狂詩曲・1
途中一泊野営をして一行が地球教徒本部のカンチェンジュンガに着いたのは 翌日の午後である。 朝から車を運転していたオリビエ・ポプランは軽口と冗談とわずかな不平・・・・・・時折 やや品性にかける歌を始終口にしていたので乗車したボリス・コーネフ船長は車を 降りられることにささやかな開放感を得た。 「おい。女性提督の腰ぎんちゃく。お前さんはのべつ幕なしいつもこううるさいのか。」 ボリス・コーネフはたずねた。 「ただ会話してただけでしょ。うるさくしてないぜ。」普段どおり彼はマイペースである。 「オリビエは新陳代謝が活発で頭の回転の仕方が普通の人並みじゃないから よくしゃべる元気なやつなんだ。」とアッテンボローは苦笑した。 「こんな騒がしい男といつも一緒にいれるってあんた。たいした女だな。おれなら一日ももたないよ。」 ボリス・コーネフがすっかり感心するとその従弟が言う。 「慣れの問題だよ。」 すっかり慣れきってしまってポプランの会話は「必要なときだけ聞く」ことができる イワン・コーネフは大地に降り立って空に向かって背伸びをした。 「さすが8000メートルまで上がるとある意味壮観な光景だ。」 強い風が吹くのでコーネフの横に立ったアッテンボローの髪もなぶられる。 「にしてもここは黒旗軍(B・F・Fブラック・フラッグ・フォース)の攻撃で削られているのだろう。 それでもこのあたりはこの山の高さくらいの山脈が続いている。・・・・・・さて。ここからは徒歩で 1000メートル下降するんだっけな。」 アッテンボローはユリアンを見るともう車の荷物を降ろしている。 食事をここで取ることになっている。 食後みなここで車をおりて歩いて下山する。 マシュンゴはもくもくと火をおこしてアッテンボローやユリアンが調理するのを手伝った。 ごく簡単な調理を済ませみなそれをその日の昼食として胃におさめた。 「味気ない食事だけれど我慢してね。」 味気ない食事ではあるがアッテンボローの一言と笑顔があれば男連中はほぼ 満足であった。 「おそらく夕方くらいまで山を降りることになります。道が悪いので提督、足を滑らせないで くださいよ。」 「こら。ユリアンまで私を子ども扱いする。」 女性提督は笑って言った。 みな、フードのついた巡礼の衣装をここで身につけた。 「色気のない服装だよなあ。」とポプランはいい 「色気のないところに今から行くんじゃないか。」とコーネフはいった。 青年は野営で使ったテント材、食器類などはおいて「喜捨物」といわれる銀塊を コーネフ船長とみなの荷物に等分してつめていく。 「おい。ちんぴら。お前の分の銀塊をこの荷物に入れたからお前がこれをもてよ。余分に重く なったが。」 ちんぴら呼ばわりされたポプランは銀塊をごまかさなかっただろうなと船長に憎憎しげに いう。 「金をもらってるんだ。ごまかしはせんよ。信頼こそ商人の宝だからな。」 人をちんぴら呼ばわりする男を信用できるかとポプランは文句を言いながら 自分のバックパックの中身を改めた。 ちんぴらがわるければ。「どさんぴんでどうだ。」 ・・・・・・本当船長オリビエをからかうのが好きだなとアッテンボローは思った。 「コーネフ一族はポプランという家系がすきなのかな。」 アッテンボローがいうと、そんなおぞましいことをいわないでくださいとイワン・コーネフは バックパックを背負った。 「ふむ。割合重いですがアッテンボロー提督の荷物大丈夫ですか。」 かなり歩きますからねと亭主ではない撃墜王殿が女性提督の荷物を持ち上げてみた。 これならもてますねとアッテンボローに手渡した。 「一応アッテンボロー提督のお荷物は負担にならない程度にしました。レディですから。」 ユリアンはダークブラウンの眸でにこやかにいう。 まてまて。 ポプランがあわててアッテンボローの荷物を検分した。 「ちょっと重いじゃないか。ダスティには無理だ。俺のに移し変えておこう。」 