頼むから黙って、ただ愛させてくれ。・4



オーディンは下町といえどもずいぶん生活水準が高いようにアッテンボローは思った。

ユリアンはフェザーンに駐在武官として赴いた折、街が整備されていたこと、街が清潔

であり物価も安定していることなどをみて祖国との違いを感じたと言っていた。



オーディンも市街は緑が多く街の中心は石畳で古い町並みを演出していた。

けれどさびれた様子はない。

煉瓦造りの建物が多く古式ゆかしい面持ちがある上に清潔でもある。

ここでも物価の安定がみられいさかいも少ない。



アッテンボローとポプランが宿泊しているホテル「シャルロッテンブルク」は貴族が以前

暮らしていた豪奢な館を改築したものである。けれど船長たちの泊まっているホテルだって

よい建物である。従業員のサービスも行き届いている。



「これってやっぱり皇帝が善政をしいているからだろうね。すさんだ感じがしない。

いろいろと考えてしまうな。」

街を歩くアッテンボローはポプランの左手を離さないまま少し言葉をつぐんだ。

何を考えてるんだ。ダーリン・ダスティと瀟洒で陽気なポプランは並んで歩く彼女の

顔をのぞき込んだ。



独裁政治といっても「これだけの善政をしけば皇帝ラインハルト一世の功績は大きい。

腐敗しきった祖国の民主政治のあり方を思っていたんだ。でもさ。」

いくら腐敗をしたとしても。



私は国民も政治責任を負う生き方が好きなんだと翡翠色の眸が夕暮れの空を

みつめていた。そんなアッテンボローの視線の先をポプランはともにみたいと

思ったし、二人でこれからも共に生きたいと・・・・・・彼女の手をしっかり握ったまま

「同感だ。」とつぶやいた。



おれはいつだって。



「お前と同じように感じたいなと思う。ちょっとわがままな話だけどな。」

肩を並べて歩きながらポプランはアッテンボローに言った。

すべてが同じ価値観じゃなくてもいいんだよとアッテンボローは思う。

お互い赦せる優しさが二人にあればそれでいいと彼女は思う。

いつでもできれば・・・・・・アッテンボローはポプランの思うことを尊重したいと

願う。



どこの店に連れて行ってくれるのと3センチだけ背の高い夫に尋ねると

オーディンの一般的な庶民の料理と黒ビールを出す店で評判がよいといわれる

「ファイゲ-無花果-」という店。彼お得意の情報網をつかって調べた店は

山荘を思わせる小さな館で木造のレストラン。

ドアを開けて入れば薄暗い店内で仕事帰りの男たちと思われる連中が

カウンターでジョッキをあおり、テーブル席では恋人か家族が歓談し食事を

愉しんでいる。



二人をみてそれほど愛想がいいとは言えぬがしっかりものらしいウェイトレスが

二人を席に案内をした。

週末でもないけれど客はそこそこ入っている。

食事をする人々の会話で店内はにぎやかで仕切られているのである程度の

プライバシーは保てる。もっともだれも二人に注目せずその日の出来事や

愛の言葉、おいしそうな料理に熱中していた。



二人は黒ビールと赤ワインを注文してサワクラウト入シチューとハーブソーセージを

ボイルしたもの、ポークチョップ、レバーペースト
、ハムとチーズの盛り合わせ、キッシュ

プレッツェル、ミックスピクルスなどを注文した。

ほんと。

「さっきからここはいいにおいがする。料理に期待できる。」

アッテンボローはすぐにきた黒ビールをポプランと乾杯してほほえんだ。

黒ビールのみたかったんだろうとポプランが促して彼女は一口口に含んだ。



・・・・・・・

にがい。



そういうせりふが出てくるのはポプランはよく承知していたから赤ワインのグラスを

彼女に勧めた。

「帝国にきたら黒ビールって楽しみにしてたのに。」

さも口惜しそうに言うけれどもともとアッテンボローは苦みのある味が苦手なのだから

無理に飲む必要はないと残りはいつものようにポプランが堪能した。



