星のラブレター・3



三日というのはあっという間に過ぎる。普通一年なり半年なり準備をして結婚式は挙げられる。



三日。

媒酌人の辣腕が見て取れる。会場は軍のホール。けれど30名もいないので小さなホールを

借りた。軍のホールというと簡素なイメージがするのだがさすがイゼルローン要塞。帝国の

貴族趣味がうかがえる部屋をキャゼルヌは押えていた。前日にはリハーサルも終え。



新婦の友人であるフレデリカ・グリーンヒル大尉はパールピンクのフェミニンなスーツを着て

コサージュをつけなかなか見目麗しい。人数が少ないのでみなほとんど席は一緒である。

ラオ中佐と「トリグラフ」の艦長はしみじみと「ああ。大損害だ。」と呟いている。

現分艦隊司令官がなにせ今日の花嫁だから途方にくれている。

「まあ子供ができるまでは提督には変わりないのだから。」

とフィッシャー提督は用意されている飲み物を口にして二人をなだめている。



「確かに分艦隊では大きな損害だろうな。だがポプランは果報者だ。はて因果応報の法則と

やらはどこへ消えたのだろうな。」コーネフ第二飛行隊長はいい、コールドウェル大尉は

それに関してはコメントしなかった。他の二人の空戦隊長も一応第一飛行隊長は階級が上

なのでただ酒を飲んでいる。

「薔薇の騎士連隊が邪魔にはいると面白そうだね。」とまだコーネフはいう。



司会のムライ参謀長は案外落ち着いた様子で司会の位置についている。

ヤンはその後ろで控えている。開会のスピーチがあるのだ。

マダム・キャゼルヌは下の娘の手を引いて会場に戻ってきた。ということは今花嫁の準備は

整ったのであろう。亭主のほうも会場に帰ってきた。



時間1200時。

オリビエ・ポプラン少佐とダスティ・A・ポプラン少将の人前結婚式が執り行われる。

音楽はポプランがすでにキャゼルヌに渡しており、キャゼルヌは式典部員に渡しているので

照明も音楽も大丈夫である。



新郎新婦入場。

曲が流れ出し扉が開いた。会場には大きな拍手とため息のような感嘆の声があがる。

軍の礼服を着たユリアン・ミンツ准尉は恭しくリングピローを両手に持ち先頭を歩く。

花びらをたくさんをかごに持ったシャルロット・フィリス・キャゼルヌが可憐な足取りで、ゆっくりと

優雅に赤いじゅうたんの上に薄いピンクの花びらをまく。これは魔よけの意味もあるらしい。



二人の姿もさることながら当然花嫁と花婿に視線は集中する。ポプランは軍の礼服をさすがに

今日は崩さず着てなかなか好男子に見える。立ち居振る舞いも軍人だけあり綺麗である。

やはりみなの目を引いたのは花嫁の姿。うつむいているもののその美しい姿かたちに

誰もが笑顔になり、祝福の拍手が惜しみなく贈られた。花嫁は花婿の腕を取り歩くのであるが

所作から何からして麗しい。

フレデリカも若い女性であるので花嫁の美しさに見とれ写真を撮るのも忘れない。



司会のムライは二人が会場の前方に歩みとまると「開会の辞」をヤン・ウェンリーに任せた。

「今日はほんとうにおめでとう。・・・・・・二人が交際をしてこうして夫婦になるというのは

とてもすばらしいことだと思う。二人にはぜひ、幸せになっていただきたい。これが私と

この会場のみなが望んでいることのすべてだと思います。人前式と言うのは神に誓うのではなく

仲間や友人、知人に二人の結婚の誓いをたてる式です。ですから本日会場にこられた皆さんには

この二人の結婚の証人になっていただきます。のちのちまで二人が仲むつまじくあるよう

願う次第であります。」



と2秒を上回る1分のスピーチに花嫁は心の中で笑った。リハーサルで「えっと」「あの」

を連発したためキャゼルヌからちゃんとしゃべれと叱責されたヤンであった。ヤンはまた後方に

下がり、こんどは新郎新婦の二人から参列者へ結婚の誓いの言葉である。

あらかじめ書面にした物を花婿が取り出して花嫁と声を合わせて読み上げた。

「私たちふたりは皆様の前で結婚式を挙げることを宣言いたします。

心をひとつにして助け合いこれからは苦楽をともに分かち合い生涯の伴侶としてともに

生きていくことを誓います。宇宙歴798年8月18日。夫オリビエ・ポプラン、妻ダスティ。」



読み上げたのをみなが確認すると司会が「次は新郎新婦による指輪の交換です。」

と簡潔な口調でけれど厳かに言った。

