日常と非日常のはざまで・1




10月15日までにフェザーンの駐在弁務官事務所に着任しなければいけないユリアン・ミンツ少尉は

忙しい日常を送っていた。ユリアンだけではない。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ帝国上級大将も

副官ベルンハルト・フォン・シュナイダー大尉も同じく出発をするので、こちらも多忙であった。

あてどのない旅路の準備に追われていたのはメルカッツ提督が連れた部下の6名のうちテレサ・フォン・

ビッターハウゼン少尉もいた。



ユリアン・ミンツはヤンからのアレクサンドル・ビュコック大将への「親書」を預かり大事にトランクに

しまいこんだ。イゼルローンでの少年の生活は2年ほどの間。軍属からいまや少尉になった少年は、

別れ難い、また出会いたいというひとびとに挨拶をしてまわった。

アレックス・キャゼルヌ少将は成長した少年に浮気をしたら婚約をさせているシャルロット・フィリスが

泣くと言って見送った。「すぐこっちに戻れる。無事でいるんだぞ。ユリアン。」

この要塞事務監にはユリアンは感謝の気持ちでいっぱいであった。ヤン・ウェンリーという大事なひとに

出会わせてくれたのはこのひとだからだ。



廊下で2大撃墜王殿とであった少年はまだ教わりたいことがたくさんあるんですと、アッテンボロー提督の

亭主のほうにまず声をかけた。



「まあな。お前さんは何でもできるが16にもなって女というものを知らなさ過ぎる。フェザーンで

いい子がいたら迷わず国なんぞ捨てるんだぞ。国家の存亡なんてのは個人の色恋沙汰に比べりゃ

たいした問題じゃない。それが情熱というものだ。俺が17のとき最初の・・・・・・」とオリビエ・ポプラン

は興に乗って話し出した。



話が横道にそれると判断したイワン・コーネフ少佐はポプランを押えて言う。

「前にも話したけど、フェザーンには従兄がいる。ボリス・コーネフというあったこともない従兄だけど。

ともかく元気で行ってくるんだよ。ミンツ少尉。」と弟妹がいる兄の包容力ゆえか柔らかな笑みで少年と

握手をした。コーネフ少佐の従兄のつてがあったから「女性提督のわいせつ映像」のマスターテープを

回収できた。あのころのことを思い出したり、一緒に幽霊探検をしたことをも今ではよい思い出と

なっている。

「ポプラン少佐は奥様と仲良くしてくださいね。そのあたりは心配ないことですが。」

とユリアンは苦笑して言う。

「おう。俺とワイフは赤い糸ってやつでがんじがらめになっている。甘い束縛だな。」

と言い出したからコーネフは時間がもったいないから他の人に挨拶をしておいでと促した。ユリアンは

しっかりとした面持ちでうなずき敬礼をしてその場を去った。



「あいつ女の子のどこに何を入れるかわかってるんだろうか。心配だなあ。」とポプランが言うと

「品性下劣だよ。お前は。四季を通して年中下劣だ。」とコーネフが呟いた。

「でも大事なことだぞ。フェザーンにユリアンのいいこでもいたらどうする。俺餞別にあれをやろう。」

「いらないと思う。そういうのは余計なお世話というんだ。ポプラン。」

「ベビーができたらどうするんだ。あいつは若いし多分若い女相手だったら着床が早い。」

「・・・・・・多分、お前の奥方に聞いてみろ。品位を疑われると却下されるよ。」と不毛な会話をして。



「だが。あいつがいないとつまらんな。」とポプランは去っていった少年の後姿を思い出し言う。

「またいきてれば会えるさ。」相棒も何か深い感慨を覚えた。



薔薇の騎士連隊ではユリアンはリンツ中佐から薔薇の騎士連隊の人間が持つマークを渡された。

