恋心-KOIGOCORO-



クリスマス。

サンクスギビング(感謝祭)のほうが重要視されていたのははるかかなたの、地球という

人類発祥の土地。英語圏の国では家族や仲間と過ごす大事なイベントだったらしい。

当然、私は文献でしか読んでいないから事実は知らないし現にイゼルローン要塞にいる今

もっぱら住民は「クリスマス」「新年」の準備におおわらわである。




ユリアンには日記をつけることを私は推奨したが、私個人はつけないことにする。

なぜならば・・・。

文才がない。




そして凡庸な自分をよく知っているからでもある。

回りは私を買いかぶりすぎなんだが、いまさら要塞司令官にまでなって「私は無能です」とも

公言できない。

ともかくは新年過ぎればキャゼルヌ先輩が来るし、こまごましたことは先輩に任せて。

最前線だから、パーティなどは自粛しようという司令部の中で声もあったが

私はむしろ最前線だから楽しめるときには大いに愉しむ必要がみんなにあると思う。

だから使いたくないけれど「司令官のお達し」というやつで

「クリスマス」「新年」はおおいにパーティをすればいいと通達を出した。

やっこさんがきたらそんな楽しみもないからね。





ラインハルト・フォン・ローエングラム侯。





ま、それはさておき。

息抜きをしようとイゼルローンの街に出てみる。本当はぶらぶら散歩したいけれど

残念だが私は顔を知られすぎている。

サングラスをかけたところで似合わない上に、変装にならない。

ユリアンをつれて食事に出ることはあるけれど、たまにひとりで住民の様子を見たいときもある。

イゼルローンは帝国がその科学、軍事のすいを集めてつくった要塞だけあって

なかなか軍事的にも、居住する人間にもよい環境を提供している。




イゼルローンには人工太陽のおかげで食糧を自給自足できるシステムがある。

なんとも、酪農、牧畜もできるので皮肉めいているが、アムリッツァで多くの痛手を負った

本国よりも食糧事情がよい。

天然の雉などは望めないにしても、鳥、羊、ウサギ、馬、牛などの肉も調達できれば、

魚介すら手に入れることができる。野菜、果物も勿論。

酒まで造れるのだから私としてはありがたい。




といっても我が家には厳しいお目付け役がいるので自分ではなるべく酒の飲む分量を控えている・・・

つもりだ。

でも私の飲酒癖は、ユリアンの希望の分量にそぐわないらしい。

手厳しいお目付け役から及第点はもらえない。





スーパー、コンビニエンスストア、カフェ、レストラン、ホテル、映画館、娯楽施設、デパート・・・。

運動競技場まである。

大きな書店や図書館がないのはよくない兆候だと思うが。





自給自足ができるゆえに物資が豊富なので、価格などもかなり安価に提供できている様子。

よくできていると思う。軍人も民間人も、表情は最前線であるにかかわらず、明るく活気がある。

これはよいことだなと思う。






本当はこのイゼルローンを陥落したことで帝国との和平を持ち掛けたかったんだが。

最高評議会はそういう答えを選ばず、アムリッツァを選んだ。

最高評議会なんだか、最低評議会なんだか。

おっと。

こんなことを考えるから日記はつけないほうがいいのだ。

われわれが選んだ議員による評議会だ。

一軍人の私が云々いえない・・・。

けれど私も一国民だ・・・。

そんなことを考え始めると自分の生きている星の政治のあり方まで、疑問に思える。

気分転換にどこかうまそうな紅茶を出す店を探した。

聞き覚えのある陽気な笑い声がして座席のほうに目線を向けると、

・・・アッテンボローの後姿が見えた。

彼女の声は特徴もあるし髪の色だって後ろから見ても間違えはしない。






ただ、不思議だったのは彼女が男といたこと。

いや、彼女だって恋人がいてもいいし男友達がいてもいい。

あの淡い金褐色のハンサムといえなくはない男はたしか空戦隊の隊長オリビエ・ポプラン少佐。

