もう一度、愛してる、から。・1



ダヤン・ハーンでの生活でダスティ・アッテンボロー・ポプラン提督がややご不満なのはひとつ。



ご自慢の手料理を作ることができぬということである。

船室のトイレを掃除しつつ。

「ああ。あの圧力鍋と中華なベ・・・・・・今頃実家で使われてるのかな。大事な宝物だったのにな。」



アッテンボローは掃除も嫌いじゃないからトイレ掃除が不満ではない。



過去、男と暮したり男の部屋にとまったりするとまずトイレットの便座があがっていた。

普通男性は立ったまま小用をするので女性だけの生活では汚れぬ部分も汚れる。

発射角度の違いという物理の問題。

アッテンボロー家は父親の威厳がそこそこ保たれていたのでアッテンボローは今まで交際してきた

男性の部屋のトイレットの掃除をするときにも別段苦でもなかった。

性別が違うのだから出物腫れ物ところかまわず。気にしない。

細かい部分は使い古しの歯ブラシで丹念にきれいにする。

古来より便所を掃除すると美人になるといわれている。

だからアッテンボローは美人なのかは別問題として。



オリビエ・ポプランと暮らし始めたとき。

ひとつのカルチャー・ショックを彼女はうけた。

彼はトイレットを使った後必ず便座を下ろしている。

それだけならポプラン一流の女性思いなのかと受け取れるがアッテンボローがうきうきとトイレ掃除を

するとき・・・・・・彼女は家事が好きだ・・・・・・便器の汚れ方が普通の男と違ってあるべきところに

汚れがないのである。

まさか交際して一週間程度で「オリビエってトイレをどうやってしているの。」とは、はずかしくて

聞けないから黙ってずっと過ごしてきたアッテンボローであった。

交際期間も深まったころにずっと疑問だったことを当時恋人だったポプランにほほを染めて聞くと。



「立小便は女性の家ではしないことにしているんだ。」

という。

それは男性として不便じゃないのかとアッテンボローがたずねると

「だって掃除する女性が大変だろ。」

職場や外ではポプランもオトコダカラ立っていたす。

けれど過去さまざまな女性とほとんど恒常的な関係を結ばないできた彼。

たいていそのようなホテルだとかそのようでないホテルとか、女性の寝室で情事をすませて笑って

さよなら。

その場合ホテルならば遠慮しないけれど女性の家だとトイレを失敬しても「男」の痕跡を残さぬ意味も

こめ立って小用しないのだという。

もちろん女性への心遣いでもあるとポプランはアッテンボローの腰を抱きしめつつベッドで話した。

「でも正直立小便のほうが気が楽なんだろ。うちの父はそうだというよ。」

これは男女のピロートークなのでこういう尾篭な話題もたまにはあるだろう。

「まあな。でもやっぱり俺が掃除してもいいけどお前は掃除好きだしさせてくれないからさ。

せめて汚す範囲を広げぬように座ってる。世の御婦人方は亭主に座って用を足すようにしつけてしまう

昨今の事情を考えると立小便は男子用のトイレだけってことがいいのかなと。」

アッテンボローは口を小さくへの字にしていう。

「・・・・・・別にいいよ。立ってしても。そのほうが気楽だろ。」

んー。まあ本音は気楽だなあとポプランはアッテンボローに接吻けた。

じゃあそうしなさいという過程を踏み、現在はオリビエ・ポプランは堂々と立小便をする男になった。



アッテンボローは男も男で苦労するやつは苦労するんだなと奇妙な感慨にふけった覚えがある。

トイレットを掃除するとき時折そんなかわいい彼を思い出す。

ひんぱんに間男であったという悲しさもにじむ。

痕跡を残さぬようということはそういう意味もあるのであろう。

オリビエ・ポプランは一時が万事愛嬌があるからかわいらしいと思って赦せてしまうのであろう。

アッテンボローはポプランを間男と思ったことなど一度もない上男は男らしくあってもよいと

ある程度自分の父親などを見ているので自分の家・・・・・・当時は彼女の部屋では立小便は

存分にしてもらいたかった。

そもそも男は散らかしたり汚したりする生き物だとアッテンボローは思っていた。

すべての女性が自分と同じ意見だとは到底思えないけれど同じ掃除をするなら気楽に

おおらかに捉えたほうが機嫌よく家事もこなせるというもの。



トイレットを一通りきれいに磨き上げると女性提督は達成感に浸る。

船室は彼女がぴかぴかに磨き上げているのでよしよしとアッテンボローはご満悦。

でも食事が作れないのは味気ないなと思う。女性提督は恋人のいなかった時期、休日食事のつくり

おきをするのが習いだった。実家の母に言わせれば「一番よい嫁になる末娘」が彼女らしい。

軍務で疲れた頭をランドリーの中でくるくる回る衣服を見て休めたり。

ワックスをかけつつ軍人をやめたらメイドで食べていこうかなとほくそえんだり。

じっとしているということが嫌いであった上に生活の中で多くの時間を占める家事と仕事はおおいに

