星がみちる宙(そら)で・4



「無礼を承知で失礼します。メルカッツ提督にお伺いします。アッテンボロー提督の行方を

ご存知ありませんか。」

ベルンハルト・フォン・シュナイダー中佐を押しのけオリビエ・ポプランは司令官室に飛び込んだ。

彼女の居所はメルカッツ提督なら知っているだろうと思ってやや無謀であるが踏み込んだのだ。

さすがにポプランの動きがあまりに早くていきなり踏み込まれるとどうしようもない。混乱するで

あろうが今の事実を隠匿もできない。メルカッツは赤めの金髪の青年の躍動溢れる姿に

逆に悲しみを覚えた。



前方の大きなスクリーンにかの女性提督はうつっていた。シュナイダー中佐は止めようとしたが

客員提督はそれを制した。この青年は翡翠色の髪を持つ女性提督の特別な存在だ。

彼女がいまどういう窮地に立たされているかを知る権利がある。

「奥方と話されよ。ポプラン中佐。」重々しい口調でいい、老提督はそれから口をつぐんだ。

メインスクリーンにうつる彼女を見てポプランは事態の深刻さだけは察知したが何が起こったのか

までわからない。



何が起こったというのだ。



「どこにいるんだ。ダスティ。助けがいるなら今そっちに行くからどこにいるのかいってくれ。」

パネルに身を乗り出してポプランはいった。

アッテンボローは困ったような薄い微笑を浮かべていう。いつもの彼女とは変わらない。

穏やかな顔。けれど少し疲れた面持ちをしている。



「駆逐艦「ウラヌス」の操舵席にいる。船の動力エンジンの核融合炉が爆発しそうだったから

ダヤン・ハーン基地を出た宇宙にいるよ。テレサと一緒だ。いま彼女が修理に当たっている。」

穏やかなアッテンボローを見るとポプランの気持ちのほうが崩壊しそうで叫んだ。

そんな危険なことに自分の妻が巻き込まれたとは知らなかったし今もまだその状況下にある

事実が普段は明敏なる彼の頭脳の回転を鈍らせる。

「核融合爆発など止められない。帰って来い。ダスティ。テレサを連れて。」

あまりにも気のきいたせりふではないと思うがこの際は仕方がない。陳腐なせりふでも

かまわない。彼女を、アッテンボローを自分の腕の中に取り戻したい。



それだけだ。

けれど彼女は淡々と言う。

「この船には脱出艇がなかったんだ。シャトルもないし。この船で還るしかそっちに戻れない。

心配かけるけどまだそちらへ還れそうもない。」



じゃあ。

「なぜ工作艦を出さないんですか。二人ともこのままでは核融合爆発で死にますよ。

メルカッツ提督、工作艦を出してください。小官にいかせてください。」

ポプランが今度矛先を向けたのは司令官だった。なぜ誰も助けに行かないのだ。

なぜ彼女が危ない目にあわなくてはならないのだ。彼女でなくてもよいだろう。

エゴイズムの塊になってもかまわない。オリビエ・ポプランは叫んだ。



だめだよとアッテンボローはいった。

「お前いったじゃないか。核融合の爆発は止められないと。そんな機械音痴の人間が

来ては・・・・・・足手まといだ。だめだよ。オリビエ。・・・・・・おとなしくまってなさい。

こっちにきてはいけないよ。男子禁制だからね。」



1435時。



「なんといわれてもいくぞ。でますよ。司令官。」

ポプランはえもいわれぬ渦巻く感情を抑えきれずに思いのたけをぶつけた。

駆逐艦だろうが巡航艦でもいい。工作艦じゃなくてもいい。ポプランの提督がこの世から

消えるかも知れぬのにこんなところで何もしないままおられない。このまま放置してアッテンボローを

失えば自分は狂ってしまうと心底オリビエ・ポプランは思った。

「最初の核融合炉の暴走から一時間テレサが持たせている。こらえないさい。オリビエ。」

女性提督は静かに諭すように言う。

「そんなこと言ってる場合か。俺より前に出ない約束は忘れたのか。危険なところに

うかうかと飛び込みやがって。・・・・・・助けに行く。」

彼の緑の眸が稲光のように怒気をはらんでいる。



約束を破ったのは悪いと思っている。



「でもこらえておくれ。オリビエ。私はお前がバーミリオンで行方不明になった三時間を

こらえたんだ。・・・・・・お前が私をおいて死ぬはずがないと信じてた。テレサは必ずなおすという。

私はそれを信じている。そんな私を信じて待っててほしい。・・・・・・私がお前をおいて死ねる

はずがないだろう。」

アッテンボローはだいすきだよ、オリビエ・ポプランといおうとしたが突然回線が切れすべての

動力がストップした。「ウラヌス」のブリッジは静寂につつまれ数秒してううという駆動音が聞こえ

始めた。女性提督はすぐ動力室に駆け込んだ。テレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉は普段の