ハートの撃墜王と呼ばれる有能なパイロットであると同時に・・・いわゆるプレイボーイという評判の高い

人物だ。

アッテンボローは昔から、男が好きではない。




私も気持ちは少しわかるが同盟史上初の女性提督への羨望と嫉妬はなかなか

怖いものがある。

きっと私のようなものでもいろいろと悶着があるのだから女のアッテンボローには

そういうものは尽きないであろうと分艦隊主任参謀長にラオ中佐を就けた。

ラオはもとは軍人ではなかったのであるが、中途で軍人になったらしい。

けれど才覚があったのだろう。とても使いやすい男だった。

あの地味で控えめな容貌からは想像できないが2人の細君と離婚している。

ともかく人生経験が多い。

そういう男ならばある意味軍しか知らないアッテンボローにはよい参謀であると思ったのだ。

そつなくさりげなくこなす男で、射撃の腕でもなかなかで護衛にもいい。

アッテンボローはシャープに見えるが、私とさほど変わらぬ銃の使い手だから

・・・いわずもがな。




ともかく、アッテンボローは自分の仕事を邪魔する男が嫌いだった。

そして彼女はあれで潔癖でどんな男の誘いにもなかなか応じない。

そんな彼女があのレディキラーと談笑している。




不思議な光景だが邪魔をするのもなんだし店を変えようとするとアッテンボローが

私に声をかけた。

「今日はユリアンもつれずに散歩ですか?」

彼女はルーズなアイボリーのセーターに、ジーンズ、ショートブーツをはいている。

・・・デートなんだろうか・・・。



もうすこし、着飾ればいいのにと私などは思う。ドレスを着るとか。

彼女は美女のうちに入るのだから。

こういうのはセクシャルハラスメントになるだろうか。

口には出さないでおこう。



ポプラン少佐はシャツの重ね着をして黒のジャケット。洗練されている感じがする。

「変わった組み合わせで、デートかい?楽しそうだけれど。2人はずいぶん仲がいいんだね」

まさか、とアッテンボローは笑った。

「オリビエ・ポプランは私の友達です。なかなか愉快な坊やですよ。」

アッテンボローが自然体でポプランという男の前で、冗談や、談義に花を咲かせている。

私も同席したが、ポプランという男は案外ものをよく知っている。

ばかではない。

うてば響く。

知識もあるようだがひけらかすわけでもない。

ほとんどアッテンボローの聞き役に回っている。

まじめな話もしているようだし、馬鹿な話もしている。




でもこんなうれしそうなアッテンボローを見るのは久しい。

嬉しそうというか、自然体のアッテンボロー。

私や、ユリアン、グリーンヒル大尉には見せる笑顔を無防備にこの男にも、

むけている。

ポプランはそんな彼女を・・・特に下心がありそうに眺めているというか、そういう視線ではない。




そうか・・・。

この2人はお互いが一緒にいることがすきなんだな。

アッテンボローは自分の笑顔が、いつもの私たちに見せるものであることを気づいていなくて。

けれどポプランはそんな彼女を、いとしさをこめてみている・・・。

これは恋だな。そうかそうか。

私は心のなかで微笑む。




「あ、ユリアンに食事を作ってもらっているんだっけ。土産にマフィンでも買って帰ろう」

私は努めて普通に言った。

アッテンボローはユリアンを呼んで一緒に食事しましょうというが。




私は恋人同士の邪魔をしたくないし、ユリアンにもさせたくない。

アッテンボロー、そういう笑顔を見せているってことはお前さんはこの男に恋心を

持っているってことなんだよ。

お前さんは鈍感だから気がついていないだろうけれどね。

将帥たるもの、それなりの鑑識眼を持たないと。

まだまだ彼女には、人物観察の経験が必要かな。

シャープなように見えても、自分がどんな男に惹かれているのかわかっていないんだから。




私はポプラン少佐に、このじゃじゃ馬提督をよろしくといって腕時計をちらちら見ながら急ぐふりをして

