会議は踊る。・2
定時は1700時であるがアッテンボローは大体において1730時まで仕事をする。 ・・・・・・していた。 けれど事実法的結婚をしてからは1700時までにきっちりと執務を終えることにしできるだけ 亭主よりは早くかえることを心がけていた。今のところ仕事も家庭も大きなしわ寄せはない。 アッテンボロー提督は士官学校を11位の席次で卒業している。評価が低かったのは射撃と スパルタニアンのシュミレーションでそれ以外は学業に専念せずとも「A」から下がらないそれこそ 「優等生」であった。 だがモラルにおいて授業のサボタージュはしないまでも、「権力もしくは亜権力」には徹底的な 抗弁を惜しまず、「有害図書愛好会」においては本の入手、風紀委員との攻防戦を日常繰り返して いたためかなり教官連中から疎まれていた。「準優等生」とレッテルを貼られたのはそのせいで 当人はどうでもいいとおもっている。 彼女がもし従順たる士官候補生であれば次席は無理でももう少し優等生で卒業したであろう。 自己評価が低いがキャゼルヌやヤンに言わせれば「できのよい子」なのであった。 だから日常範囲内での軍務は実に優秀で副官が留意すべき点は、「権力、圧力」を嫌う潔白な 彼女の気質をコントロールすることと仕事に没頭すると時間を忘れる彼女に時計を示すことが 大きかった。 「結局いまさらだけれどローエングラム公は完全なる宣戦布告をしてきたよな。」 幕僚会議ではまさしく、「会議は踊る、されど進まず」のとおりなにも打つ手はなかった。 メルカッツ提督にせよ軍務尚書に任命されたけれどさてどう動くのかはまだご本人が迷っている 様子。メルカッツがいうように7歳の少年の皇帝を持ち出さないで「亡命正当政府」とやらを つくるべきだったのだ。7歳の子供がまさか「自由惑星同盟に亡命するぞ。」と言い出したわけでは なかろう。幼帝は誘拐された。女性提督は会議の様子を思案した。 ローエングラム公ほどの頭脳の持ち主がうかうかと幼帝をさらわれたとは考えにくい。 むしろ幼帝を誘拐させ玉座を手に入れんとする布石としたのではとヤンはいっていた。 女性提督もそう思う。首都星ハイネセンでは「騎士症候群(ナイトシンドローム)」という現象が 起こっているという。亡命してきたのが「王子様」で自由惑星同盟はその王子を守る「騎士」 だという感覚が強いのだそうだ。さっき彼女の亭主が、ゴールデンバウムの人間に人道を 云々する権利があるのかという言葉を首都星で言うとにらまれるらしい。 「閣下。新妻がそのように眉根を寄せてお考えになっていてはいけません。1700時を 過ぎましたよ。確かに宣戦布告はされましたがあれは形式でしょう。事実戦争はずっと 続いていますからね。」 ラオ中佐は上官に時間を示した。 まあ、それはそうなんんだがね。とアッテンボローは言う。 「・・・・・・銀河帝国の人間からするとローエングラム公は悪政を排除した善良なる独裁政治家 ってことだろ。おまけに幼帝は誘拐されあのやっこさんは「正当に討伐」の名目が立った。 ゴールデンバウム家は平民の敵であった・・・・・・。その子孫の幼帝をかくまった同盟政府は ようはラインハルト・フォン・ローエングラムとだけではなくて・・・・・・銀河帝国そのものと 対峙するんだな・・・・・・いやあの金髪の奴さんは見事だよ。ちくしょう。ハイネセンの馬鹿どもが。」 書類を片付けながら表情を変えずに言うものだからラオは不思議に思う。 「閣下。その発言はここだけにしてくださいね。あまり大きな声で言うと士気にかかわります。」 「・・・・・・まあな。それにしてもああもうまうまとローエングラム公は利益を得たものだ。 うちの司令官にもあれくらいのあざとさが欲しいよ。」 門閥貴族に幼帝を誘拐しようと画策できよう者が残っていたのであろうか。 そうは考えにくい。フェザーンが何か仕掛けた・・・・・・。 偶然の幸運をあの美しき「覇者」は喜劇を見るかのごとく冷たい笑みで見ているに違いない。 ・・・・・・・偶然であるわけがない。やはりフェザーンが貴族の連中をそそのかした。 逃亡させる資金や計画。誘拐の計画にしろ王宮から皇帝を連れ出すのは警備が薄くなっていると いえど簡単ではなかろう。 ・・・・・・なればイゼルローン回廊は無力化されるであろう。 ファザーン回廊があるからな。 