要塞司令官代理であり優秀な事務監でもあるアレックス・キャゼルヌ少将は、ある日の午後
さきの事件の憲兵隊の報告書を読んでいた。彼は大の珈琲党でもないが従卒がそこそこ
うまい珈琲を入れてくれるのでそれを午後にいただくことにしている。
事務処理をしているとこういう飲み物が時々ほしくなる。
「やんちゃな子猫」というインターネットサイトは、今回そのかわいい名前からは想像もつかない
悪辣な映像を製作して比較的高い料金でその映像を配布していた。
そしてのちの騒動に発展しいまや主犯格は逮捕。その映像のマスターフィルムも没収された。
インターネットサイトは当然削除された。
くだんの映像が同盟軍の1女性提督の名誉をいたく傷つけた上、ひいては同盟軍部をも貶めたという
理由でサイトは憲兵隊によって削除された。
犯人グループは4名。全員軍人の後方勤務。軍部に強い反抗心を持つもののさきの救国軍事会議
には参加しなかった面々。飲酒と賭博、女性関係で債務者が集っている。
後方勤務を掌る(つかさどる)キャゼルヌとしては苦々しく調書を読み続けた。
だいたいは調書を読まずともキャゼルヌ少将の想定内のことであったし事件が解決して数日
たったが、以来このことに関する騒動はおきていない。
無事鎮火できたであろうと思いつつも、実は消化不良のような奇妙な疑問をいだき続けていた。
そしてやはりひとつの推理にいたる。
推理。
そう。証拠が何もないのだ。
執務室のドアがノックされてキャゼルヌは入れという。
「オリビエ・ポプラン、参じました。」
きたな。
彼の最大の疑問のひとつは「ポプランは数時間どこに消えたのか。」であった。
以前のポプランなら不在のときは女の部屋に転がり込んでいると相場は決まっていたらしい。
これは過去の話である。
キャゼルヌがイゼルローン要塞に赴任してきたときにはあの男はこともあろうに彼の大事な
後輩のアッテンボローの恋人になっていた。そして勤務時間中は仕事場にいるのであるが
プライベイトな時間はまず間違いなく彼女の部屋にいるか、彼女の側にいる。
平時、勤務時間であればポプランがどこに行こうがかまわない。
しかしコーネフ少佐とユリアン・ミンツ曹長がこの部屋にくだんの問題映像のディスクを
持ち込み相談しに来たとき、ポプランは制止を止めず失踪したというではないか。
空白の数時間の出来事・・・・・・。これも今となってはわざわざキャゼルヌが掘り起こしたくない
問題で。
「犯罪」という文字が彼の脳裏をよぎる・・・・・・。キャゼルヌは自分を正義のひととは
思ってはいない。しかし状況を把握する責任はある。
ポプランがしたことを暴くとアッテンボローに被害もでる。それはキャゼルヌは避けたい。
もともとアッテンボローの名誉を守るために起こった一騒動だし、彼女には罪はない。
アッテンボローに罪があるとすればこの男を恋人にしたことくらいである。
あくまで予測ではあるがほぼ確信に近い何かを彼は撃墜王殿に尋ねるつもりだった。
彼は姑息だと思いつつ一計を案じた。
「いかがなさいました。キャゼルヌ少将。お疲れのご様子ですな。」
「過日のインターネットサイトの件だがな。ここに憲兵の調書がある。読んでいて頭痛がするんだ。」
それはいけませんな。などポプランはしれっとした顔で言ってのける。
従卒に言って頭痛薬でももらいましょうかとポプランは悠然と足を組んで座っている。
この時期、首都星ハイネセンではヤン・ウェンリーが査問会で足を組むなと注意をされ
「いびられているところ」である。あまりに会話が成立をしないのでヤンは辞表すら書き、
劇的なタイミングを狙って懐にその辞表を忍ばせている・・・・・・。
イゼルローン要塞司令官閣下は今か今かと「辞表」を出すタイミングを狙っている。
このとき彼がもしも辞表を出し受諾されていたら。これは後日のこと。
「・・・・・・お前、アッテンボローと別れるつもりはないよな。」
