地図のない旅、新しい宙(そら)・3



24時間を経過しても今回突発性性転換は改善されることなく。



ホテル・シャングリラのグリルで軍人組5名はある種の脱力感に暮れて

うなだれた。

今まで女性提督・ダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人が男性になっても

一日で女性に復活したし自由惑星同盟の軍医団でアッテンボローの体のどこに

異常があるのか調べたがあらゆる検査結果で異常なしとでた。

ちなみにアッテンボローとポプランが頭をぶつけ合って人格が入れ替わるなどと

いう不思議きわまる体験をしているがこれも一両日中に解決している。



「今まで一日で収拾がついていたことがおかしいんだよな。」

重い空気を振り払うように口を開いたのはオリビエ・ポプラン。

そう心配することはないと周囲の目をはばかることなくしゅんとしていた

アッテンボローの唇に接吻。



「この場合医者に診せた方がいいともいえないんだよな。」とイワン・コーネフが

思案して呟いた。ユリアンはアッテンボローの体が心配で女性であれ男性であれ

健康ならばこの際急ぐわけではないからフェザーンで医者にかかってみては

どうかと進言した。

「バイタルのチェックだけでもしておいた方がよくありませんか。今後女性に戻った

としてもお体に何かあってはいけません。いかがでしょうか・・・・・・。」



でも。「今までも体には何も悪いところはなかったんだよ。24時間経過しても・・・・・・

その・・・・・・女に戻ってないだけで・・・・・・。」アッテンボローはさすがにわずかながらも

動揺している。



彼女。



そう彼女は性格が非常に女性らしい。

軍人上がりで服装はラフな男物を着てはいても内面は心の細やかな質を持つ。



ポプランと結婚をして一年。

男になってしまったのはアッテンボローとて仕方なしと思っていた。本来は仕方が

ないことではありえ無いのであるが一日で今までふつう通りの生活に戻れたから

突発的に男になってもまたきたのかと思う程度ですんでいた。24時間で女性に戻れる

なら嵐が来たと思い通り過ぎるのをまとうと彼女なりに腹をくくっていたけれど。



元に戻らない。



「・・・・・・このまま女にもどれなくなるってこともあり、かな。」



そんなことはないとポプランはアッテンボローの髪を優しくなでた。「たまたま長引く

ものなんていくらでもあるだろう。オンナノコノヒとかはしかとか。おおかた一年ぶりに

出てきたからちょっと長引いているんだ。かわいそうなおれのダスティ。」頭をなでた

だけでは物足りぬらしくポプランはアッテンボローの頭を引き寄せ自分の肩に乗せて

さらに優しくなでる。



ダヤン・ハーンに落ち延びた中には軍医長だったバーソロミュー少将がいる。

おそらくヤンは「動くシャーウッドの森」と合流を果たすのは間違いない。

そこにアッテンボローも合流できれば女性提督の体の「不具合」も医師にしっかり

見てもらえると亜麻色の髪の青年は声を潜めてその場をまとめた。



「確かにこのフェザーンでならよい医療機関もあるでしょうがよくよく考えれば

軍医長の診断のほうが確実です。アッテンボロー提督が生物学上の女性に

戻られたときフェザーンを出て合流を試みる方が得策かもしれません。

・・・・・・ともかく症状が好転するのを待ちましょう。」



すまんなユリアンとアッテンボローは言う。

「こんなときに申し訳ない。本当はすぐここを出たいだろうに。」

ポプランにもたれるのをやめてアッテンボローは年少の知己の

青年にわびた。

「そうはいってもこの手のことはご自分でどうこうコントロールできないのが

世の常です。アッテンボロー提督は余り深刻にならないで・・・・・・というのも

無理でしょうがポプラン中佐とフェザーンで新婚旅行の続きをしているとでも

捉えてお気を楽にしてください。」そのほうが事態が好転すると思いますと

ユリアンは聡明なダークブラウンの眸で微笑む。



お前さんは。



「私にポプランさえ与えていれば機嫌がいいと思っているだろう。本当に大人に

なっちまったなあ。ユリアンも。」

アッテンボローは苦笑した。

今現在。「この5名の指導者はユリアン・ミンツ中尉だし中尉の言葉に従って私は

療養に勤めるほか無いな。」と女性提督は隣のポプランにいった。

階級は提督が一番上じゃないですかと青年は小さな声で抗議した。

「でも俺たちの引率者はユリアンなんだぜ。」とポプランもにっこりと