きっちりと結い上げた髪もほつれげが出て額に大粒の汗を流しつつアッテンボローの姿を

確認するといった。



「核融合炉は制御できました。爆発はしません。・・・・・・その代り動力部を停止させました。

エネルギーを補助に切り替えましたがこれでは船を動かせませんから応援の工作艦を

呼んでも大丈夫です。動力部はエンジンごと変えることになります。でも大丈夫です。

提督・・・・・・。爆発はしません・・・・・・。」

というと一息大きなため息をついた。

「そうか。よくやったね。中尉。さすがだ。」



女性提督はロボットを使って外部からリモートですべての核爆発処理を終えた若い帝国の

女性士官に声をかけた。

フロイライン・テレサ・フォン・ビッターハウゼンは操作卓にうつぶし

「・・・・・・気が抜けてしまって。お恥ずかしいのですが今は立てないみたいです。・・・・・・小官の

ことはこのままでもよろしいので救助の来援をなさってください。通信用の電力は動いていますので

司令官室に連絡を・・・・・・。」

アッテンボローは心身ともに消耗したテレサの体を何とか支えながら動力室から出た。

体は小さいけれどほとんど体に力がはいらない状態の彼女をブリッジに連れて行った。



整備士(メカニック)としては一生分の大仕事をしたようなものだとアッテンボローは思い、彼女の

頭をやさしく撫でた。「じっとしてなさい。すぐに救助を頼むからね。」そういって司令官室に再び

回線を開いた。



回線が復活するとスクリーンにはウィリバルト・ヨアヒム・フォンメルカッツ提督が出た。

船の爆発は完全に防げたことと「ウラヌス」が現在補助電力で推進力がないことをアッテンボローは

言い来援を申請した。



1524時。



「あなたのご主人が強襲揚陸船を出してそちらに向かってます。回線が切れたことがよほど

不安だったのでしょう。」

メルカッツは温和な笑みでいう。

「こちらの原子炉を止めたので、すべていったん機能停止をしたせいですね。回線が途切れた

んです。あいつは。本当にひとのいうことを聞かぬ男ですみません。メルカッツ提督。」



いやいやと老提督は言う。

「実に今回は不運でしたがあなたは本当にお幸せですな。ポプラン中佐はアッテンボロー提督の

忠実なる騎士です。そちらにすぐにつくでしょう。あらたに工作艦に整備士を乗せて「ウラヌス」の

修繕にあたらせましょう。」

女性提督は微笑んで言った。



「ええ。一隻でも惜しい船ですからね。動力部エンジンの替えがあればいいのですが。

私はそちらに帰れば多分こってりと叱られると思いますが、大事な夫です。叱られるのも妻の

裁量です。それより工作艦の手配を願います。それとそちらの医療室に中尉を運びたい。

彼女は整備士として超一流ですがやはり生命をかけることにはなれておいでではないらしい。

非常に疲れております。彼女のおかげで命拾いをしました。本当によい部下をお借りしました。」

メルカッツとの会話を終えてアッテンボローは薄暗い船室から星空を見た。



星がみちる宙(そら)を見つめているとふとイゼルローンでポプランとはじめてであったときの

思い出がよみがえった。



説教くらいはこの際かまわない。

何とか生き延びたなと思っていると今度はポプランが操舵してきた強襲揚陸船からの

通信が入った。



ダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将とテレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉は「ウラヌスの恐怖」

