本当は僕のためだから・2



1800時。

亭主のオリビエ・ポプランのほうは帰宅して着替えもした様子でアッテンボロー提督の執務室に

迎えに来た。

「む。自分だけ着替えてずるい。」

女性提督は副官に笑われてもこの際不機嫌さを隠さなかった。彼のほうは綺麗なラインの

シャツスタイルを洒脱に着こなして結婚指輪すら「おしゃれ」に見える。

「自分でデートに誘っておいて。不機嫌にならないの。はい。これに着替えて。持ってきたからさ。」

と紙袋を渡された。



「・・・・・・今着替えるのだろうね。これは。」と女性提督は言う。

「うん。ここ専用のトイレットあったでしょ。広いはずだし。それともおれとラオ中佐がここから

出てようか・・・・・・。」とポプランが言うのでアッテンボロー提督はいいよといって引っ込んだ。



日増しに女房殿の操縦がうまくなるね。少佐。とラオは書類を整理しながらいう。

「うちのワイフには俺の操縦を巧みにこなせるようになってほしいものなんだけれど・・・・・・いや

待てよ。もしかして俺のほうがやっぱり女房殿に・・・・・・つかえているように見えますか。」

と少佐がラオ中佐にきいた。

「少佐は昔からうちの閣下が好きだったね。閣下のためなら何でもするだろ。さてじつはどちらが

優位なんだろうねえ。」と分艦隊主席参謀長はしれっと答えた。

結婚を二回、離婚を二回もするということが違う。



「・・・・・・脚がでるじゃないか。」と女性提督は着替えて出てきた。

「隠すことないだろ。」「前は隠せといっただろうが。」「祭りのときはだめ。俺と二人ならいいの。」

その理屈がもう一つわからないんだよなと女性提督はラオ中佐とふと顔があった。



「閣下。私服でいらっしゃるとどこの小娘かと思うくらい幼くなりますね。」

さすがにラオ中佐殿は人生経験が豊かでいらっしゃるので女性提督にそのようなことも

平気で言う。

「・・・・・・彼の趣味なんだよ。私じゃない。」

「そういうところが小娘らしくていいじゃないですか。」

・・・・・・とにかく帰るとアッテンボロー提督はラオ中佐にこれ以上残業するなよとねぎらいの言葉を

かけて執務室をあとにした。

ういういしいものだと副官殿は束になった書類をまとめてファイリングして自分も帰宅することに

した。残業手当が出るわけではないし上官は新婚で、普段は定時には帰ろうと執務中の仕事の

能率がいいし悪くないことではあると思っている。



それにしても。

「ヤン司令官、大盤振る舞いをしたものだ。」と今日分艦隊に第一飛行隊6個中隊を預かった

ことを考える。彼自身は結婚はもうしたいと思わないけれど、女性提督はまだ28歳。

人生で一度くらいは結婚してもよいであろうとやや保護者めいたことを考えた。



執務室を出てから前に二人でいったこじゃれたカウンターバーに行くつもりで歩いていると

民間区に出る途中でワルター・フォン・シェーンコップ少将と出くわした。

隣で並んでいたはずの亭主は自分より一歩前に出てどうも彼女を背中にかくしたいらしい。

「よう。お前、今度からは「トリグラフ」から出撃することになったそうだな。美人の妻と

同じ船でよかったな。ポプラン。」

シェーンコップは独特の奥行きと響きのある声で言う。



「小生の希望を申請したのではなかったんですけれど。でもいずれにせよまだ司令官閣下は

小生のワイフを必要としておいでのようです。軍務中は仕方ありませんから司令官に貸しです。」

とポプランは陽気な声で言う。

「で、その美しい奥方を隠しているのは俺に見せたくないからだろう。幼稚なまねをするやつだ。」

「幼稚で結構ですよ。小生は18歳の少年ですからね。きらきら星の王子で、人類とは違う高等

生物なんです。少将と違ってあっさり大人になる気はありません。子供でいるほうが特権も

多いですからね。」

と陽気にウィンクなどした。



「そんなに警戒しなくてもいい。ほしくなればいつでも奪えるし今はいらん。大人ってのは

そういう融通が利く世代の事を指すんだ。まあ二人で楽しい夜を過ごせ。二人にマンネリズム

でも生じれば喜んでお前の女房を寝取ってやる。」



あ。

「結構頭にくることいいましたね。小生たちは至極仲むつまじく夫婦生活を営んでいますから

少将の手出しはご無用ですよ。というかそれ冗談で済ませておいてくださいね。刃傷沙汰になります

から・・・・・・。」

人の話を当人を隠してするんじゃないと女性提督は思う。それにシェーンコップがいうことは

冗談に決まっているじゃないかと彼女は思うのであるが、ちらりとポプランの表情を見ると。



口は笑っているけど目が笑ってないよ・・・・・・。



「その辺で勘弁してくれ。少将。そういう趣味の悪いあおりはやめてくれよ。オリビエにしても

