舞台裏・1



そう愉快な旅でもないですよと「親不孝号」の旅客である苦労性な青年、ユリアン・ミンツ退役中尉は同行

してきた三人の過去の上官に呆れ顔でつぶやいた。

みな自分より年長者なのにどうしてこうも落ち着きがないのだろうとも思うけれど

それは口に出さなかった。



「だってうちのワイフが行きたいというし。」と愉快そうに言うのはオリビエ・ポプラン中佐。

「地球ってのは興味はあったんだけどね。軍人していると時間がなかったからいけなくて。

ちゃんとメルカッツ提督には三人とも話しは通したからさ。」と

ダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将。

「・・・・・・浮世の付き合いもきわまれり。すまんな。ユリアン。」とイワン・コーネフ中佐も頭をかいた。



まったく。

「三人もお供が増えるなんぞ聞いちゃいないぜ。ヤンからもっとふんだくっておけばよかったな。」

「親不孝号」船長ボリス・コーネフがあきれて新しい旅客を見る。

「・・・・・・だが美しい姫君が一人加わっただけましとするか。」とアッテンボローを見てつぶやいた。



こら。

「これだからコーネフという名前の男は気に入らない。うちのワイフを気安く見るんじゃない。」

「これはポプランさん。愉快なことをおっしゃいますね。」とコーネフ・・・・・・イワン・コーネフが言う。



・・・・・・。

ポプラン中佐はともかくとして。

「良識派のコーネフ中佐がなぜこの旅に行く気になられたのですか。」と褐色の肌をした大男、

ルイ・マシュンゴがたずねた。

「コーネフが良識派?マシュンゴ。その見解からして大間違いだ。こいつは俺より言動、行動が目立たぬ

だけで十分好奇心旺盛のお祭野郎なんだぜ。」

ポプランが言うと、マシュンゴは心で思った。

人は運命には逆らえないものだからなと。



ユリアンは女性提督を見て苦笑した。「・・・・・・メルカッツ提督のお許しが出たのならよいでしょう。

あのこともメルカッツ司令官が善処してくださることでしょうし。」

うんと女性提督は微笑んだ。

「メルカッツ提督にお任せしたほうがいいんだ。私がしゃしゃり出てはまずい。うまく裁量なさる方

だから心配要らないよ。」



そもそもユリアンを乗せた「親不孝号」がダヤン・ハーンによったのは酔狂からではない。

無論親しい仲間たちとも出会う楽しみはあったけれどヤン・ウェンリーからの大事な口頭での伝言を

預かって青年はメルカッツ司令官に会いに来たのである。



バーラトの和約が宇宙暦799年5月25日成立し銀河帝国の保障のもと自由惑星同盟の存続が

認められた。書式では認められているが事実は銀河帝国の占領国となった。



6月22日。

ローエングラム王朝がひらかれラインハルト・フォン・ローエングラム一世の統治する世界

となる。ロ王朝の始まりであった。

バーラトの和約第五条で同盟軍軍備解体を「当然」ロ王朝は要求した。

戦艦および宇宙母艦をすべて解体する旨がおりた。7月16日にレサヴィク星系にて1820隻の船が

破壊される。これをヤンは情報として得て「メルカッツ独立艦隊に善処」を希望することを青年に

託した。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツもこの到来を待っていたので快く承知した。



これによりメルカッツ独立艦隊には1820隻の船が加わる。



「でもヤン先輩は私ではなくてメルカッツ司令官に言いなさいといっただろう。」

アッテンボローは少しばかり目線が同じくらいの高さになった青年にいたずらっぽく微笑んだ。

「ええ。あまり人様の奥方をお借りできないからじゃないでしょうか。ご自分が妻帯してひとの令夫人を

お借りする罪悪感が芽生えたのかもしれませんね。」