から救出されダヤン・ハーン基地に無事帰還した。



1700時を過ぎていた。



代わりの工作艦が新しい動力部エンジンを運んで駆逐艦「ウラヌス」の修理にあたった。

アッテンボローのほうは仕事を任せていただけだったので・・・・・・とはいえど常人では到底

考えられない死と向き合った状態であったが、ともかく彼女は待っているだけだったから腹は

決まっていた。腹が決まるとアッテンボローは断固動かない。強い女である。

この程度の危機で女性提督は微動だにしないがテレサはまだ戦歴が浅い上メカニック

であったので、極度の緊張状態に陥った。救出に同行したイワン・コーネフ中佐が抱えて

基地に着くとストレッチャーにのせられ医務室へ運ばれた。



「核融合炉爆発寸前でよく制御しましたね。あの帝国美人は。見かけによらずたいした度胸だ。

ともかくアッテンボロー提督にしろ彼女にしろラッキーなのかアンラッキーなのか。」同じく同行させ

られたカスパー・リンツ大佐があきれた口ぶりで肩をそびやかしていった。



「「ウラヌス」の修理は誰かがやらなくちゃいけなかったことさ。そして核融合も起こるべくして

起こったんだ。テレサが居合わせてくれてなかったら私は死んでたな。ついてたよ。船を無駄に

することなく無事すんだ。・・・・・・でも報告書は書かないとだめだろうな。いまから書類作成も

疲れるなあ。メルカッツ司令官、やっぱり明日じゃ悪いかな。大騒ぎになっちゃったし・・・・・・。

大騒ぎにする予定はなかったんだが思う通りには行かないものだ・・・・・・。」とのんびりとした

口調でアッテンボローはあくびをかみ殺した。随分牧歌的な光景である。



たしかに緊張する数時間だった。だから眠いのだろうなと思った。



「書類作成より重要なことがあるという顔してあなたの亭主が立ってますよ。アッテンボロー提督の

すぐ後ろで。」リンツはアッテンボローのささやかなる静謐を破って面白そうに言う。

「・・・・・・うん。気配は感じる。後頭部にかなり痛い視線がきてる気がする。」

そういうと女性提督はポプランのほうに振り返った。

アッテンボローは笑顔で振り向いたつもりだったがポプランは口をへの字にして困った顔をしている。

怒っているという顔でもなく・・・・・・とても心配しているような表情に近い気がした。もっと怒りの成分が

多いかと思っていたが彼の眸は沈痛そうに見えた。



「・・・・・・ごめんね。オリビエ。いいわけを許されるならわざとあの船を選んだわけじゃなかった。

でもごめんなさい。」

アッテンボローはいってみたけれどポプランはうんといって頭をかいた。



「無事でよかった。・・・・・・うん。」といつもの洒脱さとは数万光年離れた乏しすぎる貧相な語彙に

アッテンボローも驚きリンツも見かねて言った。

「お二人でゆっくりお互いの存在のありがたさをせいぜい確認してください。ああ。残業手当も

出ないのに働いてしまったな。帰って寝よう。まったく陸戦部隊をなんだと思ってるんだ。」

麦わらを脱色したような色の髪を持つ美丈夫ともいえる帝国の亡命の子弟であるカスパー・リンツは

仕事の大きさと反比例して退屈極まりなかった。とうのアッテンボローにはスリリングな体験だった

であろうがリンツにはつまらない散文的な余計な仕事でしかなかった。



いまだ母親に置いていかれた子供のような顔をしたポプランの手をアッテンボローはそっと握った。

「ねえ。部屋に帰ろう。ごめんね。オリビエ。」







二人の船室に入るとポプランはアッテンボローをぎゅうっと抱き締めた。もう二度とはなれぬように

でも彼女を壊さぬように思い切り抱き締めた。

アッテンボローはポプランの赤みの金褐色の髪を撫でて・・・・・・。



「ね。ちゃんと生きて帰ってきたでしょ。・・・・・・オリビエ?」と顔をのぞこうとするが彼が顔を

上げてくれない。わずかに震えている彼の背中の感触でアッテンボローは悟った。



ポプランはアッテンボローがいなくなるという事態がとても、何よりも恐いのであった。

