M(マリア)・2
会議に出席していた軍医部長はすぐに解剖室に向かった。 1人ですまないのがこの手の事件である。まるで伝染病だ。死亡したのはいずれも若い女性。 薬が切れたのがこの三日程度のことであろうとヤンは考えた。 憲兵隊は勿論のことシェーンコップとリンツ、バグダッシュに隠密で動いてくれといった。 「各部隊長も部下の動きを十分監視して欲しい。そして口外しないこと。何かわかれば私に直接口頭で 報告して欲しい。よほどでない限りは回線を使わないで執務室に出向くように。事務監、本国へは 「イゼルローン要塞民間人二名新種麻薬「テトラサイオキシン」禁断症状によるショック死発生。 捜査中」と通信をしてくれ。では以上。」 ともかく会議を終えた。内容は極秘ということである。 その日の執務を終えてアッテンボローが帰ってみるとポプランはただリビングのソファに座って天井を 眺めていた。 心配は心配である。けれど何か事情もあるであろうし、少し彼女は様子を見ようと思った。夕餉を 整えて男に声をかけた。 「どう。おなかはすかないのか。食事しよう。」 うんと男はいって食卓について二人は珍しく会話もなく、食事を終えた。ポプランは言おうかどうしようか 考えている様子にも見えるので彼女はやはりこれは時間が必要だと先に浴室でシャワーを浴びて 楽な服装に着替えてきた。 「なんかひどい偶然だなと思って。」 やっとポプランは口を開いた。寝室で横になっている彼の髪をやさしくとく。 「マリアの夢を見た日に、こんな事件とは。気味が悪い符合だ・・・・・・。」 アッテンボローはじっとだまって男を見つめている。彼が話をしだした。 一週間、マリアという女性と恋をした。 彼が18歳のとき。彼女は22歳だった。 出あったのはハイネセンの夜の街。彼女は夜の仕事をしていた女性。客としてではなく純粋に恋をして 一週間一緒に暮らした。 黒髪とオリーブ色の肌をした美しい女。 夢中で愛し合ったけれどやがてポプランが出撃の日が来た。ハイネセンを出ることが決まって 別れた。 ついて来いと誘ったのであるが、彼女はその手をとらなかった。 任務地でも幾人の女性と恋をしたが、マリアとの恋も忘れてはいなかった。ハイネセンへ戻ったときに 会えると信じていた。けれど会えなかった。彼女は麻薬中毒だった。 たった一週間の生活ではその当時のポプランにはわからなかったし、中毒患者に出会ったのも初めて だった。 よく笑い、快楽を愛し、恋をした。 彼女はサイオキシン麻薬、モノサイオキシン大量投与で亡くなっていた。 以来彼はサイオキシン麻薬、および麻薬に類するものの学究に熱を上げたころもある。 「たまに彼女を思い出すときがあった。笑顔に魅力のある女だった。・・・・・・あの笑顔も全部薬の せいだったのだろうかとかさ。・・・・・・全然気がつかなかった。一緒に暮らすといっても彼女と 昼間は一緒じゃないし、夜は彼女が仕事で出ていた。本当に刹那の付き合いだった。それはそれで お互いいいとおもって。お互いたぶん本気だった。だが彼女は薬をやめることができなかったん だろうな。・・・・・・かわいそうな女だって思うことがたまにある。もう最近ではあまり彼女のことを 思い出さなかったんだがな。・・・・・・夢って言うのは怖いよな。」 ポプランはアッテンボローの頬に手を当ててすまないといった。 「なぜあやまるのさ。」 「他の女の話なんぞ聞いても面白くないだろ。」 彼女はううんといった。 「・・・・・・かわいそうなオリビエ。好きだったんだろ。マリアが。いとしい女を失うなんてお前、かわいそうだ。」 アッテンボローは彼の唇に唇を重ねた。 「・・・・・・お前は優しい女だな。ダスティ。」 冷たい夢となった女性より現実目の前にいるあたたかな女を彼は愛した。 「・・・・・・・。話したら少しは楽になったかい。」 「・・・・・・ああ。ダスティ。おいで。」とポプランはアッテンボローが体を倒したのを引き寄せて抱きしめた。 ありがとうなと彼は彼女の背中を撫でて言う。 「誰かを真剣に愛した過去があるってのは重要だからね。その経験は大事にしていいと思う。」 アッテンボローは赤めの金褐色の髪を撫でていった。 「今夜のお前は大人の女のようなことを言うよな。・・・・・・魅惑される。」 ばかだねと彼女は笑った。 「私はお前より2歳も年上だしなにせ熟女だからね。・・・・・・誰ともまともに恋もせず寝るような男 よりは、真剣に恋をしてきた男を選びたいなとは思っている。・・・・・・それにきっと今お前が好きなのは 私だけだろ。