「少将。呼び出しておいてそれはありませんな。人の恋路を邪魔する奴は馬にけられて
なんとやらですよ。至極うまくいっている恋人同士の仲を裂こうなんて愚の骨頂です。
そう思いませんか。」
ポプランにも珈琲をすすめた。
「俺としてはお前さんのような男が女性提督の恋人になるのは甚だ問題だと普段から思っている。」
「物分りのよくない上官ですな。キャゼルヌ少将は。ヤン司令官閣下のほうが話がわかりますよ。」
そういうと男は緑の眸をきらめかせてウィンクをした。
まあ、よく話を聞けとキャゼルヌは言う。
「今回の話し相手がヤン・ウェンリーでなくおれでよかったと結局思うことになるぞ。少佐。」
ポプランはすすめられた珈琲を口にする。
「そうなんですかね。」
そうだとキャゼルヌ。
「はっきり言えばお前たちの仲は裂きたい。野暮は承知だ。だがいかんせん、アッテンボローという女は
初心(うぶ)なところがあるから、お前さんの術中にあっけなくはまったわけだ。
その道にかけてはお前さんはある種の才能があるからな。」
「だまして交際し始めたわけじゃないですよ。そして彼女への気持ちも偽りじゃないです。
そういう言われ方は心外です。少将。」
まあこらえてよくきけと年長者はささやく。こちらにだっていいたいことは普段からあるんだと。
「あいつは同盟軍史上初の女性提督で、今後彼女が範となって女性士官を「提督」に登用する
か決めることになる。だから彼女に関する醜聞は、軍部も司令部もできるだけ早く摘み取っておきたい。
今回のようなポルノのモデルなぞ、いくら自由な表現が許される国だとしても彼女の人権を犯し、
そして軍部批判・侮辱とこちらがとらえてもおかしくはない。ここまではわかるだろ。少佐。」
ポプランは舌打ちを3回して、言う。
ちちち。
「意見を具申しますれば、少将。問題は彼女の人権であり、軍部の批判云々はお題目として
必要なだけです。小官にすれば核心はダスティ・アッテンボローという女性の人権で、あとは枝葉に
過ぎません。」
お前さんはそれでいいんだがな。こっちはそれだけじゃすまないこともあるとキャゼルヌは思う。
「ここからは個人的な意見だ。ポプランよ。あいつを大事に思う気持ちはありがたい。おれにしてもそこは
ヤン司令官と気持ちはそう変わらない。どちらかといえば男嫌いのあいつにほれた男ができた。男は
女性遍歴の多彩ではあったがこの際はそれは大きな問題でもない。お前さんが彼女と交際を始めて
からは女性関係の噂がぴたりとやんでいるし、どうもまじめに恋愛をしているように見受けられる。
相思相愛。アッテンボローは美人だがあいつの水準についてこれる男が今までいなかった。それが今では
ヤンの結婚かあいつが結婚するのが早いかというところまで来ているそうじゃないか。おれは個人的には
アッテンボローの「独身主義」には疑問があるし、仮にも好きな男がいてその男もあいつが好きなら
本来はめでたい。私人アレックス・キャゼルヌはお前たちの縁組を疎んじてはいない。ここまでは個人の
意見だぞ。」
「それはどうもありがとうございます。閣下。」
ポプランは座ったまま頭を下げた。
「で、公人としての閣下の意見というものは何でしょうか。小官は頭の回転がよくない人間ですから
10歳の子供がわかるようにおっしゃっていただければありがたいですな。」
薄い笑みを不敵に浮かべてオリビエ・ポプランは自分の額に指を当てていった。
「お前さんが主犯格の居場所を「手品」を使ってみつけ犯人を「脅迫」した。ここでは「手品」と
よんでおこう。それは罪なんだ。お前さんはわかるはずだ。法的にはまず間違いなく「脅迫」は罪だ。
だがこれは不問にする。どうだ。おれがヤンでなくてよかっただろう。」
キャゼルヌ少将は奥方の白い魔女には勝てぬが、小悪魔程度は調伏できる魔導士なのだ。
魔導士さんは小悪魔に疑似餌をまく。これは誘導尋問。