青年は相変わらず美しい・・・・・・いやさらに生気あふれ輝くような女性提督に微笑んだ。

「フレデリカはきれいだったかい。傷心の美青年に聞くのは酷かな。」

からかわないでくださいとユリアンは頭をかいた。

「とってもお美しかったですよ。花婿は相変わらずキャゼルヌ中将にお叱りを受けてましたけれど。」

だろうなあ。

「おれでも結構しかられたもんな。俺結婚式はまじめに勤めたけど何度ばか者って言われたか。

・・・・・・なんか最近言われてないから調子が狂うな。」

ちょっとばかり危ない嗜好ですねとユリアンは笑った。



どうでもいいけど。

コーネフ船長・・・・・・ボリス・コーネフは言う。

「ブリッジにやたらと群れるな。美人提督は一向にいてくれてかまわんがあとの男連中は船室があるだろう。

そこで寝てろ。うるさくてかなわない。」

「こら。気安くうちの女房をみるなって。フェザーン人は女より金がすきなんだろう。」

一番うるさい男がわめいてるよとイワン・コーネフは肩をすくめた。



「ユリアンとマシュンゴはこの船の搭乗員として登録されているがお前さんたちは地球教の巡礼者。

巡礼者は部屋で祈ってるんだな。」

「何を祈るんだ。金がざくざく手に入るようにでも祈るのかよ。」

ポプランはユリアンに手渡された地球教のたすきを見て忌々しく言う。

「金というものは自分の手で稼ぐんだよ。神頼みしてどうする。」

さすがコーネフ船長だなとアッテンボローは「まあまあ。おとなしく部屋に帰ってすごそうよ。」と

ポプランの頭をなでた。

ここでの食事はどうなってるのと女性提督はポプランの襟首をつかんだままユリアンにたずねた。

「僕が作っています。」

当たり前のように青年は言う。「たいした人数じゃないですから。3人増えたところで変わりませんよ。

あ、もうこんな時間ですね。作り始めます。」



じゃあ。



「私も手伝う。料理してないんだ。ダヤン・ハーンで。料理作りたいよ。」

「アッテンボロー提督なら大歓迎です。でもそうこった料理は作れないですよ。」

いいのいいのとアッテンボローはうきうきしてユリアンの後をくっついていく。

「あ。じゃあ俺も行く。ユリアンと二人きりにできない。お前さんも男だからな。ワイフを男と二人に

できない。俺たちは新婚だからな。」

と悋気持ちのポプランは当然アッテンボローの後をくっついてはなれない。

「新婚って言うのは結婚して一年近くもなる人たちが使っていい言葉ですか。」

青年はあきれて言うと「おう。1年たったら俺たちの場合は蜜月とよんでもいいぞ。ユリアン。」

「そんなどうでもいい話題よりご飯つくろうよ。」

とわやわやと騒ぎながら三人がブリッジから消えた。



「・・・・・・初めて会う従弟に言うのもなんだがな。イワンよ。友人は選べよ。」

ボリスは感慨深くため息をつき、イワンもまた無常を感じてため息をついた。

人は運命には逆らうことができないとマシュンゴは思いつつ、広がる宇宙を見つめていた。



アッテンボローはユリアンに材料のリストを受け取り配分を教わると

「任せろ。ユリアン。うまいもの食わせてやるから。」

と意気揚々と調理場を行ったりきたりした。



「基地では食事は士官食堂でオートシステムだったからうちのかみさん、楽しみがなくてな。」

ポプランは台所でてきぱきと才能を発揮させているアッテンボローを惚れ惚れと見ている。

なにせダヤン・ハーン基地では5年間の備蓄を無駄にできない。一括して1万余食作ったほうが

効率がいいし無駄も出ない。

「5年な。長いようだし短くもある。基地にいるやつらには5年は長いけれどヤン・ウェンリーにとっての

5年は短いよな。」

ええ。とユリアンはうなずいた。すっかりキッチンはアッテンボローのものだからユリアンでも手が出ない。



