星がみちる宙(そら)で・2
ダスティ・アッテンボロー・ポプラン中将とオリビエ・ポプラン中佐は翌日廃棄物処理課に顔を出した。 要するにここはあらゆる不価値な物が集まり処理する施設で重要ではあるがこの時代、無人で 廃棄処理がすすんでいるので「事務」の人間など不要である。 いわば閑職といってもいい。 かの美少女は机に向かってきれいな姿勢ですわりファイルの整理をしていた。 そこの上官に一言アッテンボローはいい、女性提督はカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長と はじめて出会った。ポプランの髪の色と似てやや赤みがある巻き毛。青紫色の眸が15の年の 割りに大人びて見える。 アッテンボローの姿を見るとクロイツェル伍長はさっと立ち上がりきれいな敬礼をした。小鹿を 思わせるようなしなやかな体つきをしている。 「はじめまして。クロイツェル伍長。今日はあなたと話がしたくてここにきた。こちらはポプラン中佐。 彼のことはあまり気にしなくていい。私の護衛でここにいるだけだから。30分ほど休憩室で珈琲でも 飲みながら話を聞かせてほしいのだが。君の上官には許可を得ている。 」 15歳の少女は不思議そうな表情をした。 「閣下に私、いえ小官が何をお話すればよいのでしょうか。」 たしかにダヤン・ハーンのNO.2が護衛を連れて自分に会いに来たのであるから彼女が不審に 思うのは仕方がない。いささか硬質な声に聞こえる。 「堅い話じゃないよ。ちょっとした面談だ。今うちの集団には女性士官が極端に少ないから一応 女性同士のネットワークを用意しておきたくてね。ポプラン中佐は私の正式な護衛ではなくて・・・・・・ ともかくここでは私の行くところたいていは彼が来るだけで。・・・・・・いやかな。」 アッテンボローは困った微笑をクロイツェル伍長に向けた。少女はアッテンボローの笑顔に少し 安堵したのかそれとも地位の高い人間からの命令だからか面談を受け入れた。 近くの休憩室でアッテンボローは珈琲を三つ入れてクロイツェル伍長にひとつ渡した。 「すみません。閣下。小官が気がつかないせいで・・・・・・。」と少女は言う。 「気にしないでくれ。君は席に座ってくれていいよ。ポプラン中佐。珈琲だよ。」と随行している夫 にも入れてやる。「サンキュ。ダーリン・ダスティ。」手渡すと頬にキスされた。 「・・・・・・。」アッテンボローはまあいいかと思い席に着いた。 ポプランだけが入り口のほうを見てたっている。 「面談というのはね。」アッテンボローは彼女にも珈琲をすすめて自分も口にする。 先刻のとおり女性士官が極端に少ないため起こりうる犯罪を未然に防ぐために独身単身で 基地にいる9人の女性士官がなにのゆえがあってここにいるのかを女性提督は調査 しているという。 「男女比が著しく偏ると性犯罪の危険は否めないからね。それを憂慮している。君は15歳。 未成年で本来は親の監督下にあるはずの少女だ。それが単身でダヤン・ハーンに来たいきさつを 教えてくれればありがたい。いいたくないところはいわなくていい。もとはヤン艦隊戦艦の砲撃を 担当していたとデータにはある。随分若くして士官になったんだね。ご両親はここに君が いることは賛成なのかな。」 アッテンボローの口調は穏やかなものでクロイツェル伍長は相変らず体を固くしているものの 先ほど感じた硬質な印象はすこしだけ薄らいだ。 ほんの少しだけ。 「小官には父はいません。母はバーミリオン会戦前になくなりました。病気で。」 父、という言葉に憎しみに似た響きを聞き取ったアッテンボローはそれには触れず母親のことを聞く。 「ついこの間だね。お気の毒なことだ・・・・・・。ほかに身寄りはないのだね。」 「はい。・・・・・・母は私を働きながら育てましたが体を悪くしたので小官が軍人になって それで二人糊口をしのいできました。志願したのは14歳のときです。」 そうかとアッテンボローはいう。 それならば15歳で一人このアウトロー集団に身をおくのは仕方がないことであるなと思う。 