頼むから黙って、ただ愛させてくれ。・3



宇宙暦799年8月1日に地球を後にしてわずか二週間の航路で帝都オーディンに

「親不孝号(アンデューティネス)」の乗組員たちは到着をしている。



アッテンボローはユリアン同様フェザーンの行商人という身分で帝都に入国した。

少々憲兵にいくつか形式だった質問はされたけれど身元を存分に調べられたわけでは

ない。みなすぐに解放された。

帝都オーディンに6名の元軍人が潜入している。

とはいえ、何も隠密行動をとるつもりは6人ともなかった。

あくまで観光旅行のつもりでアッテンボローもポプランもこの星へやってきた。



現在「新無憂宮」は歴史博物館になっている。

そんなものを見ても何の価値もないといいたそうなポプランの腕を引っ張って

アッテンボローはユリアンやイワン・コーネフ、マシュンゴの後を追った。

過去の叛乱軍との会戦の立体映像や戦史が収録された書庫、そして過去には

秘密とされていたゴールデンバウム王朝の歴史的資料。

6人のうち5人は興味しんしんで眺めていたけれど1人、あまり興味をお示しに

ならない人物がいる。



どうせなら。

アッテンボローの耳元でささやく。

「どうせなら後宮の歴史を存分に知りたいよな。どんな美しい寵姫が納められていた

とか。それなら歴史を学ぼうと思う学究心がふつふつとわき出でるのにな。」

リーフレットを片手にアッテンボローはふっと笑みを漏らした。

「そういうものはないのじゃないかな。皇帝(カイザー)ラインハルトの姉上のことが

あるからね。あの女性は貧家の貴族で14歳で父親にフリードリヒ四世に売られたと

聞く。いずれは公開資料になるかもしれないが当分はなかろうな。」



「歴代のゴールデンバウム王朝の皇帝よりよほどラインハルト・フォン・ローエングラム

のほうが鑑賞に値するだろう。」

イワン・コーネフがオリビエ・ポプランにいった。

「おれはその姉上を拝みたいんだがな。」コーネフの他称相棒は口をとがらせた。

金髪の坊やは「姉上を敬愛しておいでだからさらし者にはすまいとアッテンボロー

はいう。



むしろ

「タブロイド誌なんかにのっているんじゃないですかね。」

亜麻色の髪の青年も苦笑して「なんといっても言論と表現の自由があるはずです

からね。新帝国は。」と年長の空戦のお師匠様に進言した。



「新無憂宮」ねえ。



「まあ。まともな知性を持っていたらけしてつけない名前だな。ルドルフは晩年

知性の劣化をみたそうだがやっぱりなって感じだ。」

ポプランは早くも退屈をしている。

「そんなに退屈だったらせっかく泊まっている高級ホテルで酒でも飲んで寝てれば

よかったじゃないか。」

そうコーネフがいうと

「一人で過ごしても仕方がないだろう。おれはワイフといたいんだ。ワイフのそばから

離れるきはない。」

アッテンボローの体を抱き寄せてポプランはいった。

かの女性提督は「せっかく帝都にきて見学できるところはしておきたいものな。

ホテルで缶詰なんてちょっともったいないだろう。」

と肩を抱かれつつみておきたい展示物のあるコーナーへの通路をリーフレットを

みて確認していた。



「かなりの美術品があるね。みておこうか。宝石、宝飾物などがあるんだな。」

皇帝ラインハルトが押収させたに決まっている旧貴族の財産であろう。

アッテンボローは自分は女性でありながら装飾品をつけるのは嫌いであるけれど

みる分はそれほど嫌いでもない。



「おまえ、退屈だったら「新無憂宮」の庭園でアイスクリームでも食べてきたら。

庭園はこの時期薔薇で見事だとすれ違った団体客が言ってたぞ。」

アッテンボローはポプランにいった。



おれ、子供じゃないんだからさ。



「あのさ。このおれが薔薇をみてのんびりソフトクリームでも食べたがると思うか。

ダスティがいくところに今日はつきあう。」

昔なら帝国美人とデートにでもしゃれ込むところだけど。

今のポプランはアッテンボローが宇宙で一番のいい女なのである。

彼はさっと左手を出してアッテンボローはその手を握った。



「でもこの展示を見たら庭園の薔薇がみたい。アイスクリームも食べたい。」

はいはい。いくらでもつきあいましょうとポプランはほほえんだ。



「親不孝号(アンデューティネス)」の正乗組員、船長のボリス・コーネフ、航宙士

カーレ・ウィロック、事務長のマリネスクの三人はフェザーン商人がとまるホテルに

宿を取った。ユリアンら不正乗組員6人も同じホテルである。

せめてホテルくらいはいいところに泊まりたいというオリビエ・ポプランと実のないことに

金銭を使うのを好まぬボリス・コーネフ船長との間に当然衝突があった。

仲裁に入ったのはユリアンで一つ提案をした。



「アッテンボロー提督とポプラン中佐は新婚旅行をまだしておいでじゃない