準隊員ということらしい。体を動かしておけよと中佐は端正な面持ちで、少年に言った。

要塞防御指揮官殿にも挨拶したいと思っていると訓練室にいると教えられて彼はそこへ向かった。

この陸戦の訓練室で少年は過酷ともいうトレーニングを受けたことを思い出す。手加減などなかった。

自分が使っていたナイフがロッカーにあったんだと思い出してそれを持っていこうと手に取ると背後から

ワルター・フォン・シェーンコップ少将がそのナイフは刃が欠けているからと、自分のものを少年に渡した。

武将が息子に刀を与えるという古典がよぎる。戸惑う少年に預けておくだけでやるのではないと

怜悧な美丈夫の要塞防御指揮官は微笑んだ。



少年はポプランの弟子でもあったがその恋の双璧といわれるこの年長の少将の弟子でもあった。

いつも不敵なグレイッシュブラウンの眸が印象的なひとである。頭の悪い子供となんか話をしない人だと

であったとき思った。軍人になりたいというがどんな軍人になるつもりだと聞かれヤン・ウェンリーの

参謀になりたいと答えた少年を鼻で笑った。

けれど14歳のユリアンは真剣だったから大脳にも小脳が必要だと言い切った。坊やともいえる

少年が自分を恐れずに「反抗する気概」をみせたのを気に入ってシェーンコップはユリアン・ミンツに

陸戦で必要な技術を教えた。

シェーンコップ自身に父性というものはないが、この少年のことは先が空恐ろしいと期待している。



執務室ではなく調べ物をしていたダスティ・アッテンボロー・ポプラン少将を資料室でユリアンは見つけた。

「ユリアン、私と同年代だったら迷わずお前と恋人になったけれど世の中うまく行くものでもないな。」

などとわざと偽悪な笑顔で言う。「そんなことを言うとだんな様に叱られますよ。」とたしなめてみた。無論

この二人の間柄ではそれは冗談が主成分であった。



「もっと気のきいた贈り物も考えるけど幸運のお守りにこれを君にあげるよ。」女性提督は古いさびのついた

銅の鍵を少年に渡した。

どんなご利益があるんですかと少年は女性提督の「仲間内にだけ見せる特別な笑顔」を賜り、尋ねた。

「ふむ。士官候補生時代に門限破りをしてた時期があってね。言葉の通り時間を過ぎれば門の塀を

のりこえるんだ。」

「アッテンボロー提督ってそういうことお好きですよね。」と少年が笑うと彼女はうんと笑った。

「いつもは見つからない私がある日上級生の見回りに見つかった。でもその上級生は見ない

フリをしてくれたよ。その時この鍵を持っていたんだ。ついていたね。今その上級生はどうなって

いると思う。」少年は考えて・・・・・・。「もしかしてヤン・ウェンリーという英雄になっていませんか。」

と回答した。うんそうだよと女性提督は微笑んだ。



「あのひとの人生に君が加わったことがどれだけ大きいか覚えておくんだよ。あのひとがいつも自分の

手本にしているのは君に何かを言うときの君の反応なんだ。先輩にとって君は鏡のような相手なんだよ。

君がいなくて一番困るのは朝起きれるかとかそういうレベルではない。君という活性剤をしばらく失うことが

つらいんだよ。・・・・・・強がっているけどね。君と当人のために。」

「・・・・・・僕はそんな大きな存在ではないですよ。」少年は謙遜したが女性提督はそうなんだよと念押しした。

「先輩のためにも早く帰っておいでよ。生活レベルに関しては私とフレデリカで補うし。でもね。先輩の

鏡になることができるのは君だけなんだ。・・・・・・元気でね。」

少年はこの女性提督が好きだった。フレデリカ・グリーンヒル大尉にいだく恋心とは違う。

