蕩児たちの黄昏・2
1450時の昼下がり。 女性提督の執務室。 艦隊はいつでも出撃できるように整えてある。 幼帝エルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウムをハイネセン政府がラインハルト・フォン・ローエングラム 公に送りつけ「民主政治のもとではゴールデンバウム家の亡命は認めない。」とでも宣言すれば。 あの金髪の坊やとてしばらく同盟首都星に手出しできなかったはずである。 それだけの才覚が自由惑星同盟の最高評議会にあれば・・・・・・アムリッツァなどなかったであろう。 ヤンの査問会のことにせよアッテンボローは気に入らないままでいる。ヤンには冗談でメツカッツ提督や ユリアンを引き離したのは手始めだと言ったけれど。 政府としては中央からコントロールできない「ヤン・ウェンリーという英雄」に力が集中しないように、 次はキャゼルヌ、シェーンコップとヤン幕僚の人材を引き抜かないとも限らない。それは陰謀めいていると 自己評価を下したけれど、さてあながち虚言でもなさそうである・・・・・・。そのような権力闘争などは 歴史の本をひもとかなくても構図としてはっきり見える。いつの世でも変わらないものだ。 願わくば、これ以上黒髪の司令官殿の手駒を減らさないでほしいと思う。 彼だけがラインハルト・フォン・ローエングラム公を戦場のただ中におびき寄せる「智将」なのだから。 唯一の逆転のチャンスはヤン・ウェンリーが握っている。それまでの諸提督との戦いは熾烈を 極めるであろう。アッテンボローはここまで考えて。 机の端末で検索をかけた。 以前も調べことはあるけれどそれはただの興味本位で調べたまでのこと。 今正式な婚姻をした自分の身の上とあのころの好奇心だけの自分とは違う。 こんなことをすれば夫は縁起が悪いと怒るだろう。 けれど軍人である以上、しかも分艦隊を預かる以上用意もしておく必要がある。彼女の船は 「ヒューベリオン」より前に出ないが戦場では基本はもっとも前に出る。それが20代で将帥となった もののせめてもの勤めだと彼女は思っている。 左の薬指のリング。無限を表す形。 ・・・・・・生き残るつもりはあるがそれはこちらの言い分。彼女は書式を作ろうと用紙を用意して 珍しく万年筆を取り出し書き始めた。 あっけなく簡単に出来上がった書状を封して、さてこれをどこにおくべきなんだろうかと女性提督は考えた。 要塞事務監に渡すのもなんだか違う気もする。抱えている弁護士などいないから本国の実家に送るべき なんであろうか。 自宅に置くのも違う気がする。・・・・・・自宅。イゼルローン要塞のあの部屋が自宅か。 アッテンボローは微笑んだ。 敵の造った要塞にこれだけの愛着がわくのかと不思議に思うけれど。 彼と出会ったこの要塞。 彼と暮らしているこの要塞。 愛する我が家なのかもしれない。 そもそもローエングラム公はこの要塞のあるイゼルローン回廊にはそこそこの名将を配置して 自分自身はフェザーン回廊を通って遠征し首都星を制圧するように思われる。 そうなるとこの要塞にはなんの戦略的価値が残るであろうか。 本国のぼんくらでも敵さんがイゼルローン要塞のヤン・ウェンリーを敵の智将に封じ込めていれば 駐留艦隊まで無力化される。 要塞を放棄して首都星を守るために駐留艦隊を動かせといわないだろうか。 要塞を捨てろという潔い言葉はでそうもないけれど、本国に増援に来いといってくるのは 自明の理だ。 ここを引き払うときもくるんだろうなと彼女は推察した。 そう思いつつ出来上がった封書をもてあます彼女。やはりこれは本国の実家に送ろう。 きっとそれが一番であろう。実家でも騒動になるだろうけれど、そもそもほぼ敗戦に近い現状で 現場指揮官をしている娘が「生きて帰ってくる」などと夢を見ているようではアッテンボロー家は 甘すぎる。・・・・・・大いにありうる話なのであるけれど。 残す財産などさほどないけれど独身時代は両親に残したものを夫・オリビエ・ポプランに譲渡するむねの 遺言書。 不吉だと忌み嫌われても用意するときは用意せねばなるまい。 夫はパイロットであるからとても縁起を担ぐ。 だからこれは内緒。 ダスティ・アッテンボロー・ポプラン死亡時および行方不明時にのみ開封という手紙もつけて 実家宛にその手紙を送ることにした。 気分転換に散歩でもしようと珍しく女性提督は仕事中に休憩時間をとった。 フレデリカ・グリーンヒル大尉は司令官閣下の仕事で忙しいだろうから執務時間に遊びに行くときの毒である。 