恋と戦では何でも許される・3
ヤンは作戦名を聞いてがっかりした。 「箱舟作戦」・・・・・・実務的過ぎてひねりも浪漫もない。もっともアレックス・キャゼルヌに文句を言えば うるさい、だまれ、ばかもの。この三つの言葉が返ってくる。 シェーンコップが指揮して要塞各所に爆発物を隠す作業が行なわれた。これは罠である。 巧妙と見せかけて、けれどロイエンタールクラスの人間ならば当然予測できる程度の「巧妙さ」 である。本当に仕掛けた罠はロイエンタールでも看破できない。 爆発物の専門家以外の人間はキャゼルヌが差配したとおり船に乗り込み要塞を・・・・・・2年 余り過ごしたイゼルローン要塞をあとにした。 宇宙歴799年1月18日のことである。 あけて19日、帝国軍がイゼルローン要塞を占拠した。フレデリカは正確さを誇る軍用の 腕時計を見つめカウントを読み上げた。・・・・・・爆発は起こらなかった。 ヤンは「ヒューベリオン」のブリッジから無事帝国軍が要塞動力部に仕掛けた爆発物を見つけ 処理したことを見て取ると安堵した。そして自分のプライベートルームで仮眠をとるために艦橋を あとに・・・・・・その前に彼は要塞に向かって頭を下げた。 敬礼ではなかったのはイゼルローン要塞が彼の家であったことを意味するのかもしれない。 そうやって彼なりの別れをすると自室で仮眠を取った。 「トリグラフ」ブリッジでは女性提督は隣で「虚空の女王」を賛嘆するポプランを横目に分艦隊主席 参謀とともに要塞に向かい敬礼をした。 敬礼は慣例ではなかったがみなそれぞれの方法で「イゼルローン要塞」との愛別を惜しんだ。 ラオ中佐は司令官であるアッテンボローに仮眠を取るように進言した。ただでさえ女性である。 この3日不眠不休で分艦隊を束ねてきた彼女の疲労を気遣った。それに司令官が休まないと 部下も眠れない。アッテンボローは交代でみなに休息をとらせる旨を告げて彼女もまた「トリグラフ」 のプライベートルームにさがることにした。 通路に出た女性提督を追いかけてきたのは彼女の亭主であるポプランだった。 「おつかれさま。だんな様。」 隣で肩を並べて歩く瀟洒な撃墜王殿は3日程度の不眠でどうこうなるひとではなかった。 煌めく眸が彼の活発さを物語る。 「いえいえ。奥方のほうがお疲れ様のようだ。部屋に帰ったら風呂に入って一緒に寝よう。」 第一飛行隊は「トリグラフ」で艦隊移動することになったのであるが実際いままでは要塞からの 出撃だった。第一飛行隊の4個中隊ははじめて個人に部屋が与えられ休息をとる。 「ここは要塞と違って部屋が小さい。お前自分の部屋見ただろう。一人で寝なさい。」 女性提督は生あくびをして呟いた。 「いやだ。せっかく同じ船にいるのにお前の隣にいれないなんて馬鹿らしい。狭いのは 大歓迎だね。おとなしく一緒に風呂に入ろうぜ。」 ・・・・・・。 ロイエンタールの艦隊はもはや追いかけても来ないだろう。だが航行中の船と要塞での暮らしは だいぶ居心地が違うなとアッテンボローは思う。 昔はこんな船の生活が大半だったのになと二年半の要塞での暮らしをはや懐かしんでいる 自分に笑みをこぼした。 「何にやにやしてるんだ。おい。ダスティ。」 頬にキスされてアッテンボローは一応抗ってみた。 「あのな。ここは私の指揮する船なんだから通路でじゃれつかないでくれ。それと狭いから喜んでいた わけじゃない。・・・・・・帝国が作った要塞なのに、あそこでの暮らしは幸せだったと思っていたんだ。 こんなに早くもホームシックになる私もセンチメンタルだなと思ったら笑えたんだ。」 そんな彼女を見つめる彼が思いのほか優しい面持ちだったのでアッテンボローはついうつむいた。 「・・・・・・そういう優しい顔で見られても困る。」 「え。言うことがかわいいよなと思うとついほほえましくって。俺のおくさんは十分センチメンタルな 女性だと思っているけど。