ユリアンが差し出したリングピローの上の指輪をお互いの指にはめる。少佐は花嫁の指に

すっと指輪をはめることができたが、「花嫁」は「花婿」の指にうまくなかなかおさめるのが

難しいようで手に汗を握る緊張感が漂った。

その間アッテンボローのブーケはシャルロットが持っている。

花嫁は表情にでないひとなので鷹揚に見えるが内心では



(普段から指を鳴らすから関節が太いんだ。ばかやろう。)と思っている。花婿は

(・・・・・・今日中に終わればいいや。どうせうまくやってもだんなには叱られるし。)と

これまた悠然としている。

花嫁が微笑んだとき花婿の左手薬指にプラチナのリングが光った。感動的であった。



司会はこんなことくらいではなんとも動じる様子もなく「では祝福のキスを。」とのべた。



幾万回のキスをしてきたであろう二人であるがムライ参謀長からキスしてもいいといわれるのは

今日くらいである。

花婿は花嫁にそっと唇を重ねて5秒でキスを終了した。

キャゼルヌから10秒以上キスしたら叱責を浴びることになっている。そして来賓に向けて二人は

寄りそってたち指輪を披露した。



「これで狂犬も鎖につながれたな。」とコーネフはにこやかに小さな声で言った。

参列者はみな拍手を贈る。次は結婚証明書を二人で書く作業である。

実のところアッテンボローは「Poplin」のつづりが愉快で笑いが止まらぬのである。

変な名前だなと思っていて必死に笑いをこらえている。

その証明書に立会人代表者ヤン司令官が署名をする。

ヤンが署名しているときもまだアッテンボローはポプランのつづりがおかしくて笑みをこらえている。

三者の署名が書き入れられた結婚証明書をみなに二人で披露した。

このときやっと花嫁は花婿に美しい笑みをもらした。

指輪交換と結婚証明書の署名をもって二人の正式な「結婚」が整ったことを司会者が告げて

ヤンが音頭をとって乾杯をする。

この日は食事も酒もかなりよいものをキャゼルヌは手配している。人数が少ないからできる。



ムライは挙式の閉会の辞を述べ、花嫁花婿をまじえて結婚披露パーティーに移行した。






「その指輪には何か意味でもあるのかい。変わった指輪だね。きれいだけど。」ヤンは人前で話すのは

慣れているので結婚証明書の悪筆以外は完璧だったと、キャゼルヌから誉められて安心している。



「このかたちはアンフィニなんですよ。」披露宴といっても何せ顔見知りばかりのものでほぼ立食形式に

変わっている。ポプラン夫人に名実ともになったアッテンボローはヤンに左手を見せた。



まあここまでは80点かなとキャゼルヌは思っている。二人とも軍人であるので立ち居振る

舞いは問題ない。アッテンボローは言葉は男のようだが黙っていれば身も心も女性らしいので、

花婿よりこころもち半歩さがるように歩いているし、花婿は女性のエスコートにかけて申し分が

ない。指輪の交換ではああいうことはままあるし、もっとひどい例を知っているのでよしとして。



花婿のキスが長くなかったのも実によい。儀式らしくなったのは司会の人徳だろうか。

軍人らしく、そしてあるところで砕けるメリハリがまずまずだと媒酌人殿は最後まで気が抜けない。



「本当にミセス・ポプラン、お綺麗です。ドレスもとても素敵で・・・・・・私うれしいですわ。」

とフレデリカは若い女性らしく目に涙をためて花嫁にいう。花嫁は女性に涙に弱いので

花婿にハンカチないときいて出させて、涙をおさえさせた。

「フレデリカのときは私が存分にお手伝いしよう。なかないで。」花婿以上にフェミニストな花嫁。

それにしても。



「花嫁は女神のように美しいですね。やはり軍服よりもずっとよい眺めです。」とコーネフが

花嫁にグラスをあわせに来た。「今日はきてくれてありがとう。コーネフ少佐。」

にっこりと微笑むポプラン夫人となった女性提督。

「あんまり見るな。へったらどうする。」と花婿は僚友のグラスにグラスを合わせてウィンクした。

「そんな不合理で非科学的な現象は起こらないよ。神秘主義者か。花婿さん。」と軽くかわす。



「ミセス・ポプラン。新婚旅行がなくて残念ですね。」とラオ中佐が挨拶してくれた。

「いやいいよ。土産の心配がいらんからな。」

・・・・・・キャゼルヌは近づいて花嫁に耳元でささやく。

(言葉を女言葉にしろ。今日は花嫁だろ。)