やや剣呑に聞こえる口調もこれだけ若いうちに一人で生きていかねばならないものの虚勢 であろう。強がらなければ少女一人、生きてはいけない。 「いまはまだ基地内の秩序も整っているし先ほど述べたような犯罪も起こらないと思うけれど 遠からず君にも護衛をつけることになる。この閉ざされた空間では兵士のモラルが下がれば 何が起こるかわからない。階級に関わらず独身女性には今後そういう体制をとるつもりだ。 事件が起こってしまう前にできるだけ悪い要因はつんでおきたいからね。そのあたりを 了解願いたいな。」 女性提督の物言いは柔らかでクロイツェル伍長も不承不承頷いた。 護衛というのは響きがいかめしいのであろう。 「さしあたり何か困ることや不平があれば私に言いなさい。女性士官への男たちの扱いの 洗礼はわたしも受けてきているから気持ちはわかるかもしれない。それと女性一人で相談する 相手がいなければ階級にこだわらずいってきてくれるとうれしい。ちょっと年が離れていて いいにくいかな。階級を無視しろといっても下士官からはいそうしますというわけにも いかぬものな。」 またも困った微笑をするアッテンボローを見てクロイツェル伍長は言葉を選びつついった。 「困ることはとりあえずはありません。・・・・・・」 廃棄処理なんぞ。 「廃棄処理なんぞオートシステム化して無人にすべきだと思ってやしないかな。もとは砲撃手 だったのに閑職に回されて不愉快だろう。クロイツェル伍長。」 言い出したのはポプラン中佐である。 少女は戸惑い驚いてポプランを見た。 「大体どの基地や船にしても廃棄処理に人を使うことなどしないものな。上官に口答えでも してはずされたのか。」 ポプランの質問にクロイツェル伍長は黙った。 少女には少女の節度や矜持があるようすである。 「今の職場に関して君はどう思っている。クロイツェル伍長。ポプラン中佐の言うことは口調は 乱暴だが私も考えは似ている。どうせならば女性の多い職場に配置を換えたほうがいいなら そう考えるけれど。廃棄処理は無人化を進める考えを私は持っているんだ。」 15歳の少女は黙り込んでしまった。なかなか自分から「上官にいびられました。」など いえぬものである。 「では小官の仕事は何に変わるのでしょうか。」彼女はやっと言葉を口にした。少女が一人 生きていくには仕事が必要である。 「お前さん、姿勢がいいな。話が終わったら連れて行きたいところがあるんだけど。ダーリンの お許しがでればな。」 ポプランはいう。 だめと言っても聞かないだろとアッテンボローは微笑む。 「何か考えがあるようだね。中佐。いいよ。クロイツェル伍長の上官には私から話を通す。話は 一応は済んだし・・・・・・クロイツェル伍長、今後の職に関しては少し私に預けてくれないか。 それと今日の給料は出す。司令部から持ちかけた面会だからね。」 本当に任せていいんだねとアッテンボローはポプランに尋ねた。 「任されてください。俺の提督。」と彼のきれいな敬礼を見てアッテンボローは夫に任せることにした。 三人は部屋を出てポプランは15歳の美少女の二の腕をつかんでアッテンボローに耳元で ささやいた。「そっちの話が済んだら空戦隊の訓練室に来てみなよ。」 ポプランはクロイツェル伍長の腕を放して「さ、いこうか。伍長。あのきれいで有能なうちのワイフが あとはうまく細工してくれる。安心してついて来い。」と歩き出した。 過去レディ・キラーであった彼であるが15歳の少女に悪さはしないだろうとアッテンボローは カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長の上官に彼女の評価を尋ねた。 「常にこちらを威嚇している猫」という答えが返ってきた。 「子供相手に悪くは言いたくないですが。気性が激しくて反抗の精神が旺盛なんです。親が いないからしつけされていないのか。とにかく上官であろうが年長者であろうがまず素直では ないです。」 えらく嫌われたものだとアッテンボローは思う。 たかだか15の小娘に肝要になれない大人が悪いなと思いいった。 