僕には君しかないよ・4




結局アッテンボローとユリアンが待っている部屋にポプランやコーネフ、マシュンゴが

戻ってきたのは夜も遅くなったころ。



しかも成果はなかった。



ディスク盗難二日目は情報もなく収穫がえられぬまま仕方なしに解散し翌日

また捜査を続けることが決まって軍人組6人その夜はそれぞれ部屋に帰る

ことにした。



このホテルの部屋を取っておいたとポプランにアッテンボローはいった。

「そのほうがいいだろ。明日も早い時間からディスク探すんだし。」

嬉しはずかしの新婚旅行だが仕方ないなとどこまでもマイペースなポプランは

アッテンボローの腰を抱き寄せてうなずいた。



「ともかく広いと言ってもずいぶんこの二日で聞き込みや捜査をしているし

明日もある。あまり沈んではいけないよ。ユリアン。」

この二日間オーディンを走り回っているイワン・コーネフは青年の肩をぽんと

たたいて励ました。

マシュンゴも「もうずいぶん調べる区域も絞れましたから明日、あさってには

何らかの成果が出るでしょう。」と聡明なる若き中尉殿に穏やかに言う。



本当にすみませんと青年は言った。



落胆するのはまだ早いんだし。

アッテンボローは言う。「ディスクが帝国にわたったとしてもオリビエが盗まれた

ユリアンの偽造パスポートくらい作るらしいから今夜はみんなもう休もう。」

女性提督。さすが中将閣下だけあってアッテンボローがまとめるとまだまだ希望が

ある不思議な感覚に皆陥る。



ところで。「嫌みで口の悪い金満主義のお前の従兄は何をしてるんだ。」

ポプランは他称相棒にいった。

「さあな。フェザーン人はそれなりのネットワークがあるらしくて。俺たちとは同じ

行動をとっていない。何をしているかは知らんがフェザーンのネットワークとやらに

おれは期待できると思うけどね。」



イワン・コーネフは従兄の悪口を言われても気にならない。

ボリス・コーネフとオリビエ・ポプランの仲が悪いのは今に始まったことではない。

仲裁するだけ無駄な予感がするので無駄なことはしない。

コーネフ家は合理的な家系かもしれない。

「あの船長は頼りになるのかどうかわからんからなあ。おれは明日はパスポートの

偽造でもしようかな。」



材料は集めてるんだよなとポプランは口笛を吹きながら言う。



「それは最後の手段だよ。さ、さっさと寝よう。お休み。みんな。」

アッテンボローは犯罪者まがいの夫の襟首をつかんで自分たちの部屋に下がった。



アッテンボロー提督は以前憲兵隊にいたらしいねえとコーネフ。

「ポプランのような犯罪者とよく結婚したよね。いつまでたってもヤン艦隊の

7不思議だ。」

ユリアンとマシュンゴにそう語ってコーネフは自分の部屋に帰った。彼はシングル

ルームをとっていた。



残されたユリアンはため息をついたがマシュンゴは大丈夫ですよと安心させる

ように言う。



「捜すところが1000あったとしても900まではつぶしたわけですから

あと100、私とコーネフ中佐とポプラン中佐で明日には片が付くはずです。

それにコーネフ船長のコネクションも生きてくる頃合いでしょう。中尉、

あまり考え込まない方がいいですよ。」

待つのも疲れるものですからと褐色の肌をした大男が青年のために熱い

紅茶を入れてくれた。

ユリアンは苦笑して年長者の意見を重んじることにした。そして優しきルームメイト

にも感謝した。

「ありがとう。少尉。僕ももっとしっかりしないとね。」

その勤勉な青年の若い言葉にマシュンゴは思わずほほえんだ。



一日歩き回って疲れてないかとアッテンボローはポプランと入浴中彼の

肩をもんでみた。これくらいで疲れる柔な体じゃないけど「お前ってマッサージ

うまいよな。気持ちいい。きわめて健康的な意味で。」

ぷっと吹き出したアッテンボロー。

「父親や母親の肩をもんできたからかな。キャゼルヌ先輩もヤン先輩も私に

肩をもませるのが好きだったな。うまいのかどうかは知らないけどヤン先輩はよく

肩をもませている間に寝てたよ。」



それってパワーハラスメントじゃないかとポプランは言う。



「今後はおれにだけマッサージして。ダーリン・ダスティ。」

おれもお返しするからと言うといらないとアッテンボローはポプランの

首も指圧した。



うわあ。気持ちいい。

「あんまり大声で言うな。恥ずかしいだろ。」



首を指で押すと人によってはこりがほぐれるので試しにしたら思いの外

ポプランには好評だった。嫁として内心勝利感がわき上がる。



アッテンボロー家は家族の人数が多い。

そしてダスティは年功序列で言うと一番下になる。甘やかされもしたが

すぐに姉たちは肩をもんでくれと言うし父も母もマッサージしてくれと一晩で

5人の肩をもむときも少女時代、あった。



彼女自体は変に肩をもまれるとかえってのぼせて気持ちが悪くなるので滅多に

さわらせない。



けれどアッテンボローは指の力が強かったのでひとの肩をもんだりリンパの固まりを

ほぐすのが上手で彼女自身疲れたなと思うと自分のリンパ腺のこりこりとした部分を

指でほぐしては疲れをとっていた。

「お前って生活に便利なことが上手な実用的ないい女だな。その指、すごく気持ち

いいんですけど・・・・・・。」

そんなやらしい言い方はするなと赤面するアッテンボローである。



いや。本当に。

「肩なんぞこってないと思っていたけどお前がほぐすとすごく頭が軽くなった。

美しいだけじゃなくてずいぶんと有能な魔法の指だな。」

首を回したりさすりながらポプランはすっかり身軽になった気持ちになる。

「首こってないわけないだろう。お前は今朝何時間も車を運転してきて食事をとって

からもこのオーディンを走り回ってたんだし。・・・・・・楽になった?」

バスタブの中で美人のワイフにマッサージされるという状況だけでも十分ポプラン

にはおいしい状況なのに。

にっこりとほほえむアッテンボローにポプランは感謝と愛情のこもったキスを。



「これだけ一緒にいてもまだお前を知り尽くしたとはいえないんだな。感動した。

すごくすっきりした。ありがとうな。」

えへへとアッテンボローは笑った。

だから昔いっただろう?