でも10キロ程度ですよとユリアンはいってみたつもりだったが。 「長い時間歩くんだしワイフは制服組の女だぞ。気持ち減らしておこう。あまり減らしても 安定が悪くなるし。」 と愛娘にでも持たせるかのようにポプランは女性提督の背中にバックパックを背負わせた。 「そういうことをするから過保護っていわれるんだ。10キロ程度もてるぞ。」 アッテンボローも唇を尖らせて抗弁したが。 「だめ。それでも十分重いからな。途中苦しくなったらいうんだぞ。ここは空気がただでさえ 薄いし酸素が足りん。荷物が重かったら俺に言うんだ。ほかの男は淑女の扱いを知らない。 ユリアンにしてもそうだ。お前さんはいったい今まで俺に何を教わってきたんだ。」 空戦技術と・・・・・・「冗談の使い方です。」 亜麻色の髪の青年はあきれつついった。 本当かわいげがなくなったなあとポプランは青年に不平を鳴らした。 自称亭主はやっぱり過保護である。 オリビエ・ポプランという男は本当にうるさい男だとボリス・コーネフはまだまだその 騒がしさに馴染めなさそうな赤めの金髪の青年を見た。 「あれで同盟軍の撃墜王なんだな。」ぼそっとつぶやくと。 「あれも同盟軍の撃墜王なんだ。残念ながら。」と従弟が言う。 「中佐は口は達者ですが腕もなかなか立つと評判です。」とマシュンゴは 弁護してみた。 べつに今から地球教本部に殴り込みをかけるわけじゃあるまいとボリスはいった。 「これからいくところはご老人が多いからあんまり騒がしいまねはするなよ。 とくに三下(さんした)。」 いちいち余計なことを言いやがるとポプランは舌打ちをしみな笑った。 これから先が思いやられる船長が気を取り直して荷物を背負った。 それにしてもとポプランの後ろを歩くアッテンボローは背後のユリアンに声をかけた。 「この惑星にいるのは地球教信者だけなのかな。」 その問いにはボリス・コーネフが先頭からいった。 現在の地球の人口は1000万人でさて全員が地球教という宗教の信者かは判じかねるなと。 「実際地球教徒の巡礼は一定数あるからコストで言えばそう悪くはない。だが経費以外の 面では俺は好きな客層じゃない。人様の宗教観に口出しはしたくはないがな。宗教心は 人それぞれでよいだろうがようは上に立つ人間の器で知れるだろ。信仰心あつい下々の 人間がたいてい馬鹿を見る仕組みになってる。好きじゃないな。」 ほほう。金以外のことをフェザーン人がえらく熱く語るんだなとポプランは茶々を入れた。 殴りこみに行くわけじゃないけどさとアッテンボローは続けた。 「地球教はただの宗教団体とは違う気がするよ。それなりに警戒はしないといけないね。」 「そんなアクションを起こすでしょうかね。」イワン・コーネフが口を挟んだ。 われわれが何かを起こせばそれなりの行動をあちらもとるでしょう。 「実はそれが狙いです。」とユリアンはいった。 なかなか大胆な作戦だとポプランの後ろを注意深く山道を降りるアッテンボロー。 われながら少しずさんだと思ってますと青年は恥じ入ったが。 地球教の何かをかれはつかみたかった。 「総大主教(グランド・ビショップ)にあえるかはともかく資料室のようなものでも 見つかれば収穫なんですけれど。」 一信者にはお目見えできそうもないねえとアッテンボローは言った。 「やはりこちらが何かアクションを起こすべきだろうな。」 と付け加えた女性提督にユリアンは苦笑した。 「ポプラン中佐とアッテンボロー提督が加わると・・・・・・自然と騒動の種になりそうですから 気をつけてくださいね。」 ひとを台風のようにいうなよとアッテンボローは笑った。 絶対騒ぎのおおもとはたいていがこの二人だよなとイワン・コーネフも考えた。 ところでなぜポプランがアッテンボローの前を下山しているのか。 もちろんうっかりアッテンボローが足を滑らせて滑落するのを亭主が身を挺して 防ぐためである。もちろんアッテンボローはそんなどじはしない。 つくづく過保護なだんな様である。 