SAKURAドロップス・4




朝から胸の音が聞こえそうなほど心拍が高い。



フレデリカ・グリーンヒル大尉は美人に生まれつきながらもおくてであった。それに14歳の多感な

少女期に出会ったひとを忘れられぬために、数多、男性からの交際の申し込みを退けてきていた

ので2月14日は22年間のうちの大きな大イベントになった。19日には彼女は23歳になる。



しかしかながら彼女の閣下は朝からご機嫌斜めである。



捕虜30万人が到着したのはいい。問題は同行してきた同盟政府の委員たちである。

かれらはイゼルローン要塞を旅行地のホテルと勘違いでもしているようにやれ部屋が悪い、

士官食堂の食事がまずい(事実その日のシェフははずれだとフレデリカは常連なので知っている。)

だの、出迎えにヤンが来なかったなど散々文句を言うのである。文句がいいたいのをじっとこらえる

ヤンのほうが機嫌も悪くなろう。



そのうえ彼ら政府委員たちはどっさりと荷物を持ち込んだ。



「万年筆、靴下、タオル・・・・・・委員の名前いりか。選挙活動しにきてるのがみえみえだが、ヤン。

堪忍袋の尾を切るなよ。お前さんがひとことアンチ政府発言をすると政治的に厄介なんだ。

他の兵士が今以上に政府役人の悪口を言い並べかねないからな。こらえてくれよ。司令官閣下。」

と捕虜交換事務局長アレックス・キャゼルヌ少将は若い司令官に耳打ちをして釘を刺す。



兵士たちはすでに委員たちを軽蔑しきっていたので敬礼しないし軍人でない人間に敬礼をするいわれも

ない。すると今度は「道であっても兵が敬礼もしないとは。」と委員たちはお冠なのだ。



「くそむかつくよな。ああいうの。なんかいたずらしちゃおうかな。」

と佐官のポプラン少佐は言える。けれど将官のアッテンボローは



「するな。その尻拭いを私がすることになる。捕虜交換式典が終われば・・・・・・何とかなるだろ。」

と彼女なりに自制をしているらしい。



ユリアンは執務室に次々届いてくる「バレンタインの贈り物」を箱詰めして荷造りする。

これらの荷物は当然執務室あてではなく窓口を通ってくる。そのときに赤外線チェックを受けて

危険物でないことがわかっているものだけが執務室へ運ばれてくる。

「毎年毎年すごい量ですよね。これだけの贈り物が集まるとぼくは集荷センターで働いている気持ちに

なります。アルバイトしてみようかな。」

少年は呟いた。住所のラベルを貼り付け今度は荷物を送る窓口に運んでいく。キャリアーを借りて

きてるが、なん往復することになるだろうかと考える少年だった。500近い数の贈り物。

けれどユリアン・ミンツは優秀な14歳だったのでてきぱきと彼の保護者であれば半べそをかきそうな

仕事を片付けていく。



ヤン・ウェンリーはバレンタインになると季節外れのサンタクロースに変身する。



ユリアンがこんな調子だったのでフレデリカは給湯室で紅茶を入れてヤンに出す。

一応心持わずかにブランデーを落とした。



「すまないね。大尉。私はそんなに不機嫌そうに見えるかい。」

紅茶の中のブランデーに気づいてヤンは年少の副官殿に尋ねた。

「いえ。お顔立ちではわかりません。大丈夫ですわ。閣下。・・・・・・お気持ちは察します。」

これも給料のうちなんだろうねとヤンは机に足を投げ出して頭の後ろで指を組んだ。



みんな忙しそうだし、閣下もこんなお気持ちでは贈り物を受け取る気にはならないだろう・・・・・・。

フレデリカ・グリーンヒルはそれを判じて事務処理に精励した。昼食は10人ほどの委員と会食会がある。

なんとか上官の気持ちをよい方向に持っていくことはできまいかと悩むフレデリカでもあった。

ヤンの幕僚もその会食パーティ、歓迎会だが出席した面々は政府委員たちに散々嫌味を言われた。

「帝国の要塞だからもっと綺麗かと思ったが案外手落ちがたくさんあるね。水のでも悪いし。湯はぬるい。

もう少し準備をしてくれてもよかったと思う。」

などキャゼルヌを目の前にいう委員もいて、さすがのムライ参謀長もきっとその委員をにらんだ。