・・・・・・それは悪いことじゃないぜ。」 と手を出した。左手。彼はいつもアッテンボローといるときは右手をフリーにしておく。そうすれば いつでもポプランはきき手で彼女を守れる。 船の指揮官が手をつなぐのもなんだが。 彼女は右手をそっと彼の指に絡めた。 「ま、いっか。夫婦なんだし。」とうつむいたままアッテンボローは歩き、ポプランはうんうんと 頷いた。 「トリグラフ」は新型戦艦であったからか居住スペースはまずまずあったがさすがに要塞にいたときの ようにはいかない。といっても要塞の部屋がおかしかったのだ。少将であるアッテンボローに与えられた 部屋には寝室が三つあった。客室を入れて。彼女にしてみれば掃除が大変だった以外の何物でも ない。 ここでは寝室は一つ。ベッドはシングルだが広め。大人ふたりゆっくり眠れる。 居間と浴室、トイレット、洗面所、納戸、簡易キッチン。これで十分。 掃除の手間が省けていい。彼女は与えられた空間が散らかる、秩序を失うのは好きじゃなかった。 潔癖症でもないから小うるさくはないが自分がいる空間はできれば清潔に使いたい女性である。 「眠いけど風呂はいろ・・・・・・。」ろくろく荷を解かぬまま浴室の湯をはった。 時折この部屋は使っているので湯もきちんと出るしさびた色もでない。そこは安心できる。 起きて元気が出たら何かを食べて掃除しよう・・・・・・と思う。士官食堂を今後は使うことに なるであろう。いま彼女の台所の冷蔵庫には彼女が作りおきした食べ物がわずか入っている。 船内で食べる栄養食品もある。だが数は知れるので明日からは士官食堂を利用する ことになるだろう。 浴室でポプランが「眠たそうだな。先に寝たらどうだ。」と気遣う。 「一人だったら先に寝るんだけどね。私の隣で狼が寝るだろ。二日風呂に入れなかったし襲われたら いやだもの。風呂が先。」 アッテンボローは人差し指でポプランの鼻をつんとつついた。 「これだけ疲れてる妻を襲わないぞ。おれは。」 腰を引き寄せてポプランは女性提督の唇に唇を重ねた。 鼓動が早くなるのを悟られぬように、アッテンボローはいう。 「私の亭主は信用できない。その手の約束は。」 口をへの字に曲げたポプランはアッテンボローを見つめていう。 「ひどいなあ。ダーリン・ダスティ。」 それに・・・・・・。 「・・・・・・逆に私が狼になるかもしれないだろ。風呂が先なの。」 赤面して女性提督はポプランを正視できないまま呟いた。 なんか。 「なんか、今すごい誘惑をされた気がする・・・・・・。」彼がCUTEにみえるとき。少し困ったような 笑顔を見せるとき。困っているというのは正しくない。アッテンボローが彼のハートを見事に射抜くと ポプランはつい戸惑った笑みをこぼす。ポプランのハートを射抜いたとは彼女はわからない。 けれどその表情がたまらなくいとおしいと思えるのだ。 「・・・・・・風呂から上がったらの話ね。風呂に入るの。先に。」 とアッテンボローはいってみるが 「うん。二人で風呂に入りながらってのもありだよな。」と今度はもっと甘いくちづけを彼女に 落とす・・・・・・。 この際、ロイエンタールだろうがローエングラムだろうがどうでもいいとキスを受けながら アッテンボローは敵の存在を頭の中から追い出した。 5時間ほど熟睡してアッテンボローは目を覚ました。電話もなっていないしおそらく何も連絡はなかった のであろう。通常彼女は6時間寝れば十分であり、戦闘が始まれば脳内の物質が分泌されるのか あまり睡眠を欲しないでいる。四日ほど連続指揮を続けても丈夫な体をしている。 5時間もねたんだなとちょっとあっけにとられた。隣に彼がいない。でもキッチンで物音がする。 「・・・・・・よく寝たな・・・・・・。」とベッドサイドを見るときちんと冷えたピッチャーに水が入っている。 コップに水を注ぎ飲み干した。 