恋と戦では何でも許される・2
自由惑星同盟。 イゼルローン要塞内では全くぱっとしない新年となる。 ぱっとしない新年が過ぎてヤンは言い出した。 「要塞を放棄する。」 幕僚たちは驚いた。アッテンボローにしてもそのときがきたんだなと思い口を挟まなかった。 彼女が口を挟まずともヤンの幕僚には「しゃべりたがり屋」がおおい。会議は踊っている。 今回の会議は進行するであろう。するしかないところまで来た。 フェザーンを帝国が制圧した以上もはやイゼルローン回廊も要塞も軍事的意味はない。 本国からも何か進言があったかと女性提督は考えた。 会議ではやはり要塞を固守をもって功績をあげては、心理的効果云々の意見もあったけれど アッテンボローにしてもいま自分たち艦隊が封じ込められていたり、ヤン自体の戦力が ロイエンタールの艦隊に押さえ込まれているのである。 それではもったいない。 この要塞にこだわる必要性はない。 頭の柔らかいはずのシェーンコップなどもどうも何かヤンに言いかねていることがある様子。 アッテンボローは会議終了後ヤンにちょいちょいと手招きされた。 「なんですか。司令官閣下。」 「女性提督のご亭主を少し借りたいんだ。」 「・・・・・・彼は私の部下ではないですよ。閣下から呼び出せばよろしいでしょう。」 「間にお前さんが入るとポプラン少佐は機嫌がよくなるんだ。ちょっと手間をかけるけどここにつれてきて くれないかな。・・・・・・もうじきロイエンタールも牙をむくフリをするだろうし。」 女性提督は察知した。 ロイエンタールはヤン・ウェンリーがイゼルローン要塞を放棄することなどよんでいるということか。 となるとまた陽動か波状攻撃を仕掛けてくるであろう。 まったく。「私は和平後もロイエンタールって言う人間とは仲良くなれそうもないですよ。」といって 空戦隊の待機ルームに女性提督は走っていった。 その間にヤンはフレデリカに「民間人脱出マニュアル」に基づいて脱出計画を 組むように指示を出した。 入れ替わってパイロットスーツのオリビエ・ポプラン少佐が入ってきた。アッテンボローは 「私は艦隊出動にそなえますね。」とあわただしく出て行った。 「もう。せっかくワイフと出会えたのにい。」 とポプランは苦言を呈したがキャゼルヌは視線で「ばかもの」と明言した。 「あのね。前に少佐に尋ねたことなんだけど。公用電波にのらない言葉を使って云々という話。」 ああ。あれですねとヤンの言葉に頷く。 「アレを使うことにした。あのプロテクトをかけて罠にしておいた。こういう感じで・・・・・・。」 ごにょごにょとヤンはポプランに耳打ちした。 「小生などが聞いていい話ですか。それ大機密でしょ。」 うん。機密だよ。「あのパスワードは誰にも言っていない。少佐以外。覚えておいておくれ。」 「・・・・・・シェーンコップ少将とかキャゼルヌ少将がおいででしょう。」 ポプランはあきれた。 「プロテクトをかけたのは少佐だもの。シェーンコップには後で言う。いま爆弾を要塞に取り付ける 手はずをとってもらっている。本当の罠を看破されたくないからまたも二流のトリックなんだけれど。」 そう。 先日オリビエ・ポプランは確かにヤンから呼び出された。キャゼルヌと頭をつき合わせて遠隔で 要塞コンピュータを無力化するシステムと、有人ではあるがその無力化した要塞コンピュータを こちらのコマンドでのみ従わせるシステムを組んだのである。キャゼルヌはこの要塞をもっとも よくしっている要塞事務監であったし、ポプランはこの要塞のシステムをいかようにもできるほどの スキルを持っていた。 そしてこの二人が後日のためのプログラムを組んでおいた。 