う。 「今まで二回アッテンボロー提督は急に男性になられて。どう調べても異常はないの ですがある日突然男になって一日で女性に戻られるんです。不思議ですが事実 なんです。」 あらゆる可能性を排除してたとえ残ったものが真実と思えなくともそれが真実だと 「古来から言うだろう。私だって別にふざけて男になるわけでもないし。」 あ? と今度は不機嫌さの募った声で船長は言う。 「じゃあ。今あんたは男なのか。生態学上。」 そうだよとアッテンボローはいった。「でも中身は淑女そのものだからくれぐれも 失礼のないように。」とこれはイワン・コーネフが亭主より先に釘を刺した。 従兄の口の悪さをよく知っているのは従弟である。 一日一善。 ふんと鼻を鳴らしてボリス・コーネフは酒をあおったが。「それは一日でかたが つくものなのか。」と質問した。 今までで三回目だけれど・・・・・・。 「結婚してからは起こらなかったからなくなったと思ってたけど・・・・・・。 今までは一日で女に戻ったよ。」アッテンボローはアップルサイダーを口にして 呟いた。「たぶん明日にはもとの女性に戻ると思うんだけど。」 なんだかよくわからんがとボリスはイワンの目を気にして考え込みユリアンに 尋ねた。 「急ぐ旅じゃないのか。」 青年はええとにっこりほほえんだ。「一日二日のタイムロスは今回は問題 ありません。」 とにかくアッテンボローの体が元に戻るまではフェザーンにおとなしくいる方が得策だと 青年は言う。「いまならパスポートを見せることなくただの観光客としてホテルにも 宿泊できますから。」 6人はホテル・シャングリラに泊まるという。 いろいろと不満をいいたいのをこらえてボリス・コーネフはグラスをあおった。 まあ好きなときに声をかけてくれと連絡先のメモを青年に渡して自宅で寝るという。 バーのドアを開け外に出たボリスは考えた。 男といえど女性提督はかなり美形なんだなと。 だがそれを口にすればうるさい亭主と口論になるしそういう詰まらぬことで 口を開いても一銭の得にもならぬと自室にかえってふて寝を決め込んだ。 とんだトラブルになってしまったなあとみなと夕食を食べ終えて二人の部屋に 帰ってきたアッテンボローはしょんぼりと呟く。ホテル・シャングリラの一室にて。 「落ち込まなくていいじゃん。ダーリン・ダスティ。」 ユリアンはエル・ファシルへの進路を急いではいない。 ヤン・ウェンリーがまだどこにいるのかわからないしいずれエル・ファシルに向かう のは自明の理であるが急遽こちらも駆けつけねばならぬ訳でもない。 「・・・・・・結婚決まってから避妊してないから治ったと思ってたけど。 あまかったな。」 突発性性転換。 これがダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人の奇病である。 ウィスキーを自分用に、熱い珈琲を彼女用に用意してポプランが質問した。 「避妊してなかったら治ると思ってたのか。どういう根拠で。」 アッテンボローは恥ずかしそうに呟く。 「・・・・・・。うん。なんとなく。だって確かにこの一年出てこなかった症状だろ。 あれから何が変わったかと思えば・・・・・・それかなと。」 アッテンボローは男性に以前変わってしまったとき売薬程度の精力剤を飲んだ のがおそらくの原因で「トテモナヤマシ」くなってしまった。決定的にそれが原因と 言う根拠はない。もともと女性であるアッテンボローが生物学上の男性に なっていること自体何の医学的根拠も科学的根拠もない。 悩ましいのはポプランにとっては幸いであるのだが女性の戻ったときの疲れが 著しかったことを考えると愛妻家の彼は今この旅の途中でアッテンボローに 薬物やアルコールを与えるのは彼女の体に障るといけないと思いソフトドリンクを 与えている。 「あのときのダスティは生涯忘れられない。」 とイケナイ妄想に走るポプランの脚をアッテンボローは蹴った。 「頼むから忘れてくれ。」 いやあとポプランはにへらと笑う。脚を蹴られた程度では堪えぬらしい。 だから。 「ダスティが疲れすぎるとイケナイから今回はおれ自重してるじゃん。 あんなにおねだりされたら男として萌えるよな。」 翌日アッテンボローはひどい頭痛に悩まされたものであった。 あのときって。 「結局何回しちゃったんだっけ。私は覚えてない。」熱い珈琲をふうふう いいながら男になっても麗しい女性提督はポプランに尋ねた。 「15回。」 おれの人生でも初記録とアッテンボローの座っているソファの隣に腰掛けて言う。 アッテンボローはぶっと珈琲をはき出しそうになった。 おいおい。「大丈夫か。ダスティ。」とポプランは優しく背中を撫でている。 理性と品格で彼女は口の中のものを吐露せずに飲み下した。 