だから過去は過去で、お前の宝物でいいと思う。」 きっと好きなのは私だけだろって。 「今愛してるのはお前だけだ。きっととかそんなあいまいな気持ちはない。じゃなきゃ、こんな 泣き虫であまえんぼでときどきぐずる女にずっとくっついてない。・・・・・・いくら美人でもな。 三日ほど外泊して戻ってくるかもしれないけどさ。」 ・・・・・・なんだかひどい言われ方だと彼女は思う。 「ひどいやつ。」と彼の耳を引っ張って。 「・・・・・・抱きたい女は世の中ごまんといた。でも抱かれたいと思った女は過去も現在もお前だけ なんだよな。・・・・・・おれすごい愛の告白をしたんだけどさ。お前はわかってるのかな。」 うんとアッテンボローは男の腕を枕にして頷く。 「いいよ。たまには甘えさせてやるから。そゆことだよね。」 そういうことだろうなとポプランは彼女の唇にキスをした。 「・・・・・・生まれ変わりとかあったら。また私を口説いてくれよ。他の女の子に惑わされないで。 じゃないと男になってフレデリカを嫁にしちゃうからな。」 もう存分に覚えているはずの彼女の香りを愉しみながらポプランはアッテンボローを抱きしめて。 アッテンボローの肌のぬくもりをいとしく思えて。 確かに甘えさせているのは普段は自分だけれど、今夜は彼女が自分を甘やかしてくれているん だなと認めた。彼女の前では彼自身もありのままの姿でいられた。 ひととの生き死にの別れにもろい自分を彼女は包み込んでくれる。 年齢の差でもない。階級の差でなどあるはずがなく。 彼女の本当のひととしての器の大きさをときどきポプランは感じる。だから普段は甘えられても すねられても、男として頼られているのだと安堵する。 飾らなくても弱さすらさらけ出せる女性は彼には彼女しかいなかった。 「母が昔いってたよ。男ってのはよわくて情けなくて、もろいんだって。守ってあげないといけないんだって。 お前はさ。そういう姿をしててもかわいいから私は好きだな・・・・・・。クールなお前も素敵だけど。」 たまに甘えさせてくれるんだとポプランが言う。 うんとアッテンボローは頷く。 でも普段は私が甘えていいんだよねと極上の笑みでいった。 ああ、そうだとポプランは微笑んで。 じゃあ今夜は甘えさせてもらおうと撃墜王殿はアッテンボローを抱きしめた・・・・・・・。 もうマリアの夢は見ないかもしれないと、心で彼女に謝った。 さよなら。マリア。一週間だけのおれの恋人。 そんな心もアッテンボローにはよくわかるので、自分の子供を抱くように恋人を抱きしめた。 二人が情事の合間まどろみかけているときに音声の電話が入った。 「この時間だからやばそうな話かな。」アッテンボローはシーツを引っ張り胸元を隠して電話を取った。 「はい。起きてました。了解です。」これだけの会話で電話を切ると恋人にやっぱり例のことだといった。 二人とも執務室へ来いってと彼女は言うとすぐに身支度を始めた。そして。 「・・・・・・オリビエ。大丈夫か。」アッテンボローはポプランの気持ちを気遣った。 「勿論。お前がいるからな。いつもどおりの俺様に復活。」少佐はすばやく彼女にキスをして二人とも 慌てて準備をして出頭した。 0130時であった。 ヤンの執務室にはシェーンコップ、キャゼルヌ、リンツがそろっていた。 「もうひとりテトラの常習者を見つけたんだ。」ヤンがいった。 それ以降はリンツが説明した。 憲兵が警邏中あるところでよろしくしていた男女を見つけ女性の年齢が低く見えたため、職務質問等を 行った。男は30代、女はIDカードでわかったが15歳の少女だった。このため男のほうは 「青少年保護育成条例違反」で現行犯逮捕。少女を保護したが様子がおかしいため血中アルコールの 検査をしたら。 「テトラが出たんです。今病院で医者の監督のもと憲兵が事情聴取中です。幸い意識があるので 売人の1人は割り出せる可能性が出ました。売買の場所は売人も変えるでしょうが今うちの人間を そのポイントあたりに配備してます。」 「しかしバイヤーからテトラを治療する分量押収できなくちゃその女の子はやばいな。」 アッテンボローは指をかんだ。ポプランは「なんかあいてる端末ありません?」と言い出した。 キャゼルヌが自分の小型の端末でいいのかといえば十分ですと・・・・・・・コンピュータの異端児が ここに存在していることを要塞事務監は思い出した。 「会議中はちょっと寝とぼけてたんですけど売る人間と買う人間は何のつながりかといえば一番手ごろ なのはコンピューターのネットワークシステムでしょ。」 