あしさきに咲く花


ソファに座って、二人でまったりしていた時だ。
「あんたって、男なのになんでそんなに爪を綺麗に整えてるの?」
唐突に、アッテンボローは隣にいる男の手を掴んで目の高さまで持ち上げて、しげしげと眺めた。
「・・・なんだ急に。おかしいか?」
確かに、彼の爪はいつも短く整えられている。だがそれはおかしなことなのだろうか。
「ううん。でも気になったんだもん」
−−−だもん、て。
どこかで見たシチュエーションなのは気のせいであろうか。
なんとなく嫌な予感を覚えつつ。
「・・・訓練でも実戦でもそうだが、白兵戦の時に爪が長いとすぐに痛めていろいろ面倒なんだ」
「ああそっか、なるほどね」
支給される戦闘服には当然グローブもあるのだが、激しい白兵戦ではそれを身につけてさえ、爪を痛めることはままある。
「爪の弱い奴は上からコーティングして補強もするが、大体は切るだけで済ます・・・」
「コーティング?」
アッテンボロー、この単語にえらく食いついてきた。
「それって要はマニキュアってこと?」
男がアッテンボローの言葉を肯定した途端、アッテンボローの瞳がきらきらしたのは気のせいではあるまい。
「あんたはしないの?」
「しなくても不自由はない」
いやな予感に駆られ、やんわりきっぱり言ったのに。
「ううん。割れたらきっと痛いわ」
男の言葉をあっさり切って、彼女は寝室の化粧台にあったケースをいそいそと持ってきた。何が入ってるのか、がちゃがちゃ音を立てている。
「やっぱさ、コーティングしておいたほうがいいと思うのよ」
爪割れたら痛いし。ね?
彼女がこれから何をするのか、何をしたいのか、男は解りたくなかったが解ってしまった。
「いや、俺には必要ない・・・」
「ううん。ある。あるの」
何故あると言い切るのか。人の話を聞いているのかこの女。
ケースの中身をみて、彼は自分の懸念が現実になったことを知った。ケースには、マニキュアや爪切りなど、爪のお手入れセットが入っていたのだった。
彼女は色とりどりの小瓶を一つ一つ取り出し、吟味している。柔らかい色味から、青だの黒だの紅だの、それはどうかという色まで揃っている・・・一体何に使うというのか。彼女は基本的には爪は塗ってない。塗るとしても、目立たない色を選んでいる。なのに、持っているカラーはまさに千差万別だ。いったいいつ使うんだそんな色。

ああまたか、と以前と似たようなシチュエーションにシェーンコップはたそがれた。
そんな彼を後目に彼女はいそいそと彼の足下に座り込むと、色とりどりの小瓶を並べ始めた。
「ねえねえ」
彼女は楽しげに男を見上げると。
「やっぱり、薔薇の騎士連隊だから赤がいい?」
「…いらん」
「却下!」
・・・聞く耳は持たないようだ。
「なら無色透明」
「それじゃ楽しくないじゃない!」
楽しくなくて結構だ。俺の爪に補強材など必要ない。俺のことなど放っといていいから、己の爪でも磨くがいい。無色透明、と言われて頬を膨らませてた女は、じゃあさあ、とまた男を見上げると。
「絵、描いたげる」
だから何故そうなるんだ。ああ、あの色はそのためのものか。
だが。
「いらん」
恩着せがましい女だ。自分がやりたいだけだろうが。
「なんでよ!楽しくないでしょ?!」
やっぱりそう来たか。だがそういう問題ではない。むしろ塗らなくていい。それを妥協しているのになんたる言いぐさだ。
彼の言い分が彼女には届いたのかどうか。
彼女は不満げに鼻をならすと、諦めたのかクリアカラーの瓶を手に取ったのだった。


爪を切ったり磨いたり、甘皮を取ったり…細かい作業をしている彼女は実に楽しそうである。たぶん、彼の耳を掃除している彼女はこんな様子だったに違いない。
生き生きとする美人を見るのは実にいいものだ。だがやってることは男の爪の手入れである。侍らせて手入れさせる図はなかなか倒錯してると思うが、あいにく彼の趣味は至極まっとうなものだった。これを羨ましいという男がいたら、代わらないけど代わってやりたい。しかもこの後マニキュア塗られる運命だ。ありがたくって涙も出やしない。下手に色なんて付けてみろ。シンナーぶっかけてでも取ってやる。だがアッテンボローは彼との約束は守るようで、おとなしくクリアカラーを丁寧に(不満げに)塗り始めた。


「はいおしまい」
おかげさまで、シェーンコップの爪はぴかぴかになった。これで素手での戦闘(喧嘩)もばっちりだ。だが礼なんて男は言わなかった。言うものか。そんな男を尻目に、彼女はいきなり男の履いてる靴下を足から引っこ抜いた。
「おい」
「・・・足じゃ駄目?」
上目遣いでねだられた。この反則行為を咎めるか否か。
「…一本だけならな」
彼の言葉に彼女は満面の笑顔で頷いた。



−−−そういうわけで、彼の足先に、一輪の薔薇の花が咲いているのは、二人だけの秘密。



2009/12/10 (木)
いるまさまからいただきました。娘の連載が終わったときだったので不思議な縁を感じました。さすが娘最高顧問。笑。あの方の助言がなければ閣下はじめ多くの死人が出ていたでしょう。
さているまさまのお宅でも娘さんがいらっしゃいます。裏のお部屋でひっそりと。それはもう美しいお嬢様です。相手はシェーンコップ。
この組み合わせも好きだー!!いるまさんのお宅のお嬢さんは男物のシャツを着て親父をいじくり回す妖婦(ヴァンプ)です。くらくらします。個人的には足の一本のつめに薔薇なんて親父かっちょよすぎと思うのですが嫌みたいです・・・。すてきなのにい。ちょっと妖しい二人で素敵です。完全にできてるなって感じで。それもよし。色香がある小説だなって思っています。
いるまさんのお宅へは

からどうぞ。ただし娘さんお取り扱いは裏です。表では御法度。よくよく注意書きを読んでご訪問ください。ね。ありがとうございました。飾るのが遅くなってすみません。 

りょう