「おまけに軍人ばかりで興がないね。もてなしというものはこんなものではいけないよ。」

「あいにくこちらは最前線です。皆様方のお心に染まない歓待になり申し訳なく思っております。

ご容赦ください。」

アレックス・キャゼルヌは頭を下げる。



この人物のえらいところは罵詈雑言を浴びせられても節度を失わないことである。



しかしえらくない人物もいる。

同盟最年少少将閣下であるダスティ・アッテンボローは1400時。

行動を起こした。

彼女は憲兵上がりで「穢い政治屋」が大嫌いである。



「責任は私が取る。みんな思う存分やっとくれ。」

アッテンボローの指図で政治利用のために持ってきた委員たちの「同盟軍捕虜たちへの贈り物」は

部下たちの手で「帝国軍捕虜への友愛の贈り物」として「贈呈」された。

委員たちはいきり立ちアッテンボローが女であるのをいいことにそれこそ口汚く批難したが。



「文句があるならでるところに出てもこちらは何も問題はない。あなた方が行ったことは

同盟の公職選挙法4条に違反している行為だ。そしてあなたがたがその行為を行った場所は

このイゼルローン要塞。ここは公的軍事施設。司法権はMPにある。さて。かかってくるかい?」



彼女は同盟憲章オタクデモある。見事そらんじられれば委員たちはぐうの音も出ない。

だが後日のことを考えればヤンは少し気がかりになった。

アッテンボローのしたことは痛快で溜飲がさがる思いがする。けれどこの気持ちのよい後輩に

のちに政府から圧力がかからぬようにヤンは裏で手を打っている。

帝国軍捕虜の代表者に「感謝状」を一筆願ったのである。

「同盟政府からの友愛の品々かたじけなく云々」と感謝状をもらえば委員たちはもう文句が出ない。



みなに詰めが甘いといわれながらもアッテンボローは難を免れた。それにみなも彼女のしたこと自体は

評価してる。方法がやや最後杜撰だったというのはヤンの幕僚独特の毒舌であろう。ヤンもすこしは

気持ちが爽快になった。

それにしても質の低い人間性の尊厳を守るために戦う軍人という職業とはと、ほとほとキャゼルヌも

アッテンボローも愛想がついた。



「ま。これでアッテンボローたちに何も圧迫がかからないだろう。あいつはやることが・・・・・・でも

委員たちの泡を食う姿は面白かったな。」

夕方執務を終えるころにはヤンはそんな一言を漏らした。ユリアンは700個の贈り物の手配を終えて

紅茶を入れてきた。

「ユリアンにも今日はすまなかったな。今度何か埋め合わせをするよ。ありがとう。」

「いえ。そんな手間ではないですよ。提督こそ今日はお疲れでしょう。お茶を召し上がってくださいね。」

うん、今日は昼寝もできなかったなと司令官閣下は猫のあくびのように体を伸ばした。



今かしら。



フレデリカは意を決してヤンの前に立った。

「閣下。」

「・・・・・・なんだい。大尉。何が残っているのかな。仕事。えっと・・・・・・。」

違いますわとフレデリカは笑った。

「閣下とユリアンに、・・・・・・日ごろの感謝を込めて・・・・・・月並みですがチョコレートです。・・・・・・

うんざりなさいます・・・・・・よね。」と日ごろの聡明さや明晰さがかけた女性士官はヤンとユリアンに

小箱を差し出した。

ヤンはあと言う顔をして、ユリアンは紅茶を入れたので早速いただきましょうよといった。

「きっとグリーンヒル大尉が選んだチョコレートなら美味しいですよ。」

少年はヤンを促して二人して小箱を空けた。

「・・・・・・すまないね。大尉。気を使わせて。」

「いえ。とんでもありません。・・・・・・お口にあえばよろしいのですけれど。」

フレデリカは赤面した。そういう空気を読むのが得意な少年はわざと無邪気な子供に帰る。

「美味しそうだな。ありがとうございます。大尉。いただきます・・・・・・。」

とトリュフを口に運んだ。

「じゃあ。私もいただこう。ありがとう。大尉。」とヤンも一口。



美味しいですね!

