She
2100時。 食事の後片付けや洗濯を済ませたアッテンボローは人心地つこうと思い珈琲でも入れようとしたら あっという間にポプランに捕まった。 「今日怪我をした人間とは思えないな。珈琲は欲しくなさそうだね・・・・・・。私は飲もうと思って いるんだけど・・・・・・だめか。」とあきらめたようにいった。 「だから肋骨の三本程度は大丈夫なんだってば。ハニー。珈琲もいいけどさ。キスしよ。」 ・・・・・・ま、いいか。 あがいたら男の怪我に障る気がする。黙って抱きしめられていよう。と珈琲をあきらめて彼のほうに おとなしく向き直った。 「いつもそれくらい素直ならな。ハニー。」 ・・・・・・いつから自分はハニーと呼ばれることに慣れたのかなとアッテンボローは思う。 彼の唇が重ねられ腕が腰に回る。 いつの間にかこの男のペースに乗っている。でも。 それは悪いものでなくて彼女はとても気に入っている。二人の生活や 彼のことも。彼の唇も。腕も。 とても気に入っている。 綺麗な孔雀石のような眸をじっと見つめて・・・・・・・背伸びしなくても届く距離の唇に彼女から 触れるようなキスをひとつ。 「ここは台所だから続きは別の場所にしないか。オリビエさん。」 「続きがあるんだ。やった。ラッキー。」 いや、ちょっと待て。「続きはないよ。骨を今日おった人間だろ。」 「ま、それはそれでこれはこれだ。」とあっけなくポプランはアッテンボローを抱えてしまう。 なんでだ。なんでこの男はこうも元気なんだろ。同じものを食べているのになぜだと アッテンボローは思う。 「おれは代謝が高いし、基礎代謝も活発だからな。頭がよくて元気なんだよ。」 ・・・・・・いってろ。 寝室に運ばれてベッドにゆっくり下ろされる。 「肋骨。」無駄だと思うけれどアッテンボローは釘を刺しておく。 「いいの。たいした問題じゃないから。」 と甘いキスを賜る。 やっぱり無駄な釘を打つのはやめようと彼女は思った。 いつもの夜と同じだけれど少しどきどきする。なぜかはわからないけれどきっとこのキスの せいかもと何度も重ねられる弾みのある唇に我を忘れそうになる。背中にそっと指を沿わせて ・・・・・・・胸の辺りはさわらないように気をつけるけれど、今夜のくちづけは彼女の心を 溶かしてゆく。 緩やかだが確実なmeltdown。 胸の奥の原子炉が核融合を起こしたように高ぶっていく・・・・・・。 止まらない恋の衝動。 ポプランの指がアッテンボローの髪をすき梳かし優しく撫でる。その合間もやさしいくちづけは 止まらない・・・・・・。 やっと解放されたときに男はいう。 「キスって案外大事だろ。・・・・・・・甘く見てたらだめだぞ。ハニー。おれはお前とキスするのが一番好き。 イイコトするのも当然好きだけどな。」 覆いかぶさる彼の体に触れて、うんと頷いてみる。 きっと自分は彼がいないと「オリビエ・ポプラン欠乏症」になるなと自覚して。 「・・・・・・覆いかぶさるよりさ、お前が横になったほうがよくないかな。肋骨。」 「ハニー、馬乗りになってくれるのか。たまに骨を折るのもいいな。」 ばか。 今夜は特別とアッテンボローが横になったポプランに唇を重ねる。 馬鹿な彼女のカウ・ボーイ。 けれど彼女の大事なカウ・ボーイ。ためらいがちにキスをするとしっかりと体を抱きしめられ 深いキス。息もできないような・・・・・・キス。 素肌を重ねてだんだん体温が高くなることはわかる。鼓動が早くなることもわかる。 そして濡れていく自分も、わかる・・・・・・。 戸惑うけれどこれは自然なこと。愛する男と情を交わすのだから。彼の腰の辺りや腹の筋肉が きれいだなと思うし、服を着ていてはわからない上腕の筋肉も綺麗。 でもやっぱり、彼の優しさが好き。自分を女として大事にしてくれるそんな男の優しさや鷹揚さが ・・・・・・魅力。 そういうあたたかさが心地よくて甘えても赦されるのが、うれしいと思う女。 今夜の女はとても敏感で髪を触るだけで吐息を漏らす。 感度良好。 眺め極上。 ちょっとばかり気が強くてつれないことも多いけれど。おおむねとてもかわいい恋人。 