ポプランはにへへと意味不明の笑みをこぼした。
「ほれた女をあのように扱われたお前が理性をなくして張本人を探し出して、かなりえげつなく脅迫。
・・・・・・それはな、人情としてはわかる。おれにしろ自分の女房子供、同じ被害を受ければ
どうでるかはわからんから同情の余地ありではある。憲兵に任せようとは思わなかったのか。ポプラン。」
小悪魔な撃墜王殿はトイレの水が流れないとでも言うようにいってのけた。
「MPは役に立たないんでね。マスターフィルムは知らないと強情に言い張るものでちょっとばかり言葉が
過ぎただけです。でも傷ひとつつけてないですからね。」
「なんと脅したんだ?言ってくれ。おれは状況が知りたいだけだ。」
「いやべつに。これといって特別な言葉じゃないですよ。ソリビジョンの役者が言うような
三文のせりふです。要約すればおとなしく自首すればこちらは何もしないってことです。
一種の交渉です。」
彼は人差し指を振りながらにっこり微笑んだ。
「つまり自首しなければなんでもするぞと脅したわけか。」
「やだなあ。少将。脅しってのはペテンですよ。口で言うだけですって。」
言ったんだな・・・・・・。
「脅迫」は「犯罪」である。りっぱな名前がある。「脅迫罪」。
「マスターフィルムは先にこっちが押さえた。」
「ですってね。MPのくせにうまくやりやがって。俺としては腑に落ちないんですよね。」
MPではなくコーネフ少佐が押収したものである。これはコーネフから口止めをされているし
この男に言うことはない。
「少佐、あえて本質からずれていることからつめる。貴官は空戦隊飛行隊長少佐であり、
行政司法権も捜査権も持たない。しかし主犯は少佐から脅迫を受けて自白した。
主犯格を見つけた顛末をおれに教えてくれないか。7歳の子供がわかるようにはなしてくれよ。」
キャゼルヌ少将はこの男は別段「脅迫した事実」が明るみになろうがかまわないらしいと判じた。
ポプランは昼に食べたメニューを話すように口を開いた。
「小官はネットワークシステムに幼少時から興味がありまして。セキュリティはあってないようなもの。
逆に相手の居所を探して進言しただけです。自首しろ。今ならまだ罪は軽い。国の母親が
泣いているぞとね。」
キャゼルヌの妻はため息をつくと貧乏神がよってくるからやめなさいというのであるが・・・・・・。
男にはため息をつきたい午後もある。
「アッテンボローのことを思ってくれるのはありがたいが憲兵に任せるか一言、司令官代理の
おれにあってよかったと思う。ハッキングは犯罪じゃない。だが脅迫は犯罪だからな。お前さんが
なにも手に染めなくてもよかっただろう。いみじくも少佐クラスの軍人だ。」
ポプランはいう。
「愛する女の名誉一つ守れない不自由な軍人稼業に、いささかの未練もありません。」
まて。
「だからおれが今回は話をしているわけだ。我ながら悪辣とは思うが手を組もうじゃないか。密約だ。」
面白いと男は口笛を吹く。
「面白がるな。今回のことを推測できたのはおれだけだ。おれが知っている範囲ではな。
「推測」でしかない。証拠はないからな。今回の「手品」と「脅迫」は不問にする・・・・・・。
そうせねば結局はアッテンボローの身の上にいらん火の粉が降りかかる。この話を知れば
あいつは責任を感じるし彼女が辞表を書きかねん。それはうちの艦隊の大きな損失だ。
お前のした「犯罪」は今回事情ありで不問。女性提督をかばう気持ちが強いあまり「言い過ぎた」
ということで処理済。いずれにせよ主犯格は脅迫されたともいわん。証拠もない。」
「あれ。なあんだ。少将の推理だったんですか。はらはらしちゃった。」
「ちなみに会話も録音していない。なぜだかわかるか。」
ポプランは小首をかしげる。
「少将に貸しはないですよね。もしかして少将は小官の腹違いのお兄様ですか。」
「ばか。我が家にはお前のような血筋はおらん。」
