M(マリア)・1



2100時。



女性提督は風呂上りに足の爪にペデキュアを恋人に塗ってもらいながら、いってみた。

「お前、明け方うなされてたよ。・・・・・・マリアって二回言ってた。」



ポプランはインディゴブルーのペディキュアを塗る指を止めないで、そうかと一言呟いた。



それ以上会話が進みそうもないからアッテンボローは話題を変えた。きっとマリアという女性の名前には

意味があるだろうけれど、二人にとって大事なのは過去ではないし現在一緒にいることだと思っている。

だから男が話す気持ちにならぬことをきく必要はないと彼女は思っていた。

今二人でいることが、事実であり真実なのだと二人ともよくわかっている。



「今度は首がある幽霊の話だよ。それも女性だって。きいたかい。お前。」とアッテンボローは言う。

「いいや。・・・・・・幽霊か。どうせ枯れ尾花だろ。もう幽霊探しはしたくないな。」



彼女にはマニキュアやペディキュアを塗る習慣がない。

でもポプランがせっかく綺麗な爪をしているからと今日インディゴブルーの小瓶を買ってきた。

「乾くまで面倒じゃないか。塗るのもな・・・・・・。」

とアッテンボローが言うと「大丈夫、ハニー。おれが塗るからさ。」と風呂上りの今に至っている。



「でも今度の出所はキャゼルヌ先輩からなんだよ。」

すっきりと髪を切ったおかげで風呂上りの髪の手入れが随分楽になったアッテンボローは器用な恋人を

見て言う。

「へえ。あのリアリストでモラリストなだんなが目撃でもしたのか。」

「ううん。そうじゃないけどね。」



女性提督が言うには、ヤンたちがイゼルローン要塞に駐留して1年半以上経過していてもまだ全く手をつけて

いないブロックが存在すると。予算がないので必要最低限のエネルギーで要塞を稼動させているのだと

事務監は言っている。ポプランたちが幽霊探検隊をつくって捜査したときからあまり使用ブロックが増えた

わけではない。



「女の声がするんだって。病的な笑い声。いよいよそれっぽいだろ。・・・・・・探しに行こうかな。」

やめとけよと男は言う。

「結果的に骨折り損だぞ。ま、おれは得したかな。ハニーの手料理初めて食べたし。ここにもはじめて

呼ばれてさ。ああ。襲いたかったなあ。キッチンにいるお前のこと。」

「・・・・・・襲っていたら今の関係はないよね。きっと。」

「だから我慢しただろ。」

じゃなくてさ。



「幽霊騒ぎとかそういうの好きなんだ。でも今度は誰もあんまり乗り気じゃないみたいだし。個人的な

「捜査」に出ようかなと。」

MP時代サンズイ摘発のプロであったアッテンボローは言う。

「だめだ。危ないから。」即答するポプラン。



「危なくないよ。私には専用の騎士がいるだろ。」とポプランを見つめた。

・・・・・・。

「どうもな。前回がしょぼかっただけにおれ、わくわくしないんだ。」

アッテンボローは即答で言う。

「いいよ。じゃあシェーンコップかコーネフをつき合わせるから。」



だめでしょーとポプランはきっと女性提督をにらむ。

「・・・・・・わがままだなあ。そんなに幽霊探ししたいわけ。ダスティ。たぶんなんの展開もないぜ。それより

もっとイイコトシヨウ。」

イイコトッテナニというと。「当然make・・・・・・。」

「毎晩してるだろ。・・・・・・女の笑い声。笑い声な。・・・・・・でももしこれがさ実際女性でも瀕死だったりしたら

かわいそうじゃないか。」



アッテンボローはフェミニスト。

自らが女性でありながらフェミニストである。

ポプランが生まれ変わってもまた一緒になろうなと冗談で言ったとき、

「いや、生まれ変わったら男になってフレデリカを嫁にする。」

ときっぱり言った。そのあとポプランは1秒黙って「男でもおれのものにするから。」と言ってのけた。



「今夜行ってみようかな。マイナス0141ブロックほどさがらないんだ。民間区の近くでマイナス0113ブロック

あたりで民間人がその声を聞いたんだって。でもビッターハウゼン嬢がいうには帝国では女性士官は本当に

わずかだし、イゼルローン要塞に赴任していた女性士官はいないって。お前たちがいぶりだした軍人は

要塞居残り組みだっただろ。2月の捕虜交換式典で本国へ帰らないものの名簿は先輩がきっちり作って

いる。帝国軍人じゃないかもしれないな。」



メルカッツ提督の部下である珍しい女性士官テレサ・フォン・ビッターハウゼン少尉ともアッテンボローは

仲がよい。ともかく彼女はかわいい女の子は好きだ。



ポプランはため息なのか乾かそうとしているのかアッテンボローの足を持ち上げて息を吹きかけている。