「今日よりクロイツェル伍長の身柄は私が引き受ける。しかるべき部署に配置する。 そして廃棄処理はこの数日中にプログラムを組み無人化にする。よって貴官も所属をかえる。 おって指示を出すゆえにこの部署のデータをすべて司令部にあげてくれ。」 廃棄処理システムは十分他の基地や戦艦では稼動しているので無人化にすることは容易である。 もっと有益なところに人間を配置する必要があった。 それを通告したあとさっきポプランが言ったように空戦隊の訓練室に彼女は足を向けた。 訓練室ではシュミレーターマシンにポプランが少女を連れ込んだとコーネフが危険極まりない 言葉を吐いた。 「ポプランと似た髪の色の巻き毛の美人じゃなかったか。」 アッテンボローがそういうと 「ええ。その通りですけど、なんなんでしょう。パイロットスーツ着せて入ったきりでてきません。 ご心配じゃないですか。」肩をすくめるコーネフに「多分心配ないだろ。」と女性提督は返事をした。 おやおやとあきれるイワン・コーネフである。 「オリビエの娘なんだ。」 アッテンボローはジョークでいったがコーネフは一瞬本当だろうかと思い背筋が寒くなる。 「ジョークだよ。12で仕込んでたらはなしは別だけどね。でも兄妹みたいだったろ。あの二人。」 女性提督は薄い笑みを浮かべて言う。 「まだ子供じゃないですか。シュミレーションマシンで吐くやつもいるんですよ。中の少女が心配です。」 「あいつは無理強いはしないよ。女の子には。どのくらい経ったんだ。」彼女は途中でいろいろと 用事を済ませたからかれこれ30分ほどだと思うけれどとコーネフにいうとそのくらいですねと 答えた。 マシンのドアが開いて中からパイロットスーツ姿のポプランが出てきてすぐさまヘルメットを脱いだ。 続いて向かい側からクロイツェル伍長が降りてきてヘルメットをはずすと豊かな巻き毛が肩に 広がり美しい様を見せた。 「14歳のときのユリアンと同じだ。9回死んだだけだ。20回は落としてやるつもりが。たいしたもんだ。 伍長はいまの同盟の若き英雄に近い反射神経してやがる。ダーリン・ダスティ、 カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長は第一飛行隊にほしい。第二のオリビエ・ポプランには なれないが、第二のイワン・コーネフにはなるだろう。十分使える。」 アッテンボローの腰を引き寄せると唇を重ねた。 「了解してくれる。ダーリン・ダスティ。」唇を解放されアッテンボローは言う。 「・・・・・・彼女大丈夫なのか。」 「ああ。ユリアン・ミンツに引けをとらないぜ。いいかんしてる。姿勢のよさと歩き方でちょっとばかり 目をつけたんだがたいした掘り出し物だ。」ポプランはまたキスしようとするのでアッテンボローは それをゆびでとめた。 「クロイツェル伍長はお前に任そう。くれぐれも大切に扱うんだぞ。」 女性提督の一言でポプランは大喜びをして彼女のゆびなどものとせず熱いキスを落とした。 そしてカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長、と割合に響く声で名前を呼ぶと少女は はいと敬礼をした。 「今日から第一飛行隊に入隊を命ずる。・・・・・・同盟史上最多撃墜女王のリー・アイファン中佐を 狙え。期待してるぜ。」 はい、と少女は先ほどより生気溢れる眸の輝きを得てみずみずしいばかりである。 「女性パイロットか。おれはコーネフ中佐だ。クロイツェル伍長。多分君の面倒はおれも見ると思う。 ポプランはときどき仕事場から消えるからね。その間はうちの第二飛行隊と訓練すればいいだろう。」 とある意味今後を予見して少女と握手をした。 少女はアッテンボローを見た。 「提督。・・・・・・いろいろとありがとうございました。私、ここで何かできるかもしれません。 提督のおかげです。がんばります。」 クロイツェル伍長はアッテンボローに敬礼をした。 やはりひとにはそれぞれの何かしらの本分というものもあるのだろうとアッテンボローは思った。 