さすが。

「本場といわれるだけあってうまいビールだな。圧倒的にこの星は酒がうまい。」



アッテンボローは下戸ではないけれど酒を飲む雰囲気が好きなのであり

酒自体がとても好きというのでもない。ワインは赤しか飲まない。白を飲むと

少し頭痛を起こす。

ウィスキーもアイリッシュクリームは好みだがふつうのモルトウィスキーや

バーボンは味気なく感じる。それでもポプランと飲むとおいしいと思えるときが

あるから少しずつ飲めるようになっている。

ビールも飲めるけれどビールで酔うくらいならおいしい赤で酔いたいのが彼女。



次々と運ばれる料理を口にしてアッテンボローは味を十分分析し味わった。

ポプランはここへ来るまで酢漬けのキャベツは好きじゃないといったけれど

シチューにしてしまうとなかなかうまいものだなと舌鼓をうった。

「ふむ。気に入ったなら今今度作ってみよう。」

彼女は口にした食べ物はたいてい再現できる。



正確には。



夫のポプラン中佐の好み通りにアレンジしてより喜ばせる味を提供できた。



テーブルには小さな花が生けられているし出窓にも花が並んでいる。

アッテンボローは園芸には疎いので花には詳しくないしポプランもプランターの

花で女性を口説くことがなかったので知らない。けれど庶民的で牧歌的な

店の雰囲気を演出するに十分な小道具である。

さっき値段をみたけど・・・・・・。



「十分安い値段だね。これなら特に週末でなくても家族連れやカップルがいても

おかしくない。ビールと酒肴だけでも楽しめる。なかなか庶民に優しい店だ。」

レバーペーストもおいしくてアッテンボローは味付けをまたも分析している。

よく味わい。

花が多い街というものはいいものだなと彼女は思う。



この店はだいたいが声の大きい客が集まっているのかアッテンボローとポプランが

睦言を並べたとしてもそれに聞き耳を立てるものはいない。

アッテンボローもポプランも満足してさて席を立って会計をと思った。

2130時。

食事を終えて二人は甘い夜を過ごそうと早々に店を出ようとしたのだ。



同時に会計にたった二人づれがいた。

この店に軍人がきているのは珍しいものでもないようだが・・・・・・。

エスコートされている女性はクリーム色の髪とすみれ色の眸を持つ華奢な

女性。しゃれてはいないが品がある淡いパープルブルーのワンピースを着て

帝国軍人、それも高級士官と思われる小柄な男にそっと寄り添っている。

先に席を立ったのはアッテンボローたちだったがその二人の方が会計の席に

近かった。



「あなた。このお二方の方が先に席を立たれましたよ。どうぞ会計を先になさって

ください。」その女性は先におさまりの悪い蜂蜜色の髪をしたグレーの眸の連れ合いに

やさしくいい、ポプランとアッテンボローに順番を譲った。

でも。「会計の席はあなた方が近かったのですし私どもも急ぐわけではないのです。」

アッテンボローは小柄な女性に一度遠慮をした。

いいや。「結構です。先にどうぞ。どうも私は気が利かぬ男で。」と軍人はポプランに

先を促した。



あまり遠慮しては店に迷惑がかかるのでとポプランは簡単に感謝の言葉を

ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥に述べて素早く会計を終えた。

帝国軍人の軍服に赤いマントを身につけた身長の低い男。

けれどこれほど機知に富んだ灰色の眸の持ち主は双璧の一人、ミッターマイヤー元帥に

決まっている。

ポプランのあとに会計を済ませている間に愛妻家と評判高い元帥が連れている女性は

本妻であると察してアッテンボローはエヴァンゼリン・ミッターマイヤーをつい見つめた。



「オーディンはお気に召しまして。」と元帥夫人はアッテンボローに声をかけた。

すんだ優しい声音である。