愉しんでするべきだという持論があった。



ポプランはそんな地味な性質のアッテンボローに最初とても驚くのだが彼女はまず文句なしに

心根が優しい。懐に入るまではそんな姿は見せてくれないけれど、一度「大事なひと」と

アッテンボローが認識すれば世話を焼きたくて仕方ない本質が見て取れる。

懐に滑り込むことに成功したポプランは朝はやさしく起こされ、彼好みのコーヒーをいただき

さらにおいしい食事を「何の不満もなく」彼女は用意する。

「だって自分がおいしいもの食べたいからね。一人も二人も変わらないよ。」

育ちがよいということはこういうことを指すのだろうなあと多くの女性を見てきた撃墜王殿は感嘆する。

デートで外に食べに行ってもきっちり残さないで食べきる。

食べ物は粗末にしちゃいけないとしつけを受けている。

それでも彼女が太らないのはまず間食をしないからで、人に振舞う分には菓子など作るが自分は

人と一緒のときにだけ愉しむことにしているのだという。

「甘いものはたまにいただくからおいしい。いつも食べるものじゃない。おやつは基本、幼児が

栄養を三度の食事だけで一時に摂取できないから小分けにして与える習慣のことだよ。

肉体労働をしている人ならともかく私は制服組だから必要ない。」

と非常に合理的な女性らしくない習いを持っている。

正論ではあるがなかなか女性は甘いものには目がないものだ。でもやっぱりポプランは三年ほど

アッテンボローを見てきたけれど腹時計が正確で食事はきっちりとるけれど、そのほかに何かを

口にしていることはほとんどない。



「女ってストレスがたまると食べたくなるだろ。お前にはそんなのはないわけ。」

とポプランは聞いたことがある。

ストレスはたくさんあるよとアッテンボローはまたピロートークの中で唇をかわいく尖らせた。

「ストレス解消に料理作るんだ。下ごしらえから丹念に。夢中になると気が楽になってる。

風呂掃除してるときも悪くないな。・・・・・・食器を洗うのも好きだな。」

「・・・・・・お前ってかわった女だなあ。」

「・・・・・・まあね。多分変わってるんだろうな。専業主婦でもないのに家のことをしてるほうが

好きなんだ。」

じゃあ腹が立ったときはどうなるわけとポプランはアッテンボローのかわいい唇にキス。

「腹が立つとご飯が食べれなくなるんだよな。」

何度キスされてもまだ照れてしまうアッテンボローはおずおずと言った。

「熱が出ても悲しくても食事はできるけど頭にきてるときはぜんぜんのどに通らなくなる。」

じゃあお前が食べないときはお冠なんだなとポプランは彼女のきれいな髪に指を通す。

そうだよとアッテンボローは微笑んだ。



ダスティ・アッテンボロー・ポプランは衣食住の中で食を大事にする女性であった。

これは彼女と親しいひとしか知らない。彼女には怜悧ともいえる美貌の仮面があったので

仕事だけの付き合いだとわからぬことが多い女性。

カーテローゼ・フォン・ルロイツェル伍長は上官のポプランの愛妻家振りと普段接するアッテンボロー

とのギャップがまだ埋められないでいた。

オリビエ・ポプラン中佐は過日、廃棄処理課でていのいい閑職についていたカリンを慧眼ともいえる

推察力と観察力で空戦隊に引き抜いた。事実、カリンは訓練シュミレーションマシンでもうわさに聞く

ユリアン・ミンツ中尉にも劣らぬ反射神経を見せたし重力調整室でのブリーフィングもこなした。



自由惑星同盟には過去一人だけ女性の撃墜王が存在した。

リー・アイファン中佐。E式で黒曜石のような大きな美しい瞳を持つ美人である。

ポプランでも教科書でしか知らない。

カリンはその女性撃墜王を超えろとポプランからよく言われる。

それだけの素質があるといわれる。

上官のことを彼女は気に入っている。

軽口はたたくけれどそれは不愉快な成分はない。

もっとも好ましいところは愛妻への愛情であった。



これだけ愉快な上官がかわいがる女性提督はびっくりするほど美しい人であるしやや冷たい表情に

見えなくない。たぶん翡翠色の眸が切れ長で唇の形が完全無欠なほど美しいのが起因する。

カリンはつい、気後れする。

少女が気後れするからアッテンボローも少し遠慮気味になってしまう。



「うちの奥さんはある意味シャイだからな。ああみえてカリンのような女の子にはすごくやさしいんだぜ。」

やさしいのはわかる。



ただまだ、近づきがたいというのが当時のカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長の感想だった。

どちらかがえいやと入り込めば意気投合できたであろう二人の関係であった。






そんなカリンだが突如アッテンボローの執務室に駆け込む羽目になる。



1450時。



ラオ大佐と資材のデータを作っていた女性提督のもとにカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長が