「パスワードを知っているのは少佐とキャゼルヌ。このプログラムを知っているものはシェーンコップ。 まあグリーンヒル大尉には言うかもしれないけれどね。ユリアンが帰ってくればユリアンにも教える。 でもそこまでだ。」 アッテンボローにも内緒だよ。ポプランとヤンはウィンクをした。 男にウィンクをされてもうれしくない。 「ああ。またワイフに秘密を持ってしまった・・・・・・。罪作りな司令官閣下ですよ。」とポプランは 敬礼をした。ヤンは頷いて第一飛行隊長は会議室をあとにした。空戦隊のパイロットの待機時間は ながい。拘束される時間が長い。 出撃に備えて軽い足取りで少佐は待機室へ戻っていった。 「さて。キャゼルヌ先輩は民間人脱出の先導をきってくださいね。ああいう仕事、お得意でしょう。」 ついでに。 「脱出作戦の作戦名を考えてくれませんか。そうだな。華麗なやつ。想像の翼が羽ばたくような 見事な作戦名を。「神々の黄昏」に勝つような・・・・・・。」 今度は視線ではなくはっきりキャゼルヌは明言した。 「ばかもの。脱出作戦のデーターのよみ直しから始まるんだ。俺は今日から不眠不休だ。そんな 埒もない作戦名なんかに時間がさけるものか。お前が考えろ。」 アレックス・キャゼルヌ少将は大将閣下をばかものと面罵できる数少ない人物であった。 ヤンは叱られながらも思う。そろそろロイエンタールは攻撃を考えているのではないだろうか。 この要塞を固守する必要性がないことを名将であればわかるはず。たぶん簡単には民間船と いえど出してもらえないであろう。死に物狂いでこちらを撃つとも思えないけれど嫌がらせの攻撃 くらいはしてくると思われた。・・・・・・考えたくはないけれどかなりの猛攻が予想された。 単なる陽動であれだけの攻撃を仕掛けてきたロイエンタールである。 さぞやサディスティックな攻撃をこちらはお見舞いすることになるだろうなとヤンは少し 憂鬱な気持ちになった。 ヤンからの出動命令がやっとおりて女性提督は分艦隊を要塞から出撃させた。 ロイエンタール艦隊の苛烈なまでの攻撃を少しはそいでおく必要がある。しかし深追いはさせ られない。士気の高ぶりはすさまじくダスティ・アッテンボロー・ポプラン提督はしっかりとたずなを握り 締める必要性があった。彼女が熱くなってはあちらの艦隊の思う壺だ。被害は最小限に 食い止めたい。どのみち向こうは邪魔しているだけである。 こちらの脱出行を。 と冷静な彼女の一部は思う。 先にアッテンボローは艦砲射撃を持って敵艦隊を要塞主砲射程内に追いやることに成功した。 巧みに要塞の砲撃を利用して敵の艦隊を一時退却せしめた。 「ふん。あちらも逃げたフリがうまいよ。こんなことでうちの兵士を死なせられるものか。 三流役者どもめ。」 ラオにだけ苦笑して女性提督は言う。敵が撤退を見せたので戦艦指揮官たちは追撃したいと いっている。気持ちはわからぬではないがあちらは逃げるのも計算ずくなのだ。 あちらの手にうまうまと乗るわけにはいかない。けれど士官の士気は上がっている。 これをおさめるにはどうすればいいのやらと考えつつも。 「ヤン司令官の命令がでない以上追撃は認めない。」とそっけなく言ってのけた。 酔漢同士のけんかとはちがう。ムライではないが秩序が大事である。 と冷静な彼女の一部は思う。 が、本当は彼女とて敵の尻をひっぱたいてやりたい気持ちはあった。 部下以上であったであろう。 顔には出さぬようにしているがアッテンボローだって喧嘩はだいすきなのだ。 全艦隊撤退の指令が出てアッテンボローは要塞に還ってきた。 彼女はもともとヒートアップしやすい性質も持っているので副官の制止を振り切りヤンに直談判 しに出かけた。 