冗談で受け流せって。真剣になるなこんなつまらないことで。」

と二人に言うと「お前はなんにもわかっていない。」と二人から厳しい口調で言われた。



「何がわかってないって言うんだ。お前亭主だろ。ちょっと釣られてすぐカッカくんなよ。

みっともない・・・・・・。少将だって本当に悪趣味だ。お前さんとはどうも気があわない。

そうだよ。私には何のことだかさっぱりわからない。そんなに二人で話がしたければ

二人で仲良く話でもしてろ。・・・・・・頭きた。」

ミセス・ポプランだってとても人間ができている人ではないので二人の

「お前はなんにもわかっていない。」発言には彼女の心に「不機嫌」のエッセンスを

加えるに十分できびすを返して彼女は自分の部屋のほうに歩き出した。



「・・・・・・ほらね。うちのワイフ本当にわかってないんですって。あなたがまだ彼女に未練が

たっぷりと残ってること。逆に怒り出しちゃいました。人の家庭に荒波を立てないでくださいよ。

少将。意地悪だなあ。」

ポプランは残されて彼女の歩いていく姿を見ながらシェーンコップに文句を言った。



「お前さんは馬鹿だな。亭主になったんならこっちが完全に手出しできない策を練るくらい

できないのか。一人にさせると余計こじれるぞ。惚れてるんならなりやふりはかまうんじゃない。

小僧。あいつのあのあやうさが、魅力ではあるな。とりあえずはお前さんがきっちり保護していれば

おれは人様のものを無断で手出しするほど行儀は悪くない。心配するな。」

いまふたつほど信用はできませんけれど。



「彼女は人妻なんだけれどどうもまだまだ敵がいるような気がするのは小生が悋気もちだから

でしょうかね。」

ポプランは両手をジーンズのポケットに入れてシェーンコップを見上げる。ポプランは背が低くはない。

182センチの長身だがアッテンボローが179センチの長身の女性なので「小さい男」と気に

入られている。

「ミス・グリーンヒル以上にお前さんの女房殿は目立つからな。しかも派手に。髪を切っても

華やかな印象がぬぐえない。つい手を出したくはなるな。わかるだろ。ポプラン。」



ワカリタクハナイデスケドネ。

「多分そこでしょうね。美形だと近づくと内面のギャップにテクニカルノックアウトくらいます

からね。・・・・・・せいぜい亭主としては粉がかからないように精励しますよ。ほんと少将は

たちが悪い。知っててからかってるからほんと、頭きますよ。」



と言い残して自分の部屋に戻った彼女をさてどうなだめるか、思案するポプラン少佐であった。



やはり世の夫たちは妻に頭が上がらないのであろう。







彼女は別の寝室に入り鍵までかけてでてこない。



じつは二人が交際してから結婚して今夜にいたるまでなかったことなのである。

ポプランが一度だけヤンに嫉妬を勘違いでしたことはあっても女性提督は彼を追い出したり

しなかった。解放しようとはしたけれど・・・・・・。



彼女は鷹揚と育っているせいなのかあまりかんしゃくを起こさない。冗談ですねることは

あっても私生活レベルで「怒る」ことはしない。「すねる」のは彼女の魅力でもあり短所でもあり。



「ダスティさん。さっきから14回謝っているんですけどまだ怒ってるんですか。」

鍵など悪事の天才のポプラン少佐には造作もなくあけられるのだけれど中にいる奥方は

本当に奥に入り込んでしまったようで返事はない。



「なあ、ダスティ。ちょっと冗談が過ぎた。ごめん。おれがやすやすと少将の挑発に乗って

いらないことを言った。反省してるから・・・・・・。でてきてくれない。ドア越しに会話してたら

まるで交渉人になった気持ちがする。・・・・・・おれケビン・スペイシーじゃないんだぜ。

・・・・・・つまらないことで怒らせたのも悪いけどずっとこもりっぱなしってのも夜がもったいない。」



15回目の謝罪にも立てこもった女性提督からのメッセージ一つない。

・・・・・・ちょっと放置するかとポプランは思った。

いつもいつも甘やかしては彼女のためにもならないし機嫌が直れば腹もすくだろう。

彼女の腹時計は正確だから。もういつもなら何かを食べないと力がでない時間になる。



彼はとりあえず夕食の支度をしようと思ってキッチンに向かった。

扉が開いていつの間にか彼女は夕食の手伝いをし始めた。



「・・・・・・・なんであたしが怒られなきゃなんなかったのか聞かせてくれないか。」

彼女は最近買った中華なべでチャーハンをいためる。この時代チャイナフーズは

あまり主流ではないので家庭料理向けではない。けれど大きな中華なべをポプランが

買ったとき彼女はとても喜んでいた。



「28にもなる女が自分の女性としての魅力もわからないで無防備にしているから

シェーンコップのくそ野朗だけでなくいろんな男がお前を狙っている。それをお前は