「失礼します。アッテンボロー提督に緊急の・・・・・・緊急の知らせが・・・・・・。」とそこまで言うと

青紫色の眸からぽろぽろと涙が先に落ちた。

ぎょっとしたアッテンボローはパイロットスーツのまま急に泣き出した薄く紅茶を入れたような髪の

色をした少女にやさしくどうしたんだと尋ねた。



「すみません。ポプラン隊長が頭をうって・・・・・・意識がありません。医務室に運ばれました。」

カリンにとってはポプランは上官でもあり兄のように慕っていたのでその彼が昏倒しているとなれば

15歳の少女らしくわっと泣き出してしまった。

アッテンボローはカリンに様子を聞くよりも医務室に連絡して軍医に聞いたほうがよいなとかえって冷静に

なり、泣いている少女は主席参謀長に任せて医務室へ向かった。

医務室には要塞時代からのバーソロミュー少将主席軍医長と一人の女性衛生兵とコーネフが

ひとつのベッドの周りを囲んでいる。



アッテンボローの姿を認めるとコーネフが呼んだ。



「カリンから意識不明だと聞いた。どうなんだ。」アッテンボローは勤めて静かにきく。

「ポプラン、スパルタニアンの操縦席から落っこちてきたクロイツェル伍長を抱きとめたんですけどね。

頭を打ったようで。意識がないというか失神したまま今に至ってるだけです。」

コーネフはいつもと変わらぬ口調で言う。



バーソロミューも「そう。頭をぶつけて脳震盪ですよ。心配ないです。検査もしましたが脳に異常はない

ですよ。安心してください。中将。」

アッテンボローが男になったりいろいろとバーソロミューには助けてもらっている。



「・・・・・・じゃあカリンはなぜ泣き出したのだろう。」

アッテンボローは失神しているポプランの眠っているような顔を見て安堵して言う。

「多分クロイツェル伍長は自分のせいでポプランがこうなったから責任を感じてるんでしょうね。

どじったのはこいつなんですけれど。」



イワン・コーネフ中佐いわく。



カリンはスパルタニアンの操縦席から降りようとしたがタラップにオイルがついていたのか足を

滑らした。ポプランはバーミリオンで自分の愛機が故障して三時間行方不明になっているので

基本的なメンテナンスはパイロットも覚えておくべきだと薫陶している。データが損傷しても

バックアップ・ディスクを作っておき艦載機のデータを復活させる手順くらいは覚えるべきであると。



言うはやすしである。



もとからポプランは機器につよい。

イゼルローン要塞のしかけまで仕組める男だから素地がある。

しかしカリンにはそれはない。

15歳の少女は分厚いマニュアルと艦載機の基本構造を頭に入れなくてはならなかったしそれは、

到底無理な話である。

そしてパイロットスーツの装着にすらなれていない。

カリンは並外れた反射神経と秀でた頭脳を持ってはいたけれどそれをうまくコントロールする能力は

まだ成長中であった。彼女は成長期である。



とにもかくにも15歳の伍長は頭でマニュアルと機械の構造を整理しつつ、両手に工具と

分厚いマニュアルを抱えて艦載機の操縦席を下りようとした。

タラップにオイルがつくことはしょっちゅうだから気をつけるべき初歩的なミス。

カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長は足を滑らせ落下。