帰ってきた。

多分、ポプランは私の下手な芝居は見破っているだろうが

美人と二人きりになれるのだし、文句はないだろう。



名だたるレディキラーに後輩を預ける気持ちになったのは彼がアッテンボローの意思を

尊重しない口説き方はしないだろうと思う計算。

多少は口説くだろうけれど、それはポプランの挨拶のようなものだろうし。



それと、ただの勘でしかないが、あの男もアッテンボローに本気なんだろう。

ただの美女を見つめる視線ではなかった。

ポプランのほうが若いはずだが、アッテンボローがかわいくて仕方がないという顔だった。

こういうときは私は野暮なふりをして、知らぬ顔で退散したほうがいい。

勿論こんな話は私の胸の中にしまっておいた。

だから、日記などはつけぬほうが私にはよい。

ユリアンには的確に物事を見て、それを表現する力がある。

私にはあんまりそういうものはない。






その日はマダム・キャゼルヌ風のアイリッシュ・シチューを作ってくれた。

できすぎた子供だ。

彼の食事を作る能力や、紅茶を入れる能力に比べれば私の「才能」などたいしたものではない。

生きていくにはユリアンの持っている資質や、素質、素養が大事だと思う。





最前線であるが。

まぁ、今日は一日無事に終わったことだしとその日はゆっくり寝たが・・・。

二日後、アッテンボローとポプランが顔もあわせないで・・・いや、アッテンボローがそっぽを向いている。

・・・どうも本気で口説かれて逃げたな。アッテンボロー。




わるい癖だよ。

給料のうちではないけれど、私はサンタクロースにでも習おうか。





『要塞きっての、いや、同盟軍きっての若く生命力に満ち溢れた

女性提督ダスティ・アッテンボロー少将と、空戦隊エースでレディ・キラーの

オリビエ・ポプラン少佐が・・・「男女の仲になっているらしい」』





さて、こんな噂にどう踊らされるだろう。

レディキラーのお手並み拝見。ぜひ恋愛音痴な私の後輩を君の本当の愛情で

救っておくれ。

普段私を灰色だの、鈍感だのというからお返しだよ。アッテンボロー。

あんなふうにお前が笑顔でいられて、安心できた男なんていないだろう。なにせ私一人では

包囲網は作れないから、ちょっとした情報作戦。




たぶんクリスマスには私のところに逃げ込んでくるだろうが・・・。そうだな。グリーンヒル大尉を

巻き込んでってところかな。

ディナーは仲間同士で楽しく過ごせばいいさ。ユリアンと4人で仲良く遊べばいい。







それ以降の大人の時間は2人の時間ということで。勿論私が表に出ることはない。

そしてこのことは、私一人の、秘密。ということで。

私もいずれは逃げられぬときが来るだろうがそれはもっと先のこと。

アッテンボロー。




逃げても、無駄だよ。









by りょう








LadyAdmiral


「恋心-KOIGOCORO-」

適度なタイトルが浮かばず・・・。困ったときのBZです。あのうわさはヤン提督の流したものなんですね。

しかしながら本当はコーネフの功労が大きいので、ヤン提督は、面白半分に噂を流したきらいもあります。

ヤンって、自分がライバル視されているとかそういうことには疎いですが、恋に関しては案外シャープだなと思うんです。

ジェシカのこともすぐに身を引いたのは、ラップの気持ちがわかったからで。フレデリカのこともすぐにわかったでしょう。

自信満々でないにしろ、バーミリオンのシンデレラ・リバティで求婚するなんて精神状態、この人、すごいです。

さすが普通の男ではないですね。ユリアンがフレデリカを慕っているのは気づいていたかなぞですが、

灰色ではなくって、「責任を取れることまでしかしない主義」が大きいのかな?



若いけれど、成熟している部分が大きいヤン提督。

10代で子供をつくった誰かさんとは大違いです。でもその誰かさんも好きですがね。





LadyAdmiral