とポプランはフレデリカ・グリーンヒルが本来使うデスクで、キャゼルヌすら舌を巻く速さで端末操作を している。「買い物はネット。売る側もそのほうが売りやすいです。」 キャゼルヌは以前のポプランの「驚くべき能力」を知っているが、周りの誰も何が起こっているのか 一つ理解できていない。 「何をしてるんだい。少佐。」とヤンは尋ねた。 「ちょっと少佐に任せてみろ。何か引っ張り出すかもしれない。この男は本気になればこの要塞の コンピューターシステムすら自由にできる。・・・・・・と思う。」 キャゼルヌが言うとまさかそんなと周囲はポプランの端末操作の異様なすばやさに、やや驚く。 「裏事情にはいれば「tp」を欲しいやつの「集まるところ」があるし売るやつのもある。そこからバイヤーを おさえましょか。」 ポプランは液晶画面から目を離さないで次々と作業を進めている。 「・・・・・・tpってなんだ。」ヤンはいった。 「頭を取って裏ではテトラのことをそうよんでいるんです。「tetra psyoxin」。隠語というほどじゃないが 裏ではtpかfpo、fp、つまり4とpsyで探せばヒットします。もしくはいろいろとその業界の言葉が ありますよ。ポッドとかクワトロ、4-pとかいう名前もありです。でもあんまり複雑だと売り買いが しにくいですからね。今までの常習者を見ると若い女性が多いからそれほど裏の呼び名ではないと 思います。適当な言葉をいれればそのうち当たるんです。」 立ちながらの操作であるが速さはまわりも理解できる。そしてそれだけテトラサイオキシンの知識を 持っていることにも驚く。 「今から売る人間のアドレスをリストにしますからキャゼルヌ少将お願いしますね。紙出しします。」 突然執務室そなえつきの印刷機からプリントアウトされた書類が出てきてキャゼルヌは慌ててそれを 受け取った。 どうして接続もしていない印刷機からポプランがいじっている端末のデータが出てくるのか周りには 理解できない。 「あんまり深く説明する時間がないが、あいつはおれの端末からおそらく自分の端末に入ってそこから ヤンの端末に入って印刷したんだろう・・・・・・と思う。こいつ軍のコンピュータに入ることなど なんとでもないんだ。」とキャゼルヌが言うと、近いですがちょっと違いますとポプランはいった。 「おれの端末じゃなくて「幽霊ちゃん」を使ってます。おれの身元がばれたらいやじゃないですか。」 架空の通信や発信もとをこの男は必要なときに取り出せる。 ・・・・・・犯罪だ。キャゼルヌは眩暈がする。 「・・・・・・わかった。少佐。余計なことは言うな。目がつむれないだろ。おい。ポプラン。これで全員か。 14人・・・・・・。」 「もう二つの「お買い物広場」を洗います。さすがにテトラだけあって扱う人間が少ないです。 ・・・・・・はい、出しますよ。」 ・・・・・・かの同盟軍一秀才とうたわれる要塞事務監殿がオリビエ・ポプランの「驚くべき能力」に こき使われている。「計17名。こいつらを引っ張ればいいな。とりあえず。」 といってキャゼルヌはそのリストをシェーンコップに押し付けた。要塞防御指揮官は 「ふむ。これだけお前が使えるならこの要塞攻略で価値があっただろうな。」とそのままリンツに渡した。 「待ってくださいよ。今ね。これからの売買が成立している客の携帯にはいってますから。 売ってる現場を押さえてくださいね。確実にテトラがいるんですから。」 とポプランは目線をプリンターに移した。 「・・・・・・個人の携帯に入ることも可能だから本人の割り出しはできるよな。」 シェーンコップはあきれて言う。 「少将の過去の女性たちのリストも作れますよ。でも今はそんな時間もないし、小官はそこまで 品性下劣じゃありません。」と紙を取りにいきリンツに渡した。 今から行われる取引場所と日時、取引する人間のリストがそこにはあった。 「できれば薔薇の騎士で容貌の目立たぬ男を現場に送れ。逮捕とテトラの押収が先決だ。 もっとも薔薇の騎士連隊は美形が多いから凡庸な男を捜すのも苦労する。」 と第13代連隊長であった男は現在の連隊長であるリンツ中佐に命じた。彼は上官に敬礼して 執務室をあとにした。 「・・・・・・もしかして売買のルートは少佐が洗い出したのかな。」 ヤンは尋ねた。 「全部とはいかないでしょう。いいとこ8割。けどね問題はバイヤーが十分なテトラサイオキシンを持っているか です。あ。えっと。」とポプランはまた端末をいじった。・・・・・・これだけ使えるなら何かでこの男を利用 できないかなとヤンは思っている。 