「いずれにせよまだしばらくはお世話になりますわ。主席参謀長殿。」と花嫁がいったものだから

ラオは複雑な顔をした。



花嫁はまず花婿の腕をそっととって司会のムライ、そして空戦隊の来賓に今日の礼を述べに行く。

次は司令部。そして分艦隊と彼女なりに気をつけている。事務監はうむうむとなかなかいいぞと

思って眺める。

階級の低い自分の亭主の仕事仲間を先に挨拶をする殊勝さは及第点をやってもよいと思う。



「あなた、お疲れ様。よいお式になりましたわね。骨の折がいがあったでしょう。」

オルタンス・キャゼルヌは二人の娘を連れて夫に飲み物を渡した。

「式典云々は二人とも慣れているからな。しかし最後までは気が抜けない。それにしても

シャルロットは今日は可愛かったね。パパは見とれたよ。」と長女に父親らしい笑みを見せた。

「ヤンおじちゃまとフレデリカおねえちゃまのときも、私はお花をまくの。パパ。」

と7歳のシャルロットはどちらかといえば妻によく似た愛らしい笑顔で尋ねる。

「お花をまくかはわからないけれどまたお手伝いしておくれ。」と女児の父親に戻る。

下の妹はまだ幼いが今日姉がやってことがうらやましいと言うのでマダム・キャゼルヌが

今度は二人にお願いしましょうねとあやした。



花婿と花嫁がキャゼルヌ夫妻と令嬢に挨拶と御礼に来た。

「先輩、マダム・キャゼルヌ。今日は本当にありがとうございました。シャルロット・フィリスも

ありがとう。とっても綺麗で可愛かったよ。・・・・・・可愛かったわよ。」

花嫁は男言葉で育っている。

「少将と奥様にはお礼のしようがありません。・・・・・・今日は随分おとなしくしたつもりですが

何点いただけますか。」と花婿が言う。「69点。」「ひくっ。」

「いや、ポプランはよくやった。しかしアッテンボローは署名のとき、やたらに笑いをこらえたのは

いったいなんだ。お前。何がそんなにおかしいんだ。」とキャゼルヌは花嫁に尋ねた。



だって。



「だって苗字のつづりが、つづりが変なんですもの。」

「・・・・・・。今後一生その苗字なんだぜ。ダーリン。」うでをとられている「Poplin」さんは大笑いを

する花嫁を軽くにらんだ。「だってポプリンって織物の名前じゃないか。ひゃはははは。」

花嫁が馬鹿笑いをするなとキャゼルヌは叱る。「あら。ごめんなさい。」とブーケで口元を隠した。

「「Poplin」という名の由来は由緒あるものなんだ。もう。うちの奥様は・・・・・・よほどシャルロットの

ほうがおしとやかだぞ。見習うんだ。ダーリン。」と花嫁の頬にキスをした。

「まあ。及第点の式にはなった。実際ポプランが羽目をはずさなかったのがすごい。」

「だって参謀長がキスしていいといってもね。なかなかおあついのはできません。じゃじゃ馬を

つれて帰ったら濃厚なのを・・・・・・。」

勝手にしろとキャゼルヌは笑った。



ヤンとユリアン、フレデリカもやってきた。「大尉の涙が止まりません。」

ユリアン・ミンツ准尉がいくら優秀な16歳でもフレデリカ・グリーンヒルの泣き上戸は止められない。

「すみません。感動したりいろんなことを思い出すと。」と花婿のハンカチは交換されたのか

