飛翔・4



ダヤン・ハーンまでの航路、女性提督は船室から夫と出てきて艦橋のウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

提督の体を気遣った。副官のシュナイダー中佐はメルカッツ提督は随時休憩を入れて、ポリスーン星系を

目指しているようだから心配は不要だという。



「アッテンボロー提督は心遣いのできるお方だが案ずることなく私に一任願いたい。」

アッテンボローは自分の父親ほどの男に諭され頭をかいた。「心遣いといえるほどのものではありません。

提督、基地まであとどのくらいでしょう。」

それには副官が返答をした。

「72時間以内にポリスーン星系にはいります。現在追尾する船籍はありません。その基地のデータは

ヤン司令官閣下からいただいています。兵士の居住区は問題なく使えるのですが砲塔を20基破壊されて

います。まあダヤン・ハーンを拠点として戦闘を行なうわけではないですからよいところがあったものです。」

たしかにそれは具合がいいなとアッテンボローは思う。



メルカッツ提督はこのメンバーの中ではもっとも階級が高い。元帥である。アッテンボローは元帥閣下に

すべてをゆだねようと決め士官ルーム(ガン・ルーム)におりた。ポプランはその後ろをついていく。

シュナイダーは笑いがこらえきれず二人が去ったあとに口角を上げた。ポプランが分艦隊主席参謀以上に

アッテンボローからはなれない様子がすこし愉快であった。



ガン・ルームではなかなか船室から出てこなかったポプランとアッテンボローに口笛の冷やかしが

はいった。「とんだ新婚旅行だな。ポプラン。」とカスパー・リンツ大佐が早速からかった。

「いいとこがあれば改めて新婚旅行にでも行きましょ。小生は彼女とさえ一緒であれば至極幸せです。

邪魔しないでくださいね。二人で愉しんでいるんですから。」とアッテンボローの腰を抱き寄せた。

「ポプランをからかったところで面白くないですよ。リンツ大佐。こいつは幕僚会議のお歴々の前で

アッテンボロー提督を自分の妻だと言い切る男です。・・・・・・提督は何か召し上がりましたか。といっても

たいそううまいものは戦艦ゆえにありませんが。」

イワン・コーネフ中佐はアッテンボローに気遣っていった。

「うん。途中ポプランが持ってきてくれた。部屋で食べたよ。大丈夫。私はそもそもが船の上の人間だから

そう気を回さなくていいよ。ありがとう。コーネフ。」彼女は微笑んで礼をいった。



二人は席に着いた。

「あと三日ほどで星系にはいるようだ。メルカッツ提督のことは重々お疲れが出ぬように気を配って

差し上げるんだよ。ラオ。私もさっきブリッジに交代を申し出たら断られたけどね。」

アッテンボローがいうとラオ大佐はアッテンボローに熱い珈琲を用意して出した。

「ええ。私もお声をかけているのですがシュナイダー中佐もついているので大丈夫だと。」

「あ。なんでダーリンだけ珈琲のサービスがあるんですか。ラオ大佐。」

ポプランは唇を尖らせていう。

「きまっているだろう。私の閣下はお前さんの奥方なのだ。お前さんは飲みたければあちらにサーバがおいて

あるから取りに行け。私はアッテンボロー中将の部下だからね。」とひとのよい笑顔を浮かべてラオはいった。

ちえとポプランがたとうとしたのをアッテンボローがとめて。



「ブラックでいいんだろ。」とすぐ用意してポプランに差し出した。

「さすが。ダーリン・ダスティ。やさしい。」

私はお前の妻だからねとアッテンボローは何事もなかったかのようにラオが入れてくれた珈琲を口にした。



「それにしてもポプランの身勝手に提督はあっさりとついていらっしゃって。世の奥方の鑑ですね。

横暴で身勝手な夫を持つと苦労するものです。」

コーネフはクロスワードの答えを考えつついった。



横暴で身勝手といわれてポプランはコーネフをにらんだが彼は意に介さない。



「ハイネセンは自由、自主、自尊、自律の国であったはずだ。それが実際は帝国の植民地じゃないか。

そんなところへ帰れるか。この話が出なくてもおれはワイフとどこかへ落ち延びようと思ってた。

俺が行くところワイフは必ず来る。そして彼女のいくところおれも行く。それが俺たちの絆だ。」

恥ずかしいことを堂々とといえるのが若さなのかなと聞いててアッテンボローはすこし赤面した。



「コーネフはどうしてこっちにきたんだ。ハイネセンにはご家族がいるだろう。」

不意にアッテンボローは思い出して口にした。

「そりゃあこの船にはコーネフの好きな帝国美人が一人乗っているからな。こいつがいかに灰色でも

恋をすれば美人のそばにいたいだろう。」ポプランは浮かれた口笛を吹きつついう。

ほうとリンツとラオが顔を見合わせた。「うちにいる帝国美人といえばメルカッツ提督の部下に一人しか

いないよな。」とリンツは愉快気に呟いた。

「若い恋愛はいいもんだ。そうか。」とラオまで言い出す。

渦中のコーネフは恐ろしく「無表情かつ無頓着」でパズルの本から顔を上げない。



静かな時間がみなの間に流れる。

「アッテンボロー提督だって家族がハイネセンにおいででしょう。悲しみますよ。ご両親。」

沈黙を破ったのはとうのコーネフであった。しかも話題を巧みに変えている。

「そうだね。うちは騒がしくなるだろうな。・・・・・・でもこれでも私は職業軍人だし前線にいたことも

親は承知している。・・・・・・どうせ行方不明ってだけだったらうちの親は私が死んだとは信じないだろう。

アッテンボロー家は明るい家庭だから。度し難いくらいにね。」

女性提督はイワン・コーネフ中佐とテレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉との間に恋が芽生えているなら

