会議は踊る。・1



寧日、安寧のイゼルローン要塞。



過日無事結婚の儀式を終えたミセス・ポプランなるダスティ・A・アッテンボロー少将と、その親友である

フレデリカ・グリーンヒル大尉との麗しきランチタイムは女性提督の希望で継続する。



女性提督はフェミニストでとくにフレデリカはお気に入りである。できれば自分の副官にしたい

くらいであるがそれをするとヤン・ウェンリーという事務が全くできない人が困るので

あきらめている。



「ご結婚されて何が変わりました。アッテンボロー提督。」

彼女は法的にポプラン夫人であるが分艦隊司令官の仕事上軍務においてのみ

アッテンボロー提督と呼ばれる。女性提督は夫の苗字が嫌いではない。



しかし面白いのである。



「うーん。何が変わったかな。何か変わったかな。少佐。」



特別に結婚後はこの二人の歓談に入れてもらえるようになったのは亭主のオリビエ・ポプラン少佐。

「名義変更だろ。それと資産の共有。でも一番なのは公的の場で二人でいても誰から文句が出ない。

ダーリン・ダスティ。愛してるよ・・・・・・ってどこで言っても文句を言われない。それはいいな。」

ポプランの言葉にフレデリカは笑い、アッテンボロー提督はまた呪文のようにマダム・オルタンスの

言葉を心で反芻する。



おおむね、亭主に逆らわずに。「そうだね。オリビエ。・・・・・・。」と答えておいた。

マダム・キャゼルヌを見ろ。あんな横暴で口の悪い亭主に逆らわない。家庭は円満。

賢妻になるべく彼女は努力している。



「そうそう。昼から政府のFTL(超光速通信)が入るんだったよね。中央指令室で見れば

いいのかな。」

女性提督はフレデリカに尋ねた。

「ええ。政府から軍部、民間人みな見るように伝達されてますわ。閣下は

見たくない自由を行使したいとおっしゃってましたけれど。仕方ありませんわね。」

今日のランチメニューはマグロのコンフィ・シェリービネガーソースとラタトゥイユ。

ニンジンのムース・ホタルイカ添え。パンは各自自由に取る。少佐にはまたさらに

ブロッコリーとベーコンのトマトソーススパゲッティと鶏モモ肉の炭火焼き。

少佐には炭水化物やたんぱく質が必要なのである。



「あの顔を見たくはないものな。多分でるんだろうな。ヨブ・トリューニヒト。」

大きな口をあけて見事にフォークをくるくる巻いてパスタを平らげるポプラン。

よく食事を取る男は女性提督はだいすきである。食べっぷりにじつは少し惚れている。

何せ新婚ですから。



「ええ。閣下もそれがいやなのでしょう。」今日のランチはカレン・キッシンジャー大尉が

つくっている気がする。フレデリカは味を判別する能力は十分持っていた。

「あの男に票を投じる連中の気持ちがわからない。あの笑顔が気色悪いよ。

インパクトがあるってところが人気だったのかな。最高評議会議長だもんな。別名

最低評議会。・・・・・・オリビエ、こっち向いて。」



女性提督はハンカチを出して夫の口元についたトマトソースをやさしくぬぐった。

「ダーリン、やっぱり結婚してからのほうが優しいな。」

「・・・・・・今までもやさしかったよ。お前のものの飲み食いは見てて愉快だけど

いたずら坊主みたいに食べ散らかすね。のこさず食べるからいいけれど。たんと食べて

大きくなおなり。オリビエ。」

「今から背は伸びないと思うな。ま、いっか。ダーリンはコンパクトな男が好きだろ。」

・・・・・・うん。まあねと彼女は赤面して食事を続けた。



・・・・・・やはり結婚をすると女性提督でも知らぬまに惚気(のろけ)を言ったり、夫の

口元のソースも人が見ていようがかまわずかいがいしく綺麗にする。



女性提督は結婚したからといって何もかわらないように言っているつもりであるが明らかに

「ミセス・ポプラン」である。

そこへ黒髪の司令官閣下がニンジンのムース・ホタルイカ添えと豆の冷たいスープ、牛乳を

持って現れた。

「四季ばてしてるでしょ。先輩。ちゃんと固形物を食べないと。」

女性提督は食べやすそうなメニューだけを選んだ仲のよい上官にそっと苦言を呈した。

ヤンは実際夏にかなり食事が落ちる。