かわいいテレサ・フォン・ビッターハウゼン少尉はメルカッツ提督とともにハイネセンへいった。 士官食堂の名シェフのカレン・キッシンジャー大尉は今日は有給だった。ああ。女の子の友達が少ないなと 人妻なアッテンボローは思い悩んだ。彼女とて28歳の女性である。女性の友達を懐かしむくらいは赦され ると当人は思う。 仕方がないから空戦隊でものぞきにいこうと思う。薔薇の騎士連隊にも遊びに行きたいけれど 間違いなく彼女の夫はすねる。彼の場合はCUTEだからすねてもかわいいけれど。 たまにはちょっとかっこいいと思うときもある亭主の仕事をする姿でも見てやや気鬱になりがちな思考を 活性化させようと思う。・・・・・・活性剤的な役割を失うとひとはつらいものがある。 きっと自分の上官にとってのユリアン青年は大きな存在であったはずだ。別に死地に赴いたわけではなく 生きて会えることもあろうから彼を心配はしない。むしろ、身動きできないですべてが見えるヤンを アッテンボローは気にかけるのである。 空戦隊のドッグに行く途中要塞防御指揮官殿とであった。夫が会うなといったところで対面しないわけには 行かない。 「珍しいな。参謀も亭主もつけずに一人でこんな時間にうろつくお前さんとは。」 「過保護で困る。こっちはこの11月で29にもなる女だ。誰も彼もなぜか手を焼きたがる。深層の令嬢じゃ あるまいし。一人で出歩くこともあるさ。」 そんなことをいうとお前の亭主はすねるぞと図星なことをシェーンコップは言う。 「息抜きに散歩してた。今頃帝国宰相閣下は何らかの華麗なる作戦名を考えているであろうし。 うちはいつも後手後手だから作戦名を考える暇もないよな。とりあえずいつ攻撃があってもうちの 船は出せるよ。・・・・・・貴官は陸戦指揮官だった時代、出撃をしたら死ぬことを考えたことは あるか。」 女性提督自身はワルター・フォン・シェーンコップという僚友は嫌いではない。口説かれなければ まずまずの話し相手にはなる。この御仁も肉体労働者でありながら頭がいい。 「結婚して身が惜しくなったのか。結構なことだ。人間としていくらか救われる精神構造だ。 よい傾向だな。アッテンボロー提督。」 「そうだな。結婚したから身が惜しくなったとも違う。けどおさおさとは死ぬ気はない。・・・・・・といっても どうやりくりをつけるかはまだ判じかねているってところだ。」女性提督は正直に心中を吐露した。 グレイッシュブラウンの眸の持ち主が言う。 「おれは150歳まで生きようと思っている。子供や孫に早くあの世にいってくれないかなと疎まれながら 長生きする予定でいる。・・・・・・死ぬかもと思ったことはないな。ここ最近は特に。別に要塞防御指揮官 になったからでもない。お前の亭主と同様でおれもこの道の天才だからな。おれは国家存亡程度で 死んでしまうようなロマネスクで儚い命数の持ち主でもないと思っている。」 あまりにあつかましい言葉にアッテンボローは笑った。 「さすがに30を越した男はいうことが愉快だね。たしかに国家のために死ぬだのなんてのはあほらしいよ。 お前さんは長生きすると思う。」 まるで自分は儚い女性だとでもいいたそうな発言だなとシェーンコップがいう。 「お前もそこそこ長生きしそうだ。亭主の隠し子を文句なく受け入れるような女にはできれば長生きして ほしいものだ。世の女性の模範になれるぞ。なかなか寛容だったな。」 そりゃどうもと女性提督は言う。「うちの亭主とお前さんにご落胤の1ダースいたところで驚くことじゃない もんな。お前にも現れるんじゃないか。美しい娘とか。かわいい女の子だったら紹介してくれ。 友達になりたい。女友達が少ないのが今の職場で不服な点なんだ。」 シェーンコップはあきれてキャゼルヌ家の令嬢とでも遊んでおけといってその場を去った。 あの男の娘だったら。きっと美人だろうなと美人好きな女性提督は空戦隊の方向へ歩き出した。 空戦隊の訓練室でであったのはイワン・コーネフ少佐である。 アッテンボローはポプランはどうしてると聞くと第一飛行隊のブリーフィングを重力調整室で行なっている といった。 「珍しい。仕事熱心なんだ。」 「ええ。旗艦が「トリグラフ」だからじゃないですか。あの日以来あいつよく働いてますよ。よほど アッテンボロー提督が好きなんですね。」 コーネフにいわれなくてもポプランがアッテンボロー狂いなのはわかっている。 「夫婦円満にやってるよ。」 「どう見てもそのようでよかったです。