本当は僕のためだから・3
カウンターバー「迷える子羊(ストレィ・シープ)」にて。2300時。 ダーツをやって見せてと彼女が言うのでポプランはバーの隅にある的にそれほど狙っているわけでなく 女性提督の言うとおりの位置に投げては命中させる。 「あのとき、こっちのゲームだったら俺は絶対負けなかった。」とぶつくさ言うポプランに女性提督は 耳元でささやく。 「ローエングラム公のところには精鋭の提督がたくさんいるだろう。」 ・・・・・・新婚夫婦の話題。しかもムードのあるカクテルバーでささやかれるものの類とはなにかが違うと ポプランは少し考えた。でも彼女はそのまま投げてと小声でささやく。綺麗な鈴のような声。 「ヤン先輩が勝機があるといってたよね。・・・・・・さっき一人で考えてたんだけどね。勝機ってなんだ ろうって。」一人で違う寝室にこもっていたのはそのことを考えていたのかと、男はちょっとあきれたり 彼女は根っからの職業軍人だなとも思う。 「で、なんか行き着くとこまでいったのか。奥さん。」とダーツボードに投げる。どうも彼女はこの話を 彼としたかったのだろう。いつもは密着するのを恥ずかしがるくせにポプランのジーンズの腰をつかんで ささやく。 「ローエングラム公だけうてば帝国は瓦解するなって思ったんだ。」 ・・・・・・そりゃそれは大胆なご意見だとポプランはダーツボードに刺さった矢を取りにいき女性提督に 渡した。「少し練習しよう。奥さん。これならエネルギーパックの無駄にならない。」 と背後にたって彼女の腰を支えるふりをして尋ねる。 「それはそうだけどさ・・・・・・。だからってそれがなんだって言うんだ。そんなことはわかりきっている ことだろ。ダーリン・ダスティ。」 それが違うんだよとバーテンに聞こえぬような声で彼女は言う。手首のきかせ方がてんでなっていない。 ポプランは彼女の手首をとって教えるふりをして言う。 「でもね。それは大きな問題なんだ。わかりきっているというけれど本当にわかっている人間は ヤン先輩しかいないと思うよ。多分ね。」 彼女が投げるとどうしてもダーツボードの手前にポトンと落ちる。 「またそうやって他の男の名前を出す。」とからかいつつ、「じゃあ本当にわからせてよ。ダーリン。」 とささやく。 うん。つまりね。 「うちもそうなんだけれどね。個人の資質と力量に頼りすぎた組織なんだ。現銀河帝国は。つまり 幕僚たちは大儀だの名文だのではない、ローエングラム公に忠誠を尽くしている大いなる組織だ。 たとえ名将の集まりだからといって。いやこの際名将であればより効果的なんだ。」 彼女はちらりと辺りを見回して視線をポプランに戻した。 「とくにローエングラム公くらいの野心を持った腹心がいれば好都合。ローエングラム公だけ叩くことが できれば、あとはどうなると思う。」 ・・・・・・国とり合戦か。 男はささやき女は頷く。言っていることはすごくスケールが大きく計り知れない智謀だと思うが ダーツのうではからきしだめだ。いくら教えても上達しそうにない。 「彼は独身だ。後継者はいまだ決まっていない。ま、まだ帝国宰相閣下なんだから後継者も 何もないけれど、幼帝は自由惑星同盟に亡命してきた。次に誰かゴールデンバウム家の皇帝を 立てるかしらないけどさどうせまたお飾りだろうね。帝位をかしてやるという風情だ。あの坊やは 妻も子もいない。彼さえ叩けば・・・・・・彼が夭逝したら。有能な腹心たる諸提督はどうするだろう。 多分政権を「平和」と「正義」のもと争いあうことになるだろう。だからこれを戦術レベルにもっていく ことができれば勝機はあるんだよ。・・・・・・ただ。」 やはりどうレッスンしても女性提督は「狙う」ものは苦手らしい。 けれど言っていることは男でもわかる。まさに核心を突いている。