「帝国からの高等弁務官ってのはどんな人物なんだ。わかるかい。ユリアン。」

アッテンボローは下ごしらえを終えオーブンを調節して青年に尋ねた。

「そういう人事で事変というものは起こりうるからね。」

アッテンボローが言うとユリアンはメルカッツ提督がご存知の人でしたという。

「ヘルムート・レンネンカンプ上級大将です。」

ああ。ミスター・レンネンねとアッテンボローは彼の艦隊をこっぴどく苛め抜いた記憶がよみがえってきた。

「贅沢かもしれないけどそれこそロイエンタール元帥のほうがよかったなぁ。」

あちこちのなべの火加減を調節しつつアッテンボローは言う。

「ミスター・レンネンって融通が利かないじゃないか。うちの政府のお偉方はさぞびくびくしていることだろうね。」

「メルカッツ提督もレンネンカンプという人はよい軍人ではあるけれど、軍から離れた次元の想像力が及ばぬ

人だといっておいででした。」

そういう意味では。



「好きじゃないけどオスカー・フォン・ロイエンタールのほうがうまくうちの政府をまるめこんで

ヤン・ウェンリーの味方に・・・・・・それは無理か。ダヤン・ハーンの問題はみな意気が高揚しているが

それは今だけだってことだ。会戦を終え、敗れたと思ったが再戦の機会到来ということで男たちは

その場の気持ちで国を捨てた。うちの亭主のように見境なくね。」

そこまで言うとアッテンボローはポプランを見た。

「まあ、その場ののりってやつだよな。」

ぜんぜん悪びれない夫を放置して未来ある青年にアッテンボローは言う。

「・・・・・・けれど女はそうは行かないから国へ戻っている。男女の比率が著しくアンバランスだ。

憂慮しているのはそこなんだよね。料理ひとつにしろ機械が作る。人間てのはそうそうすべてオート

メーションで都合がつかない。満足できない生き物だよ。5年の間にそのことも頭に入れないと数で

1万余人いるといってもなまくらな集団になりかねない。それはお前さんも考えておいておくれ。

ヤン先輩が考えていないとも思えないけどすべて任せるわけにも行かないしね。」

そういうと小皿を出してスープの味見をユリアンにさせた。



「よくまあこの材料からこれだけおいしいものを作りますね。アッテンボロー提督。シェフになられては

いかがですか。ぼくお手伝いをしますよ。一儲けできそうです。」

ユリアンは味をほめた。

「じゃあおれはギャルソンになる。」とポプラン味見。

やっぱりお前の作るものはうまいよなとアッテンボローの唇を掠め取った。

ユリアンはそんな二人を見て微笑んだ。

「相変わらず本当に仲がいいですね。お二人は。」

比翼連理って言葉を知っているかユリアンとポプランが言い出した。



「まさに俺たちのためにある言葉だよな。ダーリン・ダスティ。」



比翼の鳥は雌雄が一体とされる想像上の鳥。

連理の枝は別々に生えた二本の木が結合して一本の枝となっている・・・・・・。

青年にはまだまだそのような相手とはめぐり合えそうもないとダヤン・ハーンで出会った少女を思い出した。



嫌われちゃったな。



嫌われるようなことはしていないつもりだけれどきっと何か彼女の気にいらないものを自分は持っているのかも

しれないとユリアンは思った。薄く入れた紅茶色の巻き毛も印象的だけれど・・・・・・。

青紫色(パープル・ブルー)の眸はあきらかに青年に反感や・・・・・・何かよくない感情を持っているように

感じた。

ユリアンははっとして。

自分はどうも色恋沙汰に疎いと思ったけれどついこの間までフレデリカ・グリーンヒルという

初恋の女性がいたくせにいま思い浮かべたのは基地でであったカーテローゼ・フォン・クロイツェル

伍長だった。



こんなふうではよくないよなと青年は頭を切り替えて。

「じゃあ。盛り付けしましょう。みんな食べ盛りばかりでおなかをすかせてまっていますから。」

