飛翔・3
5月5日。 バーミリオン会戦はヤン・ウェンリーの旗艦がラインハルト・フォン・ローエングラムの乗る「ブリュンヒルト」に 主砲の照準を合わせるところまでいたった。一度ラインハルトを追い込み、ミュラーの増援にたじろぎつつも ヤンは豪奢な金髪をした戦争の天才の生命を掌中に握っていた。 しかし首都星ハイネセンからの超光速通信(FTL)で彼は「全艦隊後退」を静かに副官のフレデリカに 指示をするように伝えた。 帝国宰相首席秘書官ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフはこのバーミリオン会戦におけるラインハルトの 不利を予測していた。戦場で彼を失えば平和に暮らす人民の生活が脅かされ時代は逆行する。 美貌の若きヒルデガルドは決心し「無条件停戦命令」をハイネセン本国の上層部に持ち出した。 応じなければ首都星への無差別攻撃をするとウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将とオスカー・ フォン・ロイエンタール上級大将に勧告させた。 帝国宰相首席秘書官一人の智謀で死闘と呼ばれる「バーミリオン会戦」は停戦を迎えた。 「なんでだ。あとすこしでやつの首を締め上げるとこまで来たのに。なぜここでさがらなけりゃなんないんだ。」 じつはそういいたかったのは「トリグラフ」で指揮をとる女性提督だった。隣で亭主のポプラン中佐が 自分のベレーを床に叩きつけ憤慨している。・・・・・・憤慨したいのは私だとアッテンボローは思うが 先にいつもポプランがわめくのでどうも時を逃す。しかしどうなったんだろうと女性提督はわからない。 「ヒューベリオン」に幕僚が集められた。 メルカッツ提督の副官、ベルンハルト・フォン・シュナイダー中佐は自分の上官の身を守るべく 幕僚会議のさなか上官を人質とする旨を断固拒否した。 勿論ヤンはウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ元帥には同盟政府のたくらみが及ばぬように 船をおりてもらうという。しかも艦隊を割いて「自由惑星同盟軍の濃いエッセンス」を預け ダヤン・ハーン基地に隠れてもらうことを提案した。 また再戦のときが来る。みなこれを悟った。 「その話乗った。」と一番乗りをあげたのはオリビエ・ポプラン中佐である。自主独立の気風のない祖国へ 還るよりも新たなる飛翔を彼は望んだ。 「それからヤン司令官、うちのワイフを連れて行きます。随分長く貸していましたがもう返してもらっても よいころあいでしょう。ワイフがなんといおうと連れて行きますよ。」 ヤンはそのポプランの言葉にうんと頷いた。「トリグラフは政府に返すよ。新型戦艦だし・・・・・・返しても 解体は否めないけれどトリグラフの乗員がいる。彼らを祖国に帰すために・・・・・・アッテンボローは 伝令シャトル移動中に行方不明ってことにしようか。中佐が行方不明になって自殺。どっちがいい? アッテンボロー。」 急に矛先を向けられた女性提督は「どっちでも言い訳のしやすいほうでいいです。」と答えた。 そしてポプランの顔を見て赤面した。 そのあと、リンツ、コーネフ、ラオが幕僚ではメツカッツ提督についていくことを決めた。 ぐずぐずしていられない。みなアクションを起こした。 アッテンボローは会議の後ヤンが出てこないからキャゼルヌにいう。 「本当は戦争責任をとるためにも私はハイネセンへ帰るべきでしょうが、彼が行くというところへは 私はいこうと決めたんです。先輩たちに迷惑ばかりかけます。遺族年金などは受け取り拒否に してくださいね。受け取ったら詐欺だ。」 「うん。わかった。お前の選択はそれでいい。女房はおおむね亭主が行くところについていくものだ。 ・・・・・・ヤンとミス・グリーンヒルは婚約したそうだ。しばらくはあっちでみな平和に暮らす。元気でな。 アッテンボロー。それとばか亭主。こいつをよろしくな。」とアッテンボローをポプランに押し返した。 「もちろんです。だんなもお達者で。」 全くばか者がとキャゼルヌはポプランと握手をして別れた。