昔馴染みというのか12歳のころからとてもかわいがってくれた彼女のことを尊敬もし、好きだった。

「ヤン提督のことをよろしくお願いします。」と少年は敬礼して退室をした。



あれじゃどっちが保護者かわからないよなと女性提督はまた調べものに集中した。



ヤンの幕僚にほとんど挨拶をした中でユリアンはムライ参謀長の言葉が胸に残った。

ムライ参謀長は秩序を重んじ堅苦しいことも常識をやたら説いたけれど、それは参謀をもこなせる

ヤン・ウェンリーという人間の参謀に請われたせいであった。「普通のひとはどう見るか。」その普通という

規範をムライにヤンは求めたのであろうと推察して参謀役になる覚悟をしたという。

たしかにそうだと少年は思う。

ヤンというひとはややひとが変わっている。温和に見えるけれどただ温厚なだけではない。

とても強烈な個性を持っている。普通の人がわかることがヤンには不得手であり、逆に常人では

なしえない頭脳労働をこなしてしまう。もとからヤン・ウェンリーには参謀としての能力が大いにある。

むしろ足りないのは常識なのだ。

ムライのような年長者から心中を吐露され少年は不思議であったが、ムライは少年には人を信頼させる

なにかがあるのだろうと評した。だからおそらく自分だけではない誰もがユリアンには何かを告白している

のではないだろうかとも、普段とはまるで違う表情を見せた。



10月15日まで日にちがない。少年はふつふつと沸きあがる思い出をしばし宝箱に入れてまた出発の

準備にあけくれた。







そんな気ぜわしいイゼルローン要塞でさらに騒動が起こるのでヤン司令官も、キャゼルヌ要塞事務監も

頭を痛めるし、心も痛むのである。

「・・・・・・こういう日が来ることを俺は予測していた気もするがまずはあの男だけ呼び出そう。細君には

絶対知らせないこと。いいな。司令官。」

いいも悪いも・・・・・・「私の領域じゃないです。先輩にお任せします。」

要塞事務監の執務室で部下に朝っぱらから呼び出されたヤンはソファに座ったもののどうも

落ち着かない。目の前にはキャゼルヌの従卒が入れてくれた紅茶がありそれはまずいものではない。

しかし一口飲んでからついつい考え始めるとのどに通らなくなってしまった。

それと目の前のゲスト。



一番の衝撃はこのゲストにある。



「ポプラン少佐、参じました。」と最近割合仕事熱心な第一飛行隊長が足取りも軽く、またもパイロットスーツで

現れた。「訓練中だったものでこの格好で失礼します。」と敬礼をしたら慣れ親しんだ要塞事務監と、これまた

慣れ親しんだ駐留艦隊司令官と・・・・・・小さな男の子がちょこんと応接ソファで座って入室してきたハートの

撃墜王殿をいっせいにみた。

「・・・・・・ヤン司令官殿はまた養子を迎えるんですか。ユリアンがいなくなるからって司令官閣下はよほど

子供が好きと見えますね。しかもまたかわいい男の子。」とポプランは言う。

「・・・・・・こんなときによく冗談がいえるね。少佐。」ヤンはいささかあきれていった。



ポプランが見るところその少年は5歳かそこらというころだろうか。金褐色の髪だがやや赤め。

頬はピンク色で天使のよう。そして孔雀石を思わせるようなきらきらした緑の眸でじっとパイロットスーツの

ポプラン少佐を見つめている。こういう子供が自分と夫人の間にできれば彼女も家庭に入って

いい主婦になるだろうななどと考えたりもした。



天使のような少年は飲んでいたオレンジジュースのストローから口を離して・・・・・・。



「パパ。」とはっきりとオリビエ・ポプランに向かっていった。愛くるしい表情と笑顔と声で。



・・・・・・・はい?