1キロ程度の下山であったが足元がかなり悪い。午後出発したがやはり 地球教本部に到着をしたのは夕刻を回っていた。 「冗談抜きでここからは従順な地球教徒のふりをするんだぞ。」と船長はとくに ポプランに小声で注意をした。 俺は結構演技派なんだぜと撃墜王殿は船長にだけ見えるように にやっと笑った。 厚い鉄と鉛を幾重にも重ねて作られた扉が開くとコンクリートの打ちっぱなしの 壁に覆われた簡素な広間に出た。 しかし500人ほどの順礼服を着た老人や子供が毛布などを床に敷いてそれぞれ 小単位で歓談をしている。 ここで案内を待つらしいですねとユリアンは船長に言った。 ここは以前地球軍の地下避難シェルターだったんだと簡単にボリス・コーネフは小声で言う。 アッテンボローはマシュンゴから毛布を受け取ってみながしているように 毛布を床に引いた。その上にみなとりあえず荷を降ろし目立たぬように小声で話をした。 「ここに避難して地球軍はここから指揮をとったといえば聞こえはいいが。実質はここで 食料や酒などを大量に備蓄して酒池肉林だ。上の惨劇はモニターで見ていたとか。 ここなら爆破の心配はないからな。だが結局B・K・Kは水源一つを破壊してここに こもった人間男女2万4000人を水攻めにしたんだ。・・・・・・生き残ったのはわずか100人も いなかったらしい。」とアッテンボローを見ていう。 「・・・・・・つまりここには2万人もの亡霊が住み着いていると船長は言いたいのかな。」 そこまで怪奇趣味でもないけどねとボリス・コーネフは小さく笑った。 「あんたのような女はその程度じゃ驚きもしないだろうなと。」ボリス・コーネフがいう。 「かえって興味がわくね。亡霊の一個艦隊。悪くないね。」 アッテンボローは小さく微笑んだ。 ユリアンはそういう発言をしてアッテンボローを挑発しないでほしいと船長に思った。 ただでさえ彼女はオカルトが好きなのに。 隣で座っていた老婦人がユリアンに声をかけた。 そして夫人が持っていたバスケットからライ麦パンを青年にすすめた。 戸惑ったけれど人は悪くなさそうな女性だったしユリアンはありがたく頂戴した。 「若いのによい心がけだねえ。ご両親のしつけがよかったんだね。」 老婦人はユリアンのような青年はこの地球教巡礼では珍しいので その宗教心のあつさをほめた。ユリアンはどちらからお見えなんですかと たずねた。老婦人は知らない惑星の名前を言った。 青年は複雑な思いがした。 末端の信者のこの婦人は悪い人ではない。けれどその信仰心を利用して 蠢動する地球教が好きになれそうもないと。 見回すと奥の扉が開いてユリアンたちと変わらぬ粗末な僧衣をまとった男たちが 数人袋を持って人々の間を回っていた。 どうもみな貢物を用意している。6人は立ち上がってそれぞれの荷物からあらかじめ用意 していた銀塊を布にくるんで袋の中に入れた。祝福の言葉を述べられた。 そしてそれと教団建物の見取り図と簡単な案内図を渡された。 「そういうのには無難なことしか書いていないだろうね。」 アッテンボローのいうとおりでこの程度では、地球教というものを見たことにはならない。 聖職者たちが動き出し巡礼者たちもそれにならって列を作りおとなしく並んだ。 6人はそれぞれ鍵を渡されて小声で確認しあった。 「おれと従弟が一緒だ。」船長は言う。 後はみなばらばらですねとユリアンは言った。 こうなることを予測していた人物が一人。 「ダーリン・ダスティ。うつむいて口に手を当てろ。」とささやくとアッテンボローの腕をつかんで ポプランは聖職者に一人に近づいた。 いかめしい面構えをした聖職者はポプランの隣でうつむき口を手で押さえているアッテンボローと その連れ合いを見た。 「どうしました。そのご婦人の顔色が優れませんが。」 ポプランはできるだけ湿っぽく次の言葉を述べた。 「手前どもはフェザーンで自由商人をしております夫婦でございます。こちらの家内は 実は不治の病を患いました。