うそだろと言うけれど経験上オリビエ・ポプランはこういうところで嘘は言わない。 ああと頭を抱えた女性提督。 「ありえないよ。」と口では呟くものの断片の記憶から推察するとその数値は 妥当であった。 まあ、それはよい思い出としてとポプランはアッテンボローの腰を抱き寄せた。 「そんなに濃厚かつ回数を極める必要はない。愛情があるからな。 でも一年ぶりかあ。・・・・・・。ちょっといたすと痛いかもな。一年の空白は 長いかも。」 動物的カンとでも言うのかアッテンボローはコーヒーカップを静かにローテーブルに おいてソファから立ち上がろうとする。 でもポプランがホールドして逃れられるはずがない。 「今夜はさ。旅の途中だし・・・・・・まさか・・・・・・しないよね。」 アッテンボローはにっこりとポプランにほほえみ質問した。 「いやあ。そういうわけにはいかないなあ。何せ俺たち蜜月だからさ。」 生物学上の男同士がイイコトヲシヨウトすると。 「ベッドのシーツやら汚れるからやめようよ。な。オリビエさん。」 ここはフェザーンのホテルだからさとアッテンボローは力を入れてこの腕から 逃れようとするが・・・・・・所詮制服組は肉体労働者に勝てはしない。 生物学上の男になろうが目を見張るような膂力をアッテンボローが持ったわけ ではない。 そうそう。 ここはフェザーンで何でもあるんだよねとポプランはアッテンボローを膝に 乗せたままがっちりはなさない。 「スキンもあるしローションもかっておいたし。ああ。ここがフェザーンで よかったぜ。」これで少しは痛くないかもとポプランはアッテンボローの唇に 軽い接吻けを。 アッテンボローが男になるのは人生で三回目。 当時恋人だったポプランはあっさり男女の性別を超えてアッテンボローが男に なっても変わらぬどころか今まで以上の愛情で慈しんでくれた。 だから求められれば断りたくない。 アッテンボローもポプランを愛しているのだから。 それでも普段受け入れるところと違うところで受け入れるとなるとたった三度の 「男性になった経験」では痛みと言うよりも圧迫感に苦悩することになる。 などと考えているとアッテンボローを抱いていた腕の力がゆるんで。 ポプランの顔を見るとにへへといたずらをした子供のような笑みを浮かべている。 「冗談。冗談。・・・・・・かわいいお前が苦しむ姿など見たくないから今夜は ベッドで二人裸でいちゃいちゃしながら寝よう。」とアッテンボローの髪をなで 指で掬った。 え。 「ローションとスキンは・・・・・・。かったんじゃないかったのか。」 うんとポプランは言う。 「ちょっとからかいたかっただけ。無理してつながらなくても明日にはもとの 女性の体になるんだから。痛い思いをさせたくない。」 でもはなしたくないけど。 このきらめく緑の眸に弱いんだよなあとアッテンボローは頭をかいた。 やっぱり。 「しよ。」 アッテンボローは天下のあまのじゃく。ローションもスキンもないとポプランが困って 言えば。顔を真っ赤にして今からならまだローションは知らないけれどスキンは調達 できると宙(そら)色の眸で一生懸命ポプランの腕を引っ張る。 「ちょっと待て。ダスティ。痛かったりつらかったりするのはお前だしかわいそうじゃ ないか。」 無理しなくていいんだぜとなだめてみる。 すると「・・・・・・。やっぱり女の体の方がいいよね。」とすねた。 そんなことを言うのであっさりポプランにまたもがっちりホールドされて 今度は力を緩めてはもらえぬらしい。 あのさ。 お前の体が男でも一晩中惑わされっぱなしだった過去をよく思い出してくれと ポプランはぐずるアッテンボローを抱きしめ耳元でささやく。 女の体がよかったってことなら。 「15回もしないだろ。」 ああ、もうとポプランは有無を言わせずアッテンボローを押し倒した。 「これでもおれすごく我慢していたんだぞ。・・・・・・。お前は本当に困った 女だ。」 唇が重なって。 「・・・・・・ここだと汚しちゃうよ。」とはやる鼓動を沈めながらアッテンボローは 抗議を試みたが。 いくらでも。 汚さないでイイコトスル技法なんていくらでもあるもんねと。 とうとうオリビエ・ポプランを本気にさせてしまったようである。 このあと二人は蜜月の二人として甘い夜を「たっぷり」過ごすことに相成る訳 なのだが。 トラブルというのは思いもかけぬものであり。 翌日の夕刻を迎えてもアッテンボローは女性に戻らなかったのである。 すわ一大事。 by りょう 何を書いているんだろうと自分でも意味不明です。ちなみに軍人組は5人でしたね。 ユリアン・マシュンゴ・ポプラン・コーネフ・アッテンボロー・・・・・・。何で6名だと思い込んでいたのだろう。 すみません。 |