と人数分のトレイを出して勤めて明るく言ってみた。






シルバーブリッジ街の隣にある街ヘンリエッタ・マリア街にあるとある診療所はつくりは煉瓦造りの

いかめしく古い趣きがある。

その診療所を切り盛りしているのは一人の女医である。

朝、昼、夜の診療を終えて続きになっている母屋に戻ったとき。



ミキ・M・マクレインは母に似たE式独特の面立ちで美しい眉根を寄せた。

「一向に電話をかける習慣が身につかないようね。フォン・シェーンコップ中将閣下は。

いつでも突然現れる。」

そういって父親に似た咳払いをした。

そしてリビングで堂々と磨きこまれた木のキャビネットから上等な酒を

出して一人で飲んでいるワルター・フォン・シェーンコップを軽くにらんだ。



もっともにらんだところで効果はない。

そんなことはもうかれこれ10年来の付き合いにもなるからわかるのであるが。

その不適さと倣岸な僚友を見ると女医は難しい顔になる。



「どうせここで仕事をしているだろうと思った。電話しなくても無事にあえただろう。いちいち

きれいな顔でそう小言を言うな。美人が台無しだ。」

グレイッシュ・ブラウンの髪と眸の持ち主である中将閣下と退役した彼女とはいろいろな縁があり

長きに渡る友情を・・・・・・純然たる友情を築いている。

一切からだの関係もなければ恋愛感情すらない。

信じられないことではあるけれど事実である。



「飲むなといってるわけじゃないの。一言言いなさいということよ。うちの父も秩序を重んじて

いるはずだけれど。・・・・・・まあそもそもがうちの父を怖がるような御仁じゃないわね。

あなたってひとは。で、今日は何しにきたの。」



この当時の女性としては比較的小柄な女医だったが生命の塊ともいえるほど活気に満ちている。

彼女は基本的にどこかの女性提督と同じで「食事」を大事にしていた。

「食べてきたの。それともうちに食べに来たの。シェーンコップ。今から作るけど。」

「・・・・・・食ったがお前さんの作る食事もいただきたいところだ。酒肴でもいいぞ。医者というのは

よい酒を持っているな。もうかるのか。」

いろんなコネクションを持っているからもらいものよとキッチンで女は答えた。

「もうけならあなたのほうが上だと思うわ。今のハイネセンの病人やけが人から高い金を巻き上げる

神経は私持ち合わせていないもの。国はあてにならないし。・・・・・・愚痴っても仕方ないわね。」



シェーンコップは正直彼女を「女」と思えない。



外見は確かに小柄なE式の美形。すこぶる美人といってもよい。

華奢というよりも出るところと出ないところの差が女性らしくついた体で・・・・・・つややかな

二の腕までまっすぐにおちる黒髪と黒曜石を思わせる大きな黒い眸を持つ。

しかし同時に女医には恐るべき能力がある。

それはおおいに彼女の母親の遺伝子がかかわっているのであろう。



同盟軍史上最多女性撃墜王リー・アイファン退役中佐の一人娘。



「用意したからリビングじゃなくてダイニングで食べてくれないかしら。」

「了解。中佐殿。」

人をからかうことが生きがいなのねと女医は微笑み食卓に着いた。

「おれだって中将でもない。今は退役中将だ。お前さんの父上と同じくな。なぜヤン・ウェンリーの

結婚式に来なかった。仕事か。」

出された料理をシェーンコップは口にした。彼は普段味にうるさい。そしてミキが作る料理はそんな

彼でさえ文句の付け所がない。

完璧なる家庭料理。



「ええ。急患が入ったの。キャゼルヌ先輩から招待状を出していいかときかれたけど多分いけそうもないと

断っておいたんだけど。」

「冷たい女だな。」

自覚してるわと女医はにっこりと微笑んだ。

「で、その冷たい女を相手するより本国にはあなたの帰りを待ちわびた女性が多いと思うのだけれど