「そういうのは放置がいいぜ。ハニー。あんまりいい予感がしないんだよな。」

「のりがわるいな。オリビエらしくない。」

あのな。とポプラン。



「おれとお前とどっちが私生活で無茶をする。さあ言ってごらん。」

「・・・・・・私なのかな・・・・・・。」

「ま、どっちもどっちだけどさ。おれ、お前を危険な目には合わせたくないからな。また怪我でもされちゃ

見てられないもんな。」



ポプランはマニキュアを乾かすスプレーを彼女のつま先に吹き付けて。

そのまま彼女を抱き寄せた。「どうしてもいきたいの。」とポプランは尋ねた。

「・・・・・・ううん。お前が反対するならやめる。そういうの約束したもんな。私は自分で自分の身を守るのも

おぼつかないし。」

よしよしとポプランはアッテンボローの唇にキスを落とした。

「でもここで推理するのはいいだろ。」

「うん。それはな。いいぜ。・・・・・・そうか前の出所はシェーンコップの糞やろうだったがだんなか。だんなが

言うならちょっと気になる。」



だろ、とラグの上でポプランの首に腕を回すアッテンボロー。これは「抱っこしてくれ」という合図らしい。

膝にすわらせてポプランは抱っこする。



「じつは昨日の夜先輩が本当に声がするのかいったらしいよ。マイナス0113ブロックあたりと民間区。」

「聞こえたって?」

この三日ほど聞こえたらしいけれど・・・・・・「先輩は実際きかなかったって。」

「だんなが調べ済みならいいんじゃないか。な。ダスティ。」

うん。そうだね。とやや残念そうに彼女は呟く。

「ハニー。今度幽霊屋敷にでも行こうか。スリルが欲しいなら。」

「・・・・・・私は29歳になるんだぞ。熟女なんだからな。」と唇を尖らせて言う。

熟女は抱っこしてとねだらないぞといいたいところであるけれど、彼女のやわらかい抱き心地が好きなので

男はあえて黙っている。



「そうだよな。先輩はぼんくらじゃないから先輩でだめなら私でも同じだよな。枯れ尾花だよな。夏に

ぴったりの話題だと思っていたんだけど。」

こつんとポプランの額に額を当てる。

「話としてはまあ面白いけど。結局何も出ませんでしたってのがいつものパターンだからさ。今夜は

出かけるのをやめて。ベッドいこ。」

ええとアッテンボローは不服を申し述べた。

「ベッドじゃなくてここがいいのか。そりゃわくわくするな。」とポプランは言う。

もっと推理とか話とかしようよーという女をそのまま抱えあげて。

「うん。続きはまず一回戦を終えたらな。」

と彼女の恋人は反撃しようと口をあけた女性提督の口を唇でふさいだ。







寧日、安寧ではないイゼルローン要塞であった。



ヤン・ウェンリーは紅茶を飲みつつ要塞事務監の話を聞いていた。

ここにはフレデリカ・グリーンヒル大尉、そしてワルター・フォン・シェーンコップ少将と今報告をしている

アレックス・キャゼルヌ少将がいる。ユリアン・ミンツ准尉は執務室の外で護衛をしている。



「発見したのはパトロール中の憲兵なんだが死亡推定時刻はおれがマイナス0113ブロック近辺に

出張ってみた夜の2300時前後らしい。身元は民間人でダフネ・テレシコワ。21歳。職業は接客業。

係累がいない。働いている店の「瑠璃宮」というパブの支配人でオーナーのワレリー・ジコワという男

24歳に事情を聞いている。フェザーンから流れてきた連中らしいな。」

「で、その女性の死因はわかってるんですか。」

「・・・・・・いやな報告なんだが麻薬の禁断症状によるショック死。」



サイオキシン麻薬ですか・・・・・・。とヤンは呟く。

「それが違うからいやな話なんだよ。」とキャゼルヌは言った。

サイオキシン麻薬とは、帝国も同盟もその危険度の高さのため、戦争中でありながら秘密裏に

共同捜査をしたほどの麻薬である。快楽の効果が絶大であり、毒性も高い。催奇性と幻覚を

催す力も強いという。



「テトラサイオキシン麻薬とでも言うらしい。化学式がやや複雑になる。合成方法は明らかでなくフェザーン

経由で最近出回り始めている。つくれる人間が数人だけだという。テトラサイオキシンに関してはほぼなぞ

だらけで快楽は本家以上のもの。しかもサイオキシンよりひどいのはほぼ確実に死が代償になる。

禁断症状が出たらテトラサイオキシンを少量ずつ投与するしかない。けれどテトラサイオキシン自体の

生成がわからないから・・・・・・というやばい代物なんだ。」



ああとヤンは髪をいじった。



「話には聞いていたが。俗名「凶暴な天国」というやつですな。一般危険といわれるモノサイオキシンよりも

全く手に負えないものだとか。」

シェーンコップが言う。



