「おーい。邪魔するぜ。」
といって、帰還したその夜に彼女の恋人がひょっこり訪れた。
「おかえり。ご苦労だったね。」
確かにご苦労な旅路だったと思う。ユリアンから少し聞いたけれど彼女も提督じゃなければ
加わりたい航路であった。
少年はうまく男の女性関係のくだりをはしょっているが何もなかったわけではないと
アッテンボローは思う。
浮気をされたらこんな気持ちなのか・・・。
彼女はそれでも男を迎える自分の感情が不思議だった。
アッテンボローはポプランにコーヒーを飲むかどうか聞いた。
飲むと答えるのでウィスキーのはいったコーヒーを入れた。
男の留守中に彼が好きなコーン・ウィスキーを買うべきか考えて、一応買っておいた。
そもそもウィスキーはアッテンボローはすこし苦手なのだがこの男やコーネフなどはよく飲む。
熟成期間が短いものでまろやかな味わいではあるに違いはない。
バーボンよりは彼女は親しめるかなと思う。
あっさりした酒だ。
空を飛ぶ男の間ではこれが流行らしい。
彼女自身は普通のウィスキーかブランデーをたしなむ。
ブランデーはよほど安心できる人間としか飲まない。
体を温める酒なので酔いが早くなるし、酔えば酒癖の一つも出るからヤンたちや
ポプランの前でしか飲まないようにしている。
仲間と飲むときは体を冷やすウィスキーを飲んで実はそれほど酒豪ではない自分を隠している。
酒は好きだが、愉しんで飲みたいのだ。
薔薇の騎士連隊の誰かさんのように浴びるほど飲む神経はない。
それと彼女は赤ワインが好きだ。シャンパンも。
でも二人で過ごすことが多くなりウィスキーもずいぶん飲めるようになったのだ。
「土産がある」
彼女の入れるコーヒーが彼は好きだった。それをうまそうに飲みながら
いつものトーンでさらりといった。
「なんだ。土産って。」
アッテンボローは、少し肚を決めないといけないなとやや顔が強張った。
悟られぬように努力したが効果のほどはわからない。
ポプランはテーブルに赤い手帳を投げた。ガラスのローテーブルの上でそれは
乾燥した音を立てて落ちた。
「それ。」
彼女はその手帳を見た。使い古された手帳で土産というにはあんまりであるし、おそらくはポプランの
ご愛用の品だろうと推察できた。そんなものを自分が見ていいのか、彼女は考えた。
「どうした?ダスティ。いつもの生きのよさはどこにいったわけ。見ろよ。中身を」
仕方なく、彼女はその手帳の中身をみた。
案の条だ。
女性の名前、連絡先がずらりと並んでいる。
そして、ご丁寧に女性の名前にチェックがはいっている。
「・・・で?」
アッテンボローは、静かにポプランの目を見ていった。
表情を読み取ろうとするけれど彼の眸を今夜の彼女は読み取れない。
ずいぶんとかわいくないことをいった手前もありこの手帳の女性たちと
逢瀬をしてきたからといっていまさら彼女になにが言えるのであろうかと考える。
赤い手帳を一通り見て、丁寧に閉じてローテーブルに置いた。
私からは何もいえないよ。オリビエ。
彼女は心の中で呟いた。
「ハイネセンのおれの女達の、名前」
「だろうな」
ポプランは小さく笑い、言う。
「なんだ、つまらん。焼きもちのひとつでもやくかと思ったが」
孔雀石の瞳は相変わらず陽気な色を輝かせているばかりで男の表情がわからない。
女は自分が入れたコーヒーをあまり美味くもない風に飲む。
やきもちを妬くにしてもこれでは照準がまるで合わない。
一人や2人の女性にならもっと感情は揺れ動いたであろうか。
女はわからない。
「・・・仕方ないさ。私もお前より立場を選ぶような女だからな。私は嫌で軍人になった。
だが将官である以上は何よりも大事なのは兵士を生きて帰すこと。
これは曲げれない。
でもお前のことは本気で好きだ。
ただ、自分がかわいいとは思っていないからお前は好きにしていいと思う・・・。」
ヤンなどが聞けばまた心配をしそうな声であったが、付き合いが浅ければ平静な声に聞こえたかもしれない。
彼女は彼から目をそらさないでいったし、彼も彼女をじっと見つめて言葉を発した。
「・・・そうだよな。ま、そういう女だしおれ本気なんだけど。わかってないだろ。お前。」
エース殿のきらめく緑の眸に心臓を打ち抜かれた気持ちになる。
アッテンボローが考えたこと。
情けないことであるがソファに座っていてよかったということ。
たっていたら腰を落としたかもしれない。
本気って言っている?