私に何がさせたいの。」



シェーンコップは笑みを漏らして。「お前さんがヤン・ウェンリーの挙式に出なかったことが幸いしている。

連絡役を頼もうと思っている。」

女医は赤ワインをグラスに注ぎ飲もうとしたがシェーンコップのグラスのブランディが残り少ないのを見ると

落ち着かなくて、つぎたした。「飲むわよね。」

ああと男。

「おれでさえ尾行がつく。手紙、電話、通信など全部監視つき。たかだかヤン艦隊の幕僚に帝国も

同盟政府もえらく奮発してくれる。まあもとから平時にヤン・ウェンリーと顔をあわせたいとも思わぬから

危急のときお前さんに軍用犬の役割を頼もうと思う。」

犬扱いですかと女医はまた眉をしかめた。

美人がそんな顔をするなというが犬扱いが気に食わぬらしいとシェーンコップは言い換えた。

「伝書鳩でもいい。」

「格があがったのか下がったのか疑問だけれど。私がヤンと士官学校の基礎が一緒でエル・ファシル時代

彼と仕事をしたことがある女性士官だからなの。連絡係をするゆえんは。」

そう。と男は琥珀色の液体をなめる。



「お前さんはヤン・ウェンリーの知己であり、ヤン幕僚の面々と父上のおかげで面識がある。だがムライと普段

名乗っていないから今のところお前さんは政府からも帝国からも何の干渉もない。ノーマークだ。この際

お前さんの腕とそのポジションでヤン・ウェンリーの生命の危機が迫ったときのためのパイプラインになって

もらいたいわけだ。わかるだろう。」



腕ねえと女医は知らぬふりをし食事をきれいに食べる。

「心得たわ。ヤン家に近々往診でもしましょう。夏風邪の時期だからちょうどいい。」

「物分りのいい女はよいものだ。」

いってなさいとミキは言った。

「じゃあ、あなたの隠れ蓑になればいいのね。つまりあなたの情人のふりでもしていればいいのかしら。」

不本意極まりないことだけれどとしっかり彼女は付け加えた。



「お前のような美人と俺のような男がここで暮らせば男女の関係以外誰も予想できないだろう。」



よくまあ言いにくいことを簡単に言ってのけてくれるわとミキは言う。

「いいわ。好きになさい。ヤンのことは気がかりだから。あなたが前にリンツのことを話してくれたけど

そこに還るときが・・・・・・ヤンたちにはくるのね。あなたも。」

何を言ってるんだという顔でシェーンコップは言う。

「そのときは人手が足りないからお前もこい。医者としても使えるが・・・・・・。」



私の本職は医者なんだけれどとミキは言いたいが。



「その射撃の腕と陸戦の腕もついでに借りたい。」

それはだめと女医はきっぱりといった。

「父から軍医以外の軍務はしてはいけないと厳しく言われているの。もう5年はブラスターも握ってない。

使えないわよ。うちの父がうるさいのをあなたが知らないはずはないでしょう。」

すぐにカンを取り戻すさとシェーンコップは引かない。

「とにかくこの診療所は一度若い医者に任せてお前も力を貸せ。参謀長殿と伝説の女傑の娘。

医者にしておくのはもったいない。」



わかってるでしょう。と女医は言う。



「私は医者と結婚した。私は医療とも結婚したの。亭主は失ったけれど私の本分は医者なの。」

「わかっている。だがお前は使える女だし俺は使えるものは何でも使う。お前だってJが生きていれば

間違いなく夫婦そろってヤン艦隊へ迎えられただろうに。・・・・・・よい人間は早く死ぬ。」

あなたは長生きしそうねと女医は笑った。



「・・・・・・そうね。いいわ。いまここであれこれいう気はないわ。そのときになったら考える。で、あなたは

今夜からここに寝泊りするつもりなの。一階に客室があるからそこをつかいなさい。浴室もトイレットも

一階のを使えばいいわ。私は二階で生活するから。鍵は合鍵を作ればいいとして・・・・・・何か文句