こういうまめさがポプランの本領だなと女性提督は体を起こした。恥ずかしながら服を着ていないので バスタオルを巻いて制服に着替えた。 緊急の遭遇戦は考えられない。しいて考えればロイエンタールが兵を割いてヤン艦隊のあとを追尾 することくらいであろう。けれどその可能性も極めて低い。 言葉はよくないがこちらはまだ民間人を多く乗せている。 アッテンボローやヤンが老朽船の輸送船500隻、作戦に使ったので民間人が戦艦にも搭乗している。 もっともある考えがあり「ヒューベリオン」「トリグラフ」「アガートラム」などまず第一線で指揮をとる 船には民間人を乗せていない。 「ユリシーズ」などは幸運の船だから赤ん坊とその母親が数百人乗っているとか。こんな艦隊を 襲うとすればオスカー・フォン・ロイエンタールは軍人としての裁量が知れる。まずはどの惑星かは わからぬが民間人を避難させた上で襲ってくる分は仕方がない。 「お。目が覚めたな。冷蔵庫見たら食えそうなものがあったし飯食おう。」と先に着替えている ポプランが考え事をして着替えをしているアッテンボローにキスをした。 イゼルローンでは自給自足の生活がほぼできるので要塞放棄が決定してからキャゼルヌを中心に 脱出計画組みは民間人と戦闘員をどの船に乗せるかのリストを作った。そして生産していた食糧などは 十分各船に分配して・・・・・・どれだけこの航路が続くかは疑問であったが・・・・・・搭載させた。 味気ない食事にはなるけれど食べれないことに比べれば平和である。 「くいしんぼさんなお前が心配だ。食糧が足りるうちに戦争が終わればいいね。」と唇を離して アッテンボローは本当に心配げにポプランを見た。その心配は戦争が終わることの心配ではなく このいつまでたっても食べ盛りの大事な亭主を飢えさせたくない心配であった。 「足りない分はダーリンの愛情でカバーして。」とまたキス一つ。 ポプランは不満げなアッテンボローを見て何か自分は彼女を怒らせるようなことをいったかなと 考えた。 「・・・・・・キスばかりされては服が着れない。おなかもすいた。」 普段は明晰で怜悧なる美貌を持つ女性提督のかくもいみじい言葉にポプランは笑いが止まらな かった。「そうだよな。ダスティは口がふさがれたらすべての動きが止まるからな。」 ・・・・・・普通の人はそうなんだよとアッテンボローはネクタイを締めた。ジャケットはまあ、いまは 着なくていいだろう。髪をとかなくちゃと思う。 「お前みたいにキスをしながらいろんなことができるやつなんて少ないよ。」 顔を洗って歯をみがいてアッテンボローはいった。 「いいんだ。おれのダスティは不器用で。そこがまたかわいい。キスしながら何でもできる女に なっちまうとちょっと困る。ほら、食事しようぜ。」 リビングで栄養価はある簡素な食事を二人で取る。 「ヤン先輩のおかげでこんなときでも二人一緒にいれるね。キャゼルヌ夫人たち、不自由なさってない だろうか。横暴な亭主でも一緒の船に乗りたかっただろうね。乗れたのかな。脱出計画の方は私は全く しらないから。」 インスタントの珈琲を飲みつつアッテンボローは呟いた。 「だんなは結構損な役回りでも喜んでする人間だからな。赴任する前はどんな秀才官僚かと 思ったけど。基本あの人はいい人だな。奥方も令嬢たちも。・・・・・・大丈夫。あのマダムのことだ からこんなときであってもご令嬢二人にきっちり「レディ」としてのしつけを忘れてないさ。うまく 立ち回っていると思うぜ。」 へえ。 キャゼルヌ先輩のことは評価が高いんだねとアッテンボローは感心した。 「ああ。あのひとは文句なしに頭がいい。それは認める。口は悪いがそれだけだ。女には嫌われる かも知れないが男は多少の毒舌にはなれているからどうってことない。それに。」 それに? 彼女は宙色の眸でポプランを見つめた。 「完全な恐妻家だ。お前に手出しする危険性はない。