僕には君しかないよ・3
ある朝、山荘まで通信が入った。 一応ユリアンにはフェルライテン渓谷での滞在地をアッテンボローが知らせている。 予定ではこの山荘にあと4日いて最終日オーディンの宇宙港で落ち合うことになっていた。 彼女が上掛けで胸を押さえて起きあがろうとするのをポプランが止めて文句を言われる 前にバスローブを羽織ってビジフォンにでた。 「新婚家庭の朝に電話を入れるとはお前さんもやるようになったなあ。」 とはじめ冗談で応対をしていたポプランの声が徐々にまじめになり深刻な声に変わった。 電話をきると寝室でことの行方を案じていたアッテンボローに「ダーリン・ダスティ。休暇返上だ。」 地球教本部で採取したデータディスクが盗難にあった。 「ユリアンの荷物ごとパスポートとあのディスクが盗まれたらしい。」 ポプランは素早く身支度を調えて荷物を詰め込み始めた。 「帝国の憲兵にでもわたるとえらいことになるぞ。身分詐称がばれる。」 アッテンボローも夫に習ってトランクに荷造りをする。 それだけではない。 「帝国の電子新聞で読んだ限りでは皇帝暗殺未遂の首謀者が地球教徒だった らしいからそのディスクがユリアンのものだとしれればこちらが地球教徒とつながりが あると思われる。・・・・・・やばいぞ。これは。」 アッテンボローは呟いて軍人上がりらしくすっかり身支度を調えた。 ポプランからの愛のプレゼント圧力鍋と荷物をアッテンボローは車に積んだ。 「もったいないがここはキャンセルだ。前払いしているから管理人も文句は言うまい。」 車のエンジンをかけながらポプランは言う。 助手席に乗り込んだアッテンボローを確認して彼はトップスピードで市内への 道を車で飛ばした。 ディスクの中身がばれたら。 「おれたちが皇帝を暗殺しようとした一味と思われてここでデッド・アウト。」 ポプランは自分の首を切る手真似をして口笛を吹く。 ユリアンも相当焦っていた。 「そりゃあのこでもあわてるだろうな。」彼女は隣で呟く。 で、いまはどう捜索に当たっているんだとアッテンボローは尋ねた。 どうもこうも。 「ユリアンもコーネフもマシュンゴも手分けして探してるとよ。憲兵に盗難届が 出せないし・・・・・・。ユリアンのパスポートは偽造のパスポートだからな。 やっかいだぜ。」 「ホテルの部屋にそんな大事なものを置いておくとはユリアンらしくない失敗だな。」 アッテンボローは不審に思う。 あれほど用心深い子が・・・・・・。 「ともかくすぎたことを詮索しても仕方がない。船長たちは何してるんだ。」 ユリアンたちが滞在したホテルはボリス・コーネフたちがオーディンで利用する フェザーン商人が多く逗留するホテルである。 「あいつらにはあいつらのルートがあるらしいからそっちを洗っているらしいぜ。」 しかしなんだな。 「そりゃとられたものを今更あれこれ言うのも何だがユリアンにマシュンゴはそこそこ 抜け目がないだろう。コーネフは違う部屋だったようだが・・・・・・あれだな。」 やっぱりおれがいないと始まらないわけだな。 ハンドルを握りつつかなりのスピードで・・・・・・もちろん法定速度ぎりぎりで車を自在に 走らせポプランはにやっと笑った。 あのな。 「本当に首がかかってるというのにお前ってのんきだ。」 アッテンボローは隣で肩をすくめた。 まあまあとポプランは彼の奥方ににっこりと魅力のあるほほえみを浮かべた。 お前だって何とかできると思ってるんだろとアッテンボローにいった。 「なんとかせねば夫婦そろって異国の地で皇帝暗殺未遂の罪で死刑だもんな。」 そういっている女性提督の口元は笑っている。 「責任云々はこの際おいておいてどんな状態で盗難にあったんだろう。お前ユリアン から聞いたのか。」 アッテンボローはポプランにプロテイン入イオン飲料の封を開けて運転席の ホルダーにおく。 坊やが言うにはだな。 ポプランは片手でハンドルをさばいて飲料水を飲み始めた。 夕刻、マシュンゴは買い物、ユリアンは部屋で本を読んでいたという。 普段二人ともパスポートや問題のディスクは肌身離さず持っていた。 当然読書中のユリアン・ミンツ中尉は普段のならいでベルトポーチを身に つけたままソファでくつろいでいた。 部屋のチャイムが鳴って同室のルイ・マシュンゴ少尉が帰ってきた。 たくさんのフルーツを買い込んで。おおかたユリアンがビタミンの不足は 好ましくないとでもいったのであろう。 ついでに頼まれた電子新聞を買ってきたマシュンゴがそれをユリアンに渡した。 青年はオーディンの内情や政治の動きをチェックしていた。 まだこのときは情報として入手できなかったが宇宙歴799年8月13日。 エル・ファシル星系が帝国・同盟両陣営から分離、独立を宣言した。 