アッテンボローはその言葉で、もう十分嬉しかった。
この男が自分を愛してくれている。
それだけで不思議に何もかもが嬉しかった。
微笑むべきなのであろうが顔がこわばって
自分が持っているコーヒーカップをテーブルに置くのがやっとだった。
泣くと止まらないし、不細工になるから涙だけは勘弁と思うがあまりにうれしくて
次の行動に移せないでいた。
明晰なる彼女もパニックにおちいる。
その土産は、更に彼女を驚かせることになる。
「あのな。そういうときは素直におれに抱きつけばいいの。それチェックはいってるの全部話
つけてきた。「悪いがオリビエ・ポプランは死んだと思ってくれ」と。本気で愛してる女がいるから
もう会うことはないって。全部綺麗に話をつけてきたぜ。ハイネセンの女たちとは全部別れた。
・・・ここまでいっても感動してくれないのかな。俺のかわいい提督は」
彼女はやっと、彼に抱きつきいた。
彼女のなつかしい重みを感じて男はため息をつく。
勢いよく抱きつかれた割りに男は微動だにしない。
彼女の香り。
甘いヘリオトロープの香りに桃の香りがする。銀のような緑がかった髪を撫でて十分
彼女の体の重みを肌で感じて男は言った。
「やれやれ、分艦隊司令官を恋人にするにはおれもそれなりの覚悟がいるってことだ。
まだ他の惑星にいる女とは連絡していないから許せよ。なんせ数が多いから
全員と綺麗に別れるのは、口説くより大変だ。」
そういうとポプランは彼女を抱きしめて、優しく深い接吻を落とした。
女は男に抱かれるまま彼のあたたかさを感じた。
その男に抱かれているとき、彼女は幸せを感じる。
「どうして私が好きなんだ?お前」
ベッドの中で彼女は恋人に尋ねた。
「恋に理屈はない。それじゃ不満か?」
ストレートに言われて、彼女は笑った。
彼女がヤン達に言った言葉と同じではないか。
どこか何かが似ているのかもしれないなと女は笑う。
「笑ったな。なんなら、一々リストを作って読み上げてやろうか。なんだか会わない間に
ずいぶん甘えん坊になったんだな。かわいいじゃないか。寝物語にはいいだろう。
そうだな・・・。まず、1・自尊心がある。2・自分の生き方を見失わない。3・したたかである・・・。」
女は男の鼻をつまんだ。
「褒めてるのか。」
「いいや?真面目だぞ?俺は自尊心のない女は好みじゃない。」
アッテンボローは、ポプランの腕の中で笑った。
ちょっとにらんでみたがでもやっぱりおかしくて吹き出した。
「でも何よりお前はおれを受け入れている。これが大きいな。おれが何をしてもお前はきっと
おれにぞっこんだろ。」
それはお前もいっしょだよ。オリビエ。彼女は彼の首筋にキスした。
「それにキスも随分上達したし舌の使い方も始めのころよりずっといい。何と言っても締まり具合が極上。
ミミズ千匹とはこのこと。さらによがり声がまたかわいい・・・いてー!」
彼女は彼の首筋を噛んだ。ちょっとあまがみではない。
「誰がそういうことを褒めろといった。」
「今さら照れても遅い。名器は名器と言わないと失礼じゃないか。」
何でだ?何で下の話になるわけだ?
彼女は、呆れた。
「あ、おれはいっとくけどものは自慢しない。だからかいてるだろちゃんとあそこに『粗品』って。見る?」
そんなことをいわれても標準サイズなど考えたこともないので彼女は赤面した。
「・・・遠慮する」
男の唇に軽くキスをして、女はその腕に抱かれて目を閉じた。
そんな満足そうな女の頬をなでて、男は言った。
「俺がいなくて寂しくて、眠れなかっただろう。」
彼女はうん、と素直に頷いた。
「いろんなことを考えたよ・・・。一人で考えるとろくな方向にものを考えないから怖いよな。
でも帰結すると私はお前が大好きなんだ。」
彼女はじっと目を瞠って、言った。
宇宙の闇のように深いブルーの眸は女が男のことを思うときの色。
「俺がお前を裸にしたがるわけがわかる?」
「いやらしいことがしたいからだろ」
ち、ち、ち、と男は軽く舌打ちをした。
「お前、服着てると理性だけで問題を解決しようとするだろ。特に制服。
でもこうして裸で抱き合っているとお前の
本当の気持ちは単純におれのことが好きなんだよ。
そんだけおれにほれてるのによくまあ軍法会議だの
恐ろしいこというよな。
でもお前の本当の気持ちは、よくわかってる。
おれが好きで好きでたまらない。
これが本心だ。」
読まれているかもしれない。
やっぱり恋の経験値が違いすぎるなと女は思う。
「・・・認める。」
よしよしと男は女の素直な発言に気をよくして、頭を撫でた。
「裸で抱き合うって、悪いことじゃないだろ。本音が出るもんな。
俺もお前を本気で愛してる。
そりゃ女性提督ってものめずらしさから入ったのは事実だし、隠すつもりもない。
お前、本当は結構コンプレックスとか持ってるだろ。
そばかすとか、背が高いこととか。
おれにはそんなのかわいくて仕方ないんだけれどな。
おしゃべりな眸もかわいいぜ。