あらゆる医者に見せましたがどの医者も手をこまねくばかりで 一向に治る気配もないので途方にくれておりました。ある日、親切な方が地球教におすがり するよりほかはないといってくれまして。家内もぜひ地球へ巡礼の旅に出たいと申しまして こちらへ参ったしだいでございます。・・・・・・ただ私がついておりませんと家内は何もできぬ のでかえって皆様に迷惑をかけます。つきましては同じ部屋わけにしていただけない でしょうか。」 と銀塊を取り出して聖職者に渡した。 聖職者は「これはこれはお気の毒な奥様ですな。地球教の教えで救われましょう。 こちらの部屋なら老夫妻が一組いる部屋なのであなた方夫婦はこちらに移りなさい。」 露骨な対応とは言わないけれどオリビエ・ポプランは過日船長から買い上げた銀塊で アッテンボローのそばにいられる部屋にまんまともぐりこんだ。 ほかの四人はポプランの抜け目のなさをあきれつつ小さく笑った。 ということは「私はここにいる間不治の病の病人なのか。」 アッテンボローはまだ口元から手をはなさないでいかにも具合の悪い女性を演じていた。 不治っていうのは死ぬ病ばかりじゃないだろとポプランは小さな声で言う。 「時々男になる症状なんかはみんなお手上げだったし。まんざらうそじゃない。」 ともかくおれとしては「奥さんの暴挙を防ぎたかったので同じ部屋にもぐりこむ必要が あった。ダスティは自分から危険に飛び込む癖があるから見張ってないとな。 いつもそばにいないと何をするかわかったもんじゃない。」といってポプランは彼女の 二の腕をしっかり握っている。 「ある意味中佐ってすごいですよ。」とユリアンは単純にほめた。 「そうか。用意はしておくに越したことはないからな。」と緑の眸をきらめかせて ポプランはいった。 ふうん。「三下の袖の下か。」ボリス・コーネフは一言言って笑った。 何かを言い返そうとしたが通路にあふれていた殉教者たちが道の端によって座っていく。 「総大主教猊下様。」という恍惚と感動のため息ともいえる声があちこちで ささやかれた。人々は頭をたれてひざまづいたので6人もそれに習った。 あまり目立ちたくないので巡礼服のフードをかぶり青年たちはうつむいて 中央を歩く「総大主教猊下」をおとなしく待った。 まさか総大主教にこの時点でお目にかかるとは思わなかったが青年は 目線だけをそっと歩いてくる人物に当ててみた。 黒い僧衣をまとった老人の存在感はうすく、陽炎のようであった。 ユリアンはこの老人が何を手中に納めようとしているのか知りたかった。 地球教の狙うもの。 それはいったい何であるのか。 もう人類が捨てて800年もたつこの星を基点として総大主教猊下という男は 何を望んでいるのか。 行列が通り過ぎると通路の脇に座った隣の信徒が総大主教猊下様を拝謁できたことを 心から喜び歓喜の涙を流していた。 青年はとてもそのような高揚感は当然起こらなかったけれど 隣のポプランのように「燃やせばよく燃えそうだ。」という意見にも賛同しかねた。 ともかく6人での行動は目立つからとポプランとアッテンボローは夫婦であるし問題は ないとしても。 「ユリアン。気をつけるんだよ。獲物を手に入れるにはこちらの胆力だって必要だ。 正体をさらさないようにあせらないこと。いいね。何かあったら船長かコーネフ、 マシュンゴに言いなさい。」 アッテンボローは青年を諭した。 「ええ。わかりました。アッテンボロー提督。」 亜麻色の髪の青年は小さな声でうなずいた。 あれ。俺は数に入らないのかとポプランが不平を言うと 「お前は私の看護をするんだろう。せいぜい私はのんびりさせてもらうよ。」 と女性提督はまた口に手を当て具合が悪い様子を演じた。 宇宙暦799年7月14日。 ユリアンら一行は地球教本部への潜入を果たした。 7月6日のキュンメル事件で銀河帝国も地球教本部へアウグスト・ザムエル・ワーレン 上級大将の艦隊が着々と向かっていたころである。 by りょう |