問題は実用に向くかである。 「そう。同盟にはそれだけの船もないし数が少ない。あの白い船を狙うにはそれ以前の敵を 排除しなくちゃいけない。つまり総当たり戦になりそうだなと・・・・・・。うちの司令官に頼むところは せいぜい自分こそヤン・ウェンリーを倒したいと思わせるような誘惑をあの坊やにかけてほしい ってことだ。幸いにしてうちの司令官殿はまれに見る智将だ。そしてまた幸いにもあの金髪の 麗人はうちの司令官を気に入っている。・・・・・・何とかしのげばあの御仁が自ら必ず戦場に 出る・・・・・・・ってところを部下としては大いに期待してるんだけどね。」 まだまだ実用レベルじゃないよねとダーツを拾って男に返した。 そして美しく微笑んだ。宙色の眸を輝かせて。 「・・・・・・おかんむりのときそういう恐いことを考えてたんだろ。俺が15回ごめんといっても返事一つ しない。家に帰ったらお仕置きだ。このおてんば。」 さっと彼女の唇を掠め取って亭主は言う。唇に指をあてて少しうつむく彼女。 やや赤くなっているのはアルコールのせいだけではない。 相変らず照れ屋さんだとポプランは、ついいとしさを感じる。 「だってお前やシェーンコップの相手ばかりできないよ。・・・・・・あのやさしい先輩が私をどうしても やめさせたくない理由は、一人でも現場で指揮をとる提督がほしいからだよ。じゃあこっちはどう 働かされるのかくらいは想像してもいいだろ。生産的で価値があると思うけどね。だが悲しいかな どこまであの坊やを誘惑できるかなんだよね。・・・・・・うちの要塞の男を誘うのと次元がはるかに違う。 そっちのほうが私としては給料のうちでぜひとも算段をつけないとね・・・・・・。」 本当はね。 「一日でも早くお前を安心させてやりたい。何せ私は最前線に立つからね。よほどの腹が ないと私の夫は務まらないよ。あんまり悋気を起こさないでね。オリビエ。あの金髪の坊や 以外はお前を誘うことしか、私の頭の中にはないんだから。少将くらいの男相手にしないで。」 女性提督の彼を見つめる眸とその言葉に、またもしてやられる撃墜王殿である。 「了解。奥さん。」と彼女の腰を引き寄せてスツールに腰掛けた。 「あと一杯ずつなにか、気持ちが高揚するようなすっきりしたカクテルを。彼女のは少し 甘くて弱いもので、こっちはそうじゃないものを。」 とラストオーダーをして。 彼にはアンダルシア、彼女にはペシェ・ロワイヤルが並んだ。 「じゃあ。帰ったらお仕置き。こっちは必死で謝ってたのにさ。明晰なるクールな奥様に 乾杯。」と彼はグラスを合わせた。 もう。と彼女は苦笑したがそれすらすべて愛らしい。 この愛らしい笑顔の奥でいつも何を考えているのやら。どきどきさせられるのはいつも 彼かもしれない。 「うちの司令官が度を越してひとの女房を借りたがる理由がよくわかった。・・・・・お前は 恋愛にはとんと音痴だがやっぱり頭の切れ方が並じゃないんだな。」 全然誉め言葉に聞こえないと彼女は不平を鳴らしている。 ときおりこのギャップについついのめりこんでしまう彼であった。怜悧ともいえる智謀と 無邪気さと危うさ。魅力あるよなとまた隣の彼女に恋をする撃墜王殿でありました。 寧日、安寧のイゼルローン要塞。 アッテンボロー提督は金髪の女性に無条件降伏をする。フレデリカ・グリーンヒル大尉然り、 テレサ・フォン・ビッターハウゼン少尉然り。女性提督の母君は実に美しい金髪を持ち、姉三人は その金髪を受けついだ。彼女一人父親の髪の色になり以来、金髪にはとてつもなく弱い ダスティ・アッテンボロー・ポプラン提督であった。 戦艦のドッグで整備をしているフロイラインを見つけるとうきうきしながら近づく。 「こんにちは。フロイライン。」とにこやかに声をかけた。