さすがのつわものの少佐も頓狂な声を出した。

「身に覚えがあるだろ。ポプラン。このこは今朝うちの窓口にやってきて「オリビエ・ポプランにあいたい」と

言ったそうだ。お前の息子なんだと。気を利かしたうちの部下がすぐここに連れてきたんだ。

・・・・・・ぼうや、ママのお名前を言ってくれるかな。」とキャゼルヌはさすがに二児の父親で子供相手は

得意である。



「ソニア・ジーリンスキー。22さいです。」少年は聡明そうな面立ちではっきりとにこやかに母親の名前を

告げた。

「じゃあ。パパの名前をもう一度おじさんたちに教えてほしいな。それと坊やの名前も。」

キャゼルヌはにっこりという。

「ぼくのパパはオリビエ・ポプランしょうさです。ぼくのなまえはニコラ・ジーリンスキー。」

坊やは賢いねとキャゼルヌは少年にはあたたかくやさしく言葉をかけた。

赤めの金髪の坊やは愛くるしい笑顔でやさしいキャゼルヌおじちゃんに指を五本出した。

「5さいになりました。」そうかそうか。5歳か。やさしいキャゼルヌおじちゃまは一転してポプラン少佐を

きっとにらみ、「なんだそうだよ。少佐。お前さんの息子らしいな。5歳の息子。計算は十分合うな。

そして坊やの母上なるミズ・ジーリンスキーに覚えはあるのか。」

要塞事務監の口調はとげを隠しているものの目が笑っていない。ついでに言えばヤン司令官の目も

非常に厳しいものになっている。ジュースをあどけない様子で飲んでいる少年以外はいわば「修羅場」。



ポプランは5年か6年前のロマンスを思い出そうとする。なんとなくソニアという女性は覚えているような。



けれど正直はっきりとは思い出せないのである。しかし恋人だった事実は覚えていた。

かろうじてではあったが・・・・・・金髪の綺麗なグリーンアイズの女性だったかな・・・・・・と思う。

なにせシェーンコップに言わせるとポプランは質より量、なのだそうで情事が長く続くことがない。

一番長いのが女性提督であり短い女性とは数時間の恋人という関係だって重ねてきた。

そんな恋人を三桁以上抱えていた彼である。

よほどインパクトのある女性ならともかく金髪碧眼だけではどうも頼りない。

けれど坊やの顔を見ればソニアという女性の小柄な体つきや・・・・・・



ちょっと思い出してきたご様子の撃墜王殿である。



「彼女とは・・・・・・一時そういう関係でした。じつは正直とても印象に残っている恋とは言いかねますが

恋人であったことは覚えています。確か5年前か6年前。それを考えればこの坊やの計算は合います。

・・・・・・つまりこの天使のような坊やは小生の息子だろうとお二人はおっしゃるのですね。」

二人じゃない。「ミズ・ジーリンスキーとニコラ坊やもそういっている。」すっかり恐いおじちゃまになっている

キャゼルヌ少将が坊やの手前声を穏やかにしようとオブラートでつつんでいるのであるが、節々に

詰問と批難の成分が混入しているのが明らかにポプランにはわかった。

すっかり冷めてしまった紅茶をヤンは一口飲む。あんまり緊張しすぎてのどが渇いたからである。



「じゃあ、やっぱり君の子供かな。」詰問ではないが明らかに不審の成分の混ざる口調でヤンは

「かわいい後輩の婿」に穏やかに聞いた。ヤンはもとからおっとりとした物言いなのでオブラートに

つつまなくても、なんとか坊やを刺激しない口調でポプランに問いただした。



「・・・・・・よう。坊や。なにかママからパパに伝えてほしいといわれてなかったか。」

ソファの上でちょこんと座る赤めの金褐色の髪をした少年の目線になるようにパイロットスーツの少佐は

かがみこんでいつもの明るい口調で気軽に尋ねた。

「ママがね。パパがここにいるからパパにあいにいきましょうって。ママはむかえにくるからねって

どっかいっちゃった。」

子供相手が得意な少佐は坊やのマシュマロのような頬に触れて言う。

「へえ。ママはどこいっちゃったんだ。買い物かな。坊や。ニコラ。聞いたかい。」

少年はううんといった。「かいものじゃないよ。おかいもののときはぜったい、ぼくをつれてってくれるから。

でもむかえにきてくれるっていってたの。その間、パパのところにいなさいって。ポプランしょうさはぼくの

パパだってママいってたよ。・・・・・・ほんとうでしょ。」



キャゼルヌはその言葉に胸が痛んだしヤンはこれからどうしようかと悩む。

ん。こっちおいで。とポプランは少年を抱きかかえた。

「ママがそういうなら俺がニコラのパパだ。よし。ママが来るまでパパと遊ぼうな。」

「わあい。パパ、だいすき。パパ、お仕事しなくていいの。」

「ママがくるまではいいよ。飛行機見るか。ニコラ・ベイビー。」

うん!と抱き上げられた少年はポプランの首にしっかりとしがみついてとても喜んでいる。



「・・・・・・認知しちゃうんだね。少佐。」とヤンはため息混じりに言う。

「5歳の子供に今は何もいえないでしょ。このこが俺の子供だといいはるなら子供なんでしょう。