艦載機から無茶な姿勢で降りようとしたカリンを見ていたからポプランは彼女が落下してきても

なんとかキャッチして彼女の体を硬い地面から守った。

そこまでは立派である。

しかし少女の下敷きで受け止めた衝撃から彼が固い地面と「仲良し」になりしたたかに頭を打った。



「・・・・・・で脳震盪なんだ。」

アッテンボローは薄く微笑んだ。

「クロイツェル伍長はいくら素地がよくてもまだ15歳です。それに軍の専門の学習はしていませんし

・・・・・・大体が操縦席にあれだけの本と工具を持ち込ませることを赦すポプランがいけません。

まあ伍長はそんな馬鹿上官でも兄のように慕っているので心配で・・・・・・泣き出してしまったのでしょう。

奥方を前にして失礼ですが、伍長が泣くほどの価値はないですよ。」

コーネフは微笑んで言う。

「まあ。それだけあの子も本当は純粋でかわいい少女だってことだ。結構じゃないか。いつも大人に

なろうと背伸びばかりして。うちのラオは娘を二人持っているから、いまごろカリンをうまくなだめているよ。

・・・・・・脳震盪で失神とは私の亭主も存外不甲斐ないな。」

とは言うものの。



やはりアッテンボローはポプランが大事なので目が覚めるまでそばにいようと思った。

脳の検査はすぐに済ませたし異常はない。

ならばそのうち目が覚めて「ダーリン」とあの洒脱で陽気な声で語りかけてくれるだろう。

女の子を守って負傷するならこの男の本懐だろうしとアッテンボローは彼の額にかかる髪を

やさしくすくってすべらかな彼の額をなでた。



おきているときのポプランもかわいいけれど眠っているときの彼もまた愛らしい。と女性提督は

思っている。彼はどちらかというと女性にまめで恋の駆け引きも巧みだったゆえ、レディキラー

の名前を獲得したと思われる。

一方の同盟軍の女性遍歴の双璧といわれるシェーンコップは明らかに美男子であり押しの強さと

大人の魅力で女性の心をつかんできたと推察。

アッテンボローは容貌はシェーンコップのほうが勝っていると認めるけれどCUTEさはポプランが

圧倒的勝利すると思っている。



美形は彼女は男女問わず好きであるが、ポプランの愛嬌が彼女は好きだったし多少やんちゃで

子供っぽいところもいとしく思っていた。

ポプランなら自分のベッドの隣でごろごろしていてもかわいいので赦すがそれ以上大きな男は

一緒に暮らすのはごめんこうむりたいと思っている。

もちろんアッテンボローが彼に甘えられて自然な姿でいられるところが一番、大事だった。



「どれくらいで目を覚ますかな。」

アッテンボローは軍医に聞く。

「もうそろそろ目を覚ますでしょう。頭にはたんこぶもできていますし脳内の出血や異常はないんです

から。ご心配なさることはありません。今夜もし頭痛がするといえば私に言ってください。でも

深刻な怪我ではないですよ。」



やれやれ。

「カリンは気苦労の多い子だね。思春期だから繊細なのかな。彼女のほうが気の毒だ。」

アッテンボローはフェミニストだったので当然カリンがかわいい。

「そう心配するなといっておいたのですけれどね。・・・・・・母親を最近なくしているらしい

じゃないですか。それで余計に自分と近い人間が意識をなくすのが怖かったんではないでしょうか。」

