星がみちる宙(そら)で・3



女性提督と撃墜王殿の夫婦生活は円満で間に入ると馬鹿を見るので喧嘩になっても仲裁に誰も

入らぬようにしていた。



この二人一度きりオリビエ・ポプラン中佐が大いなる勘違いで嫉妬した以外、喧嘩らしい

喧嘩はしていない。出会って2年半以上も経ちこの夏が来ると結婚して1年になるというのに。



「そりゃあ俺とダスティとの間は赤いワイヤーロープで結ばれてがんじがらめになっているから、

そう簡単にこわれる仲じゃないんだ。」とポプランは実に太平楽にいう。その隣でアッテンボローは

にっこりと微笑んでいたりするので、みな「多分アッテンボロー提督の内助の功が大きいだろう。」

と思わずにはいられない。



実際のところは皆さんもご存知のようにマダム・キャゼルヌの魔法の言葉「世の亭主というものは、

ときどき馬鹿なことを言ったりしでかしたりするけれど、黙ってついていくとまずまず機嫌よくことが

進むものですよ。」がアッテンボローの心にいつもある。

結婚式の日にいわれた言葉であの横暴で言葉の悪い亭主を持ちながら二人の令嬢を品格ある

かわいらしいレディに育て上げているオルタンス・キャゼルヌの言葉には重みがある。

たまにポプランがいうことを否定してみたり抗ってみようかと思わぬでもないが、アッテンボローが

まず一呼吸おいて「うん。そうだね。オリビエ。」というとことがまとまり、ポプランは機嫌がいいし

アッテンボローをとてもかわいがる。



もちろんどうしても感情的になるときもあるがそういうときでも普段が従順なので「愛い(うい)やつ。」と

またもさらにかわいがる。



アッテンボローの実家の母はそういえばそういう風に父を扱っていた気もするからやはり、有効策

だと思われた。父は気楽で母は隣で笑っているけれど父を怒らせない。うまくかわいがられる方法を

知っていたんだなと結婚したアッテンボローはよくわかる。姉たちの夫の操縦法も見ている。

ちょっと船を動かすのとは違う。兵士を動かすのとは似ているかもしれない。



それが喧嘩ではないがどうもなにかあったらしい。

ささやかなる小競り合いとでもいうのであろう。

お互いの虫の居所が悪くなる場合もある。

そしてここはまさに基地であったのではけ口がない。

ふらりとしゃれたバーに行くということもできないし・・・・・・。



「・・・・・・うまくいかないときは仕方ないな。ちょっと息でも抜いてくる。」とポプランはいい

アッテンボローはうん、いってらっしゃいといった。

いつも一緒だから二年半に一度は喧嘩っぽいこともするだろう。しなかったことが不思議である。

ひととおりの部屋の掃除を済ませるとアッテンボローは思い立って端末に指を走らせて書類を作り

メルカッツ提督に提出した。



ダヤン・ハーン基地の船の中で駆逐艦が15隻あるのだが1隻修繕が必要な船がある。

アッテンボローはこれでも戦艦オタクで機械に詳しい。ポプランからは機械音痴といわれるが彼が

特別なのだ。アッテンボローとて不具合の点検や操舵はできる。

要するに気分転換に機械いじりをしようと思ったのだ。



ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督は「女性提督は酔狂な方だ。」と穏やかな笑みをたたえつつ

いって船の修繕の許可を得た。提督の部下テレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉はメカニックでもあるので