けれど夏ばかりでもなくイゼルローン要塞のように気候を一定に保たれた中でさえ

食欲が湧かぬ場合が多い。その分はアルコールで栄養を取っている。

「食が細いんだ。お前やお前の亭主のように食べれない。」



嫁になるひとが気苦労するよなと女性提督はフレデリカを見て思う。

「午後のFTLも愉快じゃないしね。少し胃を休ませないと。」



ヤンはあの二流政治家が嫌いであるので、政府からのFTLは給料のためと辛抱している。

「小官も閣下に同意見です。キャゼルヌ少将のお叱りさえなければ聞きたくもないし

見たくもないですな。・・・・・・何が起こったんだろうな。本国の連中。」

ポプランは十分咀嚼もし味わい、ランチを平らげた。



食後の珈琲を女性提督がさりげなく彼の前に置く。



「実に麗しい光景だね。少佐、幸せだろう。」とヤンは言う。

うひひと不埒な笑いをして撃墜王殿は幸せですという。

「もっとも二人きりの時には彼女はいつもよいタイミングで珈琲を出してくれますよ。

公の場でされると格別に気分がいい。奥さん。愛してるよ。」

とギャラリーはヤンとフレデリカなのでかまわず唇を重ねた少佐である。



うん。結構なことだとヤンは豆の冷たいスープを口にする。

「夫婦仲がむつまじい光景はささくれた心を癒してくれる。アッテンボロー。子供云々は

さておいて退役して主婦になっていいんだよ。」

だって分艦隊のことがあるしと女性提督はいうとヤンは小声でメルカッツ提督に

預けるつもりで考えているからという。

「まだここだけのオフレコだよ。周囲を説得するのにいろいろと手を焼きそうだから。」



そっか・・・・・・。

いつやめてもいいなら今晩辞表を提出しようかなと隣の夫に言うと

「おう。それもいいな。金のことは心配するな。おれ佐官で終わらない徳があるから。」

という。四人はそのときはそれもいいだろうと朗らかに笑いあった。



その日の午後までは。






午後、中央指令室にはヤンの幕僚といえる人物が集まってきていた。

ここには大きなスクリーンがある。そして超光速通信(FTL)の内容いかんで幕僚会議

ともなるケースもある。となれば各自どこで見てもかまわないのであるが自然とここに

集まってくる。



「ダーリン・ダスティ退職の言葉考えたのか。」



第一飛行隊長のポプラン少佐は女性提督の姿が見えると声をかけた。

「退職されるのですか。アッテンボロー提督。」第二飛行隊長のイワン・コーネフ少佐が

ポプラン少佐のお守りを普段している。

「え。お辞めになるんですか。提督。」ユリアン・ミンツ准尉もその場に居合わせた。



「・・・・・・ポプラン少佐。今夜考えるつもりだよ。まだ調べるのは不謹慎だろ。それに司令官に

せよどこまで本気でやめていいといったのかわからないし。ま、やめるのはいつでも

やめれるらしいしのんびりしよ。結婚式が早すぎた。準備に四日程度だもんな。」

軽く背伸びをする女性提督はいう。



「さて。そう簡単にやめれるものかな。少将の給料までもらっておいて脚ぬけできるかね。」

とシェーンコップ少将が声をかけた。

間に割り込もうとする夫を押えて「先日は綺麗な花をありがとう。少将。酒もうまかった。

祝いの返しをしないとな。」と薔薇の騎士連隊と要塞防御指揮官の名前で来た

贈り物に関して女性提督は礼を言った。

「気にするな。美人には花が似合う。それにポプランの給料で二人食べていく気持ちがあるなら

あまり無駄な金は使わぬことだ。ミセス・ポプラン。・・・・・・おれを結婚相手にしておけばのちのち

大将夫人にはなっただろうに。惜しかったな。アッテンボロー。」

女性提督は微笑んだ。



「まあいいさ。佐官の給料で質素に暮らすってのも割りと自分の身の丈にあっている気がする。

大将夫人にはなれそうもない。」



そろそろ始まるなとコーネフが時計を見て呟いた。シェーンコップはその場を離れてヤンの

座っている席に近づいた。ヤンは相変らずだらけた態度で隣でキャゼルヌ少将が何かささやいて

いる。



宇宙歴798年8月20日1400時。



女性アナウンスと自由惑星同盟国家のBGMが流れやはりトリューニヒトの顔が大写しにされた。