いまはそっとしておきたいなと思ったので速やかに話題を転換した。



「ヤン司令官とフレデリカ・グリーンヒルが婚約したんだって。ハイネセンに無事に帰れたら二人は

結婚式だ。フレデリカ、きれいだろうなあ。式に出たかった。それが心残り。」

ラオはいう。「閣下もきれいな花嫁でしたよ。そういえばせっかくのあれだけの結婚式の記念アルバム

などどうされました。お持ちになりましたか。」

いいやとアッテンボローはいった。「フレデリカに遺品扱いでうちの実家に送ってくれとメモを置いてきた。」

おやまあ、もったいないですねえとコーネフもリンツも言う。



おれはもってるもんとポプランは小さなディスクを取り出した。「これに全部入れておいた。うちのワイフの

花嫁姿とか。映像、画像全部。宝物なんだよな。」

それを見て女性提督はいいなといった。



「私だって圧力鍋、持ってきたかったな。あれすごく大事にしてたんだ。私の宝物だったけど

食料がないだろうと思うともってこれなくて。小さくまとめられたらもってきたんだけど。はあ。」

とため息をついた。

麗しくもあり明晰なる女性提督がまた「鍋」に思いをはせた。

周囲の男供はその風情になにかしらの「無常」を感じずにいられなかった・・・・・・。



ダスティ・アッテンボロー・ポプランは家事が趣味である。







みなはポプランのほうが勝手気ままな無頼人でそれにアッテンボローが振り回されているように思っている

ようであるが、アッテンボローにすれば彼女の夫は彼女にはとても甘くてやさしい。



さっき二人で船室で抱き合って眠ったときもアッテンボローは「戦争犯罪者」という意識に苛まれた。

おおきな罪を捨てて好きな男についてきた自分本位の卑怯さを自覚していた。

ポプランはそんな彼女に言う。



「罪の重さを考えれば俺もお前と同じだ。俺だって自由に生きる道を選んだ。お前を道連れに。

だからお前に罪があるなら俺にも同じ罪がある。・・・・・・どこへでも一緒に行くといったのだから

二人が地獄へ行くことになっても一緒なんだ。何も不安に思うこともない。・・・・・・どこへでも一緒に

いくから。」



彼女は思う。

これだけ自分の心の糸に触れるひとはいないであろうと。指を絡めてまどろむ彼を何よりも大事にそして

甘え、頼りにしていることに気づく。交際するまでは多くの戸惑いや不安ばかりが先に立って素直に彼の

手を取れなかったけれど。



オリビエ・ポプランはアッテンボローをいつも守ってきてくれた。そしてそれはこれからも変わらないと

彼女は確信している。この男は、オリビエ・ポプランはアッテンボローとどこまでも一緒に生きていく男だと。

だから迷わないでついてきた。これからもそうして生きていくであろう。

アッテンボローは隣で珈琲にウィスキーをたしてみなと談笑しているポプランの左手をそっと握った。

彼はアッテンボローのほうを見てほほえんだ。

そして強くしっかりとアッテンボローの右手を握った。



新しい飛翔。先には何があるのかまだ見えない。一時的に講和状態になったとしても同盟政府が

ヤン・ウェンリーをどう扱うのか、それとも帝国がどう出るのか全くアッテンボローにはわからない。

この「シャーウッドの森」。どう重要になるのか・・・・・・できればあまりこの森が活用されることなく

いまここにいる仲間とこれからも、元気でそして友情をもって同じ時間を過ごせたらいいと

一人の女性としてアッテンボローは思った。



たぶん嵐は来る。

それはできれば遠くであってほしいと願うのが女性の性質であるしアッテンボローはその性質が普段

の生活においては顕著になる。



女性提督の頭脳では来るべき嵐に対応する手立てを考える怜悧さがあり、アッテンボローの感情は

いまこうしてつないだ手を離さないまま生きたいと願う気持ちがある。そんなアッテンボローの心情を

ポプランはちゃんと見ている。見ていないようでポプランはアッテンボローの心の動きをよく見ている。

