これが私の「ヰタ・セクスアリス」



ほとほとに疲れ果てて重くなった目蓋をこする。まるで石が乗っかっているようにだ。おまけに長時間

画面を見詰めていたせいで、熱をもったようになっている。目がごろごろする、とでも言うべきか。

これで一週間以上エヴァの待つ家に帰っていない。連絡は入れてはいるが、遠征に出ているわけでも

ないのに少しも帰宅しない夫を、妻はどう思っているのだろ うか。愛想をつかされても仕方がないかも

しれない。だが、そう思う反面、エヴァならば多少放っておいても臍を曲げたりしないとの自信もあっ

て、己の傲慢さ にやや幻滅した。こういった狡賢さ、そしてある種の冷酷さは――あの男から学んだ

のだ。当時のおれはそれを非難してやまなかったものだが、いざ現在の自分 を振り返って考えれば、

まだあの男のほうが真面目で誠実だったと思わないでもない。

エヴァを変わらず愛しているし、いつでもすぐに会いたいと思う。この感情に間違いはないのだが、妻の

不安そうな瞳にぶつかるたびに、己の現状を思い知らされるようでつらい。だから、何時の間にかあ

まり家に帰らなくなってしまった。多忙なだけではないのだ。






重くなった目を閉じて、ゆったりとした椅子に身を預ける。くたびれた、と思う。無意識に出た溜息が耳

に届いて、人知れずおれは自嘲の笑みを漏らした。

こんな感情は知らなかった。自分自身が嫌いで、己の感情が疎ましく、何もかも破壊してしまいたくな

るようなこの感情。こんな感情を、おれは知らなかったは ずだ。心が寒いというのか、断崖から突き落

とされたような、そして雪の荒野にたった独りで取り残されたような感情だ。

あの男も、こんな喚き出したくなるような感情を抱えていたのだろうか、と最近では考える。最も近しい

場所に居ながら、気づいてやれなかったのがひどく間抜 けに感じる。いや――本当は、気づいていた

のかもしれない。幸せにどっぷりと浸かっていたおれは考えないようにしていただけだったのかもしれ

ない。






重い目蓋を指で押さえていると、その中が熱くなって来る。涙腺が弱くなってきているのだ。それはこ

のごろ、頓に感じる変化だった。だが、それは感情に左右されたあの煌くようなものではなく、ただの

感傷にすぎないのだと理解はしている。

再び溜息が出た。愛する妻の笑顔も、そして部下の信頼の瞳も、何もかもが鬱陶しい。そう感じること

があるようになってからは、まともな感情表現すらできなくなっているというのに、あの男に関して言う

なら、まともな感傷があるのだから、呆れたものだ。

「ロイエンタール……」

唇が勝手にあの男の名を紡いで、停滞した深夜の空気を振るわせた。その振動がまるで波紋のよう

に広がり、静まり返った室内を僅かにざわめかせる。






かすかな物音がした。扉を開ける音だ。このざわめく空気は、あの男の訪問の証のようなもので、お

れは耳を澄ましてそれをじっと待った。

瞳を閉じて石のようになっているおれの直ぐ脇に、その男は無言で佇む。目を開いていないから、奴

がどんな表情をしているのかおれには見て取ることができな いが、おそらく漆黒の闇に解けそうな暗く

沈んだ黒い瞳と、星座を凍てつかせるような剣の輝きを伴った鋭い青い瞳で、薄汚れてしまった親友

を見下ろしている のだろう。そう思うと、余計に自分が陳腐な存在に思えてたまらなくなった。

「……消えろよ、おれは忙しいんだ」

ずっと何も咽喉に入れずに画面と向き合っていたため、咽喉がからからに渇いていた。擦れる声で、

それでも精一杯に虚勢を張って拒絶の言葉を口にすると、暗 闇から生まれた男は黙って不敵な笑い

声を立てた。その咽喉の奥で嘲笑うようなその笑い声に、感情が逆立つのを覚える。

指を目蓋から離して、目をはっきりと開く。

それと同時に、覆い被さるように覗き込んできた男の瞳と視線がぶつかった。

青と黒の金銀妖瞳が静かな笑みを湛えてじっとおれを見据えていた。静かな、静かな瞳だった。それ

を見て、おれは大声で叫ぶ。叫ばずにはいられない。

「やめろよ! 何で、お前がそんな目をするんだよ!? お前には――」

お前にはそんな凪いだ瞳は似合わない。そう叫ぼうとしたおれの口唇を人差し指でそっとなぞって、今

にも闇に消えてしまいそうな男の薄い唇が小さく動いた。

『だが、それが卿の望みであったはずだ』

低い、ささやくような声音に背筋がぞくりと疼いた。それは恐怖でもなく、そしてただの肉欲でもなかっ

た。目の前の男を無茶苦茶に抱き締めたいような衝動と それは似ていて、おれは慌てて視線を下げ

た。この男を見続けていれば、いつか吸い寄せられて消えてしまいそうな予感がしたからだ。