微笑んで快くアッテンボローの言い分に賛成した。

ちゃっかりアッテンボローの肩を抱き寄せてポプランは機嫌がいい。



むしろ。



オリビエ・ポプランはダスティ・アッテンボロー・ポプランさえ与えていれば

機嫌がいいと言い換えることもできる。



5名はそれぞれの部屋に戻りいつでも出発できる準備だけは整えたが

アッテンボローが生物学上の女性に戻るまではこのフェザーンで羽を伸ばす

程度に考えたほうが気がせかなくていいと判断してそれぞれ自由行動をとった。



「船長に連絡を取ったら一緒に三次元チェスでもしませんか。コーネフ中佐。」

青年はイワン・コーネフと以前三次元チェスで見事に敗れている。

もっともユリアンは当時14歳の子供。

「ふむ。敗者復活戦だね。いいよ。その代わり君も大人だから負けた方が勝者に

ウィスキー一杯おごるという風習にのっとるんだよ。」

純真な青年を悪の道に誘導していますねとマシュンゴは苦笑して二人の会話に

入った。

「16歳はもう子供じゃないよ。少尉もやるかい。腕のほどは知らないけど。」

コーネフは言う。

「ええ。仲間に入れてください。酒は好きですから。」と余裕を見せて温和な

大男は微笑んだ。



ということで。

「僕たち3人は気楽に遊んでいますからアッテンボロー提督も気楽によろしく

してくださいね。」



あまりにユリアンが快活に言うのでアッテンボローは拍子抜けした。

「・・・・・・大人になっちゃって。ユリアン。相当気を使っているよね。」

いいんじゃないかとポプランは女性提督・性別現在男の頬にキス。

「あれくらいの器じゃなくちゃ俺の弟子とはいえないからな。師匠がいいから

弟子の育ちもまずまずだ。」

グリルを出て二人の部屋に戻る。



くよくよ考えてもせんが無いことだけどさ。

アッテンボローは男になっても性別を超えた魅力がある。

「一年ぶりの男の体で元に戻らないとか考えたくは無いけれど・・・・・・ずっと男に

なっちゃったらお前どうする。」



3センチ高いポプランはいつもその上目遣いに心を打ちぬかれる。

「どうするって。何をどうするか?ここを出るんだったらパスポートのセックスを男に

かえるくらいの偽造はできるけど。」

そうじゃなくてとアッテンボローはうつむいて困った顔をした。

むしろ泣きべそといってもいい。

「夫婦として成立しないじゃないか。私は女じゃなくなるんだもの。」

宙(そら)色の眸に涙を浮かべてアッテンボローは唇をかみ締めた。



バーラト星系では。「男同士でも婚姻できるし。・・・・・・心配するなって。

ちゃんとお前は元通り女に戻るってば。」とポプランの前だけでは存分に

ぐずるアッテンボローを抱きしめた。

「でも、元にもどらなかったらどうするんだ。子供だってうめないしぜんぜん

女じゃないんだよ。」



ぴーとポプランの腕の中でだけは3歳児の子供のようになるアッテンボローを

ぎゅっと抱きしめながら彼は思う。



別に男でも女でも自分は構わないと。

そもそも彼はどちらのアッテンボローもいとしい存在と認識している。



だが二人の子供を心待ちにしているアッテンボローの女心を思うとそれは安易に

いえない。アッテンボローは外では男以上にりりしくもあり才覚もあるけれど心根は

優しい女。ポプランに似た子供を望んでいるのは彼女だしそんなアッテンボローに



「男でも大歓迎だぞ。」

とはさすがにいえないポプランでもある。彼とて自分の妻に子供が生まれれば

それは幸せなことかもしれないと思っている。アッテンボローはよい母親になる

資質を持ち合わせているとわかっている。

以前「オリビエ・ポプランの子供」登場時その包容力を遺憾なく発揮したアッテンボロー

である。ほかの女性が産んだ自称ポプランの子供5歳児を相手にアッテンボローは

ポプランをなじることも無く実の母親が名乗り出なければ養子に迎えることも

考えてくれた。



ご落胤を実の子供のようにかわいがる女は優しい心根を持ち合わせていると

しか言いようが無い。

結局その坊やは事情ありでしかもポプランの実子でもなく。

アッテンボローはしばらくは坊やが父と母と仲良く暮らせるとわかっていても

5歳児の幼児が不在になった寂寥感を抱いていた。



「・・・・・・でもあんまり悩んでも仕方ない。このまま男になったら・・・・・・。

それはそれで生きていくしかないしな。」



さんざんポプランの腕の中でぐずり終えると切り替えがきちんとできるのが