「モノサイオキシンは勿論麻薬であり危険に違いないが、救いとしては禁断症状の間投与なしで

暮らせば無事にやめられるんだ。だがテトラはそうはいかない。禁断症状も苦痛はなくてやや言語に

障害と記憶障害が出て、呼吸が突然止まる。ほぼ二日か三日で薬をやめれば死ぬ。

・・・・・・結局あの幽霊とやらの正体がいささか深刻なものになりそうだぞ。司令官。」



「流通経路を洗い出しできないと困るな。一人の犠牲者が出て1人ですみましたってことにならないだろ。」

ヤンがそういったとき、解剖を終えた医務局部長のバーソロミュー准将が入ってきた。年齢はヤンと同じで

軍専科学校から医学部にいったかなり有能な軍医である。



「やっぱりテトラです。閣下。採取はできても生成式がわかりませんしつくることは同盟軍では無理ですね。

現在。」

「君でも無理なのか。」

残念ですがと軍医。



「出回っているモノサイオキシン、そして軍部で生成されはじめたトリサイオキシンまでは判明しているのです。

トリサイオキシンも極秘情報ですけれど。単一のサイオキシン、つまりモノサイオキシンに四つの物質を

たして生成したか、トリサイオキシンをベースにしたのかでも大きく変わります。テトラは帝国で生成された

という話もありますが・・・・・・無論簡単ではないですがフェザーンで化学知識によほどたけたものであれば

つくれないこともないでしょうから帝国が作ったという説には感心できません。」



ヤンはフレデリカに幕僚を集めて会議をするといった。

ただし内容は極秘で召集と付け加えた。

10分後軍医部長と憲兵隊隊長も含めた幕僚会議が行われた。



憲兵隊長は普段無能呼ばわりされているし事実有能でもなかったがコリンズ大佐という男である。

被害者についてとテトラの入手経路、そして取り締まり方針、捜査方針と状況をのべた。

シェーンコップに命を救われたことがあるコリンズは一応薔薇の騎士連隊を一目置くように変わった。



「憲兵隊の動きはそれでよいとしてこれは本国にも報告を入れないといけませんな。」

ムライ参謀長はキャゼルヌに言った。

「この会議終了後超光速通信を出します。なんにしろ打開策の一つでも出ればと思って。」

要塞事務監はいった。



「厄介なことばかりおきますなあ。」パトリチェフ准将はあごに手を当てて考え込んだ。


「その被害者女性はどこでそれを手に入れたんでしょうね。絶対売人がいるはずですよ。」

アッテンボローは口を開いた。今回の会議では各部署の隊長、部長も出席しており空戦隊からも

二名の隊長が席を同じくしている。



「こういう事態は下士官のほうが詳しいかもしれないです。上級幹部よりも民間区域にでる

頻度が多いですからね。耳にしているものもいましょう。しかし極秘に捜査をするにも難しいです。」

イワン・コーネフ少佐が穏やかな口調で述べた。

いつもならこぞって何か口出しをするはずのオリビエ・ポプラン少佐は思案している模様で

静かであった。



女性提督はわずかにへんだなと考えた。



「うちの連隊でも話の種には出ますね。「凶暴な天国」。帝国の軍部が作っていると聞きますが実際は

誰が作っているんでしょう。」

カスパー・リンツ中佐が言った。

客員提督であるメルカッツ中将が口を開いた。

「私が知っている範囲ではトリサイオキシンの実験は帝国軍部であったと聞きます。がテトラサイオキシン

に関しては帝国軍部も関与していないでしょう。」



「友人にフェザーンの者がいるから連絡をとろうとしているのだが現在航行中で話しにならない。

被害者がもし次に出たら。そして潜伏常用者がいれば・・・・・・それが懸念だな。」

ヤンはいった。

「売人とルートを洗い出しするしかないでしょう。「凶暴な天国」から逃れるためにはある量のテトラが必要だ。

臨時に捜査権と逮捕権を陸戦に出してくれれば薔薇の騎士も手を出せますが。」

シェーンコップは言う。

そうだなとヤンは同意した。「情報部にも捜査権を出すか。バグダッシュやってくれるね。」

「今のところこれという情報もないのが不甲斐ないことですが勿論お役に立ちましょう。」と

中佐は請け負った。



会議を終えようとしたところに憲兵隊本部から会議室へ緊急の連絡が入った。憲兵隊長は内容を聞き、

報告した。

「もう1人テトラでの死者が出ました。17歳、女性ベアトリス・マリア・ビアンキ。家出捜索中でした。」

会議室は凍りついた。



そのなかでもポプラン少佐の表情がなくなっていることにアッテンボローだけは気がついていた。




by りょう





化学式云々は知りません。すみませーん。



LadyAdmiral