彼自身の身の上に何かが起きることよりアッテンボローに傷ひとつでもつくことこそ彼には

つらく、恐ろしいのであった。



彼女はしばらくしがみついて離れないポプランを抱き締めて背中や髪を撫でた。

いとしいわが子のようにポプランを抱き締めた。まだ授からない子供だが彼のような男の子を

産めるものなら産みたいと彼女は彼をなだめている間に思う。いつまでも純粋で強いのか

弱いのかわからないオリビエ・ポプラン。アッテンボローの姿が見えないとすぐに不安になる

オリビエ・ポプラン。そんな彼がアッテンボローはいとしかった。



いつか彼は言っていた。



「・・・・・・抱きたい女は世の中ごまんといた。でも抱かれたいと思った女は過去も現在も

お前だけなんだよな。」



アッテンボローがこの男の側にいようと決めたのは彼のいったこの言葉が大きかった。

過去にたくさんの恋を繰り返した彼が、「どうしても愛する女はダスティ・アッテンボローじゃなくては

いけない理由」が彼女ははっきりこの言葉でわかった気がした。

自分が彼にとっても特別であることがわかったから「結婚」を選んだ。



彼についていこうと決めた。



ポプランがありのままのすべてをさらけ出せる女性はアッテンボローだけ・・・・・・。



彼を抱き締めたまま彼女は床に座った。二人して船室の入り口の玄関ホールでへたり込んだ。

冷たい床だがそれすら気にならぬほど互いに抱き合った。アッテンボローは傷ついたかのような

ポプランをいたわるように優しく撫でながら彼を抱え込んだ。ポプランはまたどうして自分は彼女を

一人にしたのであろうかと。

そしてもう二度とはなれないようにがむしゃらにアッテンボローの細い腰を抱き寄せて髪に指をいれ

撫でた。しばらくは抱擁が続いた。



女性提督は自分から彼の体を離さないように決めた。彼は自分をいま失いかけてひどく動揺

している。

そんなポプランのもろさはとうにわかっていたし人間としてそれは必ずしも悪いものではないと彼女は

常から思っている。だからそんな彼もいとしく思っていた。彼のそんな心の内側はもう彼女は見てきて

いるし得がたい純粋な資質だと尊く思っている。



いてつき寒さに震えるポプランを制服越しにただアッテンボローは抱き締めた。額に唇をやさしく

押し付け彼の髪を撫でる。喪失感にとらわれて震える腕の中の男をなんとか安心させて

やりたかった。

オリビエ・ポプランがいとしいから。



今日一日でアッテンボローよりも恐い思いをしたのは、誰でもない。このオリビエ・ポプランだった。



アッテンボローの思いやりのあるあたたかいぬくもりを感じたようで顔を上げないがポプランは

「すまん。疲れてるんじゃないか。・・・・・・大丈夫だったか。」

とくぐもった声で尋ねた。

アッテンボローはすこし微笑んだ。わずかに彼がいつもの様子に戻ってきたようだ。

落ち着いてきたのかもしれない。アッテンボローが側にいる安心感。



「うん。ちょっと疲れた。でもオリビエのほうがひどい顔してる。心配かけたからだね。本当に

ごめんね。・・・・・・・私が悪かった。」といって彼の唇に唇を重ねた。ふれるようなやさしいキス。

ついばむようなキスを何度も交わしてそっと唇を離した。

彼の額に・・・・・・キスをひとつ。



「考えればわかるよな。こんな非常事態でさ。二人で一緒にいれるなんて、とってもシアワセなこと

なのにおれは・・・・・・なんかそれに甘えきってた。俺こそごめん。詰まんないことでお前のこと一人に

してこんな危ない目にあわせて。・・・・・・俺は馬鹿だよ。」

ぶっきらぼうなもの言いだったけれどポプランは座り込んだままアッテンボローの手を握って

指にキスをした。彼女の左手のおそろいの結婚指輪。

無限をあらわす二人のシンボル。



「そうだね。一緒にいれることって、シアワセだよね。・・・・・・いつも一緒だと忘れちゃうけど大事な

ことなんだよね。できれば・・・・・・忘れないでいたいよね。私も反省してる。詰まんないことで

お前を心配させたくない。もちろん甘えたいときや大事なことは遠慮せずに言うけれど・・・・・・