ヤンが口にしなかったことであったがアッテンボローはヤンの考える2歩手前まではわかる。 政治構想、軍事構想の面で彼女はわかる。 本格的にラインハルト・フォン・ローエングラム公はフェザーンと手を組んだ。 ・・・・・・あちらには軍備もあり資金もある。人材もある。 こちらは不利になるばかり。・・・・・・自分のような小者がここまで予想できるのだから シェーンコップや勿論ヤンはわかりきっている。 さて。ローエングラム公に勝てる算段はどうつけるのだ。メルカッツ提督はどう動くのだろう。 自分は結婚をした。 それは相手に対しての思いやりでもあり自分の正直な気持ちもあり決めたこと。 でも今夜かく予定だった退職願は一時保留にせねばなるまい。 彼女の夫はなんと言うだろうか。自分が家庭に入ることをあれだけ喜んでいる彼の気持ちを また無碍にするのは・・・・・・つらいものがあると女性提督は席を立った。 「帰る。明日は0800時にここにくる・・・・・・。お疲れさん。」 銀河帝国の陣営には多くの諸提督がいてすべてがそれぞれに秀でているという。 そんな人間がラインハルトの下に集まっている。世の中不公平だと思いつつ・・・・・・。 彼女の中で一つ突拍子もない策にもならぬ考えがよぎった。 けれどあまりに・・・・・・これを結局どう戦術に生かすかまでは考えられそうもない。 今夜はトルコライスにシーフードと夏野菜のグリル。じゃがいものポタージュとサーモンマリネ。 「・・・・・・あと一品にいるかな。やっぱり。」 と呟いて執務室を飛び出した。 家に帰ると彼はまだもどっていなかった。 もっとも女性提督は残業をしなくなったことを夫に話しているわけではない。1800時に仕事を 終えていたのを1700時に変更したのはあくまで「できるだけ妻は夫より先に帰宅」ということを 頭に入れているからである。国の母はそういう。姉の意見は二つに別れ「亭主より早くかえって 食事を作ったところで世の男は感激一つしない。」と下二人は言う。長姉と母は「出迎え推奨」 をする。 女性提督はどちらかというと仲がよいのは二番目の姉だが彼女ほどドライでもなくいませっせと キッチンで食事の支度をしている。 こうも考えた。今日は昼間にあれだけ腹を立てていたポプランのことだし、コーネフと一杯引っ掛ける こともあろう。それはそれで温めなおすことなど彼女はなんとも思わぬから次々料理を つくっている。そうそうこういうときの作りおきのロースとビーフだ。ポプランがおなかがいっぱい ならこれは保存。野菜が少ないのでアッテンボロー家に伝わるといえば大げさだが野菜ジュースを つくり冷やす。 「我ながらいい嫁だ・・・・・・。なんて馬鹿いってる場合じゃない。」ポプランの制服と自分の制服の 替えを用意しておく。浴室の掃除とトイレットの掃除を済ませて・・・・・・。 「・・・・・・ちょっとねよ。いいよね。」とソファに横になった。交際を始めてすぐに一緒の生活になって はじめは隣で誰かがいるという違和感で彼女は何度も目が覚めたし、寝入りにくいことがあった。 それでも長く軍人を勤め上げているせいでそう苦でもなく、やがてなれた。環境変化の順応の速さは まあ、あるほうだと思っている。眠りながら「あ。洗濯もしておけばよかったな。」と思うけれど今 少し眠い気がして起き上がれそうもない。そのまま寝入って気がつけば2105時。 あれ。この天井は・・・・・・リビングじゃない・・・・・・。ベッドに寝ている自分に気づいてゆっくり体を 起こした。着衣も制服ではなく下着とガウンだけなのでこれはポプランの仕業かなと思う。 「ダーリン・ダスティ。お目覚めだな。最近忙しくて疲れたんだろ。」と浴室から出てきたらしい ポプランがベッドルームに入ってきた。ベッドに腰を下ろして女性提督にキスをした。 「なんか眠かったの・・・・・・。おかえり。ダーリン・オリビエ。」 せっけんの香りのするバスローブの夫だきしめて女性提督は半分寝ぼけて言う。 「食事作ってくれたんだな。ありがと。仕事もあるんだからあんまり全部自分がしようと思わなくて いいよ。法的な奥さんになったから家事全般自分がと思わなくていい。」 女性提督はポプランの首にしがみつき笑みをこぼした。 彼は世の普通の夫ではない。 割と可愛いのである。にんまりと微笑む女性提督であった。 「ご飯食べよ。手伝うし。な。奥さん。」 「うん。」と二人は仲良くキッチンに立った。