僕には君しかないよ・1
ユリアンたちは「新無憂宮」の広さと現在の博物館としてのそこに数日通った。 アッテンボローとポプランは一日見物しただけで前者はともかく後者があっさりねを 上げたからである。 「新無憂宮」はあまりに広くとても一日ではじっくりと見学できない。4日かかってユリアンは 博物館の案内パンフレットを求めたりして熟読し、見て回った。その勤勉さにつきあえたのは マシュンゴとイワン・コーネフであった。 この3人は知的探求心が大いにあったので「新無憂宮」で公開してある帝国の歴史や文化に ふれた。 文化的なこの三人をのぞいた問題の二人は。 市内のホテル「シャルロッテンブルグ」をあとにしてオーディンからはなれた山間部の渓谷 にある山荘を予約した。 フェルライテン渓谷という。 まだ将来のことになるが皇帝ラインハルト一世が皇妃ヒルデガルドとの新婚生活を 過ごす場所である。 風光明媚で自然を堪能できる場所。そして市街地から200キロ程度の距離。 アッテンボローが「緑をたくさんみたい」とつぶやいたので、早速ポプランは車を借りて 助手席に女性提督を乗せてドライブがてらに出かけた。 運転したいというアッテンボローにポプランは「レディは助手席にっていうのがおきまりだぞ。」と ウィンクを返しただけでハンドルを譲らない。 そういうところが過保護なんだよなあと女性提督はあきれてしまう。 いみじくも自分は同盟政府で軍人であり駆逐艦や戦艦を指揮し動かしてきている。 ヤン・ウェンリーはともかく彼女は、ダスティ・アッテンボロー・ポプランは機器(メカ) 音痴ではない。地上車(ランド・カー)の一台程度運転できぬ訳はない。 けれど交際してからというものポプランはアッテンボローを姫君扱いして座るときには 必ず椅子は引く。ドアは彼が開けて彼女を通す。などなど。 交際前はそういうことはしなかった。 それがポプランの才能だと今のアッテンボローは思っている。 イゼルローン要塞に赴任したばかりの時代。 アッテンボローは同盟軍史上初の女性提督として分艦隊を預かる身となって ある意味「過重の気負い」を持っていた・・・・・・。 車窓を流れる緑に目をやりときおり運転しているポプランの横顔をみたりすると 美人に見つめられると脳内のアドレナリンがべらぼうにでると彼は口笛を吹いた。 「思い出してたんだ。出会った頃のこと。」 クーラーボックスに冷やしたイオン飲料。それをとりだして飲むかと聞いたら ポプランは飲むという。本当は口移しがいいけど残念だと付け加えた。 オートで運転をすればいいのにマニュアルで運転する感覚が好きなんだそうだ。 ポプランは機器(メカ)にとっても詳しい故にバーミリオン会戦で生還した。 だったら。 助手席でおとなしく甘んじるのも姉さん女房のつとめだとアッテンボローは飲料水の ペットボトルを運転席のホルダーにおく。 緑が増えてきたねとアッテンボローは気持ちよさそうにいった。 あと一時間もすればフェルライテン渓谷につくぞとポプランは隣の アッテンボローに告げた。 で、出会った頃のことを思い出したってとポプランはおもしろそうに尋ねた。 うん。そうだよと助手席のアッテンボローはほほえんだ。 お前はたしか・・・・・・「宇宙港を見下ろす展望台で戦艦をみてたよな。歌も歌ってた。」 そうポプランに言われるとアッテンボローは自分があほうな女だと思える。 でも事実「ヒューベリオン」をみながら本人としては小さな声で歌を口ずさんでいた のだから「それがどうした。」とあまり効果のない抗弁をしてみる。 すごく。 「すごくいい女だって思ったよ。きれいな声で歌ってた。出会い頭に口説くのは もったいないなって。」 お前はどう思ったわけとポプランはおもしろそうに質問した。 「もっとからかわれると思ってた。」 それと・・・・・・。 緑の眸と敬礼の姿がとてつもなくきれいだった。 「敬礼にだまされたのかも。」 とアッテンボローはいった。 