かけられたほうは慌てて器具を床に置き 女性提督に綺麗な敬礼をした。「アッテンボロー提督・・・・・・でよろしいのですよね。」 ビッターハウゼン嬢はゆるい巻き毛をいつもあげている。乱れ髪を残さず丁寧にとめている。 帝国貴族の女性の矜持かなと女性提督はいつも思う。 「うん。結婚しているけど仕事中はアッテンボローと呼ばれることにしている。みなそれになれているし。 あなたは器用だね。服の修繕から船の修繕までするんだ。」 はい。と彼女は敬礼を崩して微笑んだ。 「小官は食べるために軍人になったんです。とは言えど射撃の腕もよいわけでもなく、参謀として 知謀があるわけでもありませんでした。でも給料をもらうために機械いじりを覚えました。 こちらのほうになんとか少しは才能があったようです。自分は機械をさわるのもなおすのも好きです。 昇進は望めないですけれど食べるには何とか。でも・・・・・・。亡命をして昇進なんて考えは おこがましいですね。それに不条理な発想でした。」 と苦笑した。フレデリカ・グリーンヒルと同じ年齢らしい。二人とも若くて無条件にかわいいなと アッテンボロー提督は思っている。 「いろいろとつぶしが利く仕事でいいよ。私などは軍人をやめれたらせいぜい専業主婦業に 没頭する。どっちかというと家庭に入りたい部類の女なんだ。」 ・・・・・・・つぶしというのはいったいなんなのでしょうかとテレサがおずおずと尋ねた。 帝国貴族の女性だからこんな下世話な言葉はご存じなかったらしい。 「つまり軍人を辞めても次に仕事を見つけやすいってことだよ。テレサなら船もなおせるし もしかして艦載機もなおせちゃうのかな。民間の機械くらい簡単に修理できるからそういう 仕事で食べていくのに困らないだろう。」 大きな薄いグリーンの眸を瞠らせてテレサと呼ばれた少尉は「まあ。それをつぶしが利くと こちらでは言うのですね。なんだかしゃれた言葉ですね。」 ビッターハウゼン少尉とアッテンボローは顔を見合わせて笑った。 けれどフロイラインの顔色はあまりさえない。 メルカッツ提督の指揮下で整備兵をしていた彼女のこれからの未来は全く予想がつかない。 まだ20代の若い女性は自分の数奇な運命を考えてしまえば心細くなるから無為に時間を 費やすより船や機械の整備をして気持ちを紛らわせているのである。 彼女の家庭は貧しい家ではあったけれど、血筋はよいらしく両親のしつけも行き届いていた。 帝国で女性士官が登用されるというのはごくまれなのだそうで、下士官を入れても1%にも満たない。 けれど男の社会で矜持を持って生き抜く強さが少尉にはあり、凛とした姿がとても見るものの 心を爽やかにする。 「おやおやアッテンボロー提督はよほどブロンドの女性が好きと見える。仕事中に亭主にはあって くれないけれど女性士官にはでれでれしてるんだから。」と聞き慣れている夫の声がした。 ポプランとコーネフ二人が二人に近づいてくる。 「だってかわいい女の子は魅力的じゃないか。賛成してくれると思ったんだけどな。ポプラン少佐 なんかは特に。」というと「あなた、自分が人妻だってこと忘れないでくださいよ。」とキスされた。 「そろいもそろって女性が好きな二人だ。夫婦そろって酔狂なことだね。」 コーネフ少佐はアッテンボロー提督とビッターハウゼン少尉に敬礼をして言う。 「テレサは豪奢な金髪の持ち主だしうちの奥さんのあこがれる美人像なんだろうな。いつも綺麗に 髪を結い上げているけれどいつかは髪を下ろした姿も見たいものだな。な、ダーリン。」 そういわれてもというように返答に困るビッターハウゼン嬢に変わりアッテンボローは言う。 「彼女は身持ちがよい女性なんだ。髪を下ろせば男たちが近寄ってうるさくてかなわない。 ・・・・・・私も髪をもっと切ろうかな。