彼女を連れて行くことをすすめた。

金髪碧眼帝国美人の中尉と一緒ならさぞや楽しい気分転換にもなるしポプランとの小さないさかいは

修繕が終わるころには霧消しているはずである。そうすればもしかしたら笑顔で夫を迎えることもできる

かもしれない。



人間はひとところにとまっていることが苦手な生き物だと思う。



「15隻のうちのこの船の動力部がおかしいらしい。」女性提督はドッグの中で船を見上げていう。

「しばらく動かしていると速度が一定しなくなるんだとか。止めたままで点検できるかな。テレサ。」

「そうですね。中を見ないとわかりません。船を出すのはよろしいですが停止して途中で曳航が

必要になると厄介ですね。」

と帝国からの亡命者である美人の中尉は言う。

とりあえずは中を見るかとアッテンボローとビッターハウゼン少尉が駆逐艦「ウラヌス」に乗船した。



1030時であった。



テレサは女性でまだ若いけれど機械に関してはプロフェッショナルである。動力部や推進部など

一般の軍艦の設計図は頭に入っている。

「帝国と同盟では船が違うのによくわかるんだね。テレサは頭がいいな。」

素直にアッテンボローは賞賛した。

「違うといってもそう変わらないですよ。失礼をあえて言えば同盟の船の部品は安いものを

使っています。バーミリオンでポプラン中佐のスパルタニアンだって急に動力、通信すべて

だめになったでしょう。装置一つ部品の一つ一つが安いので壊れやすいのかもしれないですね。

もろい部品が多いなと思います。」

はははとアッテンボローは苦笑した。貧しい国は悲しいよなと二人で30分ほどひととおり

「ウラヌス」を点検した。



「このドッグの中で動力だけ動かすか。さすがに宇宙に出すのは二人で無謀だよな。大騒ぎに

ならない程度にしたいし。」



しかしこれが後に大騒ぎになるのである。



一方こちら撃墜王殿が二人訓練もせず不景気な面持ちで珈琲を飲んでいる。

1205時。



「うちのかみさんはかわいいんだけれど自分でそのかわいさをわかってないからな。」

「・・・・・・そう文句をいわないで素直にお前が謝ればいいだろう。そもそもお前とアッテンボロー提督

との釣り合いが取れていることがおかしい。あのひとは女性としても優れたかただからな。

どんな喧嘩をしたのか知れんが全面的にお前が悪いと思う。」コーネフはそっけなく辛らつな

ことをいう。ある意味事実である。



ポプランはアッテンボローがだいすきだ。

好きで好きでたまらなくて彼女がいない世界など考えられない。

彼女の笑顔も、寝顔も、泣き顔も怒った顔もかわいいと思う。仕草や声、ふくれた様子すらいとしい。

なのになぜ今朝小競り合いになってしまったんだろう。

・・・・・・シェーンコップのくそ男の話が出たからだとポプランは毒づいた。

アッテンボローは彼を僚友というがポプランからすれば愛妻を狙う不届きものにしか見えない。

今頃ハイネセンではどうこうと話が出て・・・・・・ヤン・ウェンリー、ユリアン・ミンツ、

アレックス・キャゼルヌまではポプランはにこやかに話を聞いていたのであるが。



ワルター・フォン・シェーンコップの話題になると眉をひそめた。きつく言うつもりはなかったのだが

ちょっとばかりアッテンボローに不満を言ってしまった。

不満は不満だから仕方がない。

けれどアッテンボローもやたら「シェーンコップの名前」が出たら機嫌が悪くなるポプランに

あきれてしまって・・・・・・黙ってしまった。



ごめんな。ダーリン・ダスティとキスでもすれば解決したのであろうがアッテンボローが言うには

「普段から私を見ていれば誰の名前を出してもお前が一番だってこと・・・・・・わからないのかな。」と。

いったあと彼女は小さなため息をついた。

彼女を見ていればもちろんポプランが一番だというのは彼もよくわかっているが彼は

ワルター・フォン・シェーンコップがとにかく嫌いなのだ。アッテンボローのきれいな唇から

やつの名前が出るのはいまわしいし、かわいい声で名前を聞くとポプランは時々どうしようもなく

イヤなのだ。

どうしようもなくアッテンボローがすきなのと同じくらいコントロールができない感情である。

ポプランは大体の感情のコントロールが自分でできると思っていた。

けれどアッテンボローのことが絡むとうまくいかない。過去の多彩な恋愛経験だけではいかん

しがたいものがあった。



やっぱり素直に謝るべきだよなと思いアッテンボローの執務室によって食堂で昼食を

とろうと席を立った。

「お前はあの帝国美人とは何かすすんでないのか。そもそも今日なんで護衛もせずにここにいる?」

今頃ポプランは言い出した。

コーネフはノベルから顔もあげずに「前半部分の質問」を無視し、「後半部の質問」にだけ回答した。

「中尉は多分お前の提督と一緒だと思う。」

「は。聞いてないぞ。」

「いいたくなかったんだろうな。お前さんがそんな低気圧だったら。提督だって子守などやめて