「私はいいメイドになる素質があると思う。お前が大将閣下になったら雇って

もらおうかなっていっただろ。」



そういえば・・・・・・。

はじめて偶然でアッテンボローの部屋で食事をごちそうになったときにポプランは

彼女に「秀でたものがないから・・・・・・メイドにでもなろうかな。ハウスキーパーは

得意だし。少佐、偉くなったら雇ってくれないか。」といわれたっけと思い出す。



まあ。

もちろん妻だからこりくらいはもんでやるよと入浴剤の泡をふっと吹いては

シャボンの行方を見つめている無邪気なアッテンボローがいる。



偉くなれるかどうかはおいておいて。



「おれはお前を絶対これからも大事にするから。」狭いバスタブで向きを変えて

浮力を使ってアッテンボローをポプランは背後から抱きしめた。

たとえマッサージがうまくてもうまくなくても、お前のことは大事にする・・・・・・。



ぞんざいな扱いなんてお前からされたことはないよと女性提督はぎゅっと

抱きしめられて小さく笑った。お前が楽になれば嬉しいからとまた手のひらに

淡雪のような泡を乗せて香りを愉しんだりふっと吹き飛ばしている。

・・・・・・。

いちいちすることが愛らしい女だなあとポプランは無条件降伏をした。



盗難されたディスクの行方などこの二人にはあまり危惧にはならない。

アッテンボローは恋愛方面や自分の容姿問題以外では腹が据わった女だし

ポプランなどは以前ユリアンがいったようにどのような局面にたたされても

まず自分を見失わない。「冗談が主成分で洒脱で瀟洒な男」のポーズを

崩すことはない。



二人ともどんなスクランブルのさなかでも「新婚」なのである。

否、「蜜月」と言い換えるべきだろう。

二人が結婚して一年が過ぎたのだから。





急転という事態はままある。



翌朝ユリアンの部屋から出発しようとしていた面々の前にボリス・コーネフがあらわれて

問題のディスクと偽造パスポートをまるでマジックでも見たような顔をしているユリアンに

差し出した。



「そう大きな目で見られても困るが本物だ。今度は盗まれるなよ。ユリアン。」

船長に言われて青年は無事に回収できたディスクとパスポートを身につけ礼を

いった。



「いったいどうやって見つけたんですか。」



至極当然な質問をユリアンがした。ほかの軍人組も興味がある。

ボリス・コーネフはフェザーン人にはフェザーン人のコネクションや

ネットワークがあると前置きして。



曰く。

新帝国になり旧帝国では憲兵として幅をきかせてきた連中がウルリッヒ・ケスラー

憲兵総監が人事につくとまず汚職に手をつけた憲兵はその職を追われた。

もちろんケスラー憲兵総監をもちいたのは皇帝ラインハルト一世である。



厳粛なる憲兵隊に身をおけなくなったいわゆる「憲兵崩れ」という部類の人間が

オーディンには数多くいるらしい。



「金を積んでも品行方正なやつは動かない。けれど清廉潔白であれば憲兵崩れに

なりえないだろ。憲兵は情報をよく知っているからな。」

民間人や旅行者の貴重品を盗んだり脅し取っている憲兵崩れもいれば金さえ

つかませればその仲間を売る人間もいる。



「さすがフェザーン人だけあってうまく金を使ったよな。」とポプランは頭の後ろで

腕を組んだ。嫌みを言ったつもりだが効果はなかった。



世の中金なんだよとボリスは言い切った。



「フェザーン人の情報網は根が深いし根強い。国家としては帝国に奪われても

気質やフェザーン人の自由な気風は滅んではいないんだ。」