まとめるのはできないけど短かったら身持ちがよく見えるかな。」 と最初は少尉を擁護していたが、最後は何かあいまいな方向に話が飛んだ女性提督。 「だめ。今以上切っちゃだめですよ。」 とポプラン少佐は言う。「それにあなたは短くしても多分、目立つ。無駄だよ。奥さん。」 とポプランが彼女の前髪をくしゃくしゃと撫でた。 「ビッターハウゼン少尉がしっかりしておいでなのは若くてもご苦労が多いからだと思うよ。 身の上が安定していないと気がかりなことも多いだろうね。」 とイワン・コーネフは19センチ低い帝国亡命軍人の少尉にはじめて声をかけた。 「いえ。少佐。小官はどこまでもメルカッツ上級大将の・・・・・・いえメルカッツ中将の下で軍務を 全うする覚悟であります。軍人たるもの身の処遇に一喜一憂しては勤まりません。」 三人の同盟軍の「どうでもいいけど軍人になっている」軍人とはどうも持っている心持が そもそも違うらしい。 「立派だね。ビッターハウゼン少尉。」 コーネフだけが兄のような優しい面持ちで微笑んだ。 ビッターハウゼン少尉はどうも自分は固いことを青臭く言ってしまったと空気を察知した。 「すみません。少佐。当たり前のことをさもえらそうに言いました。」 そう当たり前に言えることじゃないよとコーネフが言うとポプランもそうそうと頷いた。 「ご両親のしつけが行き届いているな。どのような身の上でもあなたはきっと毅然として 実に美しい。これは品格というものだ。自由惑星同盟で真似ができる女性はいそうもないな。」 と特に女性提督をみて言う。 ・・・・・・咳払いをして女性提督はビッターハウゼン少尉にいう。 「実に見事な心がけだ。客員提督閣下がどのように身をおくかはさておいて、いずれにせよ私は あなたの友人でありたい。不思議なえにしで帝国とそちらのいう反乱軍に身をおきながら、 戦う相手はおそらく一緒だ。それだけではなく一個人として今後もよろしく。」 とアッテンボローは握手を求めた。 ビッターハウゼン少尉は困った顔をした。「・・・・・・小官の手はこんなに汚れております。お気持ちは ありがたく思います。小官もアッテンボロー提督と出会えた身の幸せを感じる次第です。」と敬礼を した。それを見て苦笑しながらコーネフがハンカチを出した。 「油で汚れてしまいます。少佐。」 「うん。物理学を学ばなくてもわかるよ。かまわないから使いなさい。少尉。」 「・・・・・・ありがたくお借りします。」 彼女は借りたハンカチで手を拭いてもう一度女性提督が差し出した手を握ってた。 「すまないね。帝国流儀じゃなくて。私は主従関係は好みじゃない。あなたとは友人でいたいんだ。」 アッテンボロー提督は無垢な笑顔を見せる。 テレサも少しはにかんで「はい。郷に入れば郷に従えです。小官でよろしければぜひ。」 と素直に24歳の若い女性らしく答えた。 その夜女性提督は彼女の夫にこう漏らしている。 「コーネフって・・・・・・結構有無を言わさないなにかがあるね。」 それをきいたポプラン少佐は彼女を抱き寄せて言う。 「ハンカチ一枚から始まるロマンスはこの世にざらにある。・・・・・・しかしテレサはまだまだ若いだけあって 今後どうなるかわからんな。悲恋になるか薔薇色の恋になるか・・・・・・あいつの手に負える恋愛だと いいんだけれどな。」 おや。、珍しく友達思いなんだねと女性提督は彼の唇に唇を重ねた。 「ライバルは一人でもつぶしておきたいからな。」 ・・・・・・結局は自分のためなのかよとミセス・ポプランは笑った。 まだ未来が見えない宇宙歴798年の夏も終わりかけたころである。 ![]() テレサってどんな顔なんだろう・・・・・・。まだ一度も描いたことがないんですよね。 ひっ詰めた髪の毛の金髪美人が出したかったんですよ。 |