飛翔・2



29日の終わり。



突如として途切れ途切れの通信とそれに伴う音声が「トリグラフ」艦載機管制室にはいってきた.。

管制室は再三ブリッジから「NO.256ポプラン中佐艦載機」に関しての情報と機体確認を言われていた

のでその通信が「NO.256」機からであることを確認するとすぐに回線をブリッジにもつないだ。



そしてすっかり頭にきたオリビエ・ポプラン中佐のかなり元気な声をダスティ・アッテンボロー・ポプラン

提督は確認した.。



「くそ。メカニックのやろうども俺を殺す気か。「トリグラフ」聞こえるか。こちら256。こちら256。」



アッテンボローはその懐かしい声を2時間50分後に聞いた。

ただの2時間50分ではない。

生きているのか、いなほぼ死んだと思われていた2時間50分である。

宇宙での行方不明は「死」を意味する。



「ポプラン中佐なんだな。生きているんだな。被弾したのか。被害報告を述べよ。移動できぬなら工作艦を

出すぞ。」ラオは「地獄からよみがえった男」よろしくのポプランに叫ぶように尋ねた。

「いや何とか帰還できます。ハッチをあけるよう願います。・・・がっ、ぴっ・・・っと。また通信が・・ががっ・・・

やばい。ハ・・ッチあけろ!やばい。まじできれ・・・・・・。ごとん。」

それを聞いた女性提督は「256の位置確認をして必要なら工作艦へ収容しこっちに戻せ。」

と指示した。



管制室から無事艦載機256を「トリグラフ」に収容したと連絡が入りアッテンボローはラオの顔を見て

微笑んだ。「さすが中佐は閣下を遺して逝きませんでしたね。」

彼女は頷いた。「あれは執念深いからね。簡単には死なないよ。どうも通信に異常があったようだが

なぜそれならそれで戻ってこなかったんだろうな。動力にも何かあったのかもしれない。当人が

無事なのか医療班にチェックさせるよう指示してくれ。」

女性提督は主席参謀長に言った。



30分後にポプラン中佐は「トリグラフ」ブリッジに上がってきた。

アッテンボローは丁度ヤンから呼び出され伝令シャトルに乗る準備の途中であった。

日付が変わって30日。



「・・・・・・おかえり。」

アッテンボローはぎこちなく微笑んだ。あまり感情を振ってしまうと崩れそうになるので心を

落ち着かせてポプランの顔を見た。相変らず人をからかうような小ざかしい眸。緑に煌めき

まさに生きているものの証。口角だけ上げた皮肉めいた微笑みすらアッテンボローには懐かしく

そして・・・・・・大事であった。

「ただいま帰還しました。俺の提督。」ときれいな敬礼とそして温度のあるキス。

「・・・・・・どこも具合は悪くないのか。怪我してないのか。・・・・・・大丈夫か。」

夏の日差しにも似た赤めの金髪を撫でて女性提督はポプランを抱き締めた。

「未亡人になりそこなったな。・・・・・・俺は不死身なんだ。愛してるぜ。奥さん。どこもいかれてないぞ。」

これ以上彼の声を聞いているとアッテンボローは感情をせき止められないから体を離していう。

本当はもっと話したいこと、聞きたいことがあった。

けれど自分は「ヒューベリオン」に呼ばれてこれから作戦会議に出る。

女性提督としての矜持が頭をもたげた。



「・・・・・・側にいたいけれどいまはタイムアップだ。ちょっと「ヒューベリオン」にいってくる。」

ラオはそんな彼女をみかねていった。

「ヤン司令官も中佐の安否を気遣っておいででしたしシャトルに席があります。中佐を随行させて

搭乗なさいませ。」



指揮官としてはアッテンボローは立派だった。

ラオはその底力を今日垣間見た気がする。最愛の夫の行方不明にもかかわらず一糸乱れぬ

指揮を分艦隊でとり続けたその胆力は見事である。

けれど、見ていてあまりにつらいものがあった。いまのアッテンボローの表情・・・・・・泣きたいのを

こらえた表情を見ているとともに「ヒューベリオン」までシャトル移動くらいさせていいと思うのである。