「ええ。新婚旅行に参りました。妻がどうしても一度帝国料理を口にしたいと

いうのでフェザーンから参りました。妻は料理を作るのが好きなんです。」と

ポプランはアッテンボローの代わりに答えた。

まあそれはよろしゅうございますことと元帥夫人はほほえんだ。

アッテンボローはミッターマイヤー夫妻に頭を下げ「ご親切にありがとうございます。」

といった。ポプランは彼女の手を握って礼を述べた。



二組の夫婦は仲良く店の外に出て笑顔で別れた。



庶民の出自とは聞いていたけれど。

昨夜はオスカー・フォン・ロイエンタール元帥。

今夜はウォルフガング・ミッターマイヤー元帥とその令夫人。「双璧と相見えるとは

考えもよらなかったな・・・・・・。しかし。」

元帥夫妻が食事をするにはあまりに庶民的だなとアッテンボローはポプランに

寄り添ってささやいた。



二人がホテルへの帰路の間に別方向の自宅へ歩いて帰る帝国元帥夫人は

夫にあのお二人は新婚旅行でいらしたそうよ、ウォルフとにこやかに話した。

そうかと夫は妻の笑顔につられてほほえみ「よい旅行になればいいな。」

と鷹揚に語っていた・・・・・・。






ホテル「シャルロッテンブルク」の二人の部屋に戻ってきてアッテンボローは靴を脱いで

ふかふかの絨毯の上を歩きソファに腰掛けた。



びっくりしたけど。

「女性としてのひいき目かな。ミッターマイヤー元帥はいいひとに見えた。いいひとって

表現はなれ合いに聞こえるだろうけれど元帥夫人も愛らしいひとだったね。」

シャンペンを冷やしておいたのでグラスをポプランは彼女に渡して注いだ。



「公明正大だという評判だったよな。もとが庶民だからロイエンタール君よりお前の受けは

良さそうだ。だが今夜あった元帥閣下は奥方しか女性がこの宇宙には存在しておいででは

ないのでダーリン・ダスティが多少ひいきしてもおれは赦す。」

と洒脱にウィンクをしてグラスをあわせた。



どう考えたって。

帝国の軍人に恋などしないよとアッテンボローはシャンペンを口にしてほほえんだ。



アッテンボローの座る隣にポプランは座ってグラスから酒がこぼれぬように

甘く唇を重ねた。

心臓の音がポプランにも聞こえてしまうのではないかと思うほどやさしく甘い接吻けに

アッテンボローは吐息が漏れる。幾度めかのキスの合間に彼女はシャンペンが飲めないと

ポプランに小さく抗議した。



ポプランはグラスを取り上げてアッテンボローを膝に座らせた。そして

不平がでぬうちに彼女にシャンペングラスを返した。黒ビールを楽しみにしていた

アッテンボローはやはりはじめの一口でポプランにジョッキを明け渡してしまった。

故に少し飲み足りない。



愛妻家といっても。

「ミッターマイヤー元帥夫妻には子供が恵まれぬと聞く。お前が以前言ったように

仲のよすぎる夫婦にはなかなか授からないのかもしれないね。あの奥方は

女性の私がみても守ってあげたいと思うような愛らしい女性だ。ミッターマイヤー

元帥が妻以外の女に興味がないのもうなずけるな。」



最近も。

「最近もまだ子供のことで悩んでいるのか。ダスティ。」

アッテンボローの少しだけ上気した頬にポプランは優しくキスをした。

いいやと彼女は言う。もう焦ってはいないよと宙(そら)色の眸でポプランを見つめた。

チャレンジはするけどねと愛くるしくアッテンボローが笑うので

「うん。挑戦は美徳だよな。」とポプランは膝の上の彼女を抱きしめた。



でも子供を作るためだけの愛情の行為じゃないんだぞ。

「純然たる愛の行為だ。大事にしないと。」とまじめにポプランが言うので

アッテンボローはくすくすと笑う。

そりゃもちろんそうだよと答えておく。



お前真剣に思っていないだろと見透かしたようにポプランは不平たらしく言った。

おれはもう二度とあんな抹香臭いところには行かないからなとつぶやき

