本当は僕のためだから・1



宇宙歴798年8月22日0900時。



ダスティ・アッテンボロー・ポプラン少将はヤン・ウェンリー司令官から急ぎの仕事がないなら

執務室に来てくれないかと電話を受けた。急ぐというものはないから彼女はラオに行き先を告げて

司令官閣下の呼ぶ部屋に赴いた。



「何かありましたか。司令官閣下。」

彼女が部屋にはいったときには彼女の亭主のオリビエ・ポプラン少佐も部屋にいて副官殿や

ユリアン・ミンツ准尉は席をはずしていた。珍しいなとも思うし・・・・・・彼女がまず察知したのは

夫が何かしでかしたのであろうかということである。今はおとなしいがこの男は何をするかわからぬ

やんちゃな坊やだったのだから。



「こっちこっち。アッテンボロー。別にお前のご亭主が何か悪いことをしたとか、お前を叱るとか

そうじゃないからこっちにきなさい。」

ヤンは執務室の大きな机の上で指を組んで彼女を見て手招きした。そもそもうちの司令官に

あれだけ大きな机が必要なのかなぞな女性提督。

はあ、といいつつベレーを脱いでポプラン少佐の隣に立った。訓練中だったのであろう。

珍しくパイロットスーツを着ている。あまり彼女は彼のパイロットスーツ姿を見ないから

仕事中であるけれど・・・・・・3割は男前に見えるなと思いつつ顔には出さない。



「小官も先ほど呼ばれて今来たところですよ。アッテンボロー提督。」と横に並んだ3センチだけ低い

妻に「職場で使う名前」でやさしさの成分の含まれた声でポプランが言う。

「あの。なんでしょう。副官もいない、ユリアンもいない。で、小官たち夫婦に何か関連でも。」

と階級こそ低いが少佐は先にヤンに尋ねた。



うん。

「まずはね。アッテンボローに誕生日の祝いも渡さなかったしね。結婚の祝いもこれといったものを

渡していないから、できれば受け取ってもらいたいなと。」



・・・・・・。



「先輩、今は8月です。私は11月生まれです。誕生日祝いは・・・・・・・今度ください。」

ヤンは結婚しようがアッテンボローはアッテンボローと呼ぶ。キャゼルヌもそうだが。

それは仕方がないなとポプランは思っているがいきなりご祝儀の話しかと、やや不思議に思う。

酔狂な司令官だということは知っているがいまさらという気もする。



「じゃあ誕生日じゃなくて結婚祝いだ。」

ヤンは笑いもせず言う。

「・・・・・・ではこちらは祝いですから倍返ししなくては。・・・・・・ということでキャゼルヌ少将から

極力祝儀をもらうなといわれていますから辞退します。」

いいでしょと3センチ高いだけの隣の夫を見る。少佐は肩をそびやかした。



「本当は私のためなんだよ。後生だからもらって欲しい。もうざっくばらんに言おう。

分艦隊司令官を辞めていいといったけれど事態が急変した。分艦隊を預けようと思った

人物にあるところからお声がかかった。それはお前も知っているね。」

まじめな司令官を見てアッテンボローは客員提督はご意向を示したのかと尋ねた。



「いや。まだだ。でもあの方の気質から言えば7歳の皇帝を見捨てることはできないのでは

ないかな。だからこれはオフレコだけれど後任者がまだ定まらない。」

それで、私と主人を呼んだのですかと女性提督は聞いた。

「うん。まだ・・・・・・・おめでたじゃないよね。アッテンボロー。これはセクシャルかモラルか

わからないけれどハラスメントかな。・・・・・・ようはね。まだお前の機動力と提督としての人望と

実力を貸しておいてほしいってことだ。」



女性提督は握ったベレーをかぶりなおしてポプランのほうを見る。彼とて今ひとつわからぬが

ようするに彼女を引き止めているのだろう。



「今のところ懐妊の気配はないのでこのまま現職を務めるつもりですが・・・・・・。そう回りくどく

言わなくても先輩は司令官ですから人事として申し付けてくださればいいじゃないですか。」

アッテンボロー提督は口調がきつくならぬように穏やかに言った。

「以前、私もシトレ元帥にいろいろと無理を言われて軍をいまだ辞められずにいる。お前に

こんなことはしたくなかったがあまりに私のほうは駒が少ない。ローエングラム公に勝機があっても

駒が足りなければ投了しなければいけない。戦いの以前にね。」