コーネフはポプランがおきたときにからかいたいからその場に残っている。

クロイツエル伍長の身の上は多少コーネフも聞いていた。



「彼女の母君は体を悪くしてある日突然意識がなくなって・・・・・・死別したそうです。ならば

フラッシュ・バックのようなものもまだあるでしょう。バーミリオン会戦の前あたりになくなったとすれば

まだまだ傷は深いでしょうね。かわいそうな身の上の少女ですよ。いくらポプランがあほうでも伍長は

なついていましたからね。いろいろと思い出したので感極まったのだろうと思います。」

・・・・・・あほうな亭主の妻であるアッテンボローは毒舌の中に納得することもあるので

そうだろうなと一言言った。



いたたたとベッドから声が漏れたのでアッテンボローはポプランの顔を覗き込んだ。

きらめく孔雀石の眸。うーんと小さくうめいてオリビエ・ポプランは目を覚ました。

女性提督は安心して

「どう。女の子を救った騎士さん。お目覚めかな。」とやさしく声を上げた。

美しき女性提督に極上の笑みを賜っているにもかかわらずポプランは彼女をじいっとみて

7秒ほど無言だった。



「・・・・・・アッテンボロー提督。・・・・・・どうしたんですか。髪が短くなってますよ。いつの間に

小官に内緒であの美しい髪を切っちゃったんですか。なんというもったいないことを。・・・・・・

でもきれいに変わりはありませんね。」



女性提督はえと素っ頓狂な声を出し、コーネフはその言葉の意味することを察知した。

「軍医殿。ただの脳震盪とおっしゃいましたよね。」

軍医はうなずく。

コーネフはベッドで横になったままのポプランにいう。

「お前、ここどこだかわかるか。」

ポプランは陽気に口にした。



「コーネフ。何をばかげたことを言ってるんだ。ここは医務室じゃないか。・・・・・・でもへんだなあ。

イゼルローン要塞の医務室ってこんな殺風景だったっけ。まあ赴任したばかりだし記憶もないん

だけどおれってもしかして待遇が悪いとか。・・・・・・でもいいか。同盟軍史上初の女性提督がわざわざ

小官のお見舞いに来てくださるなんて。ムードはない部屋だが・・・・・・ダスティ・アッテンボロー提督の

お姿とやさしい微笑でオリビエ・ポプラン少佐、恐悦至極、まさに幸せの絶頂であります。なにで

小生はここにいるのかわからないのですがアッテンボロー提督のご尊顔を配して元気百倍ですよ。」



その対極の絶頂にアッテンボローはいた。

・・・・・・ポプラン少佐?ダスティ・アッテンボロー提督?



ダスティ・アッテンボロー・ポプラン夫人は軽いめまいを覚えてその場に立ち尽くした。

「あれ。おれ指輪してる・・・・・・。どこの誰と交換したのかな。」



決定打であった。



これは記憶障害というべきものであると冷静にアッテンボローは思いつつ足元のリノリウムの床が

妙に頼りなく感じた。

軍医はあわててポプランの再検査を行うこことにして、コーネフはアッテンボローの二の腕をつかんで

医務室から退却した。



こんなことが起こるなど誰も予想だにしていなかったのである。

オリビエ・ポプランがアッテンボローとの恋を忘れてしまうことなど。

あのふたりの結婚の誓いを忘れてしまうなど。



まったく予想できなかったのである。



by りょう



LadyAdmiral