「あっちへ行けよ……」

小さく紡いだ言葉は、我ながら精彩に欠いていて情けなくなった。それが本心からではないことを熟知

しているであろう男は、くすりと笑っておれの頬に触れて 来た。冷たい指先が頬から顎に移り、それか

ら首筋に下がって、襟の止め金を巧みに外す。あっという間もなく素肌を曝されて、唇が胸のあちこち

を這う。くす ぐったいような、それでいて痛みを伴うその接触に、睫毛が震える。

「あ……!」

かりっと胸の飾りに歯を立てられて、ちゅくちゅく吸われると、身体の芯が痺れたようになってたまらず

に声が上がってしまった。それがあまりに情けなかったので、両手で顔面を覆うと、おれよりひとまわ

り大きな手にそれを引き剥がされた。

『隠すなよ』

からかうような声と、対照的に穏やかな視線。すべてを諦めていたようなどこか投げ遣りだったはずの

男の瞳は、今は柔らかく緩められて、この男らしかぬ光をたたえている。

両腕で手首を縛められれば、この男の力に逆らうことはできない。体格差があるとかそういった問題で

はもう片付けることのできないその力の差に、おれは小さく呻いた。

そのまま泣きそうな顔を見ていられたくなかったので、顔を伏せていると、細長い指がのびてきて、肌

蹴られた腹部を撫でる。鳥肌が立ちそうなその愛撫を阻もうとするが、所詮、それは無駄な抵抗でし

かない。

自分の立てる喘ぎ声が、ひどく卑猥に感じて、情けなくて泣きそうになる。

「あぁ……っ」

腹を撫でていた指が、手が下がって、下肢に伸びてくる。スラックスの中に強引に押し入ってきた指

は、巧みに前を寛げて、下肢を剥き出しにする。

「やだっ!」

拒絶の声を上げても、聞届けてもらえずに、男は剥き出しにしたそこに赤い舌を這わせる。先端から根

元まで巧みに舐られて、しっかりと咥内に含まれる。ピチャピチャと淫猥な音が室内にこだまして、聴

覚からも犯されているような錯覚にとらわれる。

「あ……っ、いや……ぁだ、やめ……」

恥ずかしいまでに喘いでしまい、首を振って男の行為を咎めようとするが、絶妙な刺激に身体中の官

能が高まってしまい、灼熱になった身体をどうすることもできない。

「駄目だっ……出る…う」

身体中を痙攣させて叫ぶと、細い透明な糸を引きながら、男は唇をはなした。濡れたようになっている

はずのおれの瞳を真下から見上げて、不遜な男はくすりと笑った。

「ロイエンタール……」

見詰め続けられることに耐えられなくなって、顔を背ける。それをまた笑う男が聞えるか聞えないかの

低い声で、愛しいとささやいた。

自分で制止したくせに、中途半端で放り出された身体が疼いてたまらない。どうすることもできなくて、

ささやかれる愛の言葉に返事をすることすらかなわな かった。だが、おれがそんな甘い言葉を口にす

ることができないのをこの男は良く知っている。黙っていると、太腿を掴まれてぐいと持ち上げられた。

昂ぶった男が押し充てられる。慣らしてもらっていないそこだから、絶対に受け容れることはできないと

思った。だが、思いのほか簡単に入口を割って入ってきたそれに、歯の根がガチガチと震えた。

「ああああッ!」

『力を抜いていろよ』

ぎちぎちと侵入を進めるそれに、身体中が反発して仰け反る。だが、それと同じくらいのたとえようの

ない感覚が脳髄の底から沸き起こってきて、気がつくと深い艶を湛えたダークブラウンの髪を抱き寄せ

ていた。

ぐちゅっと淫猥な音を立てて、完全に挿入が完了する。すぐに身体を揺すり始める男の背に必死で捕

まっていないと、四肢がバラバラになってしまいそうな感覚 に捕らえられる。その動きに恐怖すらおぼ

えているというのに、男を放すものかと強く締め付ける自分に気づいていた。





激しい揺さ振りと、灼熱の口づけに、頭がグラグラして蕩けそうになった。結合部が酷いことになってい

るのは理解できたが、もう自分の意思ではどうすることもできない。

それなのに、息を乱してはいるものの、未だに余裕を保っている男が忌々しかった。

内部の悦い場所を擦り上げられ、狂いそうな快楽に泣き叫んでいる自分が、どこか遠いところにいるよ

うで、それを埋めるためにさらに男を抱き寄せた。

張り詰めた下肢が今にも弾けそうになって、抱き寄せた腕を解いてそこに指を伸ばすと、それを阻んだ

男の目が楽しそうに光った。

『このままでいかせてやる』

そんなの冗談じゃないと、拒絶してもよかった。だが、おれは男の言葉に頷いて、再び両腕を背に回

す。もっともっと男を感じたくなって、夢中で口づけを求めると、望んだものを与えてもらっておれの魂が

