舞台裏・3
7月といってもこのハイネセンはうだるような灼熱とは無縁だ。 庭はフレデリカが毎日手入れをしているからなかなかきれいに整っている。 木の枝が長くなってきているから秋口に少し私が整えればいいのかな。 妻に大きな庭木バサミを持たせるのは・・・・・・いささか興がない。 木の葉が落ちて庭が葉っぱだらけになるしフレデリカの仕事も増えるからやはり秋口私がきろうか。 造園業の人間を呼ぶほど我が家は立派でもないし年金生活者でもあるからつつましく生活したい。 ユリアンがかえってきたら伸びすぎた枝を払ってもらおうかな。 私以上にきっとセンスはあるだろうし。 一応考えてみるけれど・・・・・・まだ夏だし秋のことを考えるのは早いだろう。 今朝フレデリカが作ったチーズオムレツはたしかキャゼルヌの家で教わった料理じゃないかな。 私はフレデリカが好きだし彼女が料理が得意であるとかそんなことはどうでもいい。 毎日それこそはさむものでいい。 はさむ内容が変わっていれば夫婦二人食べるに困らないだろう。 もともと私はあまり食べるものにこだわらない。 パンとバターがあればいい。酒があればなおいいな。 そんな味覚の貧しい私である。 けれど今朝のオムレツは・・・・・・正直おいしかったな。 マダム・キャゼルヌがつくったものとそう遜色ない味だったし出来上がりの見た目だってきれいだった。 彼女はかわいそうに料理にコンプレックスを持っている。 私は気にしないのに。 やはり世の奥方というものは料理ができなければならないと印象があるのであろうか。 もともとアッテンボローやミキなどが特別だと思う。 彼女らの家庭環境を思い出せばどちらも母上が娘に幼いうちから家事を徹底して教え込んでいた。 でもフレデリカの場合母上が早くになくなっている。 生きておいでのときも病弱であったというし。 それなら教わる時間もない。 フレデリカはアッテンボローやミキを見てえらく感心しているが・・・・・・。 あの二人とマダム・オルタンスは特別なんじゃないかな。 まあ。チーズオムレツがおいしいものになった。 紅茶もずいぶん上手に入れてくれる。 努力をして何かを達成するのはすばらしいことだし・・・・・・私にはまねできないことだけれど フレデリカが私の喜ぶ顔で幸せになれるなら彼女が料理の達人を目指すのは悪くはない。 私は彼女がいてくれれば十分幸せだけれど簡単な料理のレパートリーというものは奥方に すればコンプレックスになりかねないのだな。 フレデリカが料理上手だったら。 マダム・キャゼルヌの亭主とこまごまとした打ち合わせができなかったのだから私の妻は やっぱり宇宙一だと思っている。 さてさて、ていたらくは私のほうなのだ。 同盟政府はかろうじて存続しているけれど銀河帝国に「安全保障税」を支払うので政府に金はない。 私の「元帥」・・・・・・まあそれほどありがたいものではないわけだが年金カット率22.5%。 フレデリカの「少佐」のカット率15%。 年金だけが楽しみで働いてきたつもりだけれど夫としてふがいないことだ。 でも文句をいわずにフレデリカは家計は大丈夫ですと微笑む。 すばらしい奥さんだ。 いろいろとわれながら頭を使って策を練り銀河帝国といやいや戦争をしたのだが。 勝つ算段をつけたけれど・・・・・・まあ過去はいいとして。 今後政府がいつまで年金をくれるかわからぬから何か本でも書こうかと思っている。 儲かるかどうかはわからないのだけれど、もともと歴史学の執筆を生涯の仕事にしたかった私だし 文献をあさりつつ、ともかく何か形のあるものを残そうと思う。 今朝の朝の空気はすこぶるさわやかで。 妻の朝食がすばらしくおいしかった。 昼寝をするまでの間何かをかけるかもしれないな。うん。テラスで執筆。悪くない。 まずは・・・・・・さてさて。何から書こうかな。 などと私が思案をめぐらせているとフレデリカのこわばった厳しい声が聞こえた。 彼女があのような声を出すときは・・・・・・始まったんだな。 私はどうも中央検察庁に「反和平活動防止法違反の容疑」で拘留されることになった。 