「やなかおだなあ。」アッテンボロー提督はまわりにかまわず言う。本当はもしヤンなどがいれば

言葉に気をつけなさいというのだろうけれど、肝心のヤンでさえスクリーンの顔がアップで映されると

イスから落ちそうなくらい辟易した。



告げられたニュースは「エルウィン・ヨーゼフII世の亡命」を知らせるものであった。

銀河帝国ゴールデンバウム王朝現皇帝がそのエルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウム

という7歳の少年である。



トリューニヒトはローエングラム公が7歳の幼帝を虐待し弾圧している。それを憂いた

ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯が中心となり皇帝を連れて自由惑星同盟に力を借り

ゴールデンバウム家の皇帝を樹立。「亡命正当政府」の発足を発表。ハイネセンの最高評議会は

幼い皇帝を人道的に受け入れ手をとり、打倒ローエングラム公を声高に歌い上げた。

「正当政府人事発表」がなされ軍務尚書にウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将

を指名した。



副官のベルンハルト・フォン・シュナイダーはすぐに上官が申し出たことではないとみなに誤解を

解こうとした。ヤンは我々も正当政府とやらをたてるならメルカッツ提督を軍務尚書に推すだろう

といい、シェーンコップも同意した。

他の幕僚も頷きはしなかったがほぼ同感であったようでだれもメルカッツに質問をするものはいない。



ハイネセンの馬鹿どもはとアッテンボローは思う。これではラインハルト・フォン・ローエングラムに

正当な「宣戦布告」のお題目を与えてしまうじゃないか。憤りを感じて自分のベレーに手をやろうと

するとその前に床に叩きつけられたベレーが目の端に映った。



ポプランは代々軍人の家系で育っている。

150年にわたる戦争で自分が命をかけてなぜゴールデンバウム家を守らねばならないと

怒りで自分のベレーを床に叩きつけた。

アッテンボローはそれを拾ってちりや埃をはらう。

コーネフはこれで平和になればいいじゃないかとポプランをなだめている。物言いも仕草も

実に穏やかである。

ゴールデンバウム家と仲良くしてもローエングラム侯と仲たがいすることになるだろと

ポプランが言えば、人道的に亡命者が7歳の子供である以上追い返せないだろと

淡いブルーの眸は弟を扱うように言う。

ゴールデンバウム家の連中に人道を説いていいいものがいるかとまだまだポプランは

怒りをぶつけている。それもコーネフは先祖の罪であの子の罪ではないという。



コーネフの言うことはもっともであるのでポプランの怒りは収まらない。

それも仕方あるまいと女性提督は夫の頭に綺麗にしたベレーを載せた。



「ダーリンは怒らないのか。腹が立たないのか。くそ。」

「腹は立ててるよ。でもね。夫婦そろってベレーを床に投げつけるわけには行かないんだよ。

先に怒った者がちだよ。こういうものはね。・・・・・・あんまりかっかしないで。オリビエ。

おそらくこれから将官の幕僚会議がなされると思う。やめるというのは案外難しいな。

早く妊娠させておくれ。愛してるよ。」

と頭に来ている夫の唇にキスをした。



「さ。会議に行くか。会議は踊る・・・・・・されど進まずってところだろうな。」とヤンやフレデリカ

のいる指令室前方へ軽い足取りで向かった。



ユリアンとコーネフはキスされてあっけにとられたポプランを見て笑った。

「やはり世の女房殿は強いね。」

コーネフが言う。



「・・・・・・そっか。メルカッツのご老体が引き抜かれるのか。なるほど・・・・・・・子作りにより

専念しよう。」

少し怒りが収まったのかポプランは妻の美しい後姿を見て少し微笑んだ。

「アッテンボロー提督はそもそもポプラン少佐の扱いがお上手ですからね。」

ユリアンは肩をすくめた。



この後、将官クラスの幕僚会議が開かれた。



by りょう




LadyAdmiral