ヤンたちもまだそれを知らぬから宇宙を漂流していた。 特に目立った記事はなかった。 昨日の記事、皇帝暗殺未遂事件の首謀者が地球教徒であったこと。 青年は昨日のその情報に驚いていた。それに比べれば翌日の夕方版 電子新聞は散文的な事件の寄せ集めであった。 「で、そんな四方山話をしてユリアンは素っ裸になって・・・・・・いや正しくは 部屋の脱衣所で素っ裸になってシャワーを浴びた。脱衣所の小窓は廊下に 面していてそこでよりによってパスポートとディスクの入ったベルトポーチごと 盗まれたってわけ。」 意地悪くいってやるなよとアッテンボローは運転しているポプランの頬を 指でなぞった。 「泡を食ったのはユリアンだよな。すっきりしてさあ着替えようと思ったら ・・・・・・一大事。しばらくはユリアンとマシュンゴでコーネフにも助けを求めて 探したがそのホテルではたまにそういう盗難があるんだと。大事なものはやっぱり 素っ裸でもそばにおいとかないとなあ。」 そんなこんなで。 らちがあかないから。「フェザーン組も探しに動き回ってるんだとよ。一夜明けて まだ下手人をとらえられないから俺たちにもお声がかかった・・・・・・ってところだ。」 用心深いユリアンらしくないなあとアッテンボローは思うけれど。 「やっぱり旅行中風呂にはいるときでも気をつけないといけなかったんだ。 オーディンは治安がいいと思ったがそうでもないんだな。」 アッテンボローもプロテイン入の飲料水を飲む。二人とも今朝は朝食抜き。 船長が泊まっているホテルの質が悪いんだよとポプランは憎々しげにいった。 浴室の脱衣場の小窓から盗難ねえ。 「小窓といったらどれくらいの大きさなんだろう。廊下に面しているものなら あかないようにできていそうだがな。」 グラスカッターで。 「窓が円く開けられてたってさ。」 それじゃあユリアンが不用心だったともいえないねとアッテンボローは昔なじみの よしみで聡明なはずの青年を擁護した。 一番の失敗はだなとポプランはアッテンボローにウィンクをした。 「安いホテルなんてものにはとまらぬがいいってこと。」 今頃ユリアンはかなり焦って責任を感じて探しているだろうと女性提督は 固形の栄養価の高い宇宙食を一口サイズに割ってポプランの口に 入れて食べさせた。 「何とかしないとな。」 そうアッテンボローは呟いた。 出発が早かったのでアッテンボローもポプランも午後にはユリアンと合流できた。 話は聞いたよと青年に女性提督は声をかけた。 「すみません。僕の大失態です・・・・・・。」 手癖の悪いやつはどこでもいるからなとポプランは探す当てを尋ねた。 その問題の小窓とやらをアッテンボローもポプランも検分した。ガラスは 4センチほどの厚みがある磨りガラスではあるが硬質ガラスではない。 「この安物のガラスじゃレーザーのグラスカッターで十分だな。常習だろう。」 ちょうど腕がはいるもんなと廊下側からポプランは手を伸ばした。 憲兵にはしられていないよねとアッテンボローはそこを念押しした。 ええ。「もちろんです。ホテルのこの窓は弁償代と口封じの上乗せで 何とか・・・・・・。けれど今夜からは違う宿に泊まることにしています。 船長たちもその方がいいと。」 はじめから宿賃をけちるから悪いんだとポプランは言う。 高い勉強代になるがユリアン覚えておけよとハートの撃墜王殿はもったいぶって言う。 「恋人と泊まるホテルはけちるなよ。一生の恥だぜ。覚えておけ。」 だからそういう話はこの際おいておいて。 アッテンボローはポプランを押しのけて今皆がどこを探しているのか、 これから自分はどこを探せばいいのかより「価値のある」話を持ち出した。 とにかくオーディンは広いですからとユリアンは地図を出してこのホテルの 半径100キロをマークして探しているといった。 「とられたものは現金じゃなくパスポートとディスクです。処分するなら市街地を そう遠くはでない場所だろうとコーネフ中佐がおっしゃって。」 いえてるよなとポプラン。 「田舎でさばくものじゃないからね。で、コーネフとマシュンゴが動いているのは今 どのあたりだ。」 アッテンボローは尋ねた。ユリアンは地図を指し示した。 ふがいないことですがとユリアンは言う。 「僕のパスポートで面が割れるとややこしくなるからとお二人と合流したら 別のホテルに移動して僕は表に出ない方がいいと・・・・・・。」 それもコーネフがいったんだろとポプランは言う。青年はうなずいた。 「賛成だな。あまり多い人数で聞き込んで帝国側に不審に思われちゃ 逆効果だ。ともかく今夜泊まるホテルってところに移動しよう。」 アッテンボローが言うとポプランもユリアンも荷造りされたコーネフとマシュンゴの トランクをもって車に詰め込んだ。 