一応小官がポプランをけしかけた履歴がありますから。」 そう。イワン・コーネフがいなければポプランとアッテンボローの結婚はまだ遅れていただろう。 否、なかったやもしれない。 まず二人の交際が大幅に遅れたであろうと思われる。アッテンボローはしらないがヤンが流した噂だけで 果たして二人は12月26日、運良く結ばれたであろうか。 どうもこれは予測できない。 アッテンボローは当時男性が嫌いでキャゼルヌもまだこの要塞にいないころだからヤンとユリアンと副官殿と だけは会話できたが、妙齢の男性と話をするのはできるだけ避けたかった。 彼女が妙齢の女性で、自覚はないが美人に入るからだ。自覚がなくてもからかわれる。 いや男のほうはからかっていない。真剣に口説き落とそうとしているが女性提督はそれが 程度の悪い冗談に聞こえた。 当人は大きすぎる胸や尻、顔立ちも好きじゃないまま今に至っているがポプランが「かわいいかわいい」 を連呼するので、そういうものかなと思うことにしている。蓼食う虫も好き好き。 彼女は恋愛音痴。 けれどその夫が音痴でなかった。さらにコーネフの「ひとおし」があったゆえにいまの二人が ある・・・・・・。 「コーネフは好きな女性とかいないの。この際好きな男性って場合もあるかもだけれど。」 バーラト星域のある地域では同姓婚は認められている。アッテンボローはリベラリストだから同姓を 本気で好きになる人もいることをしっている。彼女の長姉の亭主の妹は同姓婚だ。 アッテンボロー家は親戚が多いので一人や二人はいる。すぐ上の姉だったっけ。まあいい。 「そうですね・・・・・・・。一人いいなと思うひとはいましたけれど。決め手がないまま人に取られて しまいました。」 穏やかな微笑を返すコーネフにアッテンボローはそっかと呟いた。 「コーネフみたいな恋人、いいのにな。私は好きだな。」 そう。女性提督は好みから言えばイワン・コーネフやカスパー・リンツなどの金髪系で真摯な 男性がお好みである。・・・・・・本当に真摯な人物かは未明だが、ポプランやシェーンコップといる姿を 見ているから比較対照となる。 「でも、自分からは告白できなかった。私は自分にひどくコンプレックスを持っているようだとオリビエはいう。 平均的な没個性的な美人の母や姉に囲まれると、自分が異端児に見えて。なんだか思い切って相手に告白 できないことが多々あったな。・・・・・・その女性との恋は決め手がなかったというが、どんな決め手が なかったわけ。」 こと恋愛のことになるとアッテンボローは空気がまず読めない。 この小説を読んでいる皆様のほうが空気を察知されていると思う。 「そうですね・・・・・・個人的にお話をする機会もほとんどないまま、外野ばかりがうるさくて。よくその方の 内面まで見れなかった。けれどその女性のこと好きだったと思いますよ。美しいひとで・・・・・・。 凛としたところがあって。あまり話したことはなかったんです。邪魔が入ってばかりで。」 「・・・・・・そっか。外野ってうるさいよね。もしかして私は何か邪魔したかな。」 翡翠色の眸がコーネフ少佐の顔を覗き込んだ。「いえ。閣下はじゃまなどしてませんよ。」 そう。それならよかったよとアッテンボローは訓練室の壁にもたれて微笑んだ。 「私はお前好きだったよ。・・・・・・もっとも今ではオリビエと出会えて本当に幸せだし、やつとの生活は しっくりくる。彼が大事だよ。彼以外の男性とはきっと・・・・・・だめな気がする。でもコーネフはいい男 だし・・・・・・きっといい女性に出会えると思う。あのころ自分にもっと自信があれば恋しただろうけれど、 私は自信がなかったし・・・・・・私からすきとはとてもいえなかった。それとお前の内面をあまりしらなかった せいもある。・・・・・・お前に告白し損ねたんだ。私。」 そんな言葉に苦笑してコーネフはいう。「・・・・・・ありがとうございます。これで次の恋に踏み出す気持ちに なれそうですよ。」 うん、と微笑んだアッテンボロー。「応援してる。お前が後押ししてくれたようにね。」 まったく。恋に関しては会話の流れすら読み取れぬアッテンボローである。 「提督はポプランを愛しておいでですね。どこがそれほど気に入りましたか。」 紙コップで申し訳ないですとコーネフは珈琲をアッテンボローに渡した。ありがとうと彼女は受け取って。 「あいつは、あったかいなって思う。」 ・・・・・・散文的だが誉め言葉なんだろうとコーネフはその次のことばがつむぎ出されるのを待つ。 「女性や子供に速やかに優しい。