いやいやとポプラン。 「お前もおれに一目惚れしたんだな。もう。ダスティはシャイだからそういう大事な こと今までいってくれないんだから。ういやつ。」 別に一目惚れじゃないもんと女性提督は窓を開けてすがすがしい夏の緑の風を 堪能した。青臭い緑の香りがする。 交際するまでポプランはアッテンボローを特別な場合以外は女性扱いしなかった。 飲みに行けば会計も交代で払ったりむしろ階級が高いアッテンボローが払ったものだ。 食べにいくときも飲みに行くときも椅子を引いてもらった記憶がなければドアも開けて もらったことはない。 アッテンボローはその当時女扱いされるのが気重だった。 仕事の責務を考えればその重大さで毎日オーバーワーク気味だった。 もとから働くことは嫌いじゃなかったし何とかするしかないよなと恋愛以外ではシャープな アッテンボローは階級に見合う仕事を精励したつもりである。でもプラスそこに恋愛の 要素が入り交じると「恋愛音痴」の彼女はアンバランスになる。 シェーンコップはそのアンバランスさをからかうような口説き方をした。 だからアッテンボローは苦手だった。 ポプランはそのアンバランスさを大事に思ってくれた。 だから彼女は彼を選んだ。 翡翠色の髪が風にあおられなびく。 まだ今に至ってもアッテンボローは自分の伴侶をポプランにしてよかったのだと 思わぬ日はない。 「ずいぶん仕事をしていないなー。まあラオがいるからあっちは大丈夫だろうが。」 みんなどうしてるだろうねとアッテンボローはつぶやいた。 オリビエ・ポプランは口元をくっとあげて笑う。 「うちの連中には脳天気なお祭り野郎がおおいから無事息災が退屈で何か騒動を おこし始めてるかもしれないな。あの筋肉連隊の第13代連隊長なんかは。」 そうかなとアッテンボローは思い「そういうお祭りは私をのけ者にしないでほしいな。」 と言う。 じゃじゃ馬とポプランはほほえんだ。 だって。「のけ者にされるのはおもしろくないだろう。お前だって好きじゃないはずだ。」 アッテンボローが唇をとがらせると。 もちろん。「おれは品行方正で反戦主義者だったことは一度もない。」 ポプランはどうどうという。「おれも祭りは好きだしな。おれの大事なじゃじゃうまが けんかしたいというなら・・・・・・。」 もう一度宙に帰るときもくるだろうな。 お前にはおれがそばにいないとだめだからと自信満々にポプランは長い運転にも 疲れもせず・・・・・・考えてみれば艦載機のパイロット、しかもエースパイロットが 車風情で疲れるなどあり得ない。 ハンドバッグからミントキャンディーをだし、食べるかと聞いたら あーんと口を開けてきた。 アッテンボローは包み紙を破ってキャンディーを虫歯一つない口にそっと入れた。 パイロットにかかるGは激しいのでポプランは歯に関してはきっちり管理している。 彼は撃墜王。日常生活では風来坊でも職業軍人としての矜恃はある。 休憩しなくて平気かと聞くとイイコトヲスル休憩ならいくらしてもいいと言うので 女性提督は却下した。 よくまあ。 「よくまあこんなに自然の美しいところでそんな不謹慎なことを考えられるよな。 お前って本当おめでたい。」とアッテンボローもミントキャンディーを珍しく口に してあきれたように、やや赤面してつぶやいた。彼女はおやつのたぐいは食べない。 食事がおいしく食べられなくなるからというよいしつけが行き届いているからである。 自然だからこそ。 「自然に裸で愛し合うものなんだぜ。ダーリン・ダスティ。」 あ。 「絶対屋外で・・・・・・なんていやだからな。絶対だめ。野外では絶対いやだ。」 ちえと半分本気半分冗談でポプランは笑う。 屋内ならいいんだなと愉快そうに撃墜王はきれいなウィンクを見せた。 あきれちゃうなとアッテンボローはまた窓の外を眺める。 ね。「ずっと運転してて疲れない?変わってもいいよ。」 と声をかければ「山荘に着いたらマッサージして。