「ですよねぇ。うちは秀才の家系ではないんですよ。天才の家系でしてね。」
話がずれるから本題にかえろうとキャゼルヌは思う。
「お前はくだらんことを言うことにかけてはめまぐるしいほど頭の回転がよいと見える。
・・・・・・さっき本質からずれたところからつめるといっただろう。犯人は同盟軍誹謗侮辱罪ってところだ。
軍人だから軍法会議では処罰が下るだろう。それよりもっとせんじ詰めれば、お前の提督の名誉の問題だ。
表向きをまずいうぞ。
さっきも言ったが彼女はヤン・ウェンリーが「奇蹟のヤン」といわれるのと同列に大きく政治と軍部に重用
されている「女性提督」だ。しかも兵士の生命を重んじる彼女の勤務振りが現在の同盟軍の指揮を高める
作用を持つ。」
「この間は女だからって下士官に馬鹿にされましたよ。」
こういうときだけポプランは表情に怒りが見える。
口元は笑みを浮かべていても目は笑ってはいない。
「そういう面もあるが先日の戦闘でも分艦隊を指揮して兵士の支持は上がっている。と評判だ。
おれは政治家じゃないからいちいち統計は取っていないがね。」
「表向きとしては軍部の威信を小官は守ったということですね。」
キャゼルヌは顔をしかめつつも、
「そういうことになる。もっと穏やかな自首のすすめかたならば100点満点を出すところなんだが
おれは厳しい男でね。」
「男に甘やかされても気色悪いです。じゃあ表向きはともかく裏ではどうなんですか。」
洒脱な撃墜王殿は頭がいい。次々先を読んでくる。
「個人の意見だが事が大きくならないうちに摘発できてアッテンボローがさらし者にならなかった。
これはありがたいし、礼を言う。ありがとう。手段を問わないところに問題はあるが個人としては
お前さんに一杯おごりたい気持ちにはなる・・・・・・。」
ポプランはいえいえいと頭を下げた。
「それに明らかに今までの会話はおれの誘導尋問だから、お前の罪状を問いたくても問えない。
むしろ功名が大きい。だが今後はこういう騒動はやめて司令部の人間をとおして捜査の手順を踏んでくれ。
これが密約。お前さんが約束を守ってくれれば「手品」も「交渉手段」も問わない。」
「・・・・・・少将って、案外悪いひとですね。親近感持っちゃうな。」
「うるさい。お前と一緒にするな。こういうことはシェーンコップの領域なんだが奴さんにまでこのからくりを
読まれたくはない。いいな。この密約を守れよ。アッテンボローの男でいたければな。あいつだって
真相を知れば責任を感じるぞ。いつもいつも規律を無視して。うちの艦隊でなかったらお前さんだって
懲罰ものだぞ。・・・・・・お前だってうちの艦隊では必要不可欠な撃墜王なんだ。新兵の教官でもある
トップ・ガンだ。誤解のないように言うが、お前さんが彼女を大事に思う気持ちは友人として見守って
いくつもりだしうるさいことを言うがお前さんも「ある程度」でいいから歩調を合わせてほしい。言うことは
わかるんだろう。頭の悪いふりをしおって。知能犯め。わかってやってるところが憎たらしいんだ。」
撃墜王殿はベレー帽をかぶりなおして組んでいた足を組みなおした。
「ご厚意感謝します。少将、大好き。」
気色の悪いことを言うな。
キャゼルヌはある意味政治的な男なので、女性提督の名誉を貶め婦女の品格を軽んじる
下卑な犯罪者を擁護するより、ヤン艦隊に不可欠であると考えられる撃墜王オリビエ・ポプランの
「行き過ぎた交渉」には目をつぶることにした。ヤンもそれについてはとやかくは言うまい。
でも、この男が全く処罰に問えないかといえばそうではない。
「お前、未成年に真昼間からポルノ鑑賞を強要しただろう。ユリアンがお前さんに
親しみと敬意を持っていることにつけこんだことは処分をする。3ヶ月の減給だ。」
そっちできますか。
「ま、いたし方ありません。以後ミンツ曹長に早すぎる性教育は、慎むことにします。まてよ。