ポプランはアッテンボローの手を引っ張って またもラオとともに伝令シャトルに飛び乗り荷物をまとめた。 どうせもっていけるものは知れているとアッテンボローは判断して机にフレデリカ宛にメモを残した。 余計な手間だろうけれどこの荷物はハイネセンの実家に「遺品」としておくってくれと書き残した。 トランクに荷物を詰め終わるとポプランにぎゅっと抱き締められた。 「ありがとうな。ついていくっていってくれて。」 腕の中でアッテンボローはマダム・キャゼルヌの言葉を思い出した。 「世の亭主というものは、ときどき馬鹿なことを言ったりしでかしたりするけれど、黙ってついていくと まずまず機嫌よくことが進むものですよ。」 まさしくその通りであろう。ポプランがいくところには黙ってついていこうと彼女は決めたのだし 後のことは考えまい。時間が許せばポプランに言いいたいことはあったけれどゆっくりはして いられない。「うん。絶対ついていくからね。」とささやいて短いキスを交わし。 廊下でラオを見つけて三人はまた伝令シャトルで今度は指示を受けて「シヴァ」に搭乗した。 「ラオ大佐はどうしてくっついてくるんですか。」とポプランが質問すると 「私が死んだことになるとすべての貯蓄が二人の娘名義に変わるから安心なんだよ。嫁入り支度まで 整えられなかったのは悔やまれるけれど同盟軍にいてもどうせ稼げないだろ。ハイネセンに戻るのも 私も中佐の意見と同じ。自尊心のない国家など好きじゃない。」 それにアッテンボロー提督に惚れ直したからお供すると楽しそうに言った。 「うちのワイフに手出しすんじゃないぞ。階級なんか関係なく許さん。」とポプランがいうと 「女性としてではなくて、上官として尊敬に値するひとだと思ったから来たんだ。どうせ また戦争をするなら提督の参謀でありたいと思う。豪胆な方だ。中佐が行方不明になっても 指揮を乱さず分艦隊をいつもどおり束ねていた。敬服した。」 それでも女房に手出しするなとポプランはわめきラオは職場恋愛で二度破綻したから そんなつもりは毛頭ないと言ってのける。 ・・・・・・アッテンボローはまあいっかと思い放置しておいた。 あわただしい出発で結局彼女はヤンとフレデリカにおめでとうを言うこともなくヤン艦隊を離れた。 夫のポプラン中佐とともに。 データ上「シャーウッドの森計画」に参加した将兵1万1820名は死者扱いとなる。 宇宙歴799年。 ヤン艦隊のうち60隻の船をポリスーン星域で中破し放置されていたダヤン・ハーン基地にメルカッツ提督が 率いて向かっている。 その間、航路女性提督は一つの部屋をポプラン中佐とともに与えられた。シヴァではメルカッツ提督が 指揮をとっている。疲れているのではとアッテンボローはいい交代しましょうかと尋ねると大丈夫だと 老提督は言う。 「私はバーミリオンではヤン提督の指揮を見ていただけです。60隻の船を率いるくらいは任せて いただこう。あなたこそ不眠で指揮に当たったと聞くからおやすみなさい。」 温和なメルカッツに諭されアッテンボローはおとなしく自室で休息をとることにした。 ・・・・・・浴室の湯の出を確かめる。なんとか使えるようだしシャワーを浴びたいとアッテンボローは思う。 けれど絶対に背後から抱きついてくるのはポプラン・・・・・・。 「だめ。風呂が先。そして一人ではいりたい。狭いから。この船室。」 「うん。風呂が先な。二人ではいろ。狭くていい。んで寝よう。二人で。」 ということでバスタブに湯がはられていつもこうなるんだよなとアッテンボローは考えつつも背中をポプランに 向けて浴槽で思う。「背中向けてはいるなんてかわいくないぞ。ダーリン・ダスティ。」といわれても バス入浴剤もないのに正面切ってはいるほど彼女は・・・・・・ある意味成熟していない。 膝を抱え込んで湯の温かさにまどろみかけると背中からポプランが抱き締めた。 「・・・・・・あのさ。」 アッテンボローは呟いた。なにとポプランが耳元でささやく。 「漂流したんでしょ。宇宙の中。三時間・・・・・・こわくなかったのか。」 抱き締めている腕の先のゆびをアッテンボローは触れる。彼の指のリングをいじる。 んー。恐くはなかったな。