もう危ないことはしないよ。・・・・・・しようと思ってたわけじゃなかった不可抗力だけれど私は

どうもトラブルメーカーらしいね。・・・・・・大当たりを引いちゃったよ。」

アッテンボローはしゃがみこんだままポプランの頭を引き寄せて抱き締めた。



彼の香り。

少しだけ汗のにおいがしたけれど不快ではなかった。かえって彼を感じる。

懐かしい香り。



「だいすきだよ。オリビエ。・・・・・・・正直あのときもし還れなくなったら言っておかなくちゃと

思っていえなかった。だいすきだよ。オリビエ・ポプラン。やっぱり当人の目の前で言うほうが

いいよね。」



アッテンボローの胸に抱き締められたポプランは目を閉じてしばらく彼女の確かな鼓動を

自分の生命に刻み込んでいた。


それはなくせないもの。彼がもっともこの世で失いたくないものだった。

アッテンボローの生命。

彼女が生きているという事実をポプランはかみ締めた。

ポプランにとってアッテンボローのいない世界など意味はない。彼女の心地よい重みを

抱きとめて瞳を閉じてアッテンボローの生きている証を確かめた。



しばらく抱き締めあうと、眸にきらめきを取り戻して

「・・・・・・本当に具合は悪くないのか。こんなところに座り込んじゃおまえのかわいい尻が冷えて

いかん。ベッドかソファに移動しようぜ。」とアッテンボローを横抱きにした。

「さすがにちょっと疲れただけ。気疲れだな。私は船を出しただけでテレサが助けてくれた。

彼女すごかったよ。・・・・・・ベッドでお話しよ。続きのお話。ねえ。隣で寝て・・・・・・。離さないで

抱き締めて。」

ポプランはうんとうなずきいとしさをこめた眸で了解の合図をした。アッテンボローをベッドに横たえて

自分もその隣に横になった。やや固いベットだがそれでもいい。二人でいられるのなら。

ポプランは自然と彼女に左腕を出している自分に笑みが漏れた。



腕枕が約束になっている。



アッテンボローはおずおずと頭を乗せる。上目でポオランを見つめて腕枕で寝てもいいと

無言で彼におねだりをしている。いいに決まっている・・・・・・。



・・・・・・いつか彼女そっくりの娘が生まれるまではこの腕はアッテンボローだけのものだろうなと

ポプランは口元にやさしい笑みをこぼした。



前に宇宙で放浪した3時間のことをアッテンボローは尋ねたことがあったが。



「お前こそさ。あんなときよく平然としてるよな。」ポプランはアッテンボローの唇にキスをひとつ。

「・・・・・・私も頭のどこかがおかしいのかもな。恐怖の回路が切れてるんだ。恐くはなかったん

だけど。・・・・・・オリビエが心配だった。一人にしたら・・・・・・一人にしたらぐれちゃうかなと。」



アッテンボローは最後は小さく笑った。ポプランもそれを聞いて笑う。

これ以上ぐれるっていってもなともうすでに手遅れだ。



「そうだな。お前がいなくなったら俺はきっとすさむな。すごく。酒におぼれて本当にヤバイ。

だから俺をおいていくなよ。・・・・・・ともに白髪が生えるまでだ。ばあさんになってもお前のこと

すごく愛してる。なんかそんな確信。愛してる。ダスティ・・・・・・。」



アッテンボローの宙(そら)色の眸をみつめ、彼女のまぶたがゆっくりと降りるときが二人のキスの

合図。



二人の間はそんな繰り返しだけれど。

じつはそれが幸せの本質であった。



身近にありすぎて見失うあたたかい距離。



確かなやさしさ。

指を絡めて星のみちる宙(そら)にかこまれて、二人は朝の「ちょっとしたいさかい」など忘れて

まどろむ。

何度も肌を重ねたりキスしたりすねてみたおこってみたり泣いてみたり・・・・・・笑いあってベッドの

中で手をつないだ。離さぬように。離れぬように。



こうして不運なしかし、幸せな長い一日を終える女性提督であった・・・・・・。



後日すっかり元気になったテレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉は後ろにイワンコーネフ中佐を