あるの。」

かわいらしい顔に似合わないさっぱりした物言いで、そういうところはシェーンコップも付き合いやすい。



文句はない。



「俺に15歳の娘がいるそうだ。」

「計算が合うわね。」シェーンコップは34歳。女医は32歳。もっとも彼女はE式なので小娘にも見える。

「カーテローゼ・フォン・クロイツェルという名前だ。しばらく前に母親が死んだと手紙が届いた。」

ミキ・ムライ・マクレインはいつの間にやら自分の食器を片付けグラスにブランデーを注いだ。

僚友のグラスにも注ぐ配慮を忘れない。

女としてのできもよいのだが。

未亡人というものはどうも心をつかめぬものだし2歳年少の彼女をシェーンコップは普通の

女と思ったことがない。

少し怖い女だ。



「相手の女性も若かったの。あなたも若いから・・・・・・着床がはやそうね。」

「母親は覚えていない。」

・・・・・・。

咳払いをひとつ。

父親譲りかなと二人同時に思った。

「・・・・・・私は聖人君子の友人ではないから何も言わないけれどお嬢さんの立場から言えば最悪な

父親ね。会ったの?」

いいや。手紙だけだ。

「そうね。私が娘ならあなたのような父親には会いたくないわ。」

あなたは包容力に欠けているから。ミキは言う。

「女にそういわれたのは初めてだ。なるほど。お前は俺の本質をよくわかっている。俺はどちらかといえば

女に甘えるのが好きだからな。」

うちで寝泊りするのはかまわないけれど。

女医はあくびをしつついった。



「外から帰ってきたらうがいと手洗いを忘れないでね。それ以外は特に問題ないと思う。明日にでも

ヤン家に行ってみればいいのかしら。」

大きな眸で少女のような面立ちなのに剛毅なことを言う女だとシェーンコップは思う。



うがいと手洗いの義務以外はとくに果たさねばならぬことはないらしい。



「さすがに34の男をいまさらしつけする気にはならないもの。」

女医は階段を上がりかけた。

明日、ヤン・ウェンリーの家に行ってくれとシェーンコップの声が聞こえた。

わかったわと女医は言って自分の部屋に入った。



きれいな女だが色気も何もないと苦笑してシェーンコップはよく知った他人の家でこれから数日を

暮らすことになる。

「すまないがJ。お前さんのたくましい女房殿をお借りするぞ。」

そうつぶやいて彼も寝室へ酒を持って入った。

隣に女性が誰ひとりもいないのは興ざめであるが仕方あるまい。

しばらくは一人寝を愉しむことにしようと男は思う。

おそらくそう長い時間ヤン夫妻に蜜月はないであろうとシェーンコップは一人思っていた。



翌朝ゆっくり朝寝を愉しんで男はダイニングのメモを見た。



「ちゃんと食べること。M」

あの麗しき乙女のような容貌を持ちながら小うるさいことこの上ない。

珈琲はサーバーに用意され食事は冷えたままでもおいしく取れるものを作って行ったようだ。

小うるさいのはともかく。

美人であることと料理がうまいことは賞賛に値するなとシェーンコップは思うし今頃、ヤン家に

行っていると思うと・・・・・・。



帝国も同盟政府もあの女が戦いにおいて天才とも言える手腕を持ち、感性を持つとは予想もつかない

であろうとゆっくりと遅い朝食を味わった。

ムライ参謀長には申し訳ないがこの際怜悧な頭脳が一人でもほしい。

ミキ・M・ムライの明晰なる判断力はこの際貴重であった。

ワルター・フォン・シェーンコップが頼る女とは、外見ははかなげな乙女のような女。



「まさかこんな事態であの女と暮らすことになるとは思わなかった。もっと違う状況なら

色恋沙汰に持ち込めたやも知れぬが・・・・・・。」

よくよくあの女と自分は縁遠いのだと戦闘指揮官殿は熱い珈琲を飲みつつ思った。



by りょう




LadyAdmiral