たまには息抜きくらいしたいだろうさ。だれかれのまえでもかまわずキスしてくるお前に付き合い、

大体において提督がお前を立てていることが多い。はたで見ていて立派だと思うよ。お前は提督に

甘えすぎなんだよ。」

コーネフは薄い青い眸でポプランをちらりと見た。



でも二人のときはすごく彼女が甘えん坊なんだぞといいたいところであるが。

「お前。いつか捨てられるぞ。アッテンボロー提督から。」

そんな不吉なことをいうなとポプランがいうとコーネフはいい直した。



「訂正しよう。アッテンボロー提督がいつかお前の前から消えるかもな。こんな悋気の強い男の

前から。少なくとも薔薇の騎士連隊の男たちはそうなることを待ち望んでいる。」


ちっとも笑えないとポプランは文句をいいイスをけり出て行った。



そう。笑えないのはアッテンボローとても同じであった。







動力部の核融合炉が誤作動を起こした。



1345時。



ドッグの中で「ウラヌス」が爆発でもしたらダヤン・ハーンは住居区まで被害がでる。

アッテンボロー提督はドッグ内に「緊急避難」を通信した。1万余人の体制では整備士の数が

圧倒的に少なくドッグにいた人間はまばらであった。



「中尉、船を下りなさい。「ウラヌス」を宇宙に出す。」

アッテンボローはテレサに言った。あまりに醒めた声だった。深い決意をした声。

テレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉はアッテンボローが何を考えているかがわかった。

けれどあえて尋ねた。



「提督はどうなさるおつもりですか。メカニックの小官が降りては修理できません。」

ダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将は怜悧にも見える硬質な笑みをもらし首を

横に振った。そして肩をすくめていう。

「あの不安定でいきり立っている核融合を止められるものか。この船が爆発でもすれば基地が

被害を受けるだけじゃない。放射能汚染もでる。宇宙で爆発させれば基地に危害はない。

この基地には1万余の兵士がつめているんだ。答えはわかるだろう。君は降りなさい。

上官命令だよ。」

もう船を動かす準備を彼女はしている。言葉は柔らかいが有無を言わせぬものがある。



「なら提督も降りてください。何も提督自ら船を出さなくても・・・・・・。」



テレサか言葉に詰まった。

答えが見えているからだ。

「じゃあ誰ならいいんだ。テレサ。私の代わりを誰かにさせる気はないよ。テレサ・フォン・

ビッターハウゼン中尉。急ぎなさい。動かすから。命令だよ。」

そう。この女性提督が危機に瀕し責務があればいつでも覚悟を決めるひとだということを。

アッテンボロー提督は「逃げる達人」といわれるが彼女しかなしえぬ「ウラヌスの早期基地脱出」

を他人に任すはずがない。残り時間が有り余るならばそれも許されるがどれだけの時間で

核爆発を起こすのかわからない。



女性提督は言う。「これは無人じゃ動かない。君は帰って急いでメルカッツ提督に進言して

おくれ。基地に緊急体制をしくことと船を動かせる人間をよこして「ウラヌス」が爆破する

前に私を救出してくれと。居残る人間はひとりでいい。私は一人でも船を動かすことはできるよ。

いきなさい。時間がないかもしれない。」

エンジンの動きが確かに変だとアッテンボローは認めた。



今すぐ爆発はやめてくれよと心で思った。

せめて宇宙に出してからにしておくれと。



「いけません。いまから通信を開きメルカッツ提督に報告しましょう。小官が必ず核融合の

暴走を止めます。・・・・・・アッテンボロー提督。宇宙に出すのであれば小官も参ります。

あとでどんなお叱りを受けてもかまいません。提督をみすみすなくすことは小官には

できません。必ず止めますから。任せてください。・・・・・・お供させてください。」

中尉の大きな淡い緑の目に厳しい色が見えた。

アッテンボローも譲らなければテレサも譲らない。



「・・・・・・女同士は頑固でいけないな。じゃあ回線を開いていまから出航させる。どの道この船は

いまここには置けない。修理はテレサに任せるよ。頼んだ。」

ビッターハウゼン少尉は幼い顔立ちを厳しくこわばらせたがしっかりと頷いた。



「本当は提督にこそ船をおりていただきたかったですけれど、修理に務めます。メルカッツ司令官に

お伝えください。かならず二人とも生きて帰りますと。」

アッテンボローは船を操舵してドッグをでた。それから回線を開いた。こんな無茶なことをメルカッツ提督が

許すはずがない。宇宙に出さえすればダヤン・ハーンは無事だ。

ヤンから預かった「動くシャーウッドの森」を守ることができる。

大きな、そして殺戮能力の高い「爆弾」を動力部につんでいる駆逐艦「ウラヌス」は出航した。



1402時。



温和な老提督の表情が変わった。

アッテンボローはただ単に船のメンテナンスをするという申告を今朝しただけで、今回のことは