・・・・・・あいつただの遊び人だと思っていたけど付き合う前に 何度かのみにいって。なんがか居心地がいい。あんまりにも居心地がよくて恐くなるときもあったよ。」 「・・・・・・じゃあ交際される前には提督はあれがよかったんですね。」 あれ、か。と女性提督は苦笑した。 「うん。これ以上好きになるとつらいなと思ったから告白を蹴ったんだ。」 つらい、ですか。とコーネフが尋ねる。「だってさ。自分と同じように優しくされている女性が他にも何人も いたら・・・・・・悲しいよ。私は誰かの特別なひとでありたいだけ。上の姉はそんなの夢物語だっていう けどさ。何人もいる女のうちの一人でいるのってだめだ・・・・・・。だから逃げたよ。」 そういえば本当に口をきかなかったですもんねとあの当時をコーネフも思い出した。 「うん。でも変な噂が出回ってさ。誰が流したかわからないけど・・・・・・。結局は噂どおりに いまおさまってる。わりと・・・・・・かなり幸せだよ。」紙コップの珈琲をのみつつアッテンボローは 優しい笑顔でコーネフにいった。 「あいつの幸せはともかく、あなたが幸せならすべてよいことです。ポプランはそもそも自分一人で 幸せになれる珍しい男です。提督のさじ加減でうまくコントロールしてやってください。三年に一回ほど 壊れるやつなんです。」 そうなんだ。 「私で収拾つくかな。」「たぶん提督以外誰も収拾つかないですよ。がんばってくださいね。奥様。」 買いかぶられても困るんだよなと彼女は笑った。 大丈夫です。 「提督はここぞって時の腹のすわりがそこいらの人間ではかなわないものをお持ちです。あの子が 現れたときでもポプランをなじらなかったでしょう。普通はなじるんです。」 なじったって生産的じゃないじゃないか。「あんな小さな子供の前で喧嘩している大人の姿を見せるのは よいことにはならないよ。」 「普通はそう思いませんって。・・・・・・おれも争奪戦に混じっておけばかなりいい線にいったかな。 惜しいことをしたか・・・・・・。」とコーネフはいい、最後は独り言のように呟いた。 けれど彼の心の中で女性提督は僚友の女房殿である。 以前かすかにいだいた思慕はなく、無意識にポケットのなかの自分のハンカチを触った。 らちもない・・・・・・。彼はすぐに思考を切り替えた。そもそもが遠いえにしの女性だ。もう会うこともなかろう。 整備の油で黒くなったハンカチをきれいに洗って「先日はありがとうございました。」と両手で彼のハンカチを 差し出した、せっかくの豪奢な金髪をひっつめた髪にした帝国の女性。 ・・・・・・女性が少ないからたまたま接触した女性に心が残るんだろうな。環境の問題だと当時の イワン・コーネフは思っていた。男ばかりの職場っていやですよねと彼は女性提督に言った。 「まったくだ。テレサはいないし、フレデリカは忙しい。カレンは休み。詰まんないよ。」 「ダーリン・ダスティ。さては俺に会いにきたな。」とパイロットスーツ姿のオリビエ・ポプランが現れた。 アッテンボローは「ちょっとだけね。すごく会いたかったわけでもないよ。」というけれど3センチしか変わらぬ ポプランの腕の中にからめとられた。 「コーネフにいたずらされてないだろうな。」と誰がいようがアッテンボローの唇にキスを一つ。 あんまりもがくのもみっともないかなと思いつつ・・・・・・・キス長いよと女性提督はポプランの胸を 叩いた。 「・・・・・・・長い。」 「そう?俺は足りないけどな。会いたかった。ダーリン。」 ・・・・・・・「それは否定しない。」とアッテンボローは赤面して呟いた。彼女は人目を気にする。 せいぜい仲良くやっておくれとコーネフは美しい弧を描いて空の紙カップをゴミ箱へ投げ入れた。 「では。ごきげんよう。女性提督。」 二人を残して同盟軍最多撃墜王殿は訓練シュミレーション室を出た。 「コーネフのこと昔好きだったんだよって告白しちゃった。」とにっこりとアッテンボローはポプランにいい、 「今はおれが好きなんだろ。ダーリン・ダスティ。そうじゃなかったらお仕置きだ。」 とポプランは口を尖らせた。 他には誰もいない部屋だから。 「うん。オリビエが一番だいすき。」 と背伸びしなくても届く丁度いい距離のポプランの唇にキス一つ。二人きりならアッテンボローだって 愛情表現くらいする。 by りょう 多分、このはなしには大きな筋はなさそうです。伏線を張ったり。そんな話ですね。 緩やかに4まで行き着く予感です。・・・・・・ラグナロックか・・・・・・。 |