もう一度、愛してる、から。・2
軍医の話ではオリビエ・ポプラン中佐はごく軽い「一過性全健忘」 状態ではないかという。 これは完全な記憶喪失ではなく健康な人間が健忘をおこし混乱をきたすという類のものらしい。 「治療は特にいらないんです。」 そりゃあなたには要らないだろといいたくなるがこらえてアッテンボローはポプランがいる部屋と違う 別室で軍医の話を聞いた。 「いえ、提督。だいたいが「一過性全健忘」というものは一両日中に治ってしまうものです。お調べに なってもよいですが特に治療をすることなく当人は記憶を取り戻します。でも今は忘れていて混乱 していると思います。提督もお気持ちは察しますが、なんら脳の異常もないことですしあまりやきもき なさらないでくださいね。」 えっととバーソロミューは「一過性全健忘」についての資料をアッテンボローに手渡した。 たしかに軍医の言うことと一致した資料だったししばらくすれば治るというのでアッテンボローは 安堵した。 でも。 「新しいことが覚えられないとあるけれどこれはどう捉えればよいのかな。」 「そう深刻でもないです。」 たとえば。 ポプラン中佐が今日かわいい女の子を見つけるとしましょう。 部屋のナンバーまで聞いたところでアッテンボロー提督の顔を見たらもうそのどこかのかわいい 女の子のことは忘れているというだけです。 しかもその女の子のことは永遠に思い出すこともないという。 アッテンボローは美しい眉をきゅっと寄せた。 「じゃあ今日オリビエに何かを言っても記憶に残らないということなのかな。」 普通の「一過性全健忘」ならそういうことになりますねと軍医長は言う。なにせ脳の断層写真をみても 異常はないし「私だったら医療費がもったいないから治療させないですね。」とまでバーソロミュー少将は 言ってのけた。 「今日大騒ぎしてもとうのポプラン中佐には何の記憶障害も残りませんし再発の確率も低い症状です。 一番いいのは今日だけ安静ですね。」 安静なあとアッテンボローは考えた。 あの元気な男がおとなしく安静できるだろうかと。 ついでにいえばこの症状は・・・・・・。 「情交中に起こるケースもありますよ。冷たいシャワーを浴びたときに起こす人もいますし。圧倒的に 高齢者の記憶障害ですが若い人もなるでしょう。てんかんや脳に異常がないとなれば麻痺も起こさない。 ただ今はポプラン少佐に戻っているご様子ですが明日には中佐に戻ってますよ。大丈夫です。むしろ。」 あなたが男性になるメカニズムのほうがなぞですと軍医は言った。 ふむ。 「あれのせいで私は懐妊しないのかな。軍医殿。」 アッテンボローはつい聞いてしまう。 「いえいえ。違いますよ。この件に関しては今のポプラン中佐より難しいことです。でもまだあなたは お若いですし気に病まないほうがいいですよ。お二人ともお元気だけれど恵まれないというご夫婦は 世にたくさんいますからね。あなたがあまり心配するとよくないですよ。中将のお体はご健康な成人女性 そのものです。中佐も普通以上に健康なお体を持ってますから。・・・・・・こういうときMやJならなんと いうかな・・・・・・。まあ大丈夫ですよ。」 MやJって何ですかとたずねたらバーソロミューの古い医者仲間だそうだ。 「二人とも私などより名医でしたからね。今ここにいると楽だなと思うわけです。」 うちの気風は楽をしたがる人間が多いなとアッテンボローは苦笑した。ヤン・ウェンリーと接した人間は そういう本音を隠さない。それはむしろアッテンボローは好ましい。 この軍医だってハイネセンへ帰ることもできたがこちらに医師がいないことを聞くと、ダヤン・ハーン組に 入ってきた。 自分は係累がいないから身軽なのだという。 「まあ今日中佐に何か言っても覚えていないでしょうし普段言えない鬱憤晴らしをたっぷり聞かせて 見てはいかがですか。いたずらしちゃうとか。」 こら。 医者らしくないことを平気で言うやつだなと女性提督は思う。 