とポプランは彼女の背中にキスを落としていう。「恐いというより さてどうやって隠れようかとか、メカニックのくそとかそういうことは思ったけど。おれは 正直あんまり恐いとかそういうのないんだな。頭のねじがぶっ飛んでるところがある。 でも一番恐いのは・・・・・・。」 なに?とアッテンボローは首だけちょっと振り向いてみる。 「おれはお前がいなくなったらとか、俺から去っていくとか・・・・・・そういうのだけが恐い。」 とポプランは唇を重ねた。 「・・・・・・へんなの。私がお前から離れるなんて・・・・・・ないだろ。ちゃんとついてきたよ。・・・・・・ 本当は多くの将兵を死なせたから本国に帰るのが筋なんだけれどね。でも・・・・・・お前が国を捨てるなら それについていくよ。そんな変な心配、しないで・・・・・・。」 アッテンボローはポプランの唇に触れた。「お前はおれが行方不明だったときどうしてた。」 と聞くから。 「いつもどおり指揮してた。」 と笑うとポプランがこれだよとあきれてため息をつく。 ・・・・・・ほんとは「泣きたかった。でもまだ行方不明だし・・・・・・私を一人にしないとどこかで ・・・・・・信じてた。泣きたかったけど・・・・・・お前がいなかったからなけなかった・・・・・・。お前以外の 男の前で泣いたらお前が嫌がると思うと泣きたくても泣けなくて・・・・・・。」 とポプランの腕に顔を伏せて「・・・・・・無事でよかった。」と涙声で呟いた。 ごめんなとポプランは彼女を抱き締めて言った。「心配かけてごめんな。」アッテンボローを 背中から抱き締めて・・・・・・。 はじめてあのときの不安がいま涙になったアッテンボローであった。 風呂にも入ったしかなり長い時間アッテンボローは分艦隊の指揮を寝ないでとっていたため 「眠い。」といってベッドに入るとすやすやと眠りの世界にはいってしまった。 ・・・・・・いかにポプラン中佐が飢えた狼といえど赤頭巾ちゃんがこのように無防備に彼の腕を枕に すうすうと、規律正しい寝息を立てると彼女の伸びてきた前髪を掬って頭を撫でる。 のびすぎたから切ってやらないとなとくすりと微笑んだ。 ポプランなりにわずかな躊躇があった。 同盟政府には未練はない。後日必ず政府はヤン・ウェンリーを敵とする。 ともかく失った部下たちはこんな情けない祖国を守るために若くして逝ったのかと思うとハイネセンへ 戻りたいとは思っていなかった。どういう暮らしでもいいから別の土地で暮らそうかと思っていた。 できればアッテンボローをつれて。そこに今回の話がでてきたから彼は乗ったのだ。 でも彼女には率いる分艦隊がある。そして待っている家族もいる。彼女を国へ帰すべきか。 だがいつかアッテンボローは言った。 「遠慮したり逡巡したりしないで。一人にしないでね。」 だから彼は戸惑いを捨てた。絶対どこへでも連れて行こうと決めたのだ。そしてげんに彼女はだまって ポプランについてきて今腕を枕に安心して眠っている。もしアッテンボローをおいて一人になったとしたら ポプランは到底耐えられない。 彼の新たなる飛翔には常に彼女が必要なのだ。 自分以外の人間の前で泣くこともできぬかわいい女を手放せない。 宇宙で放浪した3時間。 あの経験よりどの経験よりも彼にとっては、自分からアッテンボローがいなくなってしまうことのほうが恐いと いった言葉は真実なのである。 アッテンボローの肌のあたたかさも体の快い重みも、笑顔も泣き顔も、ふくれっつらも。にくにくしい 物言いやすねた言葉、かわいい言葉も。 オリビエ・ポプランはかけらでも失いたくない。きっと彼女も似たようなことを考えていると思う。 多分。 あどけなく眠る彼女に唇を落として彼も睡魔が誘うまままぶたを落として眠りについた。 アッテンボローを大事に抱いたまま、二人はしばしの眠りに落ちた。 by りょう 星系まで大体どのくらいのスピードで移動できるのかしらと思いつつ。 この話が書きたかったんです。本当はもっと甘く。一応表だから甘さ控えめにしました。 もっと甘いものがいいという方はこっそり教えてください。笑 もっとまじめにしなさいと言う意見は・・・・・・無理ですすみません。 |