玄関でフレデリカは私にサファリ・スーツを手渡した。夜は冷えるかもしれないし ありがたく頂戴して私は大丈夫だと、愛する妻に言った。 ここは自由惑星同盟である。 裁判もなしに死刑になるとは思えないと。 妻を安心させるために私は彼女の頬に接吻けて微笑んだ。 フレデリカを悲しませるのは不本意である。 だが私はいささか楽観視していた。 5年ほど銀河帝国の基盤が緩まないだろうし付け入る隙もないだろうとおもっていた。 いや事実ロ王朝はこ揺るぎもしない。揺らいでいるのはわれらの政府首脳がただ。 おそらく過日レサヴィク星系での空母戦艦1000隻強奪の黒幕が私であるという「風聞」 ないし「流言」「密告」などで私は逮捕されるのだろう・・・・・・。 実際、私は黒幕だしメルカッツ提督を死亡と報告して独立艦隊をお預けしている。 問題はこれらの事実の「裏づけ調査」や「根拠」もなしに私の身柄を拘束できる今の 自由惑星同盟政府の民主主義のあり方だ。 バーミリオン会戦でラインハルト・フォン・ローエングラムを私は「ヒューベリオン」の照準に おさめた。 けれど政府からの停戦命令が下った。 私は民主政治のもとの軍人であり首都星への無差別攻撃を人質にとられて最高評議会で 停戦が下されれば。 停戦するしかない。 このために私は多くの仲間を裏切っただろう。 多くの死者に顔向けできぬことをしただろう。 みなに苦労をかけるだろう。 だが、民衆から選ばれた政治家たちがくだした停戦を無視してあのまま攻撃をしていたら。 民主国家の一市民である以上、戦場であっても「軍人」が個人の裁量で議会の命令を 無視してしまえば。 結局は救国軍事会議のクーデター派と同じ轍を私も踏む。 それはできない。 少なくともシェーンコップは私に攻撃を続けてほしいようであったが私には無理なんだ。 いかに民主政治が腐敗して議会が腐敗した政治家であふれていても是正するのは民衆 であらねばならない。 一軍人の器量に任せてはいけない。 トリューニヒトはすくなくとも民衆が選出した国家元首である。 彼を非難するのは民衆であるべきで私や、軍ではない。 それが民主政治の美点だと私は思ってきたし今でも思っている。政治を監視しなければ腐敗するに 決まっている。独裁政治は政治のよしあしを独裁者という他人に押し付けることができるが 民主政治は「一般市民」が政治の責任を取る。 私はこの制度が好きだ。 もちろん悪政もあるし問題は多いけれど。 一般市民が参加できない政治に私は魅力を感じない。 けれどメルカッツ提督の場合あのままお連れして戻ってくれば必ず銀河帝国に身柄を引き渡す ことになっただろう。 それでは私を頼って自由惑星同盟に亡命された意味がない。 船を下りていただいたことになんら一個人の私は後悔はない。そして帝国の属領となった自由 惑星同盟の軍備を解体される前に隠した・・・・・・。 それを事実メルカッツ提督にお任せした。 現在の自由惑星同盟の政府連中からすれば私はとんでもないことをしでかした人間に見える だろう。 私はとんでもないあほうな男だ。それを隠したことなどないんだが。 買いかぶりもいいところだといいたくなる。黙っておくけれど。 検察官からやはり私が「メルカッツ提督を生かして逃した風聞」で逮捕されたことを知った。 逮捕状を見たから少しはまじめに付き合うつもりだったんだけれど「風聞」だけでひとを逮捕する 国家などあってはならない。人道的見地を踏まえて。私が人道云々言える立場ではないことも 理解している。 だが結局、風聞を踏まえて調査し「確実な証拠のもと逮捕」されたわけではなかった。 やっぱりなと思うし・・・・・・。 事態はよりいっそう深刻であると思わざるを得ない・・・・・・。 私はとりあえず検察官との話を終えていったん個室に収容された。 味気ない夕食が終わって・・・・・・面会人だという。フレデリカかなと思ったけれどこんな事態では 彼女が面会を求めたところで受け入れなど拒否されるはずだろう。現在最高評議会議長である ジョアン・レベロ氏あたりがそろそろお目見えするのではと思えば。 