「お急ぎください。閣下。中佐も同乗するだろう。」とラオの計らいにポプランはウィンク一つ。

「いこうぜ。奥さん。すべてが終わったら事情を話すしいまはまだまだおあずけだ。とりあえず

俺はどこも悪くない。大丈夫だから。」

といって彼女を見つめた。

アッテンボローはうんとまたぎこちなく頷いて伝令シャトルに乗船し「ヒューベリオン」に向かった。



アッテンボローはすぐブリッジに赴き、大佐もそれに習った。会議にはポプランは参加しないから

空戦隊の連中の待機ルームに足を運んだ。



「・・・・・・。」

イワン・コーネフ中佐はあきれたようにポプランの姿を確認した。



「くたばりぞこないめ。」と一言呟くとすぐわずかに微笑んだ。

そしてやけも起こさないで残しておいたコーンウィスキーの500ミリのボトルを「相棒」ともいえる

もうひとりの撃墜王に投げた。ポプランはそれを受け取って「おれのせいじゃねえの。」と

ぼやいた。

ポプランはボトルのままウィスキーを口に含んだ。



「で、どこをほっつき歩いていたんだ。お前さんは。3時間もひとりで宇宙をお散歩とは酔狂も

ここにきわまれりだな。」

何はともあれ僚友が無事行方不明から生還を果たしたのでこれでもコーネフは歓迎をしている

言葉である。

「まったく。まいったぜ。俺は敵に撃ち落されるよりメカニックにたたられる。」



以下はオリビエ・ポプラン中佐の話である。





出撃をしたときには自分の機体にわずかな違和感を感じたと彼は言う。

ごくわずかな違和感。その違和感が何か判明せぬままドッグファイトに。



「ウィスキー、ラム、コニャック、アップルジャック各中隊そろってるか。敵の尻を引っぱたくぞ。」

とヘルメットのマイクを通していった声にノイズがはいった。

弱冠のノイズは会戦で妨害電波があちこちで発せられているので仕方がないかとポプランは

そのときはそう思っていた。



敵機を落とす照準さえくるっていなければいいだろうと彼は次々とワルキューレや巡航艦を

撃墜していった。「俺に張り合おうっての。いい根性しているがやや早いな。50年ほどな。」

ポプラン機を追い詰めようとしてワルキューレが二機がかりで戦艦の壁面まで追撃してきたが

オリビエ・ポプランは華麗なる急上昇をして垂直方向に機体を翻した。

追い込もうとしたワルキューレ・パイロットにはそれだけの技術がなく自分の味方戦艦壁面に

激突し、戦艦もろとも宇宙の塵となった。



「ばかが。上昇と降下は基本だろうが。ど素人。」

とポプランは呟く。これにも非常に耳障りなノイズが聞こえる。その上ワルキューレが次々と自分の

部下を落としていく様を目にするとさらに不機嫌さの成分が心を占めた。

さっきの二機はほぼ自爆であるので自分が落としたことにはならない。



「このままじゃいつまでたってもコーネフの野郎に勝てやしない。不愉快極まりないぜ。」

そう呟くと耳に痛いほどのノイズ音と機械音がする。

管制室に呼びかけてNO.256機の通信状態が非常によろしくないと丁重に文句を言った。

「256機検査をする。すみやかに帰還せよ。」

相手が女性オペレータであったら帰ってもよかったのであるがだみ声の親父であったため中佐の

機嫌はさらに悪くなった。だが彼がいかに空戦の天才といえど機体に異常があればドッグに戻るのが

賢明だから「了解。256機、ただちに帰還する。」といったのであるが。



もう通信がうんともすんともいわない。音のない世界。

これはよくないなと信号を出すがこれも無反応。こちらのすべてのデータが管制室だけでなく

味方艦載機にも送れないこと、そして受けることもできぬことを中佐は確信した。



ふざけやがってといっても自分の声しか聞こえない。

今度は旗艦の付近まで飛ぼうとしたがデータが出ないため位置確認ができない。



これは非常に悪い状態で・・・・・・悪くするとDEADENDである。



ポプランはただちにこの緊急事態に対応すべく近くの味方戦艦の陰に隠れ、まず動力部のチェックをした。

