もう一度、愛してる、から。・3
カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長は仕官食堂で食事をしていても上官のことが気がかり であった。なにせ自分の不注意が原因である。 しかもコーネフが言うには記憶喪失・・・・・・一日で治るというけれどそのような記憶喪失が この世に存在するとは15歳のカリンにはわからない。 一応資料に目を通して症状の概略はつかめんだけれど・・・・・・。 アッテンボローとの結婚生活を忘れていると聞いた。 これにはカリンも女性提督と上官に申し訳ないと思っている。とくにアッテンボローの顔を見たら つい今日は泣き出してしまった。 人に甘えないように生きてきたのについ、ポプランの朗らかさに惹かれ上官を頼りにして 信頼しきっていた。 その上官に怪我をさせて、大事な「結婚の記憶」を喪失させたという事実。 コーネフは「何も心配はないみたいだよ。アッテンボロー提督は宇宙のように広い心の持ち主の 様だし。」と言っていた。それでもカリンはただただ申し訳なく思い、食事あまり進まなかった。 「カリン。今日はびっくりしただろう。」 声をかけられてカリンは飛び上がりそうになった。静かで柔らかな声の持ち主は女性提督のもの。 振り返るとトレイを持ったアッテンボローとポプラン中佐が立っていた。 少女は立ち上がり二人に敬礼をした。 「アッテンボロー提督。今日は本当に申し訳ありませんでした。何から何まで私がすべて悪いんです。 ポプラン中佐のこと・・・・・・私が悪いんです。」 「ん。いいよ。大丈夫だから。ここの席いいかな。オリビエも私もおなかがすいた。君も座って 食事を続けなさい。」 アッテンボローはにっこりと微笑んで少女に言う。 「提督の知り合いには美形が多いですね。美人に囲まれて夕食もいいな。小生はオリビエ・ポプラン。 階級は少佐。よろしくな。子ねこちゃん。ま、階級なんてどうでもいいですよね。提督。」 カリンを子ねこちゃん呼ばわりして自分の階級を低く言う。 これが記憶喪失なのかと伍長は愕然とする。 「あ。カリン。本当大丈夫だから。気にしないでいいんだよ。びっくりするだろうけどね。今、中佐は 「少佐時代」に戻ってるだけ。寝たら治るそうだし。生命にかかわることでもないからね。」 とアッテンボローはいいポプランは「で、提督はいつの間にボブにしちゃったんですか。」と聞く。 「明日教えるから。秘密。ご飯食べようよ。オリビエ。」とまったく意に介さない女性提督。 ふたりとも食事を楽しく取っている様子にしか見えない・・・・・・。 「ミス・グリーンヒルがいないですね。いつもこの時間はここで夕食を食べているのにな。」 「フレデリカは今夜先輩とデートなんだ。」 「え。うちの司令官とですか。・・・・・・まあ蓼食う虫も好き好きですからね。人様の恋の事情はそっと しておくとしましょう。提督、今度またこじゃれた店に行って飲みましょう。今度はあのカクテルちゃんと 俺が頼んであげますから。」 食事をもりもりと食べるポプランは健康そのもので、隣でアッテンボローも見事な食欲を見せていた。 「ああ。いいね。また玉突きするかい。勝ったら好きにしていいよ。」 ええ。 「いろんな好きなことしていいですか。」 ・・・・・・ポプランの緑の瞳がきらきら輝く。 「・・・・・・だめ。やっぱり今の話はなし。あ。ちょっとこっち向いて。」とアッテンボローはくいっと ポプランの顔を自分に向けて「お前もテーブルマナーは・・・・・・。まあいいか。」といってポプランの 口元のデミグラス・ソースを彼女のハンカチでぬぐった。 「今日の提督、やさしいなあ。もしかして俺の愛が伝わりましたか。」 「まあな。・・・・・・ま、どうせあとでもう一回ふかなくちゃいけないな。食べなさい。オリビエ。」 アッテンボローはなんの変わりもない様子でまた食事にかかった。 「あれ。カリン。さっきから進んでないね。成長期なのにダイエットでもしているのか。どうも その必要は全然ないようだけれど。」 アッテンボローに言われてカリンは「い、いえ。ダイエットじゃないんです。・・・・・・ポプラン中佐は ・・・・・・やっぱりアッテンボロー提督が奥さんであるってことをお忘れなんでしょうか。」 とたずねた。 「うん。そこは忘れてる。今彼は三年前の記憶で生きてるみたい。だからカリンのことも知らないし 何度今日教えても忘れると思う。そういう症状みたい。」 ね、とアッテンボローはポプランの頭を優しくなでた。 「もう。今日の提督。大胆だな。・・・・・・今夜口説いちゃおうかな。考えちゃいます。」 「うん。部屋に帰ったらね。口説いてちょうだい。」 「えっ。提督の部屋に行っていいんですか。・・・・・・もしかして俺と提督は相思相愛ですかね。」 「そうだよ。相思相愛。」アッテンボローはカリンには目の毒かもと思ったけれどかわいい夫に 接吻けた。 ポプランは唇が離れると「ねえ。すぐ部屋に帰りませんか。」と女性提督にねだる。 「だめ。まだご飯のこってるだろ。夜食を作ってやれないから夕食はきっちりここで食べよう。 ね。言うこと聞いて。」 アッテンボローはどんなポプランでも受け入れる。 そしてたくみに転がす。 「食べます。言うことも聞きます。」と「ポプラン少佐」はもりもりとふたたび気持ちのよい食べっぷりを みせた。 「カリンもまだ残っているよ。私とオリビエは何があっても幸せだから心配しなくていい。 残さないでたべなさい。ね。」女性提督は14歳年少のカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長に やさしく言った。 カリンは幼児期、母親から食事を残すと今のようにやさしく食べなさいといわれたものだった。 「・・・・・・はい。提督。」 涙が出そうであわてて少女は食事を食べ始めた。 オリビエ・ポプランというレディ・キラーがダスティ・アッテンボローという女性を選んで妻にした。 それがなんとなくよくわかった気がする。 あまりにきれいな顔立ちをしているから女性提督はつめたい氷の人形のように見えるときがあるけれど 本当はぜんぜん違うことを今夜カリンははじめてよくわかった。 すごくあたたかいひとなんだなと少女は女性提督がすっかり好きになった。 「そうだぜ。子ねこちゃん。何を心配しているのかわからないけど大体なんでも何とかなるんだって。 しっかり飯を食って愉しもうぜ。生きてるんだし。食事も愉しもう。」 「ポプラン少佐」は小粋なウィンクをしていった。カリンははいとにっこり微笑んだ。 へえとアッテンボローはカリンを見てつぶやいた。 「笑うと君はかわいいな。」 アッテンボローがそういうとポプランが横から口を出してきた。 「そういうあなたも笑うととてつもなく魅力的ですよ。俺、あなたの笑顔のためなら何でもしちゃいます。 シェーンコップ准将だって殺しちゃいますよ。あなたに言い寄る男は赦さない。」 そうか。とアッテンボロー。 どきりとしたカリン。 「ならお口を汚さないで食事を終えなさい。」と女性提督はにこやかにいい、またポプランの 口元をやさしくぬぐう。 「俺のこと子ども扱いしてませんか。提督。」とポプランが口を尖らせると。 「子供をベッドに誘ったりしないよ。それとも今夜、一人で寝るか。オリビエ。」 絶対いやですとポプランは言った。 その唇にまた唇を重ねて。 「私は子供相手にキスなんかしないんだから・・・・・・早く食事を済ませなさい。」 隣で「ポプラン少佐」は少しだけほうけて、また食事にかかる。 カリンは二人の様子を見てこころになにかあたたかいものを感じた。 多少の手間はかかるけどねとアッテンボローは口にした。 「そもそも夫婦生活は手がかかるものなんだ。そういつもと変わらないんだから 心配しなくていいよ。カリン。」 15歳のカリンにはまだよくわからないことが多かったけれど、元気よくアッテンボローにはいと しっかりした声で返事をした。 クロイツェル伍長は上官も、その夫人も大好きになった。 仕官食堂からかえるときもポプランはいつ髪を切ったのか、ここはどこなのか、どうして今日の アッテンボローはやさしいのかたずねていたが部屋に着くまでずっとアッテンボローが手を握って いたから不安感はなかったようである。 女性提督は念のため夫の頭を見た。 「たんこぶがあるけど頭痛い?今頃だけど何かで冷やそうか。」 「え。痛くないですよ。あれ。ほんとだ。いつの間に俺こぶなんて作ったかな。記憶にないな。」 そのとおり。 彼は記憶がない。この三年ほどの記憶がすっぽりとない。 アッテンボローは3センチしか変わらないポプランの顔を両手で包み込んだ。 「・・・・・・提督。今日の提督変ですよ。それ以上いたされると・・・・・・本当に告白しちゃいます。 そうなると提督はもう逃げられないですよ。俺今までは逃げ道用意してましたけど今夜みたいに そういう眸で見つめられたりすると・・・・・・まず抱きしめちゃいます。だって。」 おれ、あなたを愛しているんです。 「私もお前のこと本当に愛してるよ。オリビエ・ポプラン。・・・・・・ほんとは知ってたでしょ。」 いたずらをした後のような笑みをアッテンボローは見せポプランの首に腕を回して抱きしめた。 ポプランはしっかり彼女を受け止め腕を体に回してアッテンボローを抱きしめた。 「・・・・・・うん。多分相思相愛だろうと予測してた。・・・・・・ダスティ・・・・・・・。」 また彼は今夜たくさんの質問をしてくるだろう。 同じことをアッテンボローに尋ねるであろう。 そんなこと彼女にはどうでもよかった。 今日の彼の告白を彼は永遠に思い出さない。 今日の愛してるを彼は永遠に思い出せない。 それでもいい。 唇を重ねて、裸の肌を重ねて。何度も愛してるとささやきあって。 この事実はなくならないし、消えることはないのだから。彼がここにいて。ポプランの腕の中に アッテンボローがいて。これが真実ならアッテンボローは何度でも彼と恋に落ちることができると 思った。彼となら何度でも恋に落ちてもいいと彼女は思っていた・・・・・・。 幾度か体を重ねた後アッテンボローは転寝(うたたね)をした。 いつものように彼の腕を枕に話しをしていたはずだったが少しだけ眠った様子でふと目を覚ますと 0345時。 まだまだ寝ようと思いつつのどが渇いたから習慣でベッドサイドテーブルに手を伸ばした。 500ミリの冷たい氷水の入っているピッチャーとグラスが置いてある。 ・・・・・・。 この習慣を知っているのは彼女の恋人、それもずいぶん寝食をともにしたオリビエ・ポプランしか 知らない。眠っている彼を起こさないように胸まで上がけを引っ張りあげて上半身を起こした。 そしてグラスに水を注いでひとくち飲む。 おいしいなと思ってグラスに唇をつけると素肌の肩にポプランが寝ぼけた顔を乗せている。 「・・・・・・ダーリン・ダスティ。水飲ませて。」 コップを渡そうとすると違うという。「口移しで飲ませて。」 アッテンボローは素直に水を口に含ませてごろんと横になったポプランに口移しで水を飲ませた。 「・・・・・・あのさ。変なこと聞くけどさ。」 うんとアッテンボローは水を飲み干してベッドにもぐりこんだ。 お前なんであちこちにキスマークがついてるんだ。 ・・・・・・。 彼女はなんと答えればいいのか眠くて考えるのが面倒だった。 「・・・・・・おれ、だよな。絶対俺がつけたんだよな。なあ。ダスティ。俺は覚えがないけど俺だよな。 おれなんだよな。あれ・・・・・・でも・・・・・・え・・・・・・あれ。俺もしかしてすごく泥酔して・・・・・・泥酔って 俺が泥酔?あれ。でもお前が浮気するはずないし。俺しかいないよな。あれ?」 アッテンボローを腕枕しながら「ポプラン中佐」は身に覚えのない妻の白い肌に 点在する赤いしるしを見て眉を寄せて悩みぬく。 「なあ。おれお前にイイコトヲタクサンして、・・・・・・もしかして忘れてる?」 うん。そんなところかなとアッテンボローは微笑んだ。 「もう少し寝ておきたら話してあげる。今は・・・・・・内緒。浮気なんかしてない。これは全部私の 亭主がつけたもの。おやすみなさい。だんなさま。」 と小さなあくびをして眠ろうとする。 「だめ。奥さん。気になるんだけど。俺は酔っ払っちゃて激しかったわけ? キスマークが・・・・・・つけた位置に覚えがない。なあ、ダスティ。いつから俺たちは イイコトシテるんだ。なあなあ。ダーリン・ダスティ。なあってば。わけがわからない。」 アッテンボローは腕枕をはずしてポプランの頭を胸に抱き寄せて言う。 「大丈夫。寝たら全部教えてあげるから。何も心配をすることはないよ。愛してる。 オリビエ。おやすみ・・・・・・。」 頭を優しくなでられてポプランはしばらく考えたが。 「・・・・・・おれ、お前にひどいことした?」 「ううん。オリビエが私にひどいことしたのはヤン先輩のことを嫉妬したとき。交際したてで 勘違いで嫉妬されてセックスフレンド扱いされた。あれはむなしかったな・・・・・・。」 う、とポプランは詰まるが・・・・・・。 きっと一生あれは言われるなと覚悟した。 「・・・・・・それにしてもおれ、何してたんだろう。さっきおきたとき時計見て思ったんだよな。 時間のロスがあって。・・・・・・俺何してた?」 なあ、教えてよとポプランはまた新たなキスマークをアッテンボローの胸につけた。 「・・・・・・そういうことをしてた。」 「それを俺は忘れてるのか。」 すごくもったいないことをしたとポプランは思っていた。 「・・・・・・んー。私のこと口説いてた。」 「自分の女房を口説いた?ええ?いや口説くのはいいけど。いやその。あれ?」 うるさい口だなーとアッテンボローはポプランの唇を封じた。熱い接吻で。 「大きな問題は何もなかったんだけど・・・・・・あと2時間寝かせて。そしたら全部話してあげる から。だめ?オリビエ。」 というとことんとアッテンボローはポプランの肩に顔を乗せて寝入った。 こうなるとアッテンボローを起こすのはかわいそうだとポプランも観念して彼女の頭を腕に乗せて 彼女の額に唇を当てて目を閉じてみる。 思い出せない時間がある。 けれどその間彼女を傷つけたわけではないらしい。 イイコトヲタクサンシタ事実はアッテンボローの体にあるキスマークで十分わかる。ただいつもは 自分がつけた位置など覚えがあるのにまったくないのは腑に落ちないけれどアッテンボローが 自分を裏切ることは考えられないし、誰かに襲われでもすればこうもすやすやと安心して眠る はずもない。どう考えても自分がつけたと帰結する。 ・・・・・・。 わからん。とつぶやいてポプランは本当に観念してもう一度眠ろうとした。 心配しなくてもいいとアッテンボローが言う。 ならば彼女を信じよう。 アッテンボローが言うのだし間違いない。心配することはなかった。 イイコトヲタクサンシタ記憶がないのはどうも惜しいけれど。 ・・・・・・これからまだまだタクサンイイコトヲシヨウと思いつつ仕方なくポプラン中佐も 眠りについた。 そうだ。 これからまだまだずっと一緒にいるのだから。 アッテンボローにいくらでも愛しているといえる。 彼女を何度でもくどくこともできる。 そう思うと安心して彼は翡翠色の髪に顔をうずめて眠る・・・・・・。 by りょう 自分の記憶がないというのはポプランのようなひとにはちょっときついかもですね。 私はしょっちゅうですから気にならないですけれど。 ここまですごい記憶をなくしたことはないです。浮気を疑わない精神構造は立派だよ。中佐! アッテンボローはポプランに告白されるのが大好きみたいですね。 |