アッテンボロー。

軍事指導者にしろトップに立つものに必要とされる資質は打たれ強さである。

あふれた涙を引っ込ませて「男になったらなったでいいよな。オリビエ。」と

きらめくような極上の笑顔でポプランを魅了した。



ああ。俺からすれば問題なしだとポプランは唇を重ねてアッテンボローをひょいと

抱えあげて寝室へ。

立ち直りの早さが見事だとまたアッテンボローに恋をしてしまうポプラン中佐で

ありました。






さて。



誰も気を遣って言わないがアッテンボロー当人はちゃんとわかっている。

自分の誕生日くらいはよくわかっている。

今年の11月23日が来ると彼女は・・・・・・現在性別は男であるがアッテンボロー

提督は30歳になる。



ヤン・ウェンリーは30歳を忌み嫌いかなりデリケートになったけれど実は

アッテンボローは29歳という中途半端な年齢よりあっさり30歳になりたいと

思っている。誰にも言っていないことでなんとなく亭主のポプランにすら

年をとるのがいやだとはあえて言ったことが無い。

20代はいわゆる若さで解決ができる世代だと彼女は思う。あらゆる困難や

出来事も若さと気力で乗り越えていける。もちろん若さゆえの未熟さや甘さも

持ち合わせているのだけれど当人の力量というより怖いものが無い年代ゆえに

力業で何とかする世代だとアッテンボローは常々思っていた。



30代からはそうもいかない。

責任も出る。20代以上の責任。



若いわけでもなく年寄りでもない難しい世代でむしろ当人の力量や裁量が

おおいに生かされるのは30代からだとアッテンボローは考えていた。

つまりこれからやっと自分の財布で勝負に出る、といったところであろうか。

生きていれば年をとる。ネガティブにとらえる気はないからせいぜいかわいい

おばあさんになろうというのが女性提督の本心であってここは常人と少し

見解が違うやも知れない。

20代で閣下と呼ばれる女性というものはおよそ小市民的規模の感覚から

良くも悪くも離れているのかもしれない。



朝が来てもアッテンボローの股間にはついてはいけないものがついているし

やるせないことにまたひげが生えた。肌が頑丈な彼女は亭主のかみそりで

何もつけずにちょちょっとそる。ポプランがその姿を見れば肌が負けるから

せめて何かつけようと過剰な庇護に出るのであるがアッテンボローはえてして

頑丈な体の持ち主なのだ。恋愛面と自分の容貌にわずかなコンプレックスを

抱いている以外は気質もおおむね安穏としているし健全この上ない。この時代で

欠損家庭ではないまれに見る大所帯で育ったアッテンボローの性質は安定して

いる。



おなかすいたなあと亭主が眠っているベッドに腰を下ろしてつぶやいた。



アッテンボローの腹時計。彼女は朝昼晩をきちんと食べる。たくさん食べる。

ゆえにおやつがほしくない。その代わり三食きちんと食べる。

幼いころから姉三人を見てきて思った。



「ご飯をまともに食べないでケーキを食べるから太るしダイエットの必要性が

出るのではないか。」と。

幼少のみぎりより体を動かすのが大好きなアッテンボローは三食きっちり食べ

男の子と海賊ごっこをしたりスパルタにアンパイロットごっこをしたから元気で

太らない体質になった。

ちなみにスパルタニアンごっことはさすがに恥ずかしくて本当の撃墜王殿

である亭主のポプランには言ったことは無い。

外で遊ぶか家で母親と姉と料理を作るかという牧歌的かつ健康的な

少女時代を過ごし父親の策略で士官学校に入り・・・・・・すっとばすと現在

に至る。案外地味な少女時代をすごしている。



昨夜もさんざんみっちりとポプランと濃厚な夜を過ごして・・・・・・。

余り眠っていないけれどアッテンボローは基本は早寝早起きである。

「ねえ。おなかすいたよ。」

ポプランの耳元でまずささやいてみる。すっかり朝が弱くなったもとレディ・キラー。

朝帰りの達人の割りに朝寝が好きな男になっちゃったなとアッテンボローは

苦笑した。

すやすや眠っていると。

オリビエ・ポプランは7割り増しかわいくなる。



本来ならば。

軍人らしく。否将官らしく敗戦国である祖国へ還るべきだっただろう。

分艦隊司令官という彼女自身が過分と思われる役職を持ち戦争とは言えどあまたの

部下を死なせたのは紛れも無くアッテンボローである。戦争責任を取るためにも

祖国に還るべきだったと軍人としてのアッテンボローは思うし・・・・・・



眠りに落ちたポプランを見つめていると自分は十分自己中心的な生き方を