わかったか、三下といわれポプランはふむと黙る。



それともう一つ大きな情報があるんだぞと船長は言う。



宇宙歴799年8月13日。

エル・ファシル星系は帝国、同盟とも分離し独立宣言をしたという。



「エル・ファシルか。たしかイゼルローン回廊付近の恒星系自治体だったな。

思い切ったことをしたなあ。」

女性提督は航路図の記憶をたどった。

そうなると・・・・・・。



「ダヤン・ハーンの連中はエル・ファシルに向かうのかな。まさかうちの元帥閣下も

シェーンコップあたりにあおられて・・・・・・。」

アッテンボローはユリアンを見つめていった。

青年はうなずいた。


「ハイネセンの事情はまだわかりませんがヤン提督がいずれ向かう先はエル・ファシル

ではないでしょうか。レサヴィクでの戦艦強奪の風聞はオーディンにいても聞こえてきます。

メルカッツ提督生存説を帝国や同盟政府が本気にすれば・・・・・・ヤン提督にはそれほど

猶予はなかったと思われます。もう宇宙へ旅立っておいでかもわかりません。」



オーディンを出立してエル・ファシルへ向かいましょうと亜麻色の髪の青年は

いった。

アッテンボローは同意した。ゆえにポプランも異議はない。

マシュンゴも快諾したしイワン・コーネフも青年と女性提督に賛成した。



じゃあこれから荷造りをしろと船長は軍人6人にいった。

「こっちはいつでもここを飛べるように航空宇宙局にはそれなりの手配をしている。

今夜にはオーディンをはなれることができるぞ。」

さすが船長とアッテンボローはほめた。



フェザーン人は。



「金にもうるさいが独立気風を重んじる自由な人間の集まりだ。自由惑星同盟とか

名前だけは偉そうにしてふぬけになった属領とは違う。」

船長の言葉にポプランはふんと鼻を鳴らしたがもっともであったので反論しようがなかった。



急ぐことは急ぎますがとユリアンは言葉を紡いだ。

「ワーレン提督に挨拶なしでここをたつのも怪しいでしょう。我々は地球教徒に

不本意にとらわれていたフェザーンの自由商人で、地球教本部にいた正当な

理由を代弁してくれるのはオーディンではワーレン提督だけです。いずれにせよ

フェザーンへ航路を向けることを申告して「悠然」と出立するのがよいと思われます。

あわただしく出発するとかえっていらぬ騒動を招くかもしれません。」

だから当初の予定通り明日の夜オーディンをたつことを提案した。



一日二日の遅れなら。

「それもよかろう。エル・ファシルにいくにはフェザーンに立ち寄る必要があるし

その航路の無事を提督に欲をかいて約束させてもいいかもな。なにせオーディンから

フェザーン回廊まで何度帝国の巡視艇に捕まるかしれないしいちいち説明をするのは

めんどうだろ。」

アッテンボローはユリアンの「辞去の挨拶」に「いかにも民間人らしい庇護嘆願」の

要素を加えてアウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将をそそのかせといっている。



きれいな顔してるけど。

「あんたもなかなか言うことがあざといな。」

船長はアッテンボローが人のいいワーレンという男を有効利用しようと思っている

ことに感心した。



「ふむ。私が逆の立場であれば地球教本部でなんの武器も持たぬ民間人が自分の

任務に必要な情報をもたらせば、恩に報いる。民間人たちが「国へ帰りたい」というなら

航路の無事位は保証する。だが残念なことに私はあまのじゃくだからその民間人のはらを