愛情たっぷり。」と全然疲れのない 笑顔でポプランはアッテンボローにいった。 ・・・・・・。 絶対よからぬことしか頭にないんだなと女性提督は観念する。 新婚旅行なのだから。 ポプランがアッテンボローをわずかでもはなす気がないことは分かり切っている。 ロマンスはわがままで疲れやすいと古人は言う。 オーディンであろうと宇宙の最果てであろうと新婚旅行なのである。 ま、いっかと運転をする夫に優しくほほえんだ。 一方こちらは宇宙をさまよう休暇が終わってしまったご一行。 宇宙歴799年7月25日にはレダIIを同盟政府からワルター・フォン・シェーンコップ中将がせしめ ヤン・ウェンリー元帥と妻フレデリカ・G・ヤン少佐はその懐かしき僚友たちとブリッジにいた。 「相当むくれているんだろうな。ヤンのやつ昼寝三昧じゃないか。」と統合作戦本部長の椅子を 見事に足蹴にして後輩の窮地に家族を連れてはせ参じたアレックス・キャゼルヌ中将はあきれて 大声で文句を言う。 そりゃむくれたくもなるのが人情でしょうとなぜか民間人の医者だったはずだが巻き込まれ この場所にいるミキ・M・マクレインも言う。 「お前さんはなぜここにきたんだっけ。」とデリカシーのかけらもない言葉でキャゼルヌが言うと 「・・・・・・。この不良中年に言ってください。先輩。」と小柄な女医は5年ぶりに同盟軍軍服を着て 隣にたつ戦闘指揮官であるワルター・フォン・シェーンコップを指さす。 「お前だってついて行きたくないと断固断りはしなかっただろう。それと不良中年などと人聞きの悪い 呼び名で呼ぶな。おれはまだ中年じゃない。」 グレイッシュブラウンの髪と怜悧な美貌を持ちながら不適さと傲岸さがほどよく加えられた笑みで シェーンコップは黒髪、黒い眸、E式美人の長年の友人をみて言う。 お前さんとシェーンコップが並んでいても。 「いっこうに情事のにおいがしないな。ミキの色気のなさが問題なんだな。」 士官学生時代の女医を知っているキャゼルヌは悪気はないが毒をはく。 こいつはそれなりに使えるからつれてきて正解だったとシェーンコップは ミキをちらりと見やる。 たしかにとキャゼルヌはうなずく。 「私は医者としてここにきたつもりですよ。それ以外の軍務はお断りです。」 うちの父が知ったらさぞかしお小言をたんと頂戴してしまうと年齢不詳の愛らしい 顔で眉根を寄せミキは言う。 「お前さん、てっきり母親似かと思ったら案外ムライ参謀長にもよく似てきたな。 娘は男親に似るというのはあながち嘘じゃないんだな。」キャゼルヌもシェーンコップも 感心して言うので。 「キャゼルヌ家のご令嬢がくれぐれもマダムに似ることを願ってます。」と女医は 言い返した。痛いところをつかれたとキャゼルヌはしかめ面をしシェーンコップは 苦笑した。 彼にも娘がいる。けれどこの女医はそのことには触れない。シェーンコップもあの日以来 娘の存在を忘れていた。女医の家に転がり込んだ日に娘からの手紙の話をミキにした 夜以来・・・・・・カーテローゼ・フォン・クロウツェルという遺伝子学上の娘のことは 失念していた。 11年、親交のある女医をこんな当てのない旅に無理につれてきたのはシェーンコップ。 ヤン・ウェンリーと士官学生時代基礎学科が同期だったこと、ムライの娘であることなどで はじめはヤン家とシェーンコップをつなぐ連絡係を女医はこの男に任せられていた。 ついてこいとシェーンコップは言うけれどさてどうしようかとミキは悩んだ。 だが。 帝国高等弁務官ヘルムート・レンネンカンプがレベロにまで謀られ(たばかられた)たことをしり 失意のうちに自殺したことがきっかけで女医はこの一行と運命をともに分かつことを決めた。 現時点でレンネンカンプが死んだことを公表できない。非人道的であるが彼には生きているよう 見せかけねばならない。ヤンはそう選択をした。 しかし縊死死体を眠っているように見せる方法が思いつかぬ時フレデリカが化粧をすれば 顔の色がよくなるかもしれないと申し出た。 