ユリアンとほか2名の軍人組が今夜から宿泊するホテルは一般の観光旅行客が使う ごくふつうのホテル。 「あの小うるさい船長たちはどこで今夜から泊まるんだ。」 車から荷物を抱えてポプランは青年に尋ねた。 「船長たちと同じ宿では人数が多すぎて人目もあるので滞在中はこの先の宿に 泊まると聞いています。でも今マリネスク事務長たちでフェザーン商人の情報を 集めてくれていますしそれにもかけているんです・・・・・・。」 落ち着いたシンプルな調度だがさっきまでユリアンたちがいた宿とは明らかに 違う。 いざとなったら。 「駆逐艦でも奪取してトンずらしちゃおう。」 やや心配性なユリアンに女性提督はそばかすの美しい笑みを見せていった。 あんまりくよくよすんなよとポプランも言う。 「皇帝ラインハルトのお膝元から戦艦奪って逃げるってのも悪くないぜ。 偽造パスポートをさらに偽造しちゃう手もあるしな。しょげるな青年。こんな こと修羅場の一つにもなりはしない。」 彼の緑色の眸がきらめいた。 ちなみにおれは偽造も守備範囲だとユリアンに耳打ちした。 「なんか悪のにおいがする。」ともと憲兵だったアッテンボローは夫の ささやきに敏感だった。 青年はお二人とも本当にタフですよねと小さく笑った。 パスポートの偽造はともかく・・・・・・「あのディスクが当局にわたってなければ 問題ないんだよな。」 アッテンボローはそこだけが問題だといった。 「中身が中身ですからとった犯人は中を見ているでしょうね・・・・・・。」 青年のダークブラウンの眸が気鬱に揺れた。 いやそれは大丈夫だろうとポプランは口を挟んだ。 「素人にはとけないプロテクトをかけてるからただの泥棒なら手に余る代物だ。」 ・・・・・・帝国にわたると問題だが。 あの中身って「具体的にはどんなものが入ってたんだ。」 アッテンボローは質問をした。 それが・・・・・・・。 「僕自身は検証していないんです。ヤン提督にお渡ししてご裁断をまとうと 思っていたものですから。」 アッテンボローとポプランは顔を見合わせた。 ユリアンらしいと言えばらしいが謀反気がなさすぎることだなと。 コピーの一つくらいは作っておけばよかったなとポプランは思うが口には 出さない。 「お前はコンピューターを操作してたじゃないか。わからないのか。」 隣に座っているポプランをアッテンボローが小突いた。 データを移すだけの時間しかなかったからなあとポプランは言う。 いずれにせよ。 「ダーリン・ダスティ。おなかがすいただろう。昼飯食おうぜ。ここからルーム サービスでもとるか。朝も食ってないもんな。ユリアン、お前も何か食えよ。 探すんだったら体力がいるぞ。コーネフもマシュンゴもその辺はわきまえて 各自なにか飯を食っているって。」 あのコーネフが飯抜きで働くわけがないと自信満々にポプランはいった。 メニューあったよとアッテンボローはそれを夫に手渡して青年にも食べようと 促した。 「どんなときでもきちんと食事をとるのも軍人のたしなみだ。ここで情報を待つにしろ 胆力がいるぞ。ユリアン。しっかり何か食べなさい。」 いつもヤン先輩にそういっては食事をとらせてきたのはお前さんだろうと アッテンボローはほとんど身長が変わらぬりりしい青年にほほえんだ。 青年は責任も感じていたし危惧も感じていた。 けれどこの二人やコーネフ、マシュンゴ。そしてフェザーン商人である船長たちが いるかぎり希望を捨ててはいけないと思った。 事実、三人がホテルでルーム・サービスのランチをとっているころイワン・コーネフも レストランでシュニッツェルやサワークリームのミンチボール、シュペッツェレを平らげて 黒ビールを飲み干し午後の捜索に当たっていたし、マシュンゴもキッシュやパスタ、子牛の ロースト、大きなソーセージをかじりながらオーディンを走り回っていた。 アッテンボローたちもたくさん帝国料理に舌鼓をうったあと。 「女連れは目立つからダスティはユリアンと留守番な。」 ポプランは唇をとがらせ抗議しようとしたアッテンボローの唇にキスをして 足取りも軽く部屋を出て行こうとした・・・・・・ら。 「ユリアンにおそわれそうになったらまたを蹴り上げるんだぞ。ダスティ。」 とよけいな一言を残して瀟洒なハートの撃墜王殿は部屋をあとにした。 ばかだなとアッテンボローは頭をかいて青年をみた。 ポプラン中佐って。 「いつどんなときもご自分を見失わないんですね。僕も見習わなければ。」 と少し元気が出た様子であった。 そんな彼をみて、まいっかとアッテンボローは青年と定時に連絡が入るのを その日一日待つことになった。 by りょう マシュンゴの階級を間違えてました。 彼も昇進したんですよね。少尉でしたね。 |