探るだろうしさて、本当にただの民間人か調べ尽くす。ワーレン提督は人間としての素地は

立派なものをお持ちだがあいにく人を疑うと言うことを知らぬ。」



そしてそこにつけいるものがいることも知らないとすれば。



「ワーレン提督のお墨付きをもらっておけば今後帝国の巡回にあっても船は安全だ。

フェザーンまでは無事につく。こちらの腹を深く探られることもない。そういう人脈を

利用しないとはフェザーン人のくせに無欲なんだな。船長は。」

とあっさり切り返した。



ポプランは自分のワイフのほれぼれするような抜け目のなさにうんうんとただ同意。

イワン・コーネフは久しぶりにやっぱり女性提督はこと戦略レベルに話が及ぶと

さすがに怖いと思い、ユリアンとマシュンゴはまじまじとアッテンボローとボリス・コーネフの

顔を見比べた。



わかったわかったと船長は降参した。



「その辺の話はうまいことお前さんたちで取り入ってくれ。やはり世の中男が言うより

女や子供が言う方が効力のある言葉はあるからな。」



その日のうちにユリアンとアッテンボロー、ポプランはコンラート・リンザー中佐に面会

をしてフェザーンへ予定通り帰る旨を報告した。

ユリアンが帰路の不安をにおわせるとリンザー中佐はすぐに上官のワーレン提督直筆

書状を手配してくれた。



いわば通行手形のようなものである。



「ここまでしていただければ我々もようやくフェザーンへ安心して帰ることができます。」

アッテンボローはくれぐれもワーレン提督によろしくと礼を述べた。

「作戦が成功したのは卿らの功績が大なのだから航路の安全くらいは保証する。

提督も勇敢なるフェザーンの独立商人たちによろしくと申していた。」



リンザー中佐との面会が終了し「通行手形」を手に入れるとその翌日の夜帝都オーディンを

「親不孝号(アンデューティネス)」はあとにした。



まだまだこの一行のトラブルはこの程度では終わらないのであるが。



食事を終えて「親不孝号(アンデューティネス)」の船室でオリビエ・ポプランは

アッテンボローを腕枕にしてさっきからにやにやと彼女の顔を見つめている。

えらくご機嫌だねとアッテンボローが言うと。



「いや。おれの女房殿はやっぱりなかなかお目にかかれる女じゃないなって。

また惚れちまった。」

なんだそれはと女性提督はわからない。

多少の危機などアッテンボローは動じないしあげくに気前よく敵の提督からまんまと

通行保証書を書かせるなどはったりのすごさはそう目にできるものではない。



「・・・・・・。長く軍人をやりすぎたんだな。」

ポプランの腕の中でアッテンボローは今になってやりすぎたかなと上目遣いで

言うけれど。

いいんじゃないのとポプラン。

頭がいい女はみていて気持ちがいいし。



「おれのこと、捨てないでね。ダーリン・ダスティ。」

そうちゃかして男が言うとアッテンボローは馬鹿だなとポプランの唇に唇を重ねた。



「新婚」から「蜜月」に名前を変えただけの二人には互いが互いしか求めて

いなかった。幸せな時代・・・・・・。



by りょう





マシュンゴ好きなんですよ。フレデリカをかばってけがまでしたりユリアンをかばってなくなったり、

本当に「純然たる優秀な護衛」を果たしてくれた彼は大事な人です。

たとえバイキンマンでもフリーザでも・・・・・・。マシュンゴの思い出って感じになりましたね^^;;;

ポプランも肩こりするでしょうが私も肩こりなんですよ。友人にリンパをもみほぐして寝る達人が

いるのでこんな逸話もありかなと。


LadyAdmiral