もう坊やも15歳ですよ。・・・・・・早すぎはしないんだけれどなあ。わかった。教材が悪かったんですね。」
ちがうだろとキャゼルヌは右手で頭を抱えた。
「ユリアンはいい子だ。だからお前さんがかわいがっているのもわかる。何もかもスポンジのように
吸収する子だから、できればよいものをあの子には学んでもらいたい。お前さんが悪い男ではないと
思っているからヤンはユリアンをある意味お前に任せている。おれたちの信頼を踏みにじらんでくれ。
あの子に好きな娘ができて恋の手ほどきをお前から習いたいといえば、あの子に合うような恋の仕方を
教示するのも恋の達人の役目じゃないのか。」
「確かミンツ曹長はご令嬢の婚約者でしたよね。ご令嬢がいるのに坊やの恋愛には寛容ですか。」
「うちの娘と恋をするようになるならば余計にユリアンには紳士とはいかなる人物をさすのか
達人、頼むぞ。ユリアンが道をはずさぬように年長者としてみてやってくれ。」
ポプランは微笑み、席を立ち敬礼した。
「了解しました。よき裁断、恐悦至極に存じます。お礼を申し上げます。今後もお見捨てなきよう。
事務監閣下。」
返事がよい子供は案外怖い。
ちょっと用心はするもののポプランは頭が悪い男ではない。今後は自重もしようし・・・・・・
いずれにせよ誰かが暗躍をする必要もある。そう「魔導士」な事務監殿は出て行く男の背を見て思う。
男が部屋を出て一言呟いた。
「愛する女の名誉一つ守れないで、か。つまりあいつのことはあの男が引き受けてくれるらしい。」
ま、それ自体は喜ばしいことだと、優秀なる要塞司令官代理殿は次の仕事に頭を切り替えた。
いささか身びいきをした後ろ髪は引かれるのであるが。
今回話題の彼女の部屋。2000時。
「3ヶ月の減給か。ま、身から出たさびだな。ユリアンにあんなものを見せるからいけないんだよ。」
「密約」とは約束を交わしたもの以外は知らぬから「密約」という。
彼の提督は裏事情はご存知でない。それがよろしきことである。男は思う。
「ということでしばらくおれを養ってね。ハニー。おれ甲斐性なしだから。体で返す。」
女は噴出し、以後少年を悪の道に誘わなければいくらでも食い扶持は稼いでやると約束した。
「体で返してくれるんなら今度の休みにこの部屋の掃除をするから家具の移動を頼む。」
「そおいうことじゃぁなくてえ。もっとあまあい方面で。」
男は甘えた口調で言い、女はそれをおかしくも思い、ついかわいくも思う。
「甘い方面もだけれど部屋の掃除の家具移動。私にさせるのか?」
とんでもないと男は言う。
「おれはお前の従属だから朝も昼も夜も夜中もおつかえするぜ。」
「従属じゃないだろ。」
女は男の頬をなでていう。
「もしかして、犬とか言うわけ?」
男は頬に添えられた白い手をとり、キス。
「ううん。恋人。掃除が早く済んだらデートしようね。」
うーん。犯罪的にかわいすぎる。男は手だけではなくいたるところに、キス。笑いながら女はいう。
「やっぱり愛犬。すぐどこでも嘗め回す。」
軍人用の居住区の単身者用ベッドはなかなか広い。その上でじゃれあう大人が2人。
くすぐったいと女がいいながら話を元に戻す。
「お前だってわかっているだろう。ヤン・ウェンリーがお前を信頼してスパルタニアンの訓練を
ユリアンにさせてること。先輩の信頼を裏切るようなことはするなよ。でもユリアンはどうしてそもそも
お前に習いはじめたんだろうな。私なら教官にはコーネフを選ぶけれど・・・・・・。」
夕食後。
風呂からも出てベッドの上で女はパールホワイトのシルクのガウンだけの姿。
そのシルエットは美しく蟲惑的である。
男は惑わされもし、溺れる。
「ユリアンがイゼルローンにきたとき波長があったんだよな。こいつに姉か妹が
いれば嬉しいなとも思ったし。」
「・・・・・・それは波長の問題じゃないだろう。」
彼女の腰を抱き寄せてキスひとつ。