へえ。これは紅茶の風味がいいね。甘すぎなくて食べやすいな。

とヤンもユリアンもフレデリカの想像以上に喜んで食べてくれた。ヤンはもう一つ口に運んで食べた

後に聞く。

「これはどこで売っているんだろう。本当に美味しいね。」

あの・・・・・・・「つくったんですの。アッテンボロー提督と。」真っ赤になってフレデリカは答えた。

ユリアンもヤンもそれはすごいとチョコレートを絶賛した。

「中がガナッシュじゃないトリュフなんですね。今度教えてくださいね。つくり方。」

少年はにこにこして言う。



「うっかり食べ過ぎてしまうな。夕食後のデザートに大事にとっておこう。大尉のチョコレートは

とても美味しいんだね。うん。実に美味しい。今日一日の疲れが・・・・・・払拭できそうだ。」

ヤンはお世辞をいえない人間だからこれは事実を述べているのである。

それがわかるのでフレデリカは「それはよかったですわ。閣下。」といつものやさしい笑みを浮かべた。







さっきから女性提督の部屋では撃墜王殿が腹を抱えて笑っている。

「ひとに尻拭いをさせるなといいながらみごとなおいたをしちゃうんだから。ハニー。最高だぜ。」

委員たちの「選挙道具を無効」にした行動をききポプランはリビングのソファに座ってまだくすくす

笑っていた。



「・・・・・・逮捕権があったら現行犯逮捕できたんだがな。」

彼女はキッチンで大本命チョコレートをやっと作り始めた。いつもはアッテンボローからはなれないで

くっついているポプランもこのときばかりは「キッチン出禁」を命ぜられた。

「こすっからいまねばかりするからいい気味だぜ。選挙やたち。さぞみんなすっきりしただろうな。」

ポプランはクッションを抱きかかえてチョコレートの出来上がるのを待っている。

今日はバレンタインデーなのに女性提督は彼のチョコレートを全然用意してくれていない。

ディナーが終わるころにはさすがにポプランも「ねえ。チョコレートは。」とねだってきた。



生ものに近いから当日の夜に二人でデザートで食べようと彼女ははじめから考えていた。

スフレを焼く時間も15分程度。

前に母親につくったことがあり二人で食べたことを思い出す。メレンゲの練習によくつくったのである。

そのときはアルコールなしで。

焼きあがったココット皿の中のスフレにバニラアイスを。



「おまたせ。大本命さん。スフレ・オ・ショコラ&オランジュだよ。器が熱いから少し気をつけてね。」

「わお。二人で食べよう。ハニー。隣に座って。隣。」

・・・・・・ハイテンションなやつ。

と思いつつこれだけ喜んでくれるんだったらありがたいなと思う。

男が一口食べるのを見て彼女はさてどういわれるのだろうと少しうきうきして待つ。自分も結局

ハイテンションなのだと認めた。



「グランマニエがきいてて、チョコのスフレとアイスがたまらない。なんかオレンジの味もする。

姫には悪いがやっぱりハニーの作ったチョコが一番。ありがとな。愛してるぜ。」

とさっと唇を掠め取られた。

「・・・・・・わかったから食べなさい。私も久々食べたくて。懐かしい味。これは特別な人にしか私は

つくらないんだ。」

と一口。うん。いい感じにお酒の風味がしてココアも甘さを抑えたのでこれなら大丈夫と彼女は

ご満悦。



隣から肩をこつこつとつつかれて。

「・・・・・・特別なひとって誰だ。ダスティ。」

「うちの母。メレンゲがなかなかできなかったときにつくってくれてね。私メレンゲ好きだし。姉たちは

からかうから・・・・・・涙を浮かべてつくったよ。8歳のころかな・・・・・・。」



そんな話を聞きポプランは彼女の頭を抱え込んで抱き寄せて食べる。