「司令官閣下。兵士の士気が高揚しています。再度の出撃と攻撃を赦してください。」 ヤンは中央指令室で指揮卓に座ったまま。 「だめ。」 とにべもない。 子供が小遣いをせびっているのじゃないですよと女性提督は司令官をつつくが。 「だめなものはだめ。」と相手にしてくれない。 ・・・・・・アッテンボローはヤンの考えていることは少しわかる。艦隊をできるだけ無傷でキープ したいのである。たった一個艦隊でこれから強大な敵と戦ううれしくない未来図がある。 相手は数個艦隊維持しているのにこちらはわずか一個艦隊。 そして帝国の数々の名将をこの「たった一個艦隊」で撃破するなりしたたかに苦い汁を吸わせて ラインハルト・フォン・ローエングラム公の「戦闘意欲」をかきたてなければならない。 彼を戦場に踊りださせて、「ブリュンヒルト」を撃つ。 帝国に勝てる勝機はそれ以外ないのだ。だからヤンは大事な一個艦隊を出し渋っている。 守銭奴の気分である。出し渋りたくなるのも当然である。 それに相次ぐ戦闘で精神的にも消耗がひどい。損害を出さない勝負に出たいヤンの気持ちは アッテンボローは理解できた。 艦隊を消耗させないでこの要塞にまとわりつく敵艦隊を何とかできないかとアッテンボローは 視点を変えるために自分の執務室へいったんさがった。彼女の記憶が正しければ老朽した 輸送船が400か500はあったはず。あれを使えぬか調べたくて執務室へ戻ったのだ。 キャゼルヌに見つからぬうちに彼女はその船500隻をおさえていさんで司令官のいる 中央指令室に足を運んだ。ヤンの隣にはフレデリカ・グリーンヒル大尉がいた。 「なんだい。アッテンボロー。艦隊出撃はだめだよ。」 ヤンはあっさり言ってのける。 先輩、お疲れでしょうと女性提督は声をかけた。 「疲れてる。キャゼルヌは文句ばかり言うし。敵の攻撃をどうにかしてくれないと脱出計画が練れない って言うんだ。どうにかできないから要塞砲で我慢しているのに。」 と愚痴がでた。 「えっとですね。艦隊を傷つけずに楽に勝てる方法を考えました。ご裁量ください。」 とそばかすの女性提督はヤンが好きなキーワード「楽」を盛り込んで自分の作戦立案書を ヤンに提出した。フレデリカはくすりと笑みをこぼした。 「・・・・・・作戦自体は悪くないな。でもこれはまずい。・・・・・・これでどうだろう。」 と作戦立案書に二、三の訂正を入れてヤンはアッテンボローの作戦を許可した。 作戦を許されたアッテンボローは嬉々として指令室を出た。 「・・・・・・なんかあいつにしてやられた気がするな。」と許可したあとでヤンはフレデリカに言った。 「でも、いい作戦でしたわ。閣下のお気持ちを察してらっしゃるのです。この際500隻の輸送船は 浪費といわれてもお使いになったほうがよろしいかと存知ます。」 ヘイゼルの大きな眸で言われるとヤンはつい、安心してしまい、これでよかったんだろうなと思う。 ・・・・・・あとで叱られるのはどうせ私なんだとヤンは半ば自棄に考えた。 ムライやキャゼルヌあたりから文句は出るだろう。 現在民間人を脱出させるのに老朽した船とは言えど輸送船を500隻作戦に使う。おそらく フレデリカの言うとおり「浪費」と見える。けれどヤンにしても精神的にかなり消耗していたし ある意味こちらの人命が損なわれないこの作戦で鬱憤晴らしがしたかった。 女性提督はヘルムート・レンネンカンプ大将を要塞主砲射程内に「輸送船500隻と護衛の戦艦」 で誘い込んだ。ミスターレンネンはこれを「ヤン艦隊の脱出」と見て取りロイエンタールに攻撃の 許可を得た。ロイエンタールという男の智謀は優れていてこれは詭計かも知れぬと思うから 自分では手出ししなかった。