駆逐艦「ウラヌス」に彼女らが思いも寄らない「爆弾」が積まれていたようなものであった。

アッテンボローとて予測していなかった事態である。大きな、そして不運な不可抗力である。



「工作艦を出そう。整備の人間を乗せて二人を救命する。核融合炉爆発までに時間はどれだけ

ありますかな。女性提督。」

爆発までの正確な時間はわからない・・・・・・。「いまビッターハウゼン少尉が修理に当たって

おります。いずれにしてもドッグ内から宇宙にでるよりみちはありませんでした。時間的余裕がどれだけ

あるか小官には判じかねます。何せ二人ですから手が足りません。」

アッテンボローは頭をかいていった。いつもと変わらぬ穏やかさと冷静さを保っている。



「すぐに整備班を呼ぶべきでしたな。アッテンボロー提督。」

メルカッツは沈痛な面持ちで諭した。しかしいいながらもメルカッツ自身が同じ立場にあれば

同じ行動をしたであろうと思うのでやはり沈痛さがます。提督という名を持つもののある「性(さが)」

だと思う。



「いったん暴走した核融合炉に人を呼ぶのはばかげています。死人を増やすまねを提督こそ

なさらないでしょう。かといって放置できません。これが本当の時限爆弾なら処理班を呼ぶ

てだてもありましたがひどい暴走とやや緩やかな暴走を繰り返しているいつ核爆発するかなんて

状況で人を呼ぶどころではなかったのです。基地からは随分離れましたからそちらは安泰

です。」

そういう問題ではないのだが仕方がないとメルカッツは黙る。



「核などが爆発すれば基地に甚大なる被害を招きます。それは私としては避けたかった。

多くの兵士がいますからね。ビッターハウゼン中尉を道づれにしたことをお詫びします。

彼女は頑固です。そしてよい兵士です。・・・・・・腹心の部下をお預かりしながら面目ありません。

お許しください。」

そばかすの女性提督は苦笑して謝罪した。



メルカッツ提督は副官に工作艦の出航用意をさせた。



たしかにアッテンボローのとる道はそれしかなかった。

「ウラヌス」の動力部の融合路の不安定は突如始まり、この時点で女性提督は自分の死を

思った。だからテレサに船をおりろといったのだ。けれどテレサは起きている事態がよく

わかっただけに整備士の自分こそ船に残るべきだと思った。



テレサもまた基地への影響を危ぶんだ。



爆発と放射能汚染。

宇宙に「ウラヌス」を出すしかない。



整備士が増えれば増えるほど被害者の数が増えると判るからこそテレサもまた瞬時に死を悟った。

女性提督がすでにその覚悟をしていることも知った。



「メルカッツ提督。ビッターハウゼン中尉がいま格闘している暴走も彼女が止められぬものであれば

どれだけの人間が来ようと爆発するでしょう。援軍はこの際は無用です。被害が大きくなるばかりで

それでは私と中尉は能無しですよ。・・・・・・まあ彼女は必ず核融合炉の修繕をすると言い切り

ました。あとは中尉に任せることにします。ただ、いま回線が生きている間にうちの主席参謀に言いたい

ことがあるのでラオを呼んできてください。・・・・・・私の心中はお察しでしょう。」



老提督はすぐにシュナイダー中佐にラオ大佐を探させた。事後を主席参謀長に一任したい

のであろう。

戦場の人であるメルカッツにはそれがよくわかった。

電話でアッテンボローの執務室にいたのがわかりメルカッツ提督も緊急の呼び出しと称して

司令官室に呼んだ。



「女同士頑固者でおそらくなかなかあなた方の言う「天上(ヴァルハラ)」へはいかないですよ。

あまり心配しないでください。神とやらに好かれるほど善い行いをしてきたとは到底いえぬ

私です。二人必ず帰りますから。中尉がなおすというのであれば直るでしょう。この船にも

まだ働いてもらわないと。60隻の船しかないのに1隻たりとも無駄にはできませんからね。」

「ウラヌス」にはシャトルがない。


小首を傾げつつもラオ大佐は走って司令官室に向かっていた。

「えらくお急ぎですね。大佐殿。うちのワイフと一緒じゃないんですか。」声をかけてきたのは

オリビエ・ポプラン中佐であった。

彼はもちろんいま彼の愛妻が死と最も近い位置にいることなど知らない。



「それがメルカッツ提督から私に緊急の呼び出しなんだ。何をしたのかなと思い当たることがない。

シュナイダー中佐も多くを語らなかったので急いで司令官室へ行くところだ。おそらくはうちの閣下も

いらっしゃるのではないかな。じゃあな。そういうことだから。」とラオはまた走っていった。



廊下で残されたポプランは奇妙な感触を肌で感じた。



アッテンボローが司令官室にいるなら彼女がラオ大佐を呼べばいい。

なぜシュナイダーが介在するのか。

オリビエ・ポプランは恐るべき察知をした。



彼女が、いないことを。



by りょう





でた。ありえない急展開。書きたかったネタですけどね。許してください。



LadyAdmiral