俺にとってはそれだけで十分だ。」 ・・・・・・これだけ大きな戦いの間でそんなことを考えられる女性提督の夫って。 まあ、いままでだって艦載機に乗る人間には要塞の安全性など関係ない。考えてみれば アッテンボローよりもやはりポプランの日常のほうが常に戦闘へベクトルが向いている のであろう。 「何。どした。ダーリン・ダスティ。」 じっと見つめられてポプランはマグカップを口にしてアッテンボローを見た。 ねえ。 「戦争が終わったら軍なんか二人で辞めよう。何をして食べていけばいいのかわからないけど 私だけじゃなくオリビエも軍を辞めて。・・・・・・って頼んじゃいけないよね・・・・・・。ごめん。 私、馬鹿なこといってる。」 彼女は彼から一度として軍をやめろとは言われていない。彼女が懐妊したらやめる。それを 言い出したのも彼ではない。 でも。 やはり大事な家族を戦場に送り出したくない。アッテンボローはそういうことをときどき 深刻に思うときがある。軍人になったときはいつ死んでもいいとは思わないけれどその 覚悟は一応してきた。死線を潜り抜けてきたと思える場面もある。そのときは恐くなかった。 そのときは一人だったから。 これからも一緒に生きて生きたいと思うひとに出会っていなかったから。 大切なものを手にしてしまうと・・・・・・彼女も人間だからあっという間に恐くなるのだ。 アッテンボローの頬に大きな手が添えられた。 「ああ。それもいいな。・・・・・・おいで。」と据わっているポプランの膝の上に座らされ やさしく抱き締められる。 「美人の未亡人には男が食いついてくる。・・・・・・お前をそんな目に合わせる気はない。おれは どういう状況でも生き延びる才覚と運を持ってる。心配するな。奥さん。お前のほうがときどき 無茶をするから心配だ。でも多分お前も運がいいからなかなかあの世にはいかないと思うぜ。 ・・・・・・ちゃんと側にいるから。おれはお前の側にいるから。」 赤めの金髪から二人が使うシャンプーの香り。 ジャケットを着ると細いだけに見えるけれど実際抱き締められると案外にしっかりした胸。 筋肉のついた腕に、アッテンボローは安堵する。 自分の心の動きもわずかも見逃さないポプランという男の存在に安堵する。 「うん。」とアッテンボローは顔を上げてポプランを見つめた。 ・・・・・・とってもいいムードなんだけれど音声通信が入った。多分副官殿である。 二人は顔を見合わせて笑顔になる。そして軽く唇を合わせて。 「電話、出るから。」 「おう。」と膝からおりたアッテンボローのお尻をポプランは軽くぽんと叩いた。 恋と戦では何でも許されるのだ。自分の女房の尻を撫でたところで誰からも文句は 言わせるものかとカップの珈琲をゆっくり飲んでポプランは思った。通信はラオからで 司令官から分艦隊司令官に連絡があるとのこと。 「ブリッジに上がってくる。あらいものそのままでいいよ。私があとでするから。」 いいのいいのとポプランはアッテンボローにキスをして「ほら。さっさといく。」とまたお尻を ぽんと叩いた。 ときどき彼女にはポプランが背中を押してやらないと気を使うときがあるから。憂いがないように 送り出すのも彼の男の度量。 「あんまり遅かったらブリッジに行くから。」と洒脱にウィンクなどをして現役の分艦隊司令官の 女房殿を仕事場に向かわせた。内助の功というやつだと一人ポプランは彼女の出て行った部屋で 二人が食べた食事の後片付けをする。 戦争が終われば。 二人して軍をやめるのもいいよなと考える撃墜王であった。 by りょう 戦いつつラブリーにするって・・・・・・次はランテマリオになるのか、こんな甘い話にするか 謎です。ランテマリオにつくまで少し時間があるんですよね。明日はぶわっとランテマリオに しちゃおうかな。ぶわっと。ポプランさんの中隊はいつの間に4個になっていたんだろう・・・・・・。 |