「お前と甘い時間すら過ごせないところへなぞ行く価値がない。」

と接吻けた。



かすめるような少しだけ唇が触れあうキスを幾度か交わすうちに互いの舌が絡み合う

深い接吻に変わっていく。ぎゅっと目を閉じて息をとぎれさせながらキスしている

アッテンボローをみるとポプランは彼女からやっぱりグラスをやさしく取り上げた。

手が自由になるとアッテンボローは今度は「抗議」もせずに指をポプランの赤めの金髪に

指を入れて優しくなでた。

目を開けて上気した彼女の顔を見る。



普段の健全さや怜悧な美しさは姿を隠し、実に妖艶で

いとおしい表情をした彼女がいる。

唇を重ねて翡翠色の彼女の髪を指ですく。

さらさらと骨張った指の間から翡翠の髪は流れ落ちる。

愛してると女は呼吸を整えるまもなくうわごとのようにささやく。

その余裕のなさがまた、ポプランには得難くいとおしいものに思える。

愛してると彼女にささやき前髪を手で優しくあげてきれいな彼女の

額に唇を当てた。



アッテンボローの宙(そら)色の眸が熱を帯びてポプランを見つめている。

もうはなれたくないんだと彼は彼女の頬に指を沿わせてあたたかい温度を感じる。

こくんとうなずいて、アッテンボローはうんと言う。

彼女の唇に指を当てると恥ずかしそうにうつむく。



な、ベッドに行く?それとも一緒に風呂に入る?それとも・・・・・・。



「夜は長いしまずここで愛し合おうな。ダスティ・・・・・・。何か異議があるか。」

膝に座らされたままゆっくりソファに横たえられてアッテンボローはううんと

言って。覆い被さるポプランの背中を白い指がさまよう。



あのね。



アッテンボローはやっとつぶやいた。

「・・・・・・。いつもちゃんといえてないからちゃんと言いたい。」

心地よいポプランの体の重みを感じながら彼女は言う。



「あたしだってすごく愛してる。・・・・・・お前が思うよりずっと。」

あとはたぶん、訳がわからなくなっちゃうから言っておきたかったとまなじりを

朱に染めてアッテンボローは小さな声でささやいた。

アッテンボローの額に優しい接吻けをしてポプランは小さくほほえんだ。

「おれもそうだ。たぶんお前が思うよりずっとおれだってお前のことみてる。」



いつだってちゃんとお前のそばにいる・・・・・・。

体、重くないかとささやいた男にううんと彼女はその体を優しく抱きしめた。

やっと。

「やっと新婚旅行らしくなったよな。」

こんな時でも洒脱にほほえむそんなポプランがアッテンボローは大好き。

また甘くてあたたかい彼の唇と素肌に触れて。

少しだけ骨張ったポプランの指がアッテンボローの素肌に触れて。



・・・・・・夜はまだ長いらしいので二人の夜も始まったばかり。



「頼むから黙って、ただ愛させてくれ。」と古人は格言を残している。



オリビエ・ポプランもそういう気持ちと同じであったに違いない。

二人が結婚してまだ一年もたたぬのにあまりに多くのことがありすぎて

ただ一人の愛しい女にふれられぬ時間も多すぎた。

彼にしてみればの話である。



不思議な縁で二人は帝都オーディンで互いに求め合いひとときもはなれようと

しないで夜をわたる・・・・・・。

「親不孝号(アンデューティネス)」の一行が旅立つのはゆっくり2週間

オーディンに滞在してから。

外野の声に煩わされることもなくただ最愛のアッテンボローを独占して。

そして彼女もポプランに独占されることを望んだ日々。



事件は望んだときに起こるものではない。

だから愛し合えるときに慈しみあうのがよろしいかと。



by りょう




やっぱり皇帝陛下にあわせることはできませんでした。

残念ですが。ビッテンフェルトでもよかったのですがたまにはミッターマイヤー夫妻だって

食事を外でとりますよね?たぶん。^^:::


LadyAdmiral