握り締められた手から伝わる温度。



「・・・・・・どうでもいいけどみんながいるところでそうみせつけるな。みながお前のように花嫁をつれて

ピクニックに来てるんじゃないんだぞ。」とリンツが面白くなさげに言う。ポプランがしっかり

アッテンボローの手を握り締めているのをからかった。

「くやしかったら大佐も恋人の一人でも連れてくればよかったのに。」・・・・・・からかわれたくらいでは

オリビエ・ポプランがてれるわけがない。絡めた指にキスを落とす始末。



「リンツは男ぶりがいいのに恋人作らなかったのか。」とアッテンボローが尋ねた。

「小官はうちの先代ほどおさかんではないですよ。薔薇の騎士連隊とはよく言ったものでまわりは

野郎ばかりです。」

リンツが肩をそびやかしていうと恐い話だなとアッテンボローは呟いた。

「あの帝国の美人なんかどうです。リンツ大佐は帝国の亡命者であちらもそうです。案外気があうんじゃない

ですかね。あのテレサ・フォン・ビッターハウゼン中尉なんか。」

とポプランがいうと。



イワン・コーネフが本から顔を上げてちらりとポプランに冷たく厳しい視線を投げつけた。



・・・・・・案外独占欲が強いんだなとポプランは口元を緩めた。アッテンボローもラオも撃墜王殿はどちらも

結局女性に手が早いらしいとあきれて笑った。「心配するな。コーネフ。お前さんのお気に入りのフロイライン

には手を出すつもりはないから。」とリンツがいう。



さすがのコーネフも答えに窮した。



否定をしても肯定をしても隠せないのが恋心。コーネフは無言でまた言葉遊びに興じた。



終わりないたびの始まりはかくも穏やかに始まっていた。何も終わってなどいないことをその場にいる

みなは感じていたし、困難な状況がまた訪れることもしっている。けれど、酒を酌み交わして

笑いあい、冗談を飛ばして話し合うひとときがだからこそ大事だった。



そこへ件(くだん)のビッターハウゼン中尉がトレイを片手に訪れた。

メルカッツ提督に珈琲を持っていくという。「提督は元帥でいらっしゃるのに従卒の一人もつれないで

正当政府から離脱なさったので小官がお手伝いを及ばずながらしております。」

豪奢な金髪をした淡い緑の眸の若いフロイラインはアッテンボローとにこやかに話をしていた。

そして器用にトレイを片手に持ちつつみなに敬礼をしてブリッジに上がっていった。



「美しいお嬢さんだがまだまだコーネフ中佐の手の届かぬところにおいでのようだ。」とリンツは

ぼそっと呟いた。なあに。「なあに。これから時間はあるんだ。レディ・キラーのポプラン中佐だって

私を落とすのに苦労したんだからコーネフだってそれなりに苦い思いも経験しなくては。成就したときの

醍醐味が違うものね。そういうものだろう。」と女性提督はポプランににっこりと微笑んだ。



「そうそう。弱気で美女を獲得したためしはないというからな。」

と彼は言ってアッテンボローの頬にキスをした。

さも関心のない様子でコーネフは「勝手にほざけ。」といってまたパズルの迷路へ帰っていった。



動くシャーウッドの森の愛すべき「アウトロー」たちはそれぞれの思いをいだきつつ新たなる

住処を求めて宙を行く・・・・・・。歴史に「死闘」と評されたバーミリオン会戦は12日間という激しい戦いに

幕を閉じた。

一ヵ月後にあたる宇宙歴799年6月22日。ついに凱旋したラインハルト・フォン・ローエングラムは

皇帝となる。ゴールデンバウム王朝は完全にこの世から消えてなくなり、ローエングラム王朝が

始まろうとしていた。



「アウトロー」たちの飛翔も、始まったばかり・・・・・・。

バーミリオン会戦後の5月6日のことであった。



by りょう





結びって難しいですね。まだダヤン・ハーンにはついていないようですが。

さて次はどうなることやら。シュナイダーさんやメルカッツ提督は正当政府のときに元帥、中佐に

格上げになっているのでテレサも少尉から中尉に。ややこしいです。


LadyAdmiral