喜びの声を上げる。

「ああ……いいッ!」

内部の敏感な場所をぐりぐりと刺激されて、目蓋の裏が赤く染まる。光が弾けるような衝撃と燃え尽き

てしまいそう熱に浮かされて、おれは欲望を迸らせていた。

おれが乱れたままの呼吸を整えようと深呼吸を繰り返している間、男は汗に濡れたおれの髪を優しく

撫でる。本当に愛おしいというようなその指遣いに更に興奮しそうだった。

だが、口をついて出たのは全く違うものであった。






「おれはお前なんて必要ないんだ……」

『そうか』

「お前が居ると、おれは駄目になるんだ」

『知っている』

知っているなら、もう目の前に現われるなと叫んだ。だが、凪いだ金銀妖瞳は柔らかく眇められたま

ま、感情を損ねることもない。

漸くととのった呼吸を乱したくなくって、再び深呼吸してからおれは着衣を整えてくれている腕を掴ん

だ。掴んだ腕は微動だにせず、それが悔しくもあったが、 どこか安堵するような感情もあった。この男

が不動でいてくれるから、おれはどこまでも変わることができるのだとも考えた。

「おれは、変わったかな。エヴァが、最近おれを不安そうな目で見るんだ」

『……卿は卿だろう。おれのミッターマイヤー、お前はいくら変わっても、お前でしかない』

「では、お前はどうなんだ。変わったと思うが」

『おれは変わらんよ』

低い笑い声がこだまする。だがそれはかつて漂わせていた自嘲気味なそれではなく、素直な笑い声

で、やや皮肉な色合いを含んでいるのは、この男独特のものだ。

『お前がおれを求めるかぎり、おれは変わらない』

「求めたことなんかない!」

大声で拒絶しても、目の前の男はただ笑うだけだ。依然として優雅な仕草で、ダークルブラウンの髪を

掻き揚げた男は、はっきりと良く通る声で言った。

『では、なぜおれは此処に居る――?』

お前が求めたからではないか、とからかうような口調だった。そういわれると、おれは何も言葉を返す

ことができない。引き止めて、繋ぎとめているのは、確かにおれだからかもしれないからだ。






『つらいのか、ミッターマイヤー』

頭を抱えたおれに、闇から生まれた男は静かに聞く。つらいに決まっている。変わっているであろう自

分と、そして周囲の無条件の信頼と、それに応えるよう要 求する目。何もかも投げ出してしまいたくな

るというのに、それをすることもできない弱い自分が、何よりも嫌になっている。

小さく頷くと、そっと頭に手が置かれた。

『おれと共にいくか?』

頷きそうになった自分を叱咤して、おれは首を横に振った。

「エヴァも居るし……フェリックスも。まだ、おれはお前と行けないよ、ロイエンタール」

本当は一緒にいきたいんだ、とは続けなかった。そんなことを言えば、調子に乗るであろう男をよく

知っていたから。おれはこの男を拒絶したいはずなのにと自嘲して溜息を吐くと、男が柔らかに微笑ん

だ。

『では、もう暫く待つとしようか。……何かあったら呼ぶといい。おれはいつでも卿の側に居るから』

「お前に用なんてないよ」

『そうか』

ふっと笑った黒い影が、一瞬で目の前から消えてなくなった。あの男は拒絶しても居なくならない、そ

う思いこんでいたおれは男が消えて行った闇に夢中で手をのばした。

嘘だ、居なくならないでくれと叫ぶ。闇は何も応えてくれない。嫌だ嫌だと頭を抱えると、頭上で笑い

声がした。目を上げると、悪戯っぽく目を細めた意地悪な男が立っていた。

『安心しろ、ミッターマイヤー。おれはどこにも行かない』

その言葉に安心して、弛緩すると、再び男は闇に解けて消えた。あとに残ったのは、永遠の静寂と、

そして熱い身体と、胸の痛みだけだった。

再び男が訪れるのはいつなのか、おれにはわからない。だが、最近頻繁に訪れるから、きっと近いう

ちにまた見えるだろうことに安堵して、おれは画面に目を戻した。





2009/10/03

擬音、喘ぎ声、カタカナ、ところてん、ガチホモ、エロス.。

というリクエストをして涼本さまから頂きました作品です。

泣きました。

切ないです。

エロいけれどそれを凌駕する流麗たる文章と無駄のない筆。

こんなロイエンタールなら連れて行かれてもいいなと思うくらい

優しい・・・・・・。あまりに切ない。本当に貴重な作品です。

ところてんという馬鹿か私はみたいなリクにもかかわらず品性が

衰えない作品。涼本さん、大好きだー!!





涼本さんの素敵サイト様は上のバナーからジャンプします。

双璧スキーな活字中毒のかたは是非訪問を。

ありがとうございました。 りょう

ひえー改行ミスってた。いってきます・・・・・。(どこへ?)