勝てるんですかとアッテンボローと呼ばれる女性提督は小さな声で息を呑み司令官に問うた。

これもオフレコだよとヤンはいい「理論的には負けない。現場でどこまで使えるかまだ思案中。」

と人差し指を自分の口に当てて言う。



「私は軍人ですから命令があれば従います。分艦隊司令官職を務めさせていただきます。」

改めて女性提督が請け負ってくれたのを見てヤンは心底ほっとした様子である。本当同盟軍って

個人の力量に頼りすぎるよなと彼女は思い、夫を見た。彼は承諾の合図で彼女に魅力的な

ウィンクをした。

「あの。閣下。小官はなぜここに呼ばれたんでしょう。」

当然の質問をポプランはした。

「だってポプランはアッテンボローに家庭に入ってほしいだろう。というか軍人をやめれたらいいと

思うかなと・・・・・・。おととい昼食のときに私はアッテンボローにやめていいといったのにたった

二日で180度意見をひっくり返す羽目になった。侘びの気持ちもある。」

「でもそれは閣下の責任じゃないでしょう。そりゃいつまでもワイフを最前線に送り出したいほど

小生は間抜けじゃないですし・・・・・・。けれど状況がこれだけ変わればやむをえないでしょう。

それも司令官の給料のうちでしょう。閣下。・・・・・・部下に恨まれるのも。」



と少佐はやや最後に皮肉のエッセンスを入れた言葉を口にした。

うん。そのとおりだとヤンは言う。

「だからアッテンボローにはこの際、代償じゃないが祝いをやろうと思って。」

意味がわかりません。と女性提督は言う。



「分艦隊司令官旗艦「トリグラフ」に第一飛行隊を預ける。とり合えず期限なしで。

勿論飛行隊長もね。・・・・・・倍返しで働いておくれ。」






「つまりね。今後ポプランの6個中隊は「ヒューベリオン」ではなく「トリグラフ」から出撃をしてほしい。

どのみちお前の艦隊に空戦部隊を割くつもりだったしね。お前は数がほしいというけれど、

アッテンボローにしてもポプランにしても多分今後いいのじゃないかと思うんだ。もとからうちの

艦隊は空戦や戦艦だって少ない。ただの一個艦隊だ。それも元は半個艦隊で新兵の寄せ集め。

第一飛行隊ならアッテンボロー、使いではあるよ。」



・・・・・・倍返しってそのことかよと女性提督は表情を変えず心の中で悪態をついた。



「うちは好都合ですが空戦部隊の使い方に問題は出ませんか。各個撃破で未亡人はいやですよ。」

「いやなことを言うなあ。ダーリン。」と妻の発言にポプランはやや唇を尖らせた。

「スパルタニアンの機動性を考えれば各個撃破という概念は当てはまらない。それともともと

うちは数で負けてるんだ。艦載機は群がればいいというものではないだろう。少佐。」

ヤンはパイロットスーツのオリビエ・ポプランに尋ねた。



「おおむね閣下のおっしゃるとおりです。だがこれは正式に決まりですか。としたらフライング

シュミレーションを考慮しなおしたいんで正式辞令ならそうおっしゃってください。」

少佐はさすがに部下のことを考えているだけあってあいまいな提案をハイソウデスカと

受けとめずに確認した。



「うん。正式辞令だ。本艦隊にはまだコーネフの6個中隊と第三、第四のそれぞれ四個中隊が

ある・・・・・・。アッテンボロー上手に亭主を使ってぜひ倍返ししておくれ。」



了解と彼女は敬礼をしたが



「先輩ってときどきすごくエゴイストですよね。」といった。

そうだよとヤンはしぶしぶ言う。「私を人格者だと錯覚しているものが多くて困る。人格が優れて

いれば楽に勝てるなら行いを正してもいい。でもそういうものでもないだろう。私は非人格者だ。」



できればねとヤンは愚痴る。これはアッテンボローだから愚痴るのである。



「お前を気前よく寿退職させてやりたかった。だが私の計算でこの二日考えたが、どうしても

ポプランもアッテンボローも必要だ。となるとこういう配置も考えるしかなくてね。不甲斐ない

先輩で申し訳がないと思っている・・・・・・。」



・・・・・・。

「そんないじけたふりしないでください。仕方がないでしょ。手が詰まってるんでしょうし。

でも後任は考えてくださいね。えらそうに言うのも申し訳ないですけれど。終戦まで

結婚を待つのも違う気もしましたし子供も生む気でいますし。・・・・・・倍返しできるか

わからないですが善処します。」



と隣の第一飛行隊長を見る。