「あとできけばフライングボールの年間得点王とかいうじゃないか。見るからにいい具合に
坊やは筋肉がついていたし、鍛えたら面白いだろうとは思ったよ。はじめはむしろ頭の回転の速さが
小気味よかったけれどな。打てばよく響く。だからおれから坊やに約束をしたんだ。空戦の訓練は
おれが直伝するってね。」
彼女が何かを言おうと口を開くと、男がキスをした。
「話ができないじゃないか。キスばかりして。」
「邪魔するつもりじゃない。かわいいからついキスしたくなる。仕方がないだろ。」
もう・・・・・・と女。
ユリアンとは・・・・・・。
「あのこと初めてであったのは私が少佐に昇進したときだった。ヤン先輩が本を読んで
横になっている横でピクニックシートの上に、こまごまとうまそうな弁当を広げていたよ。
見るからに美少年で、しかも話せば利発だった。いい素質を持っているし今後の向上も
大いに期待できる子だからね。そういう子にポルノを見せたんならやっぱり3ヶ月、お前
お小遣いなしだよ。証拠物件といえどね。反省しなさい。」
微笑む彼女にキス。
「ま、ともかくいやなことは終わったし。甲斐性なしの俺としてはただ、いとしい女との甘い夜を
過ごしたいな。」
異論はないよと女から今度はキスひとつ。
そういえば。
「勤務中お前からキスするのはよくないぞ。ハニー。」
そういっては女の唇をついばむようなキスを落とす。
「・・・・・・理不尽なことをいうんだな。お前からはしょっちゅうキスされるのに私からはだめという
根拠を述べてみろ。」
彼女の髪をもてあそびつつ。男は言う。
「お前は高級士官であり、司令部の人間である。おれは空戦隊の人間で過去から現在未来に至るまで
風紀なんぞ知らぬ存ぜぬという男だ。おれからキスをしたといって「またポプランの病気が始まった」程度で
済むことが、お前からキスすれば「女性提督まで汚染された」とお前の評価が下がる。それは
おれとしてもよいことと思わないからな。」
ずいぶんと勝手なことを口にすることと女は笑う。
「もう十分私はお前の病気に汚染されていると思うけれど。手遅れじゃないか。」
女は抱かれるまま男に体を預けた。いとしい重み。細くくびれた腰に手を這わせる。
「それとおれはかわいい女にいたずらをするのは好きだが、かわいい女からいたずらされるのは・・・・・・。」
「いやなのかな?」
きれいな彼女の、濃い宇宙を思わせる青い眸。これは男のことを考えている証拠。
普段は翡翠に似た緑とやや灰色が混ざる色の眸は男のことを考えるにつれ青くなっていく。
不思議な眸だと思うけれど。
それすら、いとしくて。
「おれにいたずらをするなら2人だけのときにしてほしいな。今とか。」
けれどたいていいたずらっ子なのは男のほうで。
いった端から彼女にキスしてシルクのガウンも脱がせてしまう。
シーツにひろがる鉄灰色の輝く髪を目で楽しみつつ。
「明かり消して。」
「いや。」
「消さないとやだよ。」
「わがままだなあ。」
「やだったらやだ。絶対だめ。」
「きれいなのに。」
「・・・・・・。」
彼女はシーツを胸元にまいたまま無言で男に命令する。
「わがままだなあ。」
男は観念して部屋の明かりを落とす。それでも彼女の肌のあたたかさやすべらかな
感触は男の心を高ぶらせる・・・・・・。
あとは二人の甘い夜。幾度も体を重ねて幾度も唇を重ねて。
腕の中の女がかわいく、ただいとしくて男は彼女を離さない・・・・・・。そんな2人の夜。
とにもかくにも寧日、安寧のイゼルローン要塞。
この翌日にまさにいまだかつてない事態が発生する。
帝国軍のガイエスブルグ要塞がイゼルローン要塞の眼前にワープしてくるのである。
しかも常勝の提督、ヤン・ウェンリーはいまだ要塞に不在であった・・・・・・。
by りょう
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