しているけれど彼とはなれて生きることは到底無理だろうと柔らかな赤っぽい

金髪をいじりながら思う。この際エゴイストといわれようがやはりポプランと

離れなくて正解だったと思う。それを赦してくれたヤンやキャゼルヌを懐かしく

思う。

士官候補生時代からのえにしであの二人とは男女の壁を越えた信頼関係を

築いている。今度再会するときには自分はやっとあの二人の世代、30代になって

もう子供とは言わせない・・・・・・。

懐かしい顔を思い浮かべているとベッドでもぞもぞ起きる気配がする。

隣に寝ているはずのアッテンボローがいないからポプランは寝ぼけたまんまで

きょろきょろと頭を動かす。



「おなか。すいたー。」

アッテンボローはまだ眠そうなポプランの唇にキスをして言う。

そうか。もうそんな時間かと嫁の腹時計の正確さを知っているポプランは

アッテンボローを抱き寄せておはようのキスとはいえない濃密な

接吻をする。・・・・・・「こら。ベッドに引きずり込むな。ご飯食べたいよ。」

あやうく抱きかかえられまたお熱い朝になるところだった。

「ダスティは飯を抜くと不機嫌になるからな。レストランじゃなきゃいやか。

モーニングをルーム・サービスで呼ばない?」

短い髪をがしがしとかいてポプランはあくびをしながらアッテンボローに

提案した。



うーんとアッテンボローは考えている。

「そんなに悩むことかな。ダスティ?」

だってさとアッテンボローはすでに腕の中にからめとられポプランのキスをさっき

から大いに頂戴していた。「散歩したいもん。オリビエってルーム・サービス呼んだら

今日一日この部屋で過ごそうってなし崩しにいいそうだし・・・・・・。」

さすが。「三年一緒にいると俺の気持ちがよくわかっているよな。ダスティ。

もちろんなし崩しで今日も一日愛し合うんだ。」

それがいやだといってるんじゃなくてと裸のポプランに抱え込まれて

アッテンボローは笑って言う。「一日一回は散歩したいんだ。」



ちゅっとポプランはアッテンボローの唇にキスをして言う。

「俺昔ねこを飼ってたんだ。ジンジャーって言う名前のかわいいメスねこ。そいつは

とにかく犬じゃないのに散歩が好きで一日一回は外に出せというし飯の時間になると

飯が食べたいといってはよくないたんだよな。」



それは「私とそのねこが似ているといいたいわけだな。」といつの間にか組み

敷かれたアッテンボローは唇を尖らせて言う。

さすがお前は賢いなとその唇に唇を重ねて。

じゃあさ。折衷案で・・・・・・。「夜チャイナフーズ食いに出かけよう。朝昼は

ルーム・サービス・・・・・・。いやか?」



アッテンボローはチャイナフーズが大好き。

ポプランはさすがにアッテンボローをつるのが上手。

「じゃあ。夜デートだね。」

男であろうがその輝く笑顔は誰にも渡せない飛び切りの愛らしさで。

そう。夜にデートとポプランがアッテンボローの首筋に唇を当てると。



「おなかすいた。」

余りのかわいらしさについうっかり飯を抜くところだったポプランはすぐ

電話でルーム・サービスを頼んだ。

アッテンボローは空腹だと機嫌が悪くなる。

せっかく今無邪気に笑っているかわいい愛妻を飯を食わせなかったという

理由で怒らせては男が廃る(すたる)とオリビエ・ポプランは思った。



温かい珈琲とオレンジジュース。焼きたてのベーグルとクロワッサン。

スクランブルドエッグに生ハムを数種類。コーンポタージュにヨーグルトと

フルーツサラダ。

にこにことご機嫌で食事を取るアッテンボローを見ているとポプランは

安心する。



そして思う。

今年30歳になる自称熟女のアッテンボロー。

まだまだ熟女とは程遠く罪作りなほどかわいいよなとポプランはおいしいねと

微笑まれて「うん。美味いよな。」と答えた。

本当においしいのは実はアッテンボローだったりする。

それを言うと耳まで真っ赤にして恥らうのが目に見えるしその恥じらいが

たまらなくなり自分がオイタをするのも目に浮かぶので彼はそぶりを見せずに

朝食をいただいた。



とにもかくにもアッテンボローはまだ女性に戻ってはいないけれど元気溌剌で

あるには違いない。

それならば。

アッテンボローが笑っているならば。

オリビエ・ポプランは何の問題も感じない。



by りょう





ますます何がかきたかったかわからない苦肉の策です。

糖度しかないですねー^^;;;

4だけ裏です。
LadyAdmiral