ひとを悋気持ちといいながら、今日の医務室での泣き顔は・・・・・・ちょっとハートを撃たれたな。 女の涙ってのはちと綺麗過ぎる。しかもそれが自分の女なら余計に恋しさがます。 おれが怪我をしたと右目から一粒の涙。 1人でやきもちを焼いて右目から一粒の涙。 あんな芸当見せられては落ちない男がいるものかとポプランは思う。 あれを芝居なしでするんだから、おれはこいつにはとてもかないそうもない。 今夜の彼女は積極的ではじめて自分からおれを求めた。骨を折るといいこともあるなと思う。 「・・・・・・・腰、使うと痛くないの。」と聞くからその程度で痛む腰など要らないという。 ばか。 馬鹿で結構。 おれは完全なる「ダスティ・アッテンボロー症候群(シンドローム)」だ。 この肌のぬくもりも呼吸の一つも忘れることもできないし、手放す気もない。 甘いキスの嵐とかわいい声と。あこがれる宙(そら)色の濃いブルーの眸も本人は 気に入らないそばかすも。 すべて自分ひとりのもの。 誰にも譲らないし誰にも渡さない。 それは彼女が納得済みでしっかりと重みをかけるところからして今まで以上には 自分に身を預けている模様。 これが薔薇色の人生でなくてなんであろうとポプランは思う・・・・・・。 「・・・・・・あ、やっちゃった。」 情事のあとに彼女は小さく呟いた。頬がまだ上気してピンク色。 「何を。」 上にかぶさる彼女の重みを愉しみつつポプランは聞いた。 「・・・・・・キスマークつけちゃった。・・・・・・・ごめん。」 消え入るように最後のほうはあやふやな小さな声になる彼女。男はそれすらかわいいと思う。 なんだそれくらいと笑ってアッテンボローを抱きしめた。 「おれだってしょっちゅうつけるだろ。夢中になったらついついちゃうよな。それだけ夢中になって くれたなら万事オッケーだな。光栄の至り・・・・・・。」 でもね。 よく見えるところにつけちゃったんだよ。とポプランの体から降りて隣にもぐりこんだアッテンボロー。 「つまり「この男は自分のものだから手を出すなよ。」ってことかな。ハニー。おれもお前に マーキングを・・・・・・。」 いやしなくていいよとアッテンボローは笑った。「私がお前のものなんて誰もが知っているからいい。」 なんてかわいいことをいうのでまた美味しそうだなとポプランは思う。欲情するなあと。 「でもさ。目立つな・・・・・・。どうしよう。キスマークって何で取れるかな。冷やすのかな。血液が 鬱血して起こるから冷やすんだろうな。」 アッテンボローは懸命に思案しているがポプランはえへへと笑っている。 「目立ってもいいじゃん。つけたのがお前だってことは誰もが知っているし。」 「それが恥ずかしいんだよ。」 女性提督は苦笑した。そしてベッドサイドのテーブルに手をのばして鞄の中身をまさぐる。 「鏡、見てみて。すごくごめん。」 赤面しつつ手鏡をポプランに渡したアッテンボロー。 その鏡を見て・・・・・・。 「ごめん。」 「ま。これもありだろ。これをキスマークだと気づくやつは少なそうだがな。」 彼の右眉の上にやや赤い情事の痕跡。「ちょっと頭をぶつけたみたいに見えるかな。」 ふむ。ここにつけるかなと笑う。ここにつけられたことはないなと思うと愉快にも思えた。 「なんか絆創膏でもはろっか。そしたら怪我だって思われるかも。」 アッテンボローはいうと。 「いや、このままでいい。せっかくお前がつけた堂々とした「愛のしるし」だもんな。これを隠すなんて 男が下がる。愛してるぜ。ダスティ。」 男が下がるとかあがるの問題じゃなくてさ。 「・・・・・・どうしてそんなとこにキスマークつけちゃったんだろ。困ったな。」 「それはお前がおれに夢中だったからに決まっている。」 「もう。ほんと困ったな。」 困ることないのになとポプランはアッテンボローの唇にキスをした。横抱きにして綺麗なヒップに 手を這わせた。「・・・・・・お前さ。そのまま仕事に行くつもりだろ。」アッテンボローは軽く唇をかみ いった。 「勿論。これは勲章だからな。」 あーあとアッテンボローはうつむいてポプランの胸に顔を押し付けた。 「・・・・・・・そんなところにつくって思わなかったんだもん。」 「まあまあ。