本気でほれてるんだろうな。おれも。」
男はウィンクして、女にキスした。彼女は真っ赤になった。
「何でコンプレックスのこと、わかるんだ?はなしたことないぞ」
「見てればわかる。おれ、何人の女と恋してきたと思ってんの?」
彼女は口を尖らせた。
「しらないね」
「本気で女を愛せばそういうの、見える。だんだん見えてきたかな。たとえば・・・。」
彼女の瞳の色は、ブルー。
「今、おれのことしか考えてないだろう。」
女は照れつつも頷いた。
「そういうの、見えるようになるには時間かかる。ついこないだ出会って、恋して。まだまだおれたち
知らないことだらけで。恋が始まったばかりで。これからたくさん知りたいことがあって・・・。
まだこの恋は赤ん坊みたいなもんだ。酒も熟成期間がないと美味くないもんな。
おれとしては愉しみだ。お前のことがもっと知りたい。」
男の心地よい声とあたたかな素肌にふれて女は安心する。
多少恋に未熟でもいいようだ。
背伸びをしなくてもこの男は自分を見てくれている。
見守ってくれている・・・。
彼女はそんな恋愛をはじめてした。
「・・・そうかもな。」
抱き合ったまま、二人が離れていた時間のことを話した。
出発前にキャゼルヌたちと話したことをポプランにいうと
「シェーンコップのおっさんだけじゃなくてキャゼルヌやあのヤン・ウェンリーまでお前の奴隷なのか。」
そんなこと言ってないだろと女は男の鼻を軽くつまむ。
「鼻ばかりつまむな。美少年の面影がなくなるだろう。」
・・・男はキュートで魅力的だが美しい顔立ちではないと思う彼女。
今後もおいたをしたら遠慮なく鼻を軽くつまんでやろうと思うのであった。
男はハイネセンでの修羅場を話した。ドールトンのことも。
「女難の相が出ているぞ。オリビエ。」
アッテンボローは男をからかってまぶたにキスをした。
「・・・それでもおれはお前が好き。」
そんな恋人たちの時間を過ごしながら、彼女は考えた。
「お前がもてる理由が今日わかった気がする・・・。」
「今頃か。」
男は微笑んで、彼女の体の重みを愉しんだ。
「・・・重いと思ってるだろ」
「いや。肉枠的でかなり好き。」
体をずらそうとする女をだきしめて男は言った。
「薔薇の騎士連隊の筋肉馬鹿を見てると不安だろうがおれ、結構力あるんだぜ。
俺はお前のような胸と尻の大きな女がすきなんだ。」
ヒップサイズは余計だと彼女は怒る。
「最初に尻を見てナイスと思ったね。正直な感想。大きさと高さ。
俺は華奢な女より好みだな。」
どうしても尻の話がしたいのかと女はごねる。
じゃ、まじめなお話しましょ、と男が言う。
「おれも考えた。今後はお前の仕事のこともあるし公私混同はやめる。お前の立場を考えれば
俺をどんなに愛していても『将兵の命より、男です』とはいえんもんな。
公私混同はやめましょ。やめるから・・・」
彼女に覆いかぶさり、彼はいった。
「プライベートは甘くいこうぜ。目指せ6ラウンド!」
無茶言うな。4回でストップしてくれ。
ああ、またもや今夜も眠れないなと彼女は思う。
でも一人で眠れない夜よりもはるかに幸せを感じる彼女であった。
今回、彼女は彼を愛してよかったと思える点が2つは確実にある。
1つは嘘か誠かハイネセンの彼の以前の恋人達との関係をアッテンボロー1人のために精算してきたこと。
これにはユリアンやヤンは拍手喝さいを贈った。フレデリカもポプランを立派だとほめた。
シェーンコップは「うそも方便」といった。
コーネフはそういう不思議なこともあるんだなとそれ以上は何もいわなかった。
そしてもう1つはどうも二人ともお互いをかなり尊重し大切にしていることがわかったこと、である。
これで実際うまくいっているんだからアクロバティックであろうとこの恋は
価値があるなと彼女は確信した。
多分、彼の方も。
Every Jack has his Jill.
キャゼルヌは後日二人の関係をそう呼んでいる。
彼女と彼はお互いの顔を見合わせるのだがそれは一種の褒め言葉だとヤンが補足説明した。
『どんな人にも、その人にふさわしい人がいる』
つまり、われ鍋にとじ蓋、らしい。
「鍋には蓋がいりますからね。サイズの合ったもの同士でないと、おいしい料理はつくれませんよ。」
オルタンス・キャゼルヌは夫にロールキャベツを振舞った。
アレックス・キャゼルヌは何やかやといってはいたがオルタンスの料理に毒が盛られることなど
想像したことがない。素直においしく食事をいただく。
どちらに利があるかはおわかりであろう。
ヤンはユリアンとお相伴に預かり、アッテンボローはポプランのためにラムのシチューを作った。
ペンネボッカにホワイトクリームを絡めて。
2人で過ごす夜。
毎日がはじめて抱き合った日のよう。そんな二人の甘い夜。
by りょう
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