議長閣下がお見えになった。 私の愛すべき独房に。 私は・・・・・・死んでいった兵士の遺族に石を投げられようが罵詈雑言を浴びようがそれは甘んじて 受けるつもりである。 けれどはっきりいって私はいつも給料以上の働きをしたと思う。 公言するには恥じるべき発言だけれど聞きたくない命令だって政府のために聞いてきた。 その上で私はなお「自己犠牲の尊さ」をレベロ議長からこんこんととかれている。 ふざけるのもたいがいにしてほしい。 私の人権はいったいどこにあるというのだ。 終戦後常に私の生活は・・・・・・私とフレデリカの生活は監視つきだ。 私のもとで幕僚をしてきたキャゼルヌの家庭にだって自由がなかった。 こんなことは赦されるべきではない。 どうも国家の安寧のために私は英雄らしく処罰を受けるべきだといいたいらしい。 英雄と呼んだのは軍部や戦争を評価した連中ばかりじゃないか。 もちろん口には出さないけれど。 「英雄」と呼ばれて愉快だったことは一度もないね。 自由惑星同盟の安泰のために私は自己を犠牲にして崇高なる最期を遂げてほしいというのが さんざんひとをこき使ってきた連中の言葉か。 レベロ議長の言っている言葉が抽象的で私は今後私をどう処したいのか本音を聞きたかった。 でもどうやら議長は私の墓碑銘を歌っているように思える。 あまかったなあと自分で思う。5年や6年不安定でも暮らせると踏んでいたけれど1ヶ月じゃないか。 フレデリカと式を挙げたのは6月なんだ。今日は7月22日。 ああ。どじを踏んだよ。私の読みは浅かったな。 私は同盟政府が「軍備強奪」で私を処断するなら仕方なしと思ってきた。 法に触れているのは事実だから法廷にも立とうと思う。 けれどどうも私は謀殺されるようだ。しかもさんざん貢献したと思える自由惑星同盟政府に。 法廷どころか裁判なしで死刑台へ行きましょうときた。私が死ねば自由惑星同盟の英雄に ふさわしく国家の静謐を守ったことになるとさっきから議長は言っている。 どう立場を譲ったとしても私が死んでやる義理などない。 私は英雄と呼ばれて栄誉に思ったこともないし戦場でも死なない程度に何とか 勝てないかなとない知恵をめぐらせて生きてきた。 私は死にたいと熱望などしたことはない。 生き残りたいとつねに自分の裁量をすべて投じたきたつもりだ。 崇高に生きていきたいと思ったことも一度もない。 惨めに成り下がっても生き残ろうと思って頭を使ってきたつもりなんだが。 読みが甘かったことは否めない。忸怩(じくじ)たる思いというやつだ。 我が賢明なる妻フレデリカ。彼女がこの状態を手をこまねいて黙っているとは思えない。 まったくふがいない男であるが彼女の才気に期待をするしか今のところ道はない。 先日旧友のミキ・ムライ・マクレインが忙しい中シェーンコップの使いで新居に来てくれたことも 考えると・・・・・・期待をしすぎているかも知れぬが戦闘指揮官あたりは私がどちらかに捕らえ られることを予測していたのではないだろうか。 銀河帝国高等弁務官府か、自由惑星同盟政府か。 ミキは特に私に何も言わなかった。フレデリカに台所で何か話していたけれど。 料理の話なのかな。 でも今彼女の家にシェーンコップが住んでいるとなれば私以上にあいつは時期の到来を 予測していたと思う。 やれやれ。これは時間を稼ぐに越したことはないけれど・・・・・・さてどう稼ごうものかな。 議長退場後さまざま考えてみたが・・・・・・。 ここは中央検察庁の独房だが外の様子はわかる程度人道的なものだ。 街が炎上しているな・・・・・・。 シェーンコップが動いているのは疑いようもないけれどあまり市民に危害は加えてほしくないな。 私はある感覚が麻痺しているのかもしれない。謀殺されかけているというのに自分でも平然と していると思う。 ここにアッテンボローやポプランがいなくてよかった。あの二人が加わるとさらに騒ぎが大きくなる。 なんて思っていると一人の軍人が現れた。 ふむ。 夜食じゃないとすれば私を殺しにきたわけだ。 私は英雄で生きているといつまでも自由惑星同盟のためにならぬらしい。