様子見をしようという腹である。 レンネンカンプは過去要塞戦でのミュラーと同じくしてアッテンボローのトリックにかかり、艦隊を 主砲の餌食にさらした。これを見てロイエンタールは援軍を送った。まだ女性提督の辛らつな作戦は 終わらない。 有人戦艦は要塞内に撤退して500もの「無人輸送船」は遺棄されたと見えたが、分断していた レンネンカンプの艦隊の一部がこの輸送船を拿捕しようとしたとき大爆発した。 ヤンが推敲したもののほぼアッテンボロー作のこの作戦でほぼレンネンカンプ率いる艦隊に 大打撃を加えることができた。 あとでキャゼルヌやムライになんと言われようが女性提督はヤン艦隊を無傷のまま維持して 帝国の艦隊の一部に大きな損害を与えるのに成功したわけである。 「成功しましたね。閣下。」とラオ中佐が言った。 まあね。「恐いのはお偉方に会ったときさ。お小言を食らうのは仕方ないな。」 自己評価が著しく低い彼女は、それでも非凡なる名将のうちの一人といってもよかった。 中央指令室に行くとヤンが髪をくしゃくしゃとかいていた。 「ぎゅうぎゅうにキャゼルヌとムライに叱られた。輸送船はこの場合貴重な民間人輸送資源で ・・・・・・でもまあ。いいよお小言だけだし。敵を2000隻削ったんなら・・・・・・いくらでも しかられてもいいよ。」 ヤンはアッテンボローに言った。 フレデリカはその様子をほほえましく見つめていたし、アッテンボローは 「先輩、ごめんね。」と謝った。 ヤンはため息をつき微笑んだ。「いいさ。叱られるのは慣れている。」 女性提督は自分の作戦で叱られたヤンを気遣うがヤンは自分の部下の尻拭いをするのは 自分の役目だしあの作戦を許したのも自分だから気にするなといった。 「それにああいうトリックを使っておけば今度本当に輸送船や戦艦を出してもあちらはそれを また罠だろうかと手出しするのに戸惑う。これは戦術レベルだけの発想ではなく心理的にも 効果がある作戦だ。だから私は用いたんだ。」 いいところに目をつけたねとヤンは苦笑しつつ女性提督を誉めた。なんやかやと司令官閣下は 女性提督に甘かった。 事実ロイエンタール艦隊からの追撃はない。 もっともこれは意図されたものである。オスカー・フォン・ロイエンタールはアッテンボローや ヤンがあのような策を使った以上「要塞脱出」の準備が進められていることを確信した。 ヤンは要塞を放棄するならさせてやろうと思っていた。ヤン・ウェンリーに対処すべきは帝国軍 全員であってよいわけでロイエンタールだけで当たらずともよい。 ヤンが要塞を放棄すれば。 イゼルローン要塞がまた帝国の代物になるだけだ。たいした労力を惜しむことなくロイエンタールは 要塞を攻略する人物となるのである。 熾烈を極めた艦載機戦もひと段落つき要塞に還ってきたポプランは僚友のイワン・コーネフに 文句を言った。 「くそ忙しくしやがって。俺はハイネセンに帰ったらパイロットの労働組合を作ってやる。その 設立と運営に人生をささげてやってもいい。超過勤務もはなはだしい。こき使いやがって。 くそ。」 下世話な単語を連呼するポプランにコーネフは「その情熱を敵機にぜひぶつけておくれ。 お前さんまだおれに一機負けてるんだよ。」 と現実を突きつけた。 「ああ。くそ。ワイフに会いたい。」 オリビエ・ポプラン少佐はこの2日ほどあっていない麗しの女性提督を思い浮かべた。 by りょう かなり捏造しました。というか原作のせりふをまんま引用しては二次小説ならではの味、が 惜しいなと。といっても基本はまねですけど。及ばずながら原作を読みながらかいてみました。 |