のでこの際、お好きなホテルにお二人だけ泊まればよろしいのではないでしょうか。」

はなしがわかるなあとポプランは亜麻色の髪の青年をほめた。

「やはり若い分、機転がきくんだな。年寄りは凝り固まってていけない。」

金の亡者で年寄りなぞいいところが一つもないぜと皮肉をたっぷり船長に

お見舞いした。



私はどっちでもいいんだけどなあとアッテンボローは苦笑して船長にいった。

「実は多少の貯蓄は私も夫も持っている。私はどのホテルでもかまわないけれど

オリビエの気持ちを斟酌して二人だけ別の宿を取ることにするよ。新婚旅行でも

あるんだし。連絡だけは取れるようにするから自由行動を赦してくれないか。

船長。」



アッテンボローがいうとあんたはいい女だが亭主には甘いなあといい、

「まあ、このうるさい男の面を当分みないですむんだし勝手にしろ。」といった。

財布のひもはしっかり締めた方がいいぜと船長はアッテンボローによけいな

忠告をした。

帝都に到着したその日、ポプラン夫妻をのぞく7名は同じ宿に宿泊して

翌日このように帝都見学にきているのである。



庭園の薔薇を見終わったら今夜はみんなで食事をとりたいなとアッテンボロー

はいった。

「ホテルの料理はおいしいけどここには滅多にこれるわけでもないから下町あたりで

黒ビールを飲みながら食事したいなあ。」

黒ビールには賛成だがとポプラン。「おれはあの船長が嫌いなんだ。」



従弟のイワン・コーネフは苦笑する。それをみてアッテンボローは気を遣う。

「おまえね。コーネフに失礼だぞ。従兄なんだから。」

「こいつの50万倍は船長の方が性悪だ。」ポプランはそうとうそりが合わぬ

ご様子である。

まあ確かに「ボリスは金にうるさいからね。そういう土地で育っただけある。

几帳面だしポプランとはおよそ馬はあわないだろうな。」

イワン・コーネフはあえて従兄をかばわなかった。ポプランがいっていることは

そう多くははずれていないからである。



でも。「せめて一日くらい一緒にオーディンの下町料理をみんなで食べたいな。

・・・・・・・しかたない。オリビエ今夜は二人で下町のレストラン・・・・・・行こう。

連れてってくれるよね。」



彼女の眸は切れ長だけど大きくて愛らしい。上目遣いでいわれれば

ノーとはいえない。

そりゃあもうどこへでも行こうぜとポプランは上機嫌である。

それをみていたコーネフは一言。「相変わらず提督のポプラン転がしは巧みですね。」

ユリアンやマシュンゴは顔を見合わせて笑った。



連絡だけはお互いどこのホテルにいるのかわかっているので「新無憂宮」見学が

終了すると自由行動となった。







アッテンボローたちが泊まっているホテルは帝国上級将校も泊まるという権威と

優美さ、品格ある華麗さが漂う「シャルロッテンブルク」という名のホテルでお値段も

そうとうよろしい。



観光客や新婚旅行でここに泊まるものも多いのでポプラン夫妻が大きく目立つこともない。

ただシックな服装を二人は用意していなかったのでポプランはスーツ、アッテンボローは

カクテルドレスを新調する羽目になった。

昨夜は二人でホテルの一階にあるバーで酒を飲みレストランでディナーをとった。



3階のレストランへ二人で向かう途中帝国軍人・・・・・・しかも階級はかなり高いと

思われる一人の士官を二人は見かけた。



かなりの長身の美男子といえる容貌。限りなく黒に近いダークブラウンの短髪。

彼はアッテンボローの美しい姿にコンマ数秒関心を示したがすぐに興味を失い

先にエレベーターに乗り込んだ。

「何階へ行かれますか。フロイライン。」とその男はポプランは無視してアッテンボローに

怜悧な唇をわずかに動かしていった。

「三階のレストランへ夫と参ります。」と女性提督はほほえんだが。



心の底では戦慄を覚えていた。



この男が第9次イゼルローン要塞攻略の総指揮官オスカー・フォン・ロイエンタール元帥で

あることをアッテンボローはすぐに悟った。右は黒い眸、左は青い眸。

金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の双璧の一人であるとわからぬはずがない。



ポプランもわかっているのであろうがいささかも臆することも虚勢を張りもせず

先に妻をエレベーターに乗せ彼もアッテンボローの腰を抱いたまま乗った。

ロイエンタールは3と6を押して三階に着くとドアが閉まらぬよう二人が降りるまで

ドアに手を添えて実に紳士的な対応をした。

アッテンボローは頭を儀礼的に下げてポプランの腕をとって背を向けた。



6階へ向かうエレベーターの中でロイエンタールは着慣れぬドレスをまとっているが

しなやかな獣を思わせる翡翠色の眸と翡翠色の髪を持つ実に美しい女性をまた