「わかったわ。エンバーミング処置をしましょう。所詮化粧では効果のほどは保証できかねるから こういうときに私が処置すればいいと思う。」 女医は初めてそのとき口出しをした。 彼女はハイネセンで多くの遺体をエンバーミングしてきたプロである。 遺体を生前の状況に外見保存する技術や道具も持っている。 女医は一人で死せる見知らぬミスター・レンネンカンプと対面し処置を施した。 すまないといったのはまずはヤン。そしてシェーンコップ。 ヤンに対してミキはジェシカの遺体をきれいにしたのも私よとかすかな笑みを返した。 シェーンコップには「謝るくらいならはじめから呼ばないで。」と一喝した。 「とにもかくにもこの手の仕事は私の専門なんだしいちいち謝る必要はないわよ。 シェーンコップ。」金輪際私を藪医者といわないことねと臓物や汚物などの強烈な においのする処置室でマスク越しに女医は彼を切り捨てた。 政治的に現在ヘルムート・レンネンカンプ上級大将閣下は失神状態で睡眠カプセルで 休息をとっているということになっている。冒涜の極みでしかないが今帝国に高等弁務官が 死んだと言うことを悟られてはおしまいである。 「ヤンにしたら宇宙へ還るまでもっと時間が必要だったんでしょうね。策を練る間もなかった からああやって昼寝のふりをして考えてるのよ。」 フレデリカに変わって僚友であるヤンをかばって女医はいった。 それはひいき目だなとキャゼルヌは笑う。「あれは単なる昼寝だろうさ。」 実際に打つ手は何もないわけだからなとシェーンコップも端正にとがるあごをなでて言う。 「もう少しの覇気がほしいものだ。新帝国皇帝の10%でもいい。うちの元帥は 覇気がなさすぎる。」 煽りがいがないと戦闘指揮官殿は響きのある声で静かにため息混じりにつぶやく。 昔から思ってたけど。「あなたが首をつっこむとことが大きくなるのよね。」 女医だって口は悪い。姿形はとびきりのオリエンタルな美人であっても 特にシェーンコップとキャゼルヌには言葉が悪い。類は何とかを呼ぶのである。 ミキが弁護したにもかかわらずヤンはブリッジの司令官席に座って足をテーブルに 投げ出したまま顔にベレーをかぶせて・・・・・・沈黙。 「フレデリカ。紅茶を入れてくれないかな。」 沈黙を破ったのはこの一言だけ。 ヤン夫人ははいと素直にほほえんで給湯室へ向かった。 ヤンのやつ。 「あれはすねてるぞ。二ヶ月で年金生活を奪われたと被害しゃぶっているに違いない。」 キャゼルヌはあたらずとも遠からずの言葉を口にした。 ヤンは途方に暮れていたのである。レベロ議長を人質に取ったまでは仕方がないにしろ 高等弁務官が彼の耐えられぬ屈辱故に死を選んだこととさらにそれを隠蔽したままいつ 帝国にどう公表すれば・・・・・・この不正規軍の扶持をまかなえるのであろうかと思案に暮れた。 彼は5年は危うくてもしのげると思っていたけれど、実際はたった二ヶ月ですべてのあらたな 手を打つ算段をつける羽目になった。 麗しい妻の紅茶くらいは黙って飲ませてやろうと周囲はあえて口出しはしない。 あきれかえってしまうだけであったが。 しばらくは。「存分にすねさせてあげましょう。ヤンにとっての年金生活は・・・・・・ ある意味「夢」だったんですからね。」 とミキは頼りない元帥閣下の後ろ姿を見つめて言う。 それはいいが。「夢ってものはさめるのが決まりだからな。しばらくはふてくされても かまわんがそのうち金がいるようになればヤンには働いてもらわんとな。」 キャゼルヌは財政面の厳しさをデータで知っているので彼自身も何らかの 策を考えている様子である。 アッテンボローとポプランが地球教本部に進入し退屈なる生活を送っていた頃の ヤン・イレギュラーズの様子である・・・・・・。 by りょう タイトルは歌詞の一部をもらいました。 今後オリジナルキャラ・ミキは頻繁にでると思います。 |