こんなことは本来パイロットの役割ではないが幸いにして彼は自分のスパルタニアンの構造を

よく知っていた。



補助動力エンジンにどうも異常が見受けられるので搭載しているメンテナンスキットで

一時的な修繕を試みた。「くそ。これは交換しとけってメカニックにいったにもかかわらず手を加えてないな。

ほんと金のない国はイヤだよ。」みながポプラン機の確認ができなくなってはや一時間を越した時点、

中佐は巧妙に戦艦の陰に隠れて敵に姿を見せずに補助動力エンジンを一時的に作動させる

ことに成功した。完全に怒りが頭を支配していたが、愛するアッテンボローを思うと今頃心配かけてるか

死んだと思われているかはてさてと思った。



「まあ、ダーリンは俺が死んだと確実に判明するまでは取り乱さないだろ。」



ぶつくさと文句をこのあと言いながら今度は送受信システムをハードからチェックした。ハードの故障ではない。

ソフトウェアの問題かと舌打ちしてコンピュータを再起動させごく簡単なチェックをした。

だがこれで事態は改善しなかった。



「そう簡単にはいかせてくれないのね。256ちゃん。」とジョークを飛ばす余裕が出た。



つまりそれまではオリビエ・ポプランでさえジョークを口にする余裕がなかった事態であった。

動力がいかれた時は推進すら難しかったけれど現在は動く。

といっても旗艦に還れたら補助動力エンジンは交換させなければ30分も飛べまい。



隠れさせてもらっている戦艦が運良く砲火を浴びなかったのでポプランはシステムを組みなおし

なんとかすべてのデータ、通信を管制室に発信できるように修繕した。

こちらのデータも補助バックアップシステムを使ってやっと自分がどの位置にいたのかわかり

「トリグラフ」管制室に通信を入れた・・・・・・。



「2時間50分もかかったぜ。本当にうちのメカニックども。おれがハードにもソフトにも詳しい

熟練兵だったから生きて帰ってこれたけど新人(ルーキー)だったら死んでる。並みのパイロットじゃ

撃ち落されてるよな。」

コーネフは話を聞いていてよくまあそれだけの災厄に見舞われたものだとあきれた。

「通信と動力、航路データ三つもやられてたって恐ろしいことだ・・・・・・お前さん、ほんとに

よく帰ってこれたな。感心するよ。葬式の出番かと思ったぞ。」

「ふん。かわいい女を残して逝けるか。おまえだってそういう気持ちはわかるだろ。

帝国美人とよろしくやりやがって。」と空になったウィスキーの小瓶をコーネフに返して

ヒューベリオンブリッジの入り口に向かった。



空瓶などもらってもなとコーネフは笑うが。

たしかにそれだけのスクランブルはオリビエ・ポプランの豪胆さと技能、そしてマシンに対する豊富な

知識がなければ・・・・・・普通のパイロットは死んでいる。漂流している間にワルキューレに見つかれば

落とされるし巧みに運のいい戦艦の陰に隠れたからこそ3時間の「修理時間」を得た。

そしてこれはポプランだけの裁量だがスパルタニアンのメカの構造をよく知っている。そんなパイロットは

あいつ一人くらいであろうと思った。



会議終了して「ヒューベリオン」ブリッジから出てきたアッテンボローをポプランは抱き締めた。

その様子を見て誰も文句を言わない。シェーンコップはあきれた顔で死にぞこなった撃墜王を眺め

ヤンとフレデリカはともに顔を見合わせて微笑んだ。



「オリビエ。船に帰るよ。作戦が決まった。・・・・・・いくよ。」

抱き締められたまま女性提督はポプランの耳元でささやいた。



多くの流血を欲したバーミリオン会戦で唯一の吉事。オリビエ・ポプラン中佐の帰還は一筋の光明にも

思えた。彼はアッテンボローの手を握って。「おう。帰ろうぜ。ダーリン・ダスティ。」と

アッテンボローの唇に一つキスを落とした。



by りょう





中佐が死ぬなんてありえませんわ。笑

飛行機のことはわかりません。車すらわからないです。


LadyAdmiral