また大きなハンカチをミス・グリーンヒルは手にして涙を押えている。

ユリアンのかもなと花嫁と花婿は目を合わせた。



「ミス・グリーンヒル、友人の結婚式で感無量だったらあなたの結婚式では大変ですよ。」と

花婿は言った。花嫁はそのときはタオルを用意しておこうと思っている。

「フレデリカ。せっかくの美人が台無しだよ。」と花嫁は今度はマダム・オルタンスから

新しいハンカチを借りて年下の親友の目元を押える。



いいか。ヤン。

「ああやって泣いている女性をなだめるんだぞ。ヘタな男よりアッテンボローはうまいな。」

キャゼルヌはヤンを小突いて言う。「わかりました。美人が台無し、ですね。覚えておきます。」

と黒髪の司令官殿は何度きてもなれない礼服で返事をした。



じゃあね。

「このブーケはフレデリカにあげる。きっと次に結婚するのはあなただと思うから。」と花嫁は

ミス・グリーンヒルに白い薔薇だけで作ったブーケを手渡した。

「ありがとうございます。ミセス・ポプラン。」彼女が微笑むので花嫁も安心して微笑む。

「女性の友情は美しいものです。それに対すると男の友情は・・・・・・絵にならないですが

閣下には今日のお礼に差し上げましょう。」と花婿はヤンの礼服に自分のブートニアを

さした。



えっとあのとヤンが何か言おうとすると「30を越した男がえっととか、あのとか言うなと昨日

リハーサルで散々言っておいただろう。ヤン。」と事務監どのは笑いながら言う。



1500時。実に和やかにポプラン夫妻の結婚式とお披露目の食事会は無事に終了した。

「とにかく仲良くやってくれよ。何があってもポプランはアッテンボローを守って可愛がってやれ。

アッテンボローは亭主を立ててうまい飯を作れ。・・・・・・結婚おめでとう。」

媒酌人殿の言葉はぶっきらぼうであるけれどポプランたちにはそれはとてもあたたかい響きを

持つ言葉に聞こえた。

「ダスティさん。世の亭主というものは、ときどき馬鹿なことを言ったりしでかしたりするけれど、

黙ってついていくとまずまず機嫌よくことが進むものですよ。」



マダム・オルタンスが女性提督だけに耳元でささやいた。

「はい。わかりました。黙ってついていくことにします。彼は水先案内人(パイロット)

ですから。」ね、と花嫁はそっと花婿の手を握った。

なにがね、なのかよくわからないけれど花婿は花嫁を見つめて微笑んでしっかりと

手をつないだ。



最後にコーネフが新郎は花嫁にキスをしろとはやし立てたので二人は「人様にお見せできる」

キスをしてお披露目のパーティも終わった。



by りょう



なんかかいていると日本の結婚式と映画で見る外国の挙式とごちゃごちゃしてきました。

「アルマゲドン」ではラストでグレースが花婿以外にもキスしてたり。抱擁とかキスが普通の国だから

なんでしょうね。うちは娘アッテンの割りにデリカやヤン、キャゼルヌ家が多く出ます。

多分コーネフさん生きのこせるかも。と今日は頭はダヤン・ハーンでした。

私もデリカタイプかな。自分の挙式より人様の式で感動したかも。リングの交換だけは感動ですが。



LadyAdmiral