避妊はばっちりだと思っていたけれど、バースコントロールってのは難しいです。それに俺を

頼ってここに一人でいる子のこのことを考えれば認知するしかないです。」

ポプランは小さなニコラ・ジーリンスキー坊やを左肩に乗せて落とさぬよう気をつけながら言う。

「・・・・・・女房にはなんと言い訳をするんだ。」キャゼルヌはこの際はっきりと批難たっぷりの口調で

ポプランにいった。



「彼女、理解してくれますよ。今から小生は本日休暇をとります。ワイフが仕事に不都合がなければ

家でゆっくり話し合いましょう。」などと簡単に言ってのけた。



「アッテンボロー。傷つくよ。」ヤンが言う。ポプランは考えた。

「うーん。怒ったり一時不安定になるでしょうけれどこの際子供が一人増えたところで彼女は結局は

赦してくれると思います。小生とワイフは赤い糸でがんじがらめになっている運命の相手ですし二、三日

騒動になるでしょうがちゃんと万事うまくいくものですよ。」

お前は馬鹿かと要塞事務監であり二人の結婚式の媒酌まで務めたキャゼルヌはあきれて言う。



「あのな。普通隠し子が現れれば世の妻というものはもの狂うものだ。あいつがかわいそうでならない。」

「あのひとはね。わりと鷹揚な性質だから、そういつまでもかっかしないですって。なんならここに今

呼び出してくださいよ。そう皆さんが心配するほどじゃないです。うちのワイフは宇宙一ですからね。

それに小生はこの坊やを隠してたのではなく、しらなかったんです。こちらに悪意はないです。そしてこのこに

罪はないし。そんなことはうちの奥さんはちゃんとよくわかる女です。」



夫婦の修羅場に巻き込まれるのはいやだが・・・・・・。

ヤンとキャゼルヌは目を見合わせた。「二人で話し合いをさせるべきだろうか。」

「ここにアッテンボローを呼ぶべきだろうか。」と相談を始めた。

「とにかく小生はこの坊やを放置はできないので子守に専念します。ニコラ。何か持ってきたものはあるか。

パパのおうちにいってから荷物を置いて飛行機を見ようぜ。パパの奥さんにもあわせてやるからな。」

ひえーとキャゼルヌは心の中で叫んだ。「パパのおくさん」にあわせるとは、この坊やにもアッテンボローにも

救いがないじゃないか。



「パパ。パパのおくさんはママじゃないの。」と坊やはポプランに聞いた。

「うん。パパとママはさよならをしたんだ。パパはこの間大好きな人と結婚した。その女の人が

パパの奥さんだ。わかるか。ニコラ。」

ポプランの肩の上で少年は考えるが・・・・・・。「よくわかんない。・・・・・・ぼくのこと嫌いじゃないかな。

パパのおくさん。」5歳の子供のほうがかわいそうに常識があるじゃないかとヤンも考えた。



「あははははは。ニコラを嫌いになるわけないだろう。パパのおくさんだってニコラのことかわいいがって

くれる。約束できるぞ。」と右の小指を坊やに突き出した。

「指きりだ。ニコラ・ベイビー。ママが迎えにくるまでパパのところにおいで。何も心配要らないから。」

うんと坊やは頷いてまだ小さな小指を出して指切りをした。

ポプラン少佐は悪びれもせず電話いいですかとキャゼルヌが返答をする前に使っている。



「ダーリン・ダスティ。おれ。お前のオリビエだ。今から急用ができて家に帰る。お前急ぐ仕事がないなら

半日休み取れないか。大事な話もあるし。・・・・・・うん。わかった。じゃあ、待ってるから。愛してるよ。バイ。」

・・・・・・世の中はこうもうまくいっていいわけがないとキャゼルヌとヤンは思う。

「じゃあ。休んでばかりで申し訳ないですがこんな坊やが迷子にでもなっては困るんでつれて帰ります。

ニコラ、家に行こうな。荷物置いてパパのおくさんに会ってご挨拶をして。それから飛行機を見よう。

荷物はどこだ。」

坊やはソファを指差した。子供用のトランクと飛行機のおもちゃ。



「あれ、スパルタニアンなんだよ。パパ、あれにのってるんでしょ。」

「うん。あとであれの本物を見に行こうな。ベイビー。」

にこやかに歓談をする大人と子供の姿。本当のおやこなのだから本来はほほえましいのであるが

・・・・・・。



女性提督が気の毒でならないキャゼルヌは結婚が破談になってもぜひとも今度はよい男を見繕おうと

固く決意した。ヤンは相手を見繕うことはできないけれどはてアッテンボローはどう出るのかなと

恐くもあり、気の毒でもあった。

ポプランを二人とも叱責して詰問して罵声を浴びせたかったけれど。



「ばいばい。またね。キャゼルヌさん。ヤンさん。」とニコラ・ジーリンスキー坊やがもみじのような手で

二人に手を振るので・・・・・・この場では幼児に手を振るしかなかった。



こうして突然日常は、非日常へと転ずるのである。

当人は何も動じていないのが恐ろしいと周囲だけ思うのであった。



by りょう





赤ん坊じゃないんですよ。5歳児。うふふふふ。



LadyAdmiral