引き連れて困った顔をしていた。アッテンボローもポプランの背後のコーネフ中佐の

「無表情だがよく観察すれば鬱屈した成分を含んだ淡いブルーの眸」を見てとることができた。

女性提督は先日の礼をいい、テレサに耳打ちした。



「コーネフ中佐、恐い顔しているね。」



テレサは困った顔をしてアッテンボローに耳打ちした。



「先日の「ウラヌスの恐怖」からもともと無口だった中佐が話しかけても簡単な返事しかしてくれません。

小官のことを嫌いになるのはかまいませんが・・・・・・いささか重苦しさを感じずにいられません。」



女性提督にだけ心中を吐露したビッターハウゼン中尉はつとめて平然とした顔を繕っていた。

・・・・・・さぞや重苦しい重圧であろうとアッテンボローはポプランの顔を見て気の毒であるが

笑みを交し合った。



イワン・コーネフ中佐は・・・・・・・。

金髪碧眼の帝国美人がお好きらしい。

けれど持ち前の、むやみに人間とざれあうことを嫌う性格が災いしているのか務めて

何事もなかったかのように振舞う。



しかし。



「危険なことを冒(おか)した」テレサ・フォン・・ビッターハウゼン中尉にあまりに仏頂面の

コーネフを見れば・・・・・・彼の本心はわかるというもの。

やさしくしてやればいいのになとポプランは当然思うしアッテンボローでさえコーネフの

意外なほどの不器用さにあきれる。

あの事故で一番テレサは奮闘し彼女がいなければアッテンボローとてこの世に

いまいない。

たしかに無茶はしたけれど、整備士が軍人といえど死を目前に格闘し困憊しているのだから

男性としては庇護するのが妥当だと女性提督もその夫も思う。



「コーネフ。少しはか弱い女性をいたわってあげなさい。そうやぶにらみをしている護衛なら

リンツにシフトしてもいいんだよ。それでいいのかい。」

アッテンボローがいうとかまいませんよとイワン・コーネフはいう。かわいくない男だなと

女性提督は思う。



けれど。

コーネフにとってテレサの存在は日増しに大きくなっていることを意味するのでしばらく

フロイラインには気の毒であるが護衛を変えるとはアッテンボローはいわなかった。



いつか形になるかもしれない恋を邪魔する気はなかった。

コーネフがテレサを好きでもなければこうも彼は彼女に心配げな表情を・・・・・・もっともこれは

わかりにくかったが・・・・・・見せることもなかったし如才なく「無事でよかったね。」の一言で水に

流すはずなのだ。好きだからこそつれない様子。

不器用なんだなとアッテンボローとポプランは思う。



コーネフはことさらテレサには必要以上のことは言わなかったし、相棒のポプランほど恋愛の表現が

顕著ではない。

ただフェミニストのコーネフにしてはテレサにだけはそっけない。

古くからコーネフを知るまわりからすると「わかりすぎるくらいわかりすぎた稚拙で屈折した

恋愛表現」であった。



「機が熟せばなんとやら。周りは温かい目で見てやろう。」

アッテンボローは夫に耳打ちした。



イワン・コーネフ中佐は感情をひとにさらける人物でもなければ思うことをそのまま軽々しくは

いわない。一方テレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉にしろ帝国の貴族の娘でしつけの厳しい

家庭に育ち、貧しくとも品格を備えた女性である。付け入る隙など見せないのが本来の淑女の

たしなみとでもいうように凛としている。二人の間が沈痛な空気であっても仕事上のことは忌憚なく

コーネフ中佐に相談したり伺いを立てている。その受け答えは事務的でもコーネフは的確に

行なっていいるので軍務上大きな問題は現在ない。



どんな恋も育つ過程(ステップ)が存在するのだろうとポプランはいう。

「人それぞれの個性があるように恋愛も千差万別だ。まあ邪魔せず見守ってやることが僚友として

最善、だろ。ダスティ。」

アッテンボローの頬にキスをしてポプランは煌めく緑の美しい眸で彼女にウィンクをした。

「うん。さすが私のかわいいだんな様は恋の達人。友達として二人を見守るのもまた

一興だと思わないか。私はあの二人にロマンスが生まれることを期待してるんだ。いささか

悪趣味なおせっかいだろうか。」

いいやとポプランはアッテンボローの腰を引き寄せていう。



「恋のきっかけには大なり小なり悪趣味でおせっかいな観客が必要な場合もある。コーネフには

借りがあるから俺としてもあの二人を見守りたい。・・・・・・もっとも。」

俺たち以上の絆で結ばれる二人はいないだろうと自信満々にアッテンボローの唇に

ひとが見ていようが見ていなかろうがやさしく甘い唇を重ねた。


fin


by りょう




すみません。随分加筆しました。別の話を新たに今日更新します。

つか、すごい誤字だったので自分がびっくりしました。ごめんなさい。


LadyAdmiral