思い出したが。

今夜の情人がいる6階につくとアッテンボローのこともすぐに忘れた。



思い出しても。

「感じが悪いなあ。ロイエンタールって男。今夜はあいたくない。」

翌日の夕刻部屋で下町へ行く準備をしているアッテンボローはポプランに

つぶやいた。



おおかた「一夜の恋のお相手がいるこのホテルにきただけだろう。噂ではかの

ロイエンタール元帥は女性を情交後冷徹にも捨ててしまうというじゃないか。

今夜はこっちに来ないと思うぜ。」と過去のレディ・キラーはアッテンボローを

安心させるために香水の香りがする彼女の耳たぶを甘くかんだ。



「どうも生理的に女性として嫌悪するし・・・・・・。」



あの執拗な艦隊攻撃を思い出すとさらにアッテンボローは帝国元帥閣下を

好ましくは思えない。

「美形好きな割にロイエンタールだけは嫌うんだな。ダーリン・ダスティ。

妻としてよいことだ。」とポプランは彼女を後ろから抱きしめた。



軍人に道徳の有無を求める気はないけれど・・・・・・。



「あの男はどうもすかないな。サディスティックとマゾが同居している感じがにおう。

第一女を捨てるくせにあの男コンマ数秒私をみた。値踏みされた気がして不愉快だ。」

ほかの男を嫌うのはいくらでも大歓迎だとポプランは彼女を抱き寄せて接吻けた。



心配しなくても。



あの元帥は女を抱いているようで。

「女のことなど覚えてないぜ。女に執着してないんだろう。女が執着するだけで。」

だから俺も安心だとポプランはアッテンボローのまぶたに優しくキスを一つ。

俺のたぐいまれなる麗しいワイフのことも忘れているさとほほえんだ。



ならいいけれどとアッテンボローは恥ずかしそうにうつむく。

ようするに。「ダーリン・ダスティは男と女の世界ではうさぎちゃんのようにか弱い。

一方であのロイエンタール元帥はそれこそ怖いもの知らずだろうから正確な言葉を

用いるならば。」



生理的に怖い。



ってのが的確かもなとポプランは軽口をたたいた。

「あの御仁は用兵家としても相当怖いひとだよ。」

とアッテンボローは宙(そら)色の眸でポプランを見つめた。

彼女は艦隊戦でロイエンタールの攻撃をしこたま受けているので彼の用意周到なること

知性的で効率的な用兵ぶりを肌で知っている。どちらにしても女性提督はわずかに

気鬱になった。



「ワーレン上級大将が善人に見えるもんな。やだやだ。いみじくも同盟の中将とも

あろう私がこのていたらく。」と唇をとがらせると

ポプランからの甘い接吻が降りてくる。

彼の温かさを感じて心が落ち着いてくる。



なあ。ダーリン。



「せっかくの新婚旅行だから悪いものをみたとしても忘れろよ。もうさすがに

ロイエンタールという男に出会うこともなかろう。でも亭主としてはあの天下の

色男が嫌いだという美人の妻ならかわいくて仕方がないな。あの男は女を幸せに

できるタイプじゃない。おまえが嫌うのはよくわかるぜ。」



な、下町で黒ビールのみたいんだろうとポプランはアッテンボローの顔を

のぞき込んだ。

うんとそばかすの女性提督はほほえんだ。



二人ともいつものラフな出で立ちで手をつないで今夜は下町に繰り出した。

帝国暦497年と491年の赤ワインは昨日のうちに見つけて二人は豪奢な部屋で

その一本をあけて祝杯をあげている。



今夜のデートのことはまた後日。



ニアミスでフェザーンでは青年は過日当時ラインハルト・フォン・ローエングラム公を

目撃しこの二人はエレベーターという密室でオスカー・フォン・ロイエンタール元帥と

出会った。



アッテンボローとポプランが結婚してあと数日すれば一年になるという頃のこと。

当人たち曰く「まだ新婚。」。



ヤン・イレギュラーズたちは7月の末にはハイネセンをあとにしてもはや戻れぬ

旅路についていた。ヤン・ウェンリー元帥の新婚生活はわずか二ヶ月で終焉を

迎えた。フレデリカ・G・ヤン夫人は夫のために食事ではなくデータやリストを

作成しているのがこのころ。



オーディンにいたユリアンたちはまだ何も政局の大変化を知らなかった・・・・・・。



by りょう




えっと、私はロイエンタールが嫌いというか嫌いではないです。

ただ保守的な女性ならあの御仁は好きになれないかなというだけで・・・・・・。

9巻ではやはり泣きますし・・・・・・。ロイエンタールは是非とも

ミッターマイヤーと仲良しでいてほしいです。良心が引き出される相手であれば

ロイヤン?でもいいと思う!新春です。

かろうじてエリフリーデだけがロイエンタールに慈愛を引き出させたなと思います。

だからフェリックスをミッターマイヤー夫妻に預けるという父親としての

最初で最後の大きな役割を果たしたと。


LadyAdmiral