「8歳のハニーか。ちょっと目に浮かぶ。なきながらつくってるのがかわいいな。犯罪的に少女時代

お前かわいかったんだろうな。いけない妄想をしそうだ。」

するな。

なかばポプランの膝に頭を乗せて「スフレ・オ・ショコラ&オランジュ」をこぼさないようにアッテンボローは

食べる。

だからさ。



「フレデリカが一度作りたいって気持ちはよくわかるんだ。やっぱりちょっとうらやましくなるんだろうね。

うちの母は優しいから手間隙かけて教えてくれたな。だからフレデリカに料理を伝授するのは好き

なんだ。多少危なっかしくても料理は慣れだから下手でも作れば上手になるんだ。」

器用な格好で「スフレ・オ・ショコラ&オランジュ」を食べているアッテンボローをいとしく見つめて。



「お前の母上はどんなひとなんだ。美人だろ。」

「うん。金髪で碧眼。美人だよ。うちの父親が100回じい様と口喧嘩して、3回殴り合いの喧嘩をしてでも

嫁にしたかった気持ちはわかるな。完璧な美人で。ちょっと天然かな。おっとりした人だ。精神年齢が私より

若いんだろうな。フレデリカを見てるとうちの母を思い出すんだよね。」

ふふっと彼女は微笑んだ。

おやおやとポプランはいった。



「おれがお前と結婚するときに父上と100回の口論と3回の喧嘩が必要だと思うか。」

・・・・・・。



「・・・・・・うん。ありうる。うちの親父は私を軍人にしたがるくせに一番私をかわいがるんよな。

一度婚約の話が出たときでも相当おこったもんな・・・・・・。」

え。

「お前婚約したことあるの。」

まあね。解消したけどさ。とスプーンを口にくわえて男の顔を見る。



「20のときの話だよ。それ以来結婚に夢がいだけないんだ。こうやってふたりで暮らすのがなんだか

幸せな気がするけれど。それはいやなのかな。オリビエ。」

いや。今のところは問題ないけどなとポプランはいう。「でもいずれはゴールインだぜ。ハニー。」

そういずれときが来れば・・・・・・。



百を超える恋をしてけれどもまだ本当の「片翼」を見つけられなかった彼にとっては、彼女との恋は

本当の最後の恋。最後の恋にしたいと願っている。

食べ終わった「スフレ・オ・ショコラ&オランジュ」のココット皿が二つ。仲良く並んで。

これからは二人の甘いバレンタイン。



「やっぱりお前が食べたい。」

そのまま押し倒されてアッテンボローはイエスという代わりに恋人にくちづけをした。

そんな夜。



by りょう




LadyAdmiral


「SAKURAドロップス」

恋をしてすべてささげ 願うことは これが最後のheart break・・・・・・



やはりここではフレデリカにも花を持たせたいというデリカスキーな私です。

今回はチョコレートがたくさんでその上にもっとかきたいエピソードもあったんですが

4話ではかききれませんでした。

バレンタインモノは初めてです。

銀ではクリスマスもバレンタインもないんで。

でもま、いいですよね。今の季節ならハロウィンとかですか。

ハロウィンはよくわからないです。我が家ではしたことがないです。汗

といって盆踊りはなしで。



うちの少佐は「でしょ」という口調で話すことが多いですが外伝2巻新年の祭りのとき

「努力してみましょ」って言った口調がおかしくてその延長です。

アッテンボローは婚約していた過去があります。

アッテンボローのお母様に関してはよく知らないんですがうちでは

「4人目の女の子が一番かわいくて美しい子なのに軍人にさせるなんておじいちゃまと

パパを恨んじゃったわ。ママ。」っていうような人です。



天然だな。

デリカかわいいといってくださった方ありがとうございますっ。


LadyAdmiral