「過去取引のあった人間を洗えばテトラを摂取している人間も割り出せます。手さえ打てれば入院させる ことができますね。ブランクメディアないですか。少将。」とポプランはキャゼルヌに聞いた。 ヤンがこれでいいかなとディスクを渡した。 「全部ここにおさめました。あとは司令部で好きに使ってください。ネットワーク上での取引に関すれば ほぼおさえたと思うんですけど。」とキャゼルヌにデータを保存したものを手渡し端末も返した。 「ということは押収するテトラの量さえあればこれ以上の死者を出さずにすむかもしれないと いうことかな。」ヤンは質問した。 「コンピューターシステムネットワーク経路上に関すればです。でもさっき言いかけたことですけどね こういう代物は普通売る人間とつくる人間が一致しないものが多いです。モノサイオキシンならともかく テトラまで生成できる人物はそういません。つまり押収したテトラでは患者の治療に投入する分量に 満たないのではないかという危惧があるんですよ。組織が絡んでるとなると完全には押さえられないし。 小官のできるのはここまでですね。」 いやいやとヤンは言う。 「憲兵隊や情報部でも1人の売人をつかめなかったんだしポプラン、お前さんすごいことをやって のけるんだね。これこそマジックだ。・・・・・・ま、数々の軽犯罪があったんだが今回はモノがモノだけに 正攻法ではルートの洗い出しができなかったわけだから私は何も言わない。」 見なかったことにしてくださいねとポプランはいった。 アッテンボローは今行われたさまざまな軽犯罪や軽ではすまぬ犯罪の罪状を同盟憲章で述べることも可能で あったが。 「私も知らなかった。ちょっとコンピューターに詳しいとは思っていたけど。」とやっと一言言った。 「でもこれだけさっさと手を打てるなら、会議後にでもおれに一言言えばよかったのに。 何寝とぼけていたんだ。ポプラン。」 キャゼルヌは文句を言った。 「それに関してはポプランに罪は全くないんです。こいつはむしろ・・・・・・。事情はいえないんですが ポプランの事情はこの件に関すれば会議中のことは責めないでください。心情酌量してやって欲しいん です。」 アッテンボローはポプランの二の腕をつかんでキャゼルヌの苦言から恋人をかばった。 「まあ。天才にも玉に瑕があるんです。」とポプランはありがとうな、おれの提督といって幕僚がいても かまうことなく恋人にキスをした。 「・・・・・・ポプランがいってたことの引き続きだがなぜこの数日で急にテトラの問題が浮上 したんだろうか。俺も多分押収できる分量では治療に使えないと思う。この二日で二名が死んだということは バイヤーで売る薬がなくなっていることを意味しているように思えるんだが。」 シェーンコップは考え込んだ。 「うん・・・・・・悪く考えればそうなんだ。バイヤーが売りさばいたか処分してるか。・・・・・・テトラサイオキシンか。 薬が切れて二日ないし三日で死ぬ。治療方法は薬の分量を減らしながら投与すること。やっかいで悪辣な ものをつくる人間がいるものだな。二人死んでるがこれは掌握しているケースだけで水面下はまだ わからないな・・・・・・。困ったな。」 ヤンも机に指を組んで考えている。 「うちの軍医部長はどうするんでしょうね。・・・・・・多分足りないと思うな。さっきリストにあげた使用者は 34人。今日から三日前にさかのぼった取引の数で割り出した人数です。うまく摘発できれば今回の取引が 初めてでまだ薬を知らないやつは助かりますね。そこを期待します。だが一度手を染めた人間が34人だと 相当量のテトラがいるんですよね。」 ポプランまで黙った。 ましてアッテンボローも何も妙案は浮かばない。 なぜ今この時期テトラサイオキシン禁断症状が出ているかを考えると、生成者の作為を感じはするが。 執務室で5人思案をめぐらすものの、懸念ばかりが積もる。 by りょう 要するにpcdですよ。ペンタナントカナントカ。これは神宮寺ファンならわかりますよね。 三好さんいろいろ教えてくれたらいいな。(銀からはなれています。) 抱きたい女はいるけれど抱かれたいと思う女は云々は耕平ちゃんからぱくってしまいました。 少佐がやってることはまたも犯罪です。というか架空の事例ですから。 というかどうしたらこのはなしは終われるのだろう。 「tetra psyoxin」のスペルは化学式から考えてみたんですけれどサイってなんでしょうね。 地球教徒が大好きな「psyoxin」麻薬は「mono psyoxin」という設定です。 |