知らなさ過ぎる。だから俺も過敏になる。ちょっと悪かったと思っている。」

女性提督はふうん。そうなのかと翡翠色の眸で調理を続ける。



「飯食って寝る。・・・・・・・いろいろと考えてることもあるし。甘えのことがどうだとか

じゃなくて自分の幼さについてな。これだけ幼ければ誰しもからかいたくはなるんだろうな。

ああいう場合はきっとお前をつれてさっさと少将の前から消えればよかったんだ。そんな

知恵も回らぬ28歳。程度が知れる。食事をして寝る。・・・・・・私はお前の事を思っているつもり

なんだけど・・・・・・・それもうまく伝わらないみたいだ。夜に考えると思考がよくない方向に

陥るから、寝るよ。ごめんな。オリビエ。」



さらに料理を盛り付けながら彼女は言う。

「ダスティ。そういうところもお前のかわいいところなんだ。そういじけないで一緒に飯食って

酒でものみに行こうぜ。まだ夜はこれからだし。」

そっと彼女の頬に手を当ててやさしく抱き寄せる。



「・・・・・・なんかさ、買いかぶられてる気がするんだ。ヤン先輩からもお前からも、

周りの男たちからも。私はご立派でもなければ自分をかわいいとも思えない。

能力だってフレデリカのほうがあるよ。もっとしっかりしなくちゃといつも思うけれど

できないことも多い。本当はこんなことを言うところからして甘いんだろう。」

目をそらしたまま女性提督は撃墜王殿に呟く。



おれさ。

「お前が美人だからとか有能だからとかってお前一人にしたわけじゃない。多少甘えんぼの気質は

ある。でもおれはお前のそんなバランスが取れていないところも気に入っている。むしろ

であったころの強気のまんまより、いとしく思う。それじゃわからないかな・・・・・・。」

彼女の額は少しひろくて愛らしい。ついそこにキスをしてしまう。

女性提督はポプランの顔を見て・・・・・・いう。



「でも妻として才覚がないだろ。あんなつまらないことで頭に来る自分が情けなくて、

返事できなかった。・・・・・・甘えてばかりで情けないんだ。」

翡翠色の眸は「宙(そら)色」の眸に変わりつつある。

「ひととくらべるなよ。・・・・・・おれはお前がどんな女にこれから変わろうが変わるまいが

お前に惚れてるよ。人の家庭と比べても仕方ないだろ・・・・・・。二人で作っていこうぜ。

お前ってさ・・・・・・。」



どこかでちゃんといつも俺を考えてくれるだろ。

「それって俺にとってはうれしいぜ。・・・・・・それも大事に考えてくれる。

お前がすねても怒っても、ちゃんと話し合いができる。おれはいい女を

伴侶にしたって思う。・・・・・・愛してるよ。ダスティ。」



やっと彼の肩に頭を乗せてポプラン夫人は甘える。

「・・・・・・ぶっきらぼうで甘えんぼで、じゃじゃ馬で男言葉でしゃべって、すねて・・・・・・・

それでも好きでいてくれる?」



もちろん。

「女は甘えたりすねたりときどきおこったり。それが女って生き物だ。俺はそんな女って生き物が

だいすきだしそうしてたまに俺をはらはらさせてくれ。ときどきでいいけどな。・・・・・・我慢せず言いたい

ことは言おうぜ。話し合いって大事だから。」

そういうと少佐は彼女の唇に唇を重ねた。

相手を思ういたわりと愛情のこもった接吻。

「さ、食って酒でも飲みにいこうぜ。ダーリン・ダスティ。」

うんと彼女は笑みをこぼした。



やっぱりそれは極上の微笑。彼の心にクリティカル・ヒットする。



結局話し合いって大事だよねと二人は彼女手製のチャイナフーズを食べて「デート再開」を

果たした。魔法使いじゃないからな。黙っているとわからないと男は言う。



「喧嘩してもいい。でもやっぱり話し合いできるような二人にはなっておこうな。」

うんと頷く女を見て。



「ストレイ・シープ」の静かなバーテンは何もいわないで二人の注文する酒を用意した。

バーテンだって思っている。



女がすねるほうが、男がすねるよりかわいいものだってことは。

「でも祭りのときはスカートが駄目でこういうときは別にいいのはオリビエが守ってくれる

からなのか。」

ノンアルコールのシャーリー・テンプルを口にして女性提督は言う。



「カウンターのスツールで隣に座る女の脚が見れる。祭りではお前に寄りかかる酔漢を

俺がミンチ・ボールにする手間がかかる。ま、ぶちまけて言えばおれのためかもな。」



もう。

と彼女は横顔で呟くが・・・・・・もう不機嫌なご様子はない。

惚れた弱みだとポプランは考えて女性提督の「粉を払う」役どころに

せいぜい力を入れるとしようと思う。誰にもとられたくない女性だから、である。



 お題配布様




なんとかおちをいつかはつけなくちゃな。



LadyAdmiral