お嬢さん。よいじゃないの。当人がいいといってるんだからさ。・・・・・・これでどの女性たちも おれがお前ひとりのものってわかる女にはわかるだろ。おれを独り占めしたかったんだよな。 ダスティは案外わがままだもんな。でも愛してるぜ。」 「ひ、独り占めのマーキングじゃなくて弾みのキスマークだってば。」 でも独り占めしたいでしょとポプランがじっと彼女を覗き込む。 「・・・・・・いいのかな。」 ・・・・・・確信犯的なかわいい上目遣いでいわれてだめといえない。それに彼女になら独占されて いいとポプランは思っていたから。 「もちろん。その代りお前もおれだけのものだぜ。二人でいるときはな。・・・・・・お前が仕事に責任を 感じているのもよくわかるし、部下を思う気持ちもわかる。その上で二人のときはおれだけ見てくれよ。 ・・・・・・・わかるか。ダスティ・アッテンボロー。」 綺麗な眸がじっとこちらを見て。 「うん。すべてのかせをはずせば私はお前のものだよ。すべてのかせははずせないのを・・・・・・ 残念に思うときが多くなってきてる。でも私の男はお前だけだよ。」 指を絡ませて・・・・・・そっとポプランに今宵数十回目の接吻をする。 「本当に好きだよ。オリビエ。だいすき。」 おれは、実のところ完全無欠じゃない。 どちらかというと複雑でアンバランスでややこしい男だとわかってる。本当は情緒の不安定な人間。 いろいろと恋を重ねてけれどそれが続かないのは、恒久的なものについていけない自分があると 知っているから。 けれどなんだかお前がかわいらしくてつい手を焼いてしまう。他の男に任せていたらきっと頭にくる だろうからやっぱり側にいたいと思っている。 いずれにせよ。お前はおれをちっとも安心させてくれないし、いつも驚かせる。おれがいないと きっとお前は1人で泣くんだろうな。そんなことはおれには耐えることはできそうもない。 必然的に毎日お前に恋してるから、きっとそれが長い時間につながっていくだろう・・・・・・。 「チョコレートすきなのか。」 女がこつんと額をポプランの額に当てる。 「うーん。14日な。女性からいただくのは嫌いじゃないけどな。数が多くて食べきれない。」 ・・・・・・もらう自由だけは赦してやろうじゃないかとアッテンボローは彼の唇を軽くかんだ。 「おれに何くれるのかな。ハニー。初バレンタインだもんな。」 「・・・・・・私もなぜかやたらチョコレートをもらうからそれをやるよ。いつも寄付しちゃうんだけどね。」 えー。不満げにポプランはいう。 冗談だよとアッテンボローは微笑む。 「まだちょっと考えないと。それと今年はお手伝いもあるから忙しいんだ。」 お手伝い? 「うん。でも内緒。いわないからね。」 こそばせてもいわないからこそばさないでくれよとアッテンボローは笑った。 「でもちゃんと考えるから。恋の達人を喜ばせるなんてできるかわからないけどな。」 気後れしたように言う彼女に、優しいキスを。 「お前と過ごせればそれが一番だけどな。」 アリガト。 と女はぴたっと男にくっつく。 一日の終わり、二人でこうして過ごせたらそれが幸せなんだと言わなくても二人はわかる。 「お前が欲しい。」 と男が言うから彼女は少しはにかんで頷く。 これが最後の恋。 多分そう。 虚空の女王のかいなのなかで、二人は手をつないだまま眠る。 いつもより甘い、フタリノヨル。 すこしだけ彼女にほれ込んだ男の物語でもある・・・・・・。 by りょう |
「She」
エルビス・コステロかな。「ノッティングヒルの恋人」のうたでした。
うちの娘とポプランは別れないですよ。別れるのかなと思うけれど案外しぶとくて。
次はバレンタインです。というか原作に沿っているとクリスマスとバレンタインは存在しないから
盲点だったんですよね。アッテンボローは忙しくなります。
プレゼントもしないといけないしレクチャーもしなくてはいけない。
ふふふ。
ポプランさんの右眉の上の傷はキスマークでした。つくんですよね。あそこも。でもわりと
ただの怪我と思われるのでそれほど話題にならないものです。
でも彼は「マーキング」されたことがご満悦なんですね。