英雄らしく最期を遂げる 手伝いをしてくれるのだそうだ。ブラスターを向けられれば怖いに決まっているが「英雄を暗殺」する 高揚感をあらわにしている軍人を目の前にどこか白々しさを感じる私。 われながらふてぶてしい。 でも黙って殺される義理はないったらない。宇宙暦870年物のワインを飲んでから死にたいと 冗談をかます余裕すらある自分が怖い。その冗談が5分もわからない興奮しきった目の前の 暗殺者の思考回路もなんだかお粗末である。どう考えても今日は宇宙暦799年だろうがといって やりたくもなった。 そんな私に覚悟をしろと男は銃口を向けてきた。 至近距離だからはずすほうが間抜けだが。 まっすぐに向けられた青い光が見えたので・・・・・・・私はよけてみた。結果は転んだけれど ・・・・・・また椅子から転げ落ちたわけだが一発目を私はよけたみたいだ。 この至近距離ではずす刺客とは茶番だと思うけれど今度こそ・・・・・・逃げる場所がない。 私は背中を床につけているし男はもうはずさないと決意しているのがありありと伺えた。 奇跡のヤンが見苦しいといわれてむっとした。 その名前だって呼ばれていい気持ちになったことなどないと言い返そうとしたが銃声が聞こえ 痛い・・・・・・と思って目を閉じた。 いや、目を開ければ痛くなかった。 私ではなく刺客が胸を打ちぬかれて床に倒れこんできたのと・・・・・・私の大事なフレデリカが ブラスターを落として私の胸に飛び込んでくるのとほぼ同時であった。 ああ。宇宙一の花嫁だ。 金褐色の伸ばしかけた髪と大きなヘイゼルの眸。私の生命をいつも救ってくれるのは いつもフレデリカなのだ。私以上に怖かったのだろう。緊張の糸がきれたのか泣き上戸の 私のかわいい奥さんは私の名前を繰り返し呼んで大粒の涙をこぼした。 14歳の生気あふれる賢い少女が25歳の女性となり今また私に命の差し入れをしてくれた。 フレデリカを抱きしめて華奢な体でよくこの状況を乗り切ってくれたと本当に 彼女に感謝する。 一生彼女のかわいいお尻にしかれてもいい。 頭なぞあがらなくたっていいのだ。 艦隊が背後から奇襲をかけてきたよりフレデリカが泣き止まないことのほうが私には困るので せっかくの美人が台無しだといって眸からあふれる涙をぬぐった。 こんな小さな体で頼りない亭主を守ってくれる・・・・・・天国だの地獄だのの概念を無視していえば 彼女こそ私の守護天使なのだ。 フレデリカを何とかなだめているときにやっぱり現れたのはシェーンコップだった。 騎士道精神旺盛な彼は私を元帥閣下と呼び恭しく儀礼的に登場した。 超過勤務ご苦労様と私もフレデリカの震える肩を抱きしめながら敬礼を返した。 シェーンコップに言わせれば150年彼は生きるらしいし長生きをするにも私がいると面白いそうだ。 それが今夜のボランティアの理由だと「第13代薔薇の騎士連隊長」は簡潔に述べた。 どうせ役には立たないだろうけれどと一丁のブラスターを私も手渡された。 ・・・・・・一発目はうまくよけたんだけど。 ブルームハルト中佐が進入は簡単だったが撤退が難しくなりそうだという。 こちらが人質をとっている交渉中武力で私を奪回しに来たとシェーンコップは物騒なことを 言ってのけた。私と交換する人質をとっただと? 人質ってと質問したが答えてくれない。 ・・・・・・気の毒な人質はさしずめレベロ議長かなと思う。 逃げるのはいつだって難しいものだから32年間あまり走ったことがない私だがさすがに今夜だけは フレデリカと一緒に「薔薇の騎士連隊」の先導で走って逃げた。 私は英雄として生きるよりアウトローとして生き延びたいのが本音だ。 フレデリカやユリアンがいる以上、この世に未練はたっぷりある。 収拾などつけようがない。 私だって、生き残りたいんだ。 by りょう 原作とDVDの折衷案です。ヤンさんは本音は結構言いたいことがあったはず。 原作では書かれているのですけれどDVDでは表現しにくいのでしょう。 改めてヤンはある意味「等身大」で生きていきたい人だったのではないかと捏造しました。 |