さっきまで鬱屈な表情すらうかがえた少女がすっかり元気になっている。 ポプランは変わった男だ。子供の天分を見て取る能力があるのかなと女性提督は微笑んだ。 「・・・・・・まあ。ポプラン中佐はこんなひとだけどそれほど悪い男じゃないから。いたずらされたら 私に言いなさい。妻としてお灸をすえてあげるから。カーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長。」 ときれいな敬礼をした。 俺は子供には手を出さないといっているだろうにとポプランはアッテンボローの肩を抱く。 その様子を見てコーネフは苦笑しカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長はつい、少しばかりの 笑みをこぼした。 笑ったほうがいい顔してるなとポプランはいう。 これから先・・・・・・長い友誼を温めることとなるカーテローゼ・フォン・クロイツェルと「不正規軍」の メンバーたちとの最初の接触であった。 まだまだカーテローゼは自分の愛称を彼らにいえなかった。彼女の心はかたくなだったしなかなか うちとけたがろうとはしない。大人に甘えるのが嫌いなんだろうかとアッテンボローは考える。 でもこういう少女を相手にさせると俄然ポプランは巧妙で。こういういい方をすると怪しいがようは彼は 子供相手が得意なのである。 少女が一番初めにうちとけたのはオリビエ・ポプランだった。アッテンボローが嫌いなようではないが 階級が違いすぎて少女が臆することがあった。 後日訓練中ポプランが名前が長いな、愛称とかないのかと聞いてようやく彼女はほんの数人が 「カリン」とよんでいることを告白した。 「カリンか。いい名前じゃないか。これからはそう呼ぶことにするぜ。カリン。」 カリンはポプランにはそう呼ばれても不快ではなかった。 いやな上官はたくさんいたがこれほど明るく陽気な上官はいなかった。やや明るすぎて 大丈夫かとカリンは思うけれど多分あの女性提督が結婚した相手だから頼りになる人なの であろうと推察した。 カリンが上官に好感をもてたひとつに、ポプランはいままで3桁の女性と交際をして「レディキラー」と 呼ばれていたがいま二年半もの間アッテンボローとだけの親密な交際の末結婚にいたっていると いうこと。 男はそうあるべきよねと少女は思うのである。 広報で顔写真は見たことがあるカリンの遺伝子上の父親とは大違いだと思う。 その父親と再会をするにはまだ時間がかかる。 運命でもなくむしろ浪漫のかけらもない出会いを少女は父親と果たす。 これは後の話として。 アッテンボローの調査によるとクロイツェル伍長を除いた8名の女性たちはうち6名が同盟軍 兵士と恋仲であったことがしれる。他の2名は「帝国に睥睨する祖国を見たくない。」という高邁な 思想の持ち主が1名。彼女は衛生兵であった。もう1名は面白そうだからという理由で 特に主張はなかった。 恋人が軍人という女性には先々の護衛は必要なさそうだと判じて護衛をつけるとしたらこの三人かと 彼女はベッドで手帳を見ながら印をつけた。 「ダーリン・ダスティは女のこのことになるとやけに騎士道精神が芽生えるな。なんといっても お前こそ守られるべき姫君なのに。」 とポプランは寝転んでいるアッテンボローに覆いかぶさった。女性提督はその細く見えるわりに鍛え 上げられた彼の体を笑いながらしっかり抱きとめてみた。 アッテンボローが思う心地よい重さ。 重ねられる唇も彼女の好きな感触。 「私のことは大丈夫だからいいの。基本女性には親切にしないとね。」 「なんでお前のことはいいの?ダーリン。」 ポプランの首に白い腕を回していう。 「私にはお前という最強の騎士がいるから。いつも私を守ってくれるのだろ。期待してるのに。」 アッテンボローは恋愛音痴であるがところどころでポプランのハートをクリティカル・ヒットする。 ・・・・・・そして今夜もポプランさんに食べられてしまうのでありました。 ポプランさんからアッテンボローを守る人は宇宙ひろしといえど、誰もいませんでしたとさ。 by りょう |