パイロットスーツを着てるとちょっとハンサムにも見えるかもと不謹慎な思いを横において

「ということなので今後は少佐、よろしく。」

と女性提督は左手を差し出した。本当は右手なのであろうが彼が右手にヘルメットをもって

たっていたので左手にしたのだ。



「ヤロウよりあなたに出撃命令をくだされるのを実は心待ちにしていたので。光栄です。

アッテンボロー提督。」と手袋のまま左手を優しく握られた。そしてあっという間に抱き寄せられた。

うっかりしていたわけではないが3センチの違いで力の差がおおいにある。

「司令官閣下。ひとこと申し上げますがワイフにベビーができたら絶対退役させますからね。

ちょっと貸すだけですよ。人妻ってものは本来貸し出ししないものです。」

ポプランは女性提督の肩を抱き寄せてヤンにはっきり言う。



「それくらいはわかっている。借りるだけだよ。本当は借りてはいけないことも知っているよ。

だがね・・・・・・後任者を育てるのに苦労するんだ。提督なんて頭と口があればいいと思われる

仕事だけどアッテンボローは才媛なんだ。士官学校11番で卒業。射撃でBマイナス、

スパルタニアン・シュミレーションでBがなければあとはAかAマイナス。実際私より将官になった

年齢は若い・・・・・・彼女は今後元帥になるかもしれないといわれている。こんな人間の

後継者となるとそう簡単に誰かをスライドできない。・・・・・・でもめでたく恋をした。

そしてめでたく結婚した。・・・・・・できれば次はめでたくご懐妊を望むよ。これは虚言じゃないぞ。」



ヤンは髪をかきむしって、ため息をつく。



「あーあ。不甲斐ないよ。私は。あーあ。・・・・・・・。」



ごねないでくださいとアッテンボローは言う。「ちゃんと仕事しますからごねないでください。

ビュコック大将がお聞きになれば情けないといいますよ。しっかりしてください。」

後輩の女性提督になだめられてヤンは自分で出した人事に頭を抱えている。

空戦隊を割いたことには何も問題はないが結婚して早く家庭におさめたいと願っていた

女性提督の手を借りなければとてもメルカッツ提督抜きでラインハルト・フォン・ローエングラム

に対抗できない。



たかだか1万5千隻の一個艦隊である。

本国の艦隊数だってたかだか知れている。自分がローエングラム公ならば。

まずは一個艦隊をイゼルローン要塞に当てる。ここを封じ込めばこの要塞を軍事拠点として無力化

できる。要塞だけではない。駐留艦隊である自分たちも無力化可能だ。

あとはフェザーン回廊をとおって堂々とこちらの首都星を制圧できる。アムリッツァの愚行さえ

改めて補給経路を強固にすれば、ローエングラム公なら遠征などたいした問題でない。



勝機はひとつしかない。

それにはまずこちらの作戦に引っかかってもらうしかないわけだがそれにしたって手ごまが

いる。



「では閣下、よろしければ下がります。」女性提督はまだ撃墜王殿に肩を抱かれている状態だが

当然仕事をしに戻るのである。

「アッテンボローの心当たりで育ちそうな人間を見つけたらお前、後継者を育ててごらん。

私がどれだけお前を育てるのに苦労したかわかるよ。・・・・・・冗談だ。でも探してみてくれ。」

了解と女性提督が敬礼をすると隣の少佐も敬礼をして二人そろって司令官執務室をあとにした。



じゃあ。ダーリンと廊下でキスしようとする夫に女性提督は言った。

「少佐、定時に終わるの。それとも残業しちゃうのかな。」

「小生をデートに誘おうと思っているでしょ。アッテンボロー提督。」

そばかすのかわいい女性提督はなんでわかるんだろ、ちくしょーと心の中で呟く。



「昔のように1800時におれの提督の執務室にお迎えにあがりますがそれでいいですか。」

撃墜王殿は煌めく緑の眸で彼女に言った。

「こじゃれた店で酒を飲もうよ。それでもいいかな。」

勿論と撃墜王殿は今度こそ女性提督の唇にキスを落として・・・・・・。



「ご馳走様。俺の提督。」と綺麗な敬礼をしてドッグの方向へ戻っていく。

三割り増しにハンサムに見えることは内緒にしておこうと女性提督も自分の職場へ

戻っていった。



 お題配布様




艦載機、トリグラフに搭載できるのか。と詰問されれば笑ってごまかすしかない。



LadyAdmiral