やっぱりシェーンコップのような男やキャゼルヌのような 男じゃ女性提督はいやだなと思う。別に亭主に作らせようという腹ではないけれど全く何も 料理できないという男も困る。いやキャゼルヌは27歳までは独身だったし何か自分でつくっていた はずだ。一度ヤンと手伝いに行った覚えがある。手際はよかったけれど・・・・・・。 キッチンに似合わないのだ。とりわけ背が高いとか圧迫感があるわけではないが同じ台所に立って 思ったのは邪魔だなということである。きっとシェーンコップやその他の男たちも邪魔っぽい。 でもポプランは隣でポタージュを温めている姿を見ても赦せる。きっと可愛いからなんだろうなと 女性提督は誰にも言わないけれど思う。 「ちょっとだけコーネフと飲んでた。あんまり遅くなると新婚だから奥さんに悪いと帰ってきたのは 8時過ぎかな。お前寝てたし。熱はなかったからベッドのほうが眠りやすいかなと。風邪引くぞ。 せめてブランケットでもかけて寝ろよ。ダスティ。」 はあい。ごめんなさい。ととっとと皿を並べて料理を盛り付ける。 ねえ。オリビエ。 「辞表かけないね・・・・・・。まだ。」食卓についていただきますをして、つい口から出た。 「・・・・・・お前はどうしたい。お前の生き方だからハイネセンの阿呆どもは関係なく。お前は まだ分艦隊司令官でありたいか、やめていいと思っているか。それはお前が決めていいんだぜ。」 ポプランはできるだけどちらにも比重をおかないような話し方をした。 ダスティ・アッテンボローという提督は同盟軍で言えば稀代の智将の内の一人に入る。 やや小粒ではあるがそれでも彼女の智謀と絶大な部下からの信頼を思うと彼女がこんな 時勢になってすぐに「やっぱり軍人やめます。」ともいえないだろうと思う。 と、同時に彼女はやはり家庭にいてもよい女性だと思う。仕事をしていてこれだけ家事能力がある 上に彼女自身は女性的な気質であることも彼は知っている。結婚式でも彼女は絶対自分より 前に出なかった。披露の席でも挨拶は司会を除けば一番にポプランの職場に礼を言いに行っている。 よく気が回るなと思った。そして現在でも彼女は「夫」に相談をしている。 彼女がどちらを選んでも後悔しなければポプランはそれでいいと思うし、そうあって欲しいと 思う。苦楽をともにする。この気持ちには変わりない。ただ彼女には生まれてきて幸せだと 思えるときを多く味わってもらいたい。単純に彼女が幸せになれればと、彼は思っている。 「ちょっと考える。でも結婚は後悔してないから・・・・・・。ほんとだよ。」 確かに時間が必要だろうなとポプランは思い彼女の頭を撫でた。 「うん。そちはういやつじゃのう。ちこうよれ。」 「やだ。おなか減ったからご飯食べる。」 そんな会話も二人は幸せ。 会議は踊る、されど進まず。 ポプラン夫妻の間でもすぐに今後妻が家庭に入るのかは保留になりそうである。 近く戦闘が始まるであろう。 おそらくヤンも今アッテンボロー提督を失うと窮地に立たされる。 けれど戦闘が始まれば・・・・・・夫に会うことがかなわぬ身になる。彼女は「トリグラフ」のひと。 彼は「ヒューベリオン」から出撃をする人となろう。 「・・・・・・マダム・オルタンスに相談しよう。」 なぜか自分の髪を洗う夫にそう呟いた。「何でもかんでも相談を持ちかけてすまないことだけれど どう考えればいいのかわからないときは自分があこがれる主婦に相談すべきだよな。」 「さあな。それはお前が考えるんだ。お前は普通の女じゃないことを自分で自覚もしなくちゃな。 それを覚悟で妻にした俺の気持ちも斟酌してくれよ。別に家にいろといわないし、かといって 戦場に出ろとも言わない。・・・・・・いろいろと相談してみろ。そして自分で決めろ。奥さん。」 この11月で29歳になるんだろと頭から心地よい温度のシャワーがかけられてすっきりする。 「トリートメントの間に体も洗おうな。ダーリン。」 「いや。一人で洗える。オリビエ。独りで決めたりしなくちゃね。もう大人だし。一人で洗えるよ。」 29歳になる大人の女だから。 「だからこそ洗いたいんじゃないか。ダーリン・ダスティ。」 ・・・・・・ちょっといろいろと相談してみよう。アッテンボロー提督は思うのであった。 fin by りょう 「トリグラフ」って艦載機つめないのかな。それがわからないけれどつめる方向に捏造。 |