冗談ですよと軍医。 「冗談はさておき今頃コーネフ中佐がこんこんとポプラン中佐にいろいろと説明している でしょうが徒労に終わるといってあげないと気の毒ですよ。それと今日のポプラン中佐の 言動は後日のために記録なさるといいでしょう。なにせ今日の記憶を明日中佐はなくすと いうことになりますからね。」 そうか。なるほどとアッテンボローはポプランがいる病室に戻った。コーネフは苦労性だから 女性提督が傷つかぬよう、僚友がまた女遊びを始めぬようにいろいろ苦心しているかもしれない。 今日ポプランに何を言っても彼は忘れるのか。 アッテンボローは奇妙な感覚にとらわれるが幸いにして彼の記憶障害は重篤でもなければ 体にも異常がない。 それは安心なことであると思って彼がいる医務室の扉を開けた。 「あ。アッテンボロー提督。こんなむさくるしいところに・・・・・・もしかして小官のためにおいで くださったんですか。」 きらめく緑の眸が無邪気に微笑み、陽気さと洒脱さの成分が大いに含まれたのびのびとした声で 呼びかけられた女性提督。 「だからアッテンボロー提督はお前の・・・・・・さっきから説明しているんですけれど話せば 結婚したのかといったんは納得するくせにすぐ忘れて、何で今ここに俺はいるんだとその 繰り返しです。」 コーネフ中佐は根がまあまあまじめだからさぞこんこんとポプラン中佐に二人の結婚までの みちのりを語ったのだろうなと、女性提督は気の毒になった。 さっきもらった資料をコーネフ中佐に渡して「今日のオリビエは物覚えができないんだ。 何を話しても彼は忘れる。コーネフ、疲れるだろうからもう無理な説得はしなくていいよ。」 とアッテンボローはいった。 で、何で俺はここにいないといけないわけとベッドの上でポプランは言う。 だからなと説明しかけたコーネフは渡された資料を読んで・・・・・・。 「・・・・・・ま、もういいか。」とあっさり以降説明を放棄した。 「そういう症状だから彼は覚えられないし今日は質問攻めかもだけど、明日には普通になってると 思うよ。悪かったね。コーネフ。心配をかけて。」 アッテンボローはポプランのベッドの上に自然に腰を下ろした。 え。 驚いたのはポプランである。 「いっておきますがポプランよりアッテンボロー提督が心配だったんですよ。こいつは 結婚指輪のことも・・・・・・その・・・・・・。」 コーネフは女性提督を尊敬しているので傷つくようなことは避けたい。言いよどんでしまう。 けれどアッテンボローはそういうスケールの人間ではない。 腹が決まればおおらかなのが彼女の美徳である。 「忘れてるだろ。仕方ないんだって。」といってアッテンボローはポプランの赤めの金褐色の 長くなった前髪にいつものように指を入れて優しくなでた。 え。 とおどろくのはまたもオリビエ・ポプラン中佐。 「部屋につれて帰って今日は私も休みをとってこいつのそばにいるよ。カリンにも気にするなと いっておいてくれないか。全部ポプランの女房の私が引き受けたと。一日のうちに片がつくのだし 再発率も少ないからね。私の部屋につれて帰る。」 「そうですね。クロイツェル伍長にはこれを見せながら説明しましょう。・・・・・・今のポプランよりは 伍長のほうがのみこみがかなりいいはずですからね。」 イワン・コーネフは安心したのか苦笑して言った。 さすがはアッテンボロー提督だとますます敬愛する。もっともそれは恋慕ではない。 一方、さっきから驚きの単語をいくつもポプランは耳にしている。 イゼルローン要塞きっての・・・・・・いな同盟軍きっての美人提督の口から出てくる甘い疼きや ときめきを感じる言葉。 「ポプランの女房の私」 「私の部屋につれて帰る」 あの。 「おれってもしかして提督と・・・・・・今どんな関係ですか。」とオリビエ・ポプランはおずおずと 尋ねた。 左手の指を出してごらんとアッテンボローはいう。 ポプランは薬指のリングがさっきから気がかりだったのだが。 アッテンボローも左の薬指を見せた。同じ形のプラチナの指輪。 「・・・・・・これ恋人同士のしるしでしょうか。」ポプランはまったくわからないという顔をした。 女性提督は気にしないでいう。 「ううん。結婚したんだよ。お前と私。もう一年になる。・・・・・・って言ってもすぐ忘れるだろうから あんまりここで説明しなくていいか。オリビエ。」 ポプランはいつものポプランではない。 三年前の時間軸にいる「ポプラン少佐」である。 アッテンボローは彼の左手を握ってそっと彼に接吻けた。 目をぱちくりとさせているのは「ポプラン少佐」で、なぜ急に女性提督と自分がキスまでする 関係になったのか・・・・・・・。 気の毒な「少佐」にはわからない。 「おいで。一緒に帰ろう。・・・・・・私たちは一緒に住んでいるの。それとも私と一緒は いやかな。お前は今日は私と一緒にお休みするの。」 ・・・・・・ポプラン少佐が見たこともないようなやさしい微笑でアッテンボローがいうので 驚きとときめきと恋心がない交ぜになり少佐はしばし口をあけたままだったが。 「・・・・・・一緒に帰るんですか。あなたの部屋に。」 そう。二人の部屋。 「いやかな。少佐。ん?」またも慈愛に満ちた微笑でいわれるといやといえる男性は まずいない。 「いえ。お供します!」と手を握り返し「ポプラン少佐」は元気よく言った。 ひらりとベッドから降りて「提督。素敵なボブですね。いつきったんですか。」と彼は 魅力あふれる笑顔でいう。 「ん。まあ。明日教えてあげる。今日は教えない。秘密。」 「提督の意地悪。でも手をつないでもおこらないんですね。なぜですか。」 「ん。まあ。秘密。」 「もお。提督は意地悪だな。いってくださいよお。」 「まあ。意地悪なんだけどね。秘密。」 「うそです。提督今からどこへ行くんですか。」 「秘密。」 「提督その髪形かわいいですね。いつの間に。」 「内緒。」 「もう。提督ってば。何で今日は手を握っても不機嫌にならないんですか。」 「秘密。」 「ええ。もう。どこへ行くんでしたっけ。」 「内緒。」 ときめきで身もだえをするポプラン。彼の記憶ではアッテンボローとはまだまだ数回しか食事も していない状態なのである。 コーネフはそんな二人を見て思う。 アッテンボロー提督というひとは本当にポプランのすべてを受け入れているのだなと愛情の深さに 感動する。そしていかなるポプランの対応にも長けている。 一人残されて考えた。 「そっか。今日は何を聞かれても秘密と内緒っていっておこう。ま、明日には元のあいつに 戻っているようだし。」 ダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人とはしっかり手のひらの上で亭主をどのような状況でも うまく転がすのだなと魔法でも見たかのように思った。うまくあしらってるなと感心したイワン・コーネフ 中佐であった。 「あれ。提督のへやってこんなでしたっけ。」 一度食事を振舞ってもらった覚えがポプランにはある。しかしこんなそっけない船室じゃなかった。 さっきから歩いてきた通路からしてイゼルローン要塞となんかすごく違う。 「なんかぜんぜんいろいろ違うのはなぜでしょう。提督。」 「ポプラン少佐」は首をしきりにかしげている。 三年前の時空軸にいるとすればいまのダヤン・ハーンまでのことをいちいち語っている間に 彼の記憶は元通りになり、労力を割いて語った今日のことを彼は忘れる。 そのような症状ならばここに至る事情をとうとうと話しても無駄だとアッテンボローは 「さまよえるポプラン少佐」の左手を引いて部屋に戻ってきた。 「事情があってね。こっちに変わった。珈琲飲むかい。自由に座っていいよ。ここは私の部屋だし。」 お前の部屋でもあるんだけれどね。 アッテンボローはいうと長くなりそうだしさっさと湯を沸かす。 遠慮がちに「ポプラン少佐」は自宅のソファにそっと腰を下ろした。 「どんな事情ですか。左遷?いやへんだな。何ですか。ヤン・ウェンリーにいびられたんですか。」 アッテンボローはインスタントの珈琲を・・・・・・ここではそれしかないからだして渡した。 「まあ。罰ゲームかな。」 熱いから気をつけるんだよと一言いい加える。 ありがとうございますとポプランは恭しくカップを受け取って口にした。 「事情があってインスタントなんだ。」 「どんな事情ですか。」 「ん。内緒。」 「提督の意地悪。」 この症状の特徴は同じ質問を何度も繰り返すらしい。 アッテンボローは母性本能がくすぐられているのでポプランのいうことをいちいち気に留めて いない。明日には元に戻るのだからという安心感もある。 「なんか違う部屋だなあ。ヤン・ウェンリーにいびられましたか。それとも今度来る秀才官僚の せいですか。」 「ふふふ。明日になったら教えてあげるよ。」 確か交際する前はこういう殊勝さがポプランにはあったなとアッテンボローは口の端を わずかにあげて微笑んだ。今は三年前の時空にいるようで「ポプラン少佐」はそれなりに きちんとソファに座っているしアッテンボローにも丁寧語を使っている。 これがポプラン中佐だと今頃浴室か寝室で・・・・・・女性提督にまとわりついているだろう。 「罰ゲームなんてひどい。まさか罰ゲームで髪を切られたとか。それだったらちょっと 赦せないな。」 ポプランはまじめだからアッテンボローはまじめにここは答えた。 「いや。切りたいから切っただけだよ。美容室で。まあ放置気味だから今は伸びてしまってね。 なぜ切ったかといえば私は時々からだが男になるんだ。そのときなんだか妙に長い髪が気持ちよく なかったんで・・・・・・。」 なんですと。 「提督は男になるってどういうことですか。」ポプラン少佐は目を見張らせた。 ぽかんと口を開けている。 言葉どおりの意味だよとアッテンボローは平然と言う。 「生態学上の男になるときがあってね。原因などわからぬまま今に至っている。もちろん胸はなくなるし お前と同じ代物が股間にあったりする。でまかせじゃないよ。本当に男になるときがある。一日で 終わっちゃうけど。二回ほどなったな。ん。三回かな。忘れた。最初はショックだったけどもうそういう 体みたいだし私はもう気にしてない。・・・・・・どう。少佐、私が嫌いになったかい。男になっちゃうんだよ。 気持ち悪くないか。」 アッテンボローは今日男でなくてよかったと少し安堵した。 「・・・・・・でもそれは提督の責任じゃないでしょ。提督男になっても美人でしょ。」 ポプランはマグカップをもって普段より「過去礼儀が正しかったころ」のように礼儀正しくソファに 鎮座している。 「・・・・・・美人の定義が飲み込めないけど今と顔はあまり変わらなかったはず。」 珈琲を飲みつつアッテンボローはいった。 「・・・・・・。」 ポプランは考えて。 「シェーンコップ准将にだけは近づいちゃだめですよ。」といった。 口は笑っているけれど目が笑っていないのでアッテンボローはたずねる。 「男になってもシェーンコップに近づいてはだめなのか。」 当たり前ですよとポプランは答えた。 「提督、自分の評価が低すぎます。あんな不良准将に近づいてはいたずらされます。男になっても 絶対だめです。ちなみに小官はもし今日、今から提督が男になっても大歓迎ですよ。ぜんぜん提督に 関しては気にしませんから。性別なんて。」 「ポプラン少佐」は記憶を失っても性の差をさらりと飛び越してくれた。 アッテンボローは多分彼はそういってくれると信じていた。 そしてやっぱり彼は自分が女でも男でも好きでいてくれるとわかって・・・・・・安心した。 「声も男になるんだよ。」といってみる。 「だって提督は提督ですし。・・・・・・小官は提督を性別を超えてお慕いしています。・・・・・・あ、 いまのは口説きじゃないですよ。口説くときは極上のシャンペンと花束持ってきますからね。 提督口説くと逃げちゃうから。」 アッテンボローは思う。 愛い(うい)やつだなと。 女性提督は立って座っているポプラン少佐の頭をなでた。 「お前はかわいいな。オリビエ。」 ポプラン少佐は珈琲を噴出しそうになった。 そっけないそぶりしか見たことがない女性提督が自分の頭を優しく撫で回している・・・・・・。 なんだか調子が狂うけれどどきどきするなと内心あわてる少佐殿である。 ね。 と声がしたかと思うとポプランの膝の上に女性提督はためらいもなくかわいいお尻を乗せた。 「今日の提督は・・・・・・大胆ですね。何かありました。」 「ううん。いやならどくけど。」と腰を浮かせかけたアッテンボローに 「いやいやいや。小官のひざに座ってくださいよお。このまま。・・・・・・・ときめきます。 幸せをかみ締めてるんです。」 そう、とアッテンボローはいう。 「私もここが落ち着く。お前のひざの上に座るの好きだから。」 今度は少佐、珈琲を飲み込もうとしたが咳き込んでしまった。 今まともに「好き」といわれた。 猫が好き。 きれいな薔薇が好き。 おいしいオムレツが好きの好きではない。 ポプランのひざの上に座るのが「好き」だと女性提督がいった。 「・・・・・・提督、そういう言葉は誘惑って言うんですよ。そんな言葉口説かれたくないなら 言ってはだめです。・・・・・・口説きたくなるじゃないですか。」 不思議な記憶喪失が世の中にはあるなと思いつつも。 アッテンボローはポプランにくどかれてみたいなと思う。もっとも今日だけの記憶になって しまうけれどもう一度口説かれてもいいなと思うのであった。 自分でも悪趣味かと思いつつ。 「・・・・・・口説いてみたら。」とアッテンボローは小悪魔な女になって「ポプラン少佐」に言った。 言われたポプラン少佐はカップをテーブルにおいてひざの上のアッテンボローをそっと 抱きしめた。やっぱり彼の腕の中は安心できるなとアッテンボローは内心思う。 うれしい様子を見せると口説くのをやめてしまいそうだから無表情を決め込むことにした。 なんだか新鮮で、いい感じだと彼女は思う。 「はじめはね・・・・・・あなたのこと興味本位でした。」 女性提督はちらりと眸だけで「ポプラン少佐」を・・・・・・数年前にさかのぼっている時間に いる彼女の最愛の夫を見た。 まつげが意外に長くて整っている。生き生きとした眸が伏せられていて。 まじめな口調で言葉をつむぎだしている。 「俺より年上だし大人の女だから一夜の恋になったとしても割り切れるだろうって思って いました。ただあなたと恋をしたいなって思っただけで、大人の恋で終われると。女性で 提督って言うのが珍しかったし、あなたは本当に美しい女だし・・・・・・ただのラブ・アフェアで いいと思ってました。」 やっぱり最初はそうだったんだなとアッテンボローは抱きしめられたまま聞く。 ふうんとそっけなく聞いてないようにアッテンボローは顔を背けてみた。 「勝手に思い込まれるのは困るな。」 と一言言っておく。 「でも話をしてわかったのはあなたは割り切れる女性ではないということです。」 あなたは見た目ほどシャープでもないしどちらかというと・・・・・・。 「恋に晩熟(おくて)で。初心(うぶ)でした。・・・・・・それを見て割り切った関係は無理だって 悟ったんです。・・・・・・だからまあ、ただ話したり酒を飲むときたまに一緒だったら・・・・・・すごく 気が合うからそれでいいじゃないかとも思ったりしてました。白状すれば。上官だけれど 女友達で済ましちゃえと。・・・・・・一度関係を持つとほかの女性に心が移ったらうらまれそうだなと 思ったんで。あたりでしょ。」 マラカイトの石を溶かし込んだような彼の眸がきらめいてアッテンボローの眸を見つめた。 「そうだな。どうかな。」と知らぬぞんぜぬを通してみるアッテンボローである。 絶対あなたは俺のこと恨むか・・・・・・。 「いや、自分に魅力がなかったとかマイナスに考えるかなと。あなたってあんまりいい男と 恋愛していないみたいでぜんぜん自分の魅力に気がついていないし。」 ・・・・・・三年前に小生意気なことを考えていたんだなと表情を崩さぬまま「ポプラン少佐」の 言葉をアッテンボローはがっちりホールドされて聞く。 「気の合う上官。そして美人。それで十分だって。・・・・・・おれは女性との恋が好きだし、とても 一人になんて決められないというのが本音でありました。いくらあなたが魅力的でも一人に しちゃうのは人生もったいないって思ってました。だから口説くのも実は俺も逡巡してたんです。 口説くのやめようかなとか思ったこともあるんですよ。」 のわりに・・・・・・アッテンボローはやさしくしかし、しっかりポプラン少佐に抱きしめられている。 三年前の彼女ならじたばたしただろうけれど、アッテンボローはいまやポプラン夫人であるから 三年前の告白というのをいささか愉快に聞いていた。 愉快・・・・・・というか、わずかな驚きもある。 わずかなときめきも、ある。 「・・・・・・ためらっている人間が女性の体をがっちりはなさないのはなぜなのかな。少佐。」 今はためらってないんです。 「今はためらいはないんです。おれの女性はあなただけって決めたんですよ。まいったな。 ちゃんとシャンペンと白い薔薇を用意しようと思ってたのに。・・・・・・おれのペース崩すのうまい ですよね。提督は。」 なぜためらいがなくなったのさとアッテンボローはなぜか鼓動が早くなるのを感じつつ、 聞いた。 それはですねとポプラン少佐は彼女の手からカップをとってローテーブルに置く。 そしてひざに乗せたまま器用に彼女の脚を少しだけもちあげ体ごと顔を自分に 向けさせた。 「ほんとにほれちゃったんです。あなたにしかなんていうのかな。」 ほかの女性を見ても心が動かないっていうんでしょうかね。 「いくらでも美人はいるしあなたよりも手のかからないで楽しめる女性がいるはず なんですけどね。・・・・・・いつもあなたのことばかり考えて。何を見てもあなたならなんて 顔してみるかなとか、何をいうだろうとかね。・・・・・・ほんとあなたのことばかり考えてます。」 ビョーキっていうんですかね。 「ヤバイくらいあなたしか愛せないってやつです。理屈をつけたいけれど・・・・・・なんだろな。 肌が合うというのか。あなたの持っている空気とかあなたがすきなんですよね。・・・・・・ ・・・・・・あんまりうまいくどき文句が出ないから洗いざらいぶちまけることにします。つまりね こうやってあなたがひざの上に座ってるのが俺にはすごく自然なんですよ。」 え。それは自然ではないと思うとアッテンボローはいいたいけれど・・・・・・。 この際洗いざらいいってもらおうか。 「自然・・・・・・なのか。」 ええ。すごく自然です。 「なんかあなたとおれって馴染むなって。手をつないだとき思いました。 ・・・・・・えっと本気であなたを好きになってしまうんだろうなって感じて・・・・・・。」 そこまで言ったポプランは「あれ。ここはどこでしたっけ。」 ときょとんとして言う。 アッテンボローは「ここはお前がいるべき場所。私のそば。」といって唇を重ねた。 by りょう アッテンボローがおおらかでいいなと。ポプランはいいかみさんをもらったなと思います。 ま、うちの娘にとってもポプランは大事な存在で。 あるお方のご指摘のとおり旧作品では記憶喪失になるのはアッテンボローでしたが 大きく話を変えているのでアッテンボローが記憶を失う必要性がなくなりました。 ヤン閣下がうちでは生きているので。 でも記憶喪失ねたは使いたくて。本当にこのような記憶になってしまう人には失礼な表記が あるかもしれません